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赤と白の共闘Ⅴ
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人狼達のリーダー格の男が薄暗い廊下を意気揚々と歩いていく。
足元に仲間の死体がいくつもあるが、気にも止めない。
「最高の気分だ、やれる、やれるぞ、ラオウルとバーレットのチキン兄弟も目じゃねえ、政府の吸血鬼も皆殺しにしてやる、クックック、ハハハハハハハハ!!」
目が血走り、焦点も合わないままレイナ達に近づいていく。
その腕には注射の跡が幾つも見受けられた。
恐らく打った数は一本や二本ではない。
強化薬による高揚感。
この世界で自分が最も強いという錯覚さえ抱いていた。
対するビアンカは内蔵の痛みを抱えながら思考を巡らせる。
明らかに他の人狼とは違う雰囲気と遠くからでも分かる威圧感。
レイナは千切れ掛けた左腕をそのままに床に顔を付けるように倒れている。
ロッソは仰向けのまま動かない。
ビアンカ自身動けそうだが、折れた肋骨が内蔵を傷つけているため走れない。
誰も戦えそうにない状況でなにをすべきか。
数秒だけ考えを巡らせると、右腕の袖をめくった。
「レイナ、レイナ!!」
「……ぅ……」
ビアンカの呼び掛けに、レイナは顔を僅かに床から離した。
「私の血を吸って!」
「ぇ……?」
「私もロッソももう戦えない、でも……あんたなら……」
「貴女だって……傷ついてる……」
傷を回復するためには体力と血が必要となる。
重傷状態で血を失えば再生はおろか生存できるかどうかも分からなくなる。
それでもビアンカは決心した。
「あんな奴に喰い殺されるくらいならあんたに吸い殺されたほうがマシよ!!」
「ビアンカ……」
「私が死んでもいい、だから……あいつを殺して、ロッソを助けて、お願い」
目に涙を浮かべたビアンカの懇願。
その決意に応えるため、レイナは差し出された右腕に噛みついた。
口内へ流れる血は、まるで砂漠で飲む水のように身体が欲しがった。
「ぁ……が……」
献血のように少しずつ血を抜くのではなく、強引に吸い出される感覚に身体から力が抜けていく。
僅か数秒で全身が言うことを聞かなくなり、意識も遠退いていく。
この時、ビアンカは薄れていく意識の中で一つだけ後悔する。
(ロッソ……)
せめて最後に別れの言葉を送りたかった、と。
顔が真っ青になり、白目になったビアンカは力尽きるように倒れた。
大量の血を飲んだレイナは虚ろな眼差しで天井を見上げる。
しかし、その目は天井に焦点を合わせていない。
今、彼女は大量の映像が脳内で再生されていた。
雪道を歩く映像。
前には茶色のコートを来た男の背中。
左手側には5メートルを越える壁。
レイナの記憶にない光景だった。
「まったく、こんな壁作って東側の連中も何考えてるのかしら」
視界の主が文句を言った。
レイナの声ではなくビアンカの声だった。
「まあ、俺達は命令通り動くだけだ」
男が振り返ってこちらを見る。
ロッソだった。
視界がレイナの意思とは関係なく左を向く。
「こんな壁、いつか壊されないかしら」
「壊されるだろうな、人の行動を制限して長続きした歴史なんてそうそうない」
「あんた、歴史に詳しかったっけ?」
「いや、適当に言ってみただけだ、様になってたか?」
「いえ、バカみたいだったわ」
「ハハ」
視界の主、身体はビアンカの物だと思われる。
なぜこんな映像が見えるのかレイナは分からなかった。
そうしていると急に場面は代わり、暗い地下通路にいた。
だが、先程までの雰囲気とは一変していた。
ロッソが首を抑えて苦痛の表情を見せている。
「くっそ、あの野郎噛みやがった!?」
「ロッソ! しっかりして!!」
「ビアンカ! 後ろ!!」
視界が180度切り替わる。
視線の先には軍服を来て牙が生えた人物が襲い掛かってきていた。
視界の主であるビアンカはすぐに持っていたハンドガンの弾を敵の胴体に何発も撃ち込む。
人間であれば致命傷、もしくは絶命する程のダメージだが、相手は僅かに怯んだだけ。
そこへ、ロッソの援護射撃。
胴体を穴だらけにされた敵は堪らず後ろへ倒れた。
ビアンカはロッソの腕を掴み、強引に立たせる。
「もうここに用はないわ! 早く脱出するわよ!!」
次の瞬間、またも場面が切り替わる。
今度は雪が降り積もった夜の森の中。
視界の主も左手で首を抑えていた。
「クソッタレ、なんなのよあいつら……」
どうやら彼女も噛まれたようだ。
確認した左の掌に血が付いている。
悪態を付くと視界が歪み、両手を地面に付けた。
「なに、これ……」
噛まれたことによる影響だろうか、息が荒くなり立っていられなくなる。
頭を上げると、ロッソが倒れているのが見えた。
「ロッソ……」
呼び掛けるが応じない。
必死に手を伸ばすが、届くことなく意識が途絶えてしまった。
再び場面が切り替わると、見慣れない天井。
身体を動かそうとしたが叶わず、なんとか顔だけ動かして自身の状態を確認すると医療用ベルトでベッドに拘束されていた。
「なによこれ……ロッソ! どこにいるの!?」
一人用の病室だろうか、誰もいない中必死に叫ぶ。
すると、ドアを開け何者かが入室してきた。
ハイヒールを履いていると思われる足音。
その人物に目を向けると見覚えのある人物だった。
(グレース局長!?)
レイナは勝手に再生されている視界の映像に心の中で声を出した。
ギリア国のブラッドリング施設東西局の女性局長。
だが、視界の主とグレースは互いに面識がないようだった。
「あんた誰? ロッソはどこ!? なんで私拘束されてるの!? 機密文章は!?」
「静かに、貴女は奴らに噛まれたみたいね」
「奴らって?」
「吸血鬼よ」
「はぁ? っ……!?」
「喉が渇いたでしょう? でも水じゃだめ、貴女はもう人間じゃないの」
「ぅ……ぐっ……ロッソは?」
「貴女次第ね、ここで死ぬか私達のために働くか」
グレースからの問い掛けを最後に、映像は途切れた。
目を開けたまま意識が飛んでいたレイナ。
夢を見ていたかのような感覚から覚醒すると、両膝を地面に付けたまま天井を見ていた。
下を見ると、右腕を捲ったまま倒れているビアンカ。
少し離れた所にはロッソが倒れていた。
そこへ近づいてくる上半身裸の男。
明らかな殺意を目に宿らせながら来る姿に敵であることは間違いない。
そんな相手を前にレイナは自身の身体状況を確認する。
連戦に次ぐ連戦で疲弊していたはずが、なぜか今は身体が軽く感じる。
口の中に血の味を感じると、その僅かに残った分も喉を鳴らして飲み込む。
輸血パックから補充する血とは違い、全身に力が漲る。
もう千切れる寸前だった左腕が瞬く間に再生していく。
それに加え、強化状態になるための体力もある。
最早回復したというより成長したかのように力が溢れてくる。
敵はそんな彼女の様子に足を止めた。
「まだ、やれる、のか、上等、だ、殺す、殺してやる!!」
耳を塞ぎたくなる程の大声を出すと、男は身体を変化させる。
全身が毛深くなり、顔は狼のように変異していく。
明らかにフェイズ3への変化していく敵を前に、レイナはゆっくりと立ち上がった。
(今なら……やれる……やるしか……ない)
先の戦闘の際になった強化状態はあくまでも全力の状態から一歩手前のもの。
完全な強化状態とは身体を黒く硬質化させることだったが、それをやれば数十秒で体力が尽きてしまうためやらなかった。
だが、今なら出来る。
ビアンカの血を吸った影響だろうか、確信に近い自信があった。
変異していく敵同様、レイナも己の身体を強化状態にする覚悟を決めた。
訓練時のように、全身に力を入れると指先から肘にかけて皮膚が硬質化し手袋や裾を内側から破っていく。
目が血の色に染まるが、視界はまるで昼間のように澄みきっている。
急激な体温の上昇に吐き出す息が白くなる。
レイナと敵の変異はほぼ同時に終わった。
まるで西部劇のガンマンのように、両者ともに不動のまま見つめ合う。
獲物を前にした狼型の化け物と悪魔のような腕と目を持ったレイナ。
双方ともに己の敗北の可能性は考えていない。
あるのは、内側から爆発しそうな程の力を相手にぶつけようとする闘争心のみ。
先に仕掛けたのは敵だった。
人狼はまるで開始の合図と言わんばかりの咆哮を上げる。
それに対し、レイナは全く物怖じしない。
吠える敵を黙らせるため、助走なしのまま最速で飛び出した。
人狼も一瞬送れて前に突撃する。
互いに手が届く距離まで接近する時間は僅かだった。
だが、レイナにはその僅かな時間がとても遅く感じた。
再生される映像をスローモーションにしたこのように、敵の動きが鈍い。
人狼は突撃しながら右腕を大きく振りかぶっている。
狙いは顔。
ハッキリと分かった。
まともに受ければ顔がトマトのように潰されてしまうであろう威力だ。
その攻撃を正面から迎え撃つ。
皮膚が硬質化した右の拳を、敵の右手目掛けて突き出す。
一秒が数秒にも感じる感覚のなかで、敵の攻撃にこちらの攻撃を合わせるのは容易だった。
走力と筋力を乗せた一撃。
両者の右が当たった瞬間、砕けたのは人狼の右手だった。
手の中に火薬を仕掛けたのではないかと錯覚する程肉が飛び散る。
すれ違う二人。
人狼は己の右手が砕けたことを一瞬理解出来なかった。
対するレイナはその脚力で勢いを殺し、すぐに振り返る。
指を全て真っ直ぐ伸ばし、手刀を繰り出す。
敵は振り向きながら左の拳を出した。
レイナは手刀を縦にすると、敵の拳の中指と薬指の間へ差し込む。
まるで斧で薪を割るかのように人狼の拳を肘まで裂いた。
それだけでは止まらず、軌道を変え今度は首目掛けて更に踏み込む。
痛みとともに恐怖心さえ感じていない人狼に事態を把握する時間を与えない。
手刀による一撃を首へ突き刺す。
喉の皮膚を、気道を貫く。
だが油断しない。
反撃されないよう本能のまま右手を抜き、即座に後退。
訓練と長年の闘争から得た経験による動き。
野犬のようにただ飛び掛かるだけの人狼との決定的な違いであった。
両手を破壊され、喉を貫かれた敵は数秒遅れてようやく自身のダメージを認識した。
「グ……ガ……ア……」
口や喉、両手からおびただしい量の血が出る。
見下していた吸血鬼からの攻撃に身体を破壊されたものの、その事実を受け入れていない。
反対にレイナは圧倒的な優位な立場となっていたが、その視線は冷ややかなものだった。
そんな彼女の目線が気に入らなかったのか、人狼は牙で噛み殺そうとする。
満身創痍のまま突っ込んでくる敵にレイナは応じる。
姿勢を低くし、人狼が接近すると拳を天井へ向けて突き上げた。
下から強引に敵の口を閉じさせ、顎や牙を砕きながら上を向かせ身体を浮かせる。
その無防備となった胸部に向かって渾身の左ストレートを放つ。
心臓や肺を守っている胸骨が砕ける感触が拳に伝わる。
重量級が軽量級を突き飛ばすという信じがたい光景。
体重差を力で埋めて越えた瞬間だった。
壊れた玩具のように転がる人狼。
それでもまだ沸き上がる高揚感から勝てると盲信して上半身を起こした。
しかし、先程までの位置にレイナがいない。
その一瞬の隙に、背後に立った彼女は人狼の上顎と下顎を掴み、強引に口を開けさせた。
「ガアアアアアアアア!?!?!」
明らかに限界以上にこじ開けようとするレイナに、人狼が暴れながら叫ぶ。
しかし、抵抗虚しく頬が裂けていく。
彼女の目に慈悲は一切ない。
下顎を引き千切ると、人狼は力尽きるように倒れた。
即死はしなかったものの、虫の息となる。
未だ生きている敵に対し、容赦なく頭を踏み潰した。
勝利したレイナは、手に持った敵の下顎をゴミのように捨てる。
もう動かなくなった人狼を前に、強化状態から通常状態になっていく。
徐々に元に戻る両腕と目。
高揚感が引いていくと、今度は疲労感が一気に襲ってきた。
慣れない強化状態での戦闘は予想以上に体力を消耗したようだ。
「ビアンカ……ロッソ……」
薄れていく意識の中で、倒れたままの二人を心配する。
すぐにでも地上へ連れていくか増援を呼ぶべき状況だった。
だが、疲弊した身体に力が入らない。
このような状態で敵に合ったらもう命はない。
祈るように辺りを見回す。
すると、後方に人影が見えた。
敵か? 味方か?
目を凝らすと、黒い戦闘服を着用しスコープを付けた戦闘員がいた。
距離はだいぶ離れている。
(あれは、チームの生き残り?)
アルファー、ブラボー、チャーリー、デルタの四チームが壊滅した中でまだ生きていた者がいたのだろうか。
真っ直ぐこちらを見たまま動かない。
(なにを、しているの?)
疑問に思うものの、問い掛ける前に意識を失ってしまった。
「状況確認……完了……」
レイナが発見した戦闘員は一人呟く。
多数の人狼の死体と意識を失ったレイナ達をそのままにして立ち去る。
地上へ出ると無線を入れた。
「敵の全滅を確認、チームのほとんどは死亡、レイナは生き残りました」
『わかった、すぐに帰投しろ、東西局へはこちらで連絡する』
「了解」
若い男らしき何者かからの指示に、戦闘員は吸血鬼特有の身体能力を用いてその場を去った。
その様子を、遥か遠くの工場プラントの足場から双眼鏡を用いて見張っている者がいた。
全滅した人狼達の元副リーダーで巨漢の男バーレットだった。
「ちっ、あいつら、全滅したか、情けねえ」
悪態をつくとその場を後にする。
彼も人狼なので人間以上の跳躍力を用いて移動していく。
高い場所から飛び降り、力強く着地すると周囲を確認して尾行されていないか確認する。
無人の工場プラントの中へ入っていくと、彼の兄であるラオウルが腰位の高さのパイプに座っていた。
「兄貴」
「バーレットか、結果は?」
「だめだ、あの糞ども、口先だけだったみたいだ」
「やはりな」
「だけどよ……」
「どうした?」
「あいつらの仲間らしい奴が一人出てきたんだが、すぐどっか行っちまった、後片付けとかしねえのか?」
「……」
ラオウルは一人考える。
政府に従っている吸血鬼なら証拠隠滅にもっと力を入れる筈である。
「後から来るのかもしれんな」
「でもよ、最初に入って行った吸血鬼どもとなんか様子が違ったんだよな、うまく言えねえけど……」
「まあ、組織ってのは大きくなればなる程一枚岩ではなくなる、もしかしたら別の派閥からの偵察かもしれん」
「派閥?」
「例え話だ、合ってるかどうかも分からん」
ラオウルは立ち上がると歩き出す。
弟のバーレットもすぐに付いていく。
「兄貴、これからどうするんだ?」
「別の場所に集めた仲間の所へ行く、あいつらはあの地下の連中のようにバカではない」
「マジか?」
「多分、な」
「おいおい、大丈夫かよ兄貴」
「まあ、臨機応変に対応するさ、政府の奴らに一泡吹かせるために、な」
二人の人狼は誰にも見られることなく夜の街中へと消えていった。
足元に仲間の死体がいくつもあるが、気にも止めない。
「最高の気分だ、やれる、やれるぞ、ラオウルとバーレットのチキン兄弟も目じゃねえ、政府の吸血鬼も皆殺しにしてやる、クックック、ハハハハハハハハ!!」
目が血走り、焦点も合わないままレイナ達に近づいていく。
その腕には注射の跡が幾つも見受けられた。
恐らく打った数は一本や二本ではない。
強化薬による高揚感。
この世界で自分が最も強いという錯覚さえ抱いていた。
対するビアンカは内蔵の痛みを抱えながら思考を巡らせる。
明らかに他の人狼とは違う雰囲気と遠くからでも分かる威圧感。
レイナは千切れ掛けた左腕をそのままに床に顔を付けるように倒れている。
ロッソは仰向けのまま動かない。
ビアンカ自身動けそうだが、折れた肋骨が内蔵を傷つけているため走れない。
誰も戦えそうにない状況でなにをすべきか。
数秒だけ考えを巡らせると、右腕の袖をめくった。
「レイナ、レイナ!!」
「……ぅ……」
ビアンカの呼び掛けに、レイナは顔を僅かに床から離した。
「私の血を吸って!」
「ぇ……?」
「私もロッソももう戦えない、でも……あんたなら……」
「貴女だって……傷ついてる……」
傷を回復するためには体力と血が必要となる。
重傷状態で血を失えば再生はおろか生存できるかどうかも分からなくなる。
それでもビアンカは決心した。
「あんな奴に喰い殺されるくらいならあんたに吸い殺されたほうがマシよ!!」
「ビアンカ……」
「私が死んでもいい、だから……あいつを殺して、ロッソを助けて、お願い」
目に涙を浮かべたビアンカの懇願。
その決意に応えるため、レイナは差し出された右腕に噛みついた。
口内へ流れる血は、まるで砂漠で飲む水のように身体が欲しがった。
「ぁ……が……」
献血のように少しずつ血を抜くのではなく、強引に吸い出される感覚に身体から力が抜けていく。
僅か数秒で全身が言うことを聞かなくなり、意識も遠退いていく。
この時、ビアンカは薄れていく意識の中で一つだけ後悔する。
(ロッソ……)
せめて最後に別れの言葉を送りたかった、と。
顔が真っ青になり、白目になったビアンカは力尽きるように倒れた。
大量の血を飲んだレイナは虚ろな眼差しで天井を見上げる。
しかし、その目は天井に焦点を合わせていない。
今、彼女は大量の映像が脳内で再生されていた。
雪道を歩く映像。
前には茶色のコートを来た男の背中。
左手側には5メートルを越える壁。
レイナの記憶にない光景だった。
「まったく、こんな壁作って東側の連中も何考えてるのかしら」
視界の主が文句を言った。
レイナの声ではなくビアンカの声だった。
「まあ、俺達は命令通り動くだけだ」
男が振り返ってこちらを見る。
ロッソだった。
視界がレイナの意思とは関係なく左を向く。
「こんな壁、いつか壊されないかしら」
「壊されるだろうな、人の行動を制限して長続きした歴史なんてそうそうない」
「あんた、歴史に詳しかったっけ?」
「いや、適当に言ってみただけだ、様になってたか?」
「いえ、バカみたいだったわ」
「ハハ」
視界の主、身体はビアンカの物だと思われる。
なぜこんな映像が見えるのかレイナは分からなかった。
そうしていると急に場面は代わり、暗い地下通路にいた。
だが、先程までの雰囲気とは一変していた。
ロッソが首を抑えて苦痛の表情を見せている。
「くっそ、あの野郎噛みやがった!?」
「ロッソ! しっかりして!!」
「ビアンカ! 後ろ!!」
視界が180度切り替わる。
視線の先には軍服を来て牙が生えた人物が襲い掛かってきていた。
視界の主であるビアンカはすぐに持っていたハンドガンの弾を敵の胴体に何発も撃ち込む。
人間であれば致命傷、もしくは絶命する程のダメージだが、相手は僅かに怯んだだけ。
そこへ、ロッソの援護射撃。
胴体を穴だらけにされた敵は堪らず後ろへ倒れた。
ビアンカはロッソの腕を掴み、強引に立たせる。
「もうここに用はないわ! 早く脱出するわよ!!」
次の瞬間、またも場面が切り替わる。
今度は雪が降り積もった夜の森の中。
視界の主も左手で首を抑えていた。
「クソッタレ、なんなのよあいつら……」
どうやら彼女も噛まれたようだ。
確認した左の掌に血が付いている。
悪態を付くと視界が歪み、両手を地面に付けた。
「なに、これ……」
噛まれたことによる影響だろうか、息が荒くなり立っていられなくなる。
頭を上げると、ロッソが倒れているのが見えた。
「ロッソ……」
呼び掛けるが応じない。
必死に手を伸ばすが、届くことなく意識が途絶えてしまった。
再び場面が切り替わると、見慣れない天井。
身体を動かそうとしたが叶わず、なんとか顔だけ動かして自身の状態を確認すると医療用ベルトでベッドに拘束されていた。
「なによこれ……ロッソ! どこにいるの!?」
一人用の病室だろうか、誰もいない中必死に叫ぶ。
すると、ドアを開け何者かが入室してきた。
ハイヒールを履いていると思われる足音。
その人物に目を向けると見覚えのある人物だった。
(グレース局長!?)
レイナは勝手に再生されている視界の映像に心の中で声を出した。
ギリア国のブラッドリング施設東西局の女性局長。
だが、視界の主とグレースは互いに面識がないようだった。
「あんた誰? ロッソはどこ!? なんで私拘束されてるの!? 機密文章は!?」
「静かに、貴女は奴らに噛まれたみたいね」
「奴らって?」
「吸血鬼よ」
「はぁ? っ……!?」
「喉が渇いたでしょう? でも水じゃだめ、貴女はもう人間じゃないの」
「ぅ……ぐっ……ロッソは?」
「貴女次第ね、ここで死ぬか私達のために働くか」
グレースからの問い掛けを最後に、映像は途切れた。
目を開けたまま意識が飛んでいたレイナ。
夢を見ていたかのような感覚から覚醒すると、両膝を地面に付けたまま天井を見ていた。
下を見ると、右腕を捲ったまま倒れているビアンカ。
少し離れた所にはロッソが倒れていた。
そこへ近づいてくる上半身裸の男。
明らかな殺意を目に宿らせながら来る姿に敵であることは間違いない。
そんな相手を前にレイナは自身の身体状況を確認する。
連戦に次ぐ連戦で疲弊していたはずが、なぜか今は身体が軽く感じる。
口の中に血の味を感じると、その僅かに残った分も喉を鳴らして飲み込む。
輸血パックから補充する血とは違い、全身に力が漲る。
もう千切れる寸前だった左腕が瞬く間に再生していく。
それに加え、強化状態になるための体力もある。
最早回復したというより成長したかのように力が溢れてくる。
敵はそんな彼女の様子に足を止めた。
「まだ、やれる、のか、上等、だ、殺す、殺してやる!!」
耳を塞ぎたくなる程の大声を出すと、男は身体を変化させる。
全身が毛深くなり、顔は狼のように変異していく。
明らかにフェイズ3への変化していく敵を前に、レイナはゆっくりと立ち上がった。
(今なら……やれる……やるしか……ない)
先の戦闘の際になった強化状態はあくまでも全力の状態から一歩手前のもの。
完全な強化状態とは身体を黒く硬質化させることだったが、それをやれば数十秒で体力が尽きてしまうためやらなかった。
だが、今なら出来る。
ビアンカの血を吸った影響だろうか、確信に近い自信があった。
変異していく敵同様、レイナも己の身体を強化状態にする覚悟を決めた。
訓練時のように、全身に力を入れると指先から肘にかけて皮膚が硬質化し手袋や裾を内側から破っていく。
目が血の色に染まるが、視界はまるで昼間のように澄みきっている。
急激な体温の上昇に吐き出す息が白くなる。
レイナと敵の変異はほぼ同時に終わった。
まるで西部劇のガンマンのように、両者ともに不動のまま見つめ合う。
獲物を前にした狼型の化け物と悪魔のような腕と目を持ったレイナ。
双方ともに己の敗北の可能性は考えていない。
あるのは、内側から爆発しそうな程の力を相手にぶつけようとする闘争心のみ。
先に仕掛けたのは敵だった。
人狼はまるで開始の合図と言わんばかりの咆哮を上げる。
それに対し、レイナは全く物怖じしない。
吠える敵を黙らせるため、助走なしのまま最速で飛び出した。
人狼も一瞬送れて前に突撃する。
互いに手が届く距離まで接近する時間は僅かだった。
だが、レイナにはその僅かな時間がとても遅く感じた。
再生される映像をスローモーションにしたこのように、敵の動きが鈍い。
人狼は突撃しながら右腕を大きく振りかぶっている。
狙いは顔。
ハッキリと分かった。
まともに受ければ顔がトマトのように潰されてしまうであろう威力だ。
その攻撃を正面から迎え撃つ。
皮膚が硬質化した右の拳を、敵の右手目掛けて突き出す。
一秒が数秒にも感じる感覚のなかで、敵の攻撃にこちらの攻撃を合わせるのは容易だった。
走力と筋力を乗せた一撃。
両者の右が当たった瞬間、砕けたのは人狼の右手だった。
手の中に火薬を仕掛けたのではないかと錯覚する程肉が飛び散る。
すれ違う二人。
人狼は己の右手が砕けたことを一瞬理解出来なかった。
対するレイナはその脚力で勢いを殺し、すぐに振り返る。
指を全て真っ直ぐ伸ばし、手刀を繰り出す。
敵は振り向きながら左の拳を出した。
レイナは手刀を縦にすると、敵の拳の中指と薬指の間へ差し込む。
まるで斧で薪を割るかのように人狼の拳を肘まで裂いた。
それだけでは止まらず、軌道を変え今度は首目掛けて更に踏み込む。
痛みとともに恐怖心さえ感じていない人狼に事態を把握する時間を与えない。
手刀による一撃を首へ突き刺す。
喉の皮膚を、気道を貫く。
だが油断しない。
反撃されないよう本能のまま右手を抜き、即座に後退。
訓練と長年の闘争から得た経験による動き。
野犬のようにただ飛び掛かるだけの人狼との決定的な違いであった。
両手を破壊され、喉を貫かれた敵は数秒遅れてようやく自身のダメージを認識した。
「グ……ガ……ア……」
口や喉、両手からおびただしい量の血が出る。
見下していた吸血鬼からの攻撃に身体を破壊されたものの、その事実を受け入れていない。
反対にレイナは圧倒的な優位な立場となっていたが、その視線は冷ややかなものだった。
そんな彼女の目線が気に入らなかったのか、人狼は牙で噛み殺そうとする。
満身創痍のまま突っ込んでくる敵にレイナは応じる。
姿勢を低くし、人狼が接近すると拳を天井へ向けて突き上げた。
下から強引に敵の口を閉じさせ、顎や牙を砕きながら上を向かせ身体を浮かせる。
その無防備となった胸部に向かって渾身の左ストレートを放つ。
心臓や肺を守っている胸骨が砕ける感触が拳に伝わる。
重量級が軽量級を突き飛ばすという信じがたい光景。
体重差を力で埋めて越えた瞬間だった。
壊れた玩具のように転がる人狼。
それでもまだ沸き上がる高揚感から勝てると盲信して上半身を起こした。
しかし、先程までの位置にレイナがいない。
その一瞬の隙に、背後に立った彼女は人狼の上顎と下顎を掴み、強引に口を開けさせた。
「ガアアアアアアアア!?!?!」
明らかに限界以上にこじ開けようとするレイナに、人狼が暴れながら叫ぶ。
しかし、抵抗虚しく頬が裂けていく。
彼女の目に慈悲は一切ない。
下顎を引き千切ると、人狼は力尽きるように倒れた。
即死はしなかったものの、虫の息となる。
未だ生きている敵に対し、容赦なく頭を踏み潰した。
勝利したレイナは、手に持った敵の下顎をゴミのように捨てる。
もう動かなくなった人狼を前に、強化状態から通常状態になっていく。
徐々に元に戻る両腕と目。
高揚感が引いていくと、今度は疲労感が一気に襲ってきた。
慣れない強化状態での戦闘は予想以上に体力を消耗したようだ。
「ビアンカ……ロッソ……」
薄れていく意識の中で、倒れたままの二人を心配する。
すぐにでも地上へ連れていくか増援を呼ぶべき状況だった。
だが、疲弊した身体に力が入らない。
このような状態で敵に合ったらもう命はない。
祈るように辺りを見回す。
すると、後方に人影が見えた。
敵か? 味方か?
目を凝らすと、黒い戦闘服を着用しスコープを付けた戦闘員がいた。
距離はだいぶ離れている。
(あれは、チームの生き残り?)
アルファー、ブラボー、チャーリー、デルタの四チームが壊滅した中でまだ生きていた者がいたのだろうか。
真っ直ぐこちらを見たまま動かない。
(なにを、しているの?)
疑問に思うものの、問い掛ける前に意識を失ってしまった。
「状況確認……完了……」
レイナが発見した戦闘員は一人呟く。
多数の人狼の死体と意識を失ったレイナ達をそのままにして立ち去る。
地上へ出ると無線を入れた。
「敵の全滅を確認、チームのほとんどは死亡、レイナは生き残りました」
『わかった、すぐに帰投しろ、東西局へはこちらで連絡する』
「了解」
若い男らしき何者かからの指示に、戦闘員は吸血鬼特有の身体能力を用いてその場を去った。
その様子を、遥か遠くの工場プラントの足場から双眼鏡を用いて見張っている者がいた。
全滅した人狼達の元副リーダーで巨漢の男バーレットだった。
「ちっ、あいつら、全滅したか、情けねえ」
悪態をつくとその場を後にする。
彼も人狼なので人間以上の跳躍力を用いて移動していく。
高い場所から飛び降り、力強く着地すると周囲を確認して尾行されていないか確認する。
無人の工場プラントの中へ入っていくと、彼の兄であるラオウルが腰位の高さのパイプに座っていた。
「兄貴」
「バーレットか、結果は?」
「だめだ、あの糞ども、口先だけだったみたいだ」
「やはりな」
「だけどよ……」
「どうした?」
「あいつらの仲間らしい奴が一人出てきたんだが、すぐどっか行っちまった、後片付けとかしねえのか?」
「……」
ラオウルは一人考える。
政府に従っている吸血鬼なら証拠隠滅にもっと力を入れる筈である。
「後から来るのかもしれんな」
「でもよ、最初に入って行った吸血鬼どもとなんか様子が違ったんだよな、うまく言えねえけど……」
「まあ、組織ってのは大きくなればなる程一枚岩ではなくなる、もしかしたら別の派閥からの偵察かもしれん」
「派閥?」
「例え話だ、合ってるかどうかも分からん」
ラオウルは立ち上がると歩き出す。
弟のバーレットもすぐに付いていく。
「兄貴、これからどうするんだ?」
「別の場所に集めた仲間の所へ行く、あいつらはあの地下の連中のようにバカではない」
「マジか?」
「多分、な」
「おいおい、大丈夫かよ兄貴」
「まあ、臨機応変に対応するさ、政府の奴らに一泡吹かせるために、な」
二人の人狼は誰にも見られることなく夜の街中へと消えていった。
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