ブラッドリング

サノサトマ

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赤と白の共闘Ⅳ

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 多数の死体や銃、空の薬莢が散乱し幾つもの血だまりが見える地下壕で獣の咆哮が響き渡る。
 完全な狼人間と化した人狼達と、己の身体能力を限界以上に引き上げたレイナによる戦闘は未だ続いていた。
 戦士の雄叫びを彷彿させるほどの声を上げながら、目が赤く染まったレイナはプラチナのブレードですれ違いざまに切り捨てていく。
 敵の骨に当たろうが構わず強引に斬る度に腕が軋む。
 自身の腕の骨、筋肉や皮膚が悲鳴を上げる。
 しかし、周囲を敵に囲まれた状況で止まるわけにはいかない。
 ここで足を止めれば一斉に襲われ食い殺されてしまう。
 人狼達は餌に群がる狼のごとく、恐怖を感じることなく突っ込んでくる。
 これまで長時間強化状態を維持したことのないレイナにとって、まるでマラソンを全力疾走しているかのような苦しみに襲われる。
 それでもブレードを振る力は緩めない。
 一種のコンバットハイに似た感覚となり、それを利用した高揚感によって疲労を無視する。
 しかし、無視するだけで回復したわけではない。
 腕や額の血管の一部が破れ、血が吹き出す。
 仲間の死を省みず、恐怖心を抱かない人狼と人外の力を用いて切り捨てるレイナによる対決は最早人が介入できるものではなかった。



「はぁ……はぁ……」
 肩を上下させ、血生臭い空気を精一杯肺へ送り、吐き出す。
 レイナは今まで経験したことのない数のフェイズ3の個体を倒し、生き残った。
 だが、無傷というわけではなかった。
 ナイフでは簡単に切れない防刃のコートが容易に裂かれ、何度も攻撃を受けた跡が全身に見られる。
 多少の傷なら吸血鬼特有の回復力ですぐに治癒するのだが、強化状態による疲労と度重なる怪我により回復が遅い。
「ブラボー……チーム……応答……して……」
 息を絶え絶えの状態のまま無線による交信を試みた。
 しばらく応答を待つが、誰も応えない。
 懐から小さな予備用輸血パックを取りだし、中身を一気に飲み干す。
「ビアンカ……ロッソ……」
 この状況では他のチームもフェイズ3の個体を遭遇した可能性が高いと考えた。
 恐らく他のチームも壊滅状態にあると考えたレイナは、その中でも生存しているかもしれない二人と合流するため、よろめきながらも進んでいった。



 薄暗い廊下を二人の男女の姿があった。
 多数の人狼と交戦し、生き残ったビアンカとロッソだった。
 しかし、ロッソは首の右側から右肩にかけて深い傷が見える。
 人狼に噛まれてしまったようだ。
 右手で傷を抑えつつ、ビアンカの肩を借りながら辛うじて歩いている。
「っ……ゲホッ」
「ロッソ!! しっかりして!!」
 首の傷が深く、口からも血を吐き出すロッソ。
 そんな彼をビアンカは支えながら励ますが、彼女もまた傷だらけだった。
 同行していたデルタチームとチャーリーチームは敵集団との戦闘で全滅。
 その時の敵は倒したとはいえ、最早戦闘継続は不能な程の被害だった。
「うっ……」
「ロッソ!?」
 ロッソが激痛と疲労に耐えきれなくなり、崩れるように倒れる。
「立って!! 奴らが来る!!」
「俺は……いい……お前だけ……でも……行け……」
 左手でハンドガンを持って一人その場に残る意思を示す。
 だが、満身創痍な状態なのは誰が見ても明らかだった。
「バカ!! あんた一人残って何になるのよ!?」
「いいんだ……頼む……」
「ちっ」
 ビアンカはロッソが持っていた銃を取り上げ、もう片方の手にナイフを持った。
「ビア……ンカ……」
「あんた一人残しておけるわけないでしょう!? 私が奴らを皆殺しにしてやる!!」
「無理だ……」
「冷戦の時もそうだったでしょう、今回も同じよ!!」
 過去、二人は今と同じように窮地に立たされたことがあった。
 そのとき二人はまだ人間で、何人もの吸血鬼に襲われた状況だった。
 機密文書を持ち出し、逃げる途中噛まれながらもありったけの銃や武器を使い、なんとか凌いだ。
 それ以降は表向きには死亡扱いとなり、吸血鬼となって国を裏から支える存在となる。
 それでも今回は相手の強さがその時相手にした吸血鬼の比ではない。
 ハンドガンでも数発打ち込めば致命傷を与えられた格下の吸血鬼と違い、フェイズ3の人狼はライフル弾すら数発は耐えて襲いかかってくる。
 他の仲間は殺され、手持ちの武器もほとんどなく、身体能力や戦闘力も圧倒的に向こうが上だった。
 今ビアンカの武器は右手にハンドガン、左手にナイフのみ。
 ロッソは壁を背にして座っており、首の傷が未だ治らず出血が止まらない。
 ここに来るまでに予備の輸血パックも使いきったため、吸血行為による回復も出来ない。
 いつも気丈なビアンカも恐怖と絶望感で涙が出てくる。
 そんな自身の感情を押し殺し、銃の残弾を確認する。
「ロッソ、予備のマガジンは!?」
 ロッソはその質問に首を僅かに横に振る。
 今ビアンカの持っている銃の残弾は数発、しかも予備もなし。
 フェイズ3の個体を相手にするには火力や決定打に欠ける。
 悔しさから銃やナイフを投げ出したかった。
 だが、そんなことをしても敵を追い払えない。
 そんな二人に追い討ちを掛けるかのように人狼の叫び声が聞こえ、足音も複数確認できた。
 二人が通ってきた道から人狼が走ってくるのがわかる。
 実はここに戻ってくるまで幾つもの脇道があったのだが、見ている余裕等なかった。
 恐らくその脇道からやって来た人狼達が匂いを頼りに向かってきていたようだ。
「クソッタレ!! 来るなら来なさいよ!! 皆殺しにしてやる!!」
 半狂乱になりながら人狼が向かってくるであろう暗闇の方へ銃口を向ける。
 目を凝らし、その姿が見えた瞬間に引き金を引いた。
 しかし、ろくに狙いをつけないまま連射したため、大して当たらず弾切れになってしまう。
「畜生!!」
 銃を乱雑に投げ捨て、ナイフ片手に人狼目掛けて走り出す。
 両者の距離が縮まると、双方が同時に飛びかかった。
 人狼の頭にナイフを突き刺そうと振り下ろすが、それより一瞬早く体当たりされてしまう。
「ガハッ!?」
 まるで子供がラグビー選手のタックルを受けたように、ビアンカの身体が吹っ飛ぶ。
 衝撃を受けた肋骨が折れ、内蔵を傷つけられたせいで吐血する。
 激痛から芋虫のように身体を丸め、悶える。
 その様子に人狼達は足を止め、勝利を確信。
 舌を出し、満身創痍の二人を敵から餌に認識を変える。
 一歩ずつ餌とみなした二人へ近づいていく。
 最早戦う術がなくなったビアンカとロッソは、これから喰われるであろう未来が容易に想像出来た。
 ビアンカは睨み付けるが、人狼達はもう警戒していない。
 三体の内の一体がロッソに手を伸ばす。
「待って……彼に……触らないで」
 喋る度に身体の内側から鋭い痛みが走る。
 せめて相方だけでも助けたい。
 だが、どうすることも出来ない。
 ロッソは首を掴まれ、持ち上げられる。
「ぅ……ぐ……」
「ロッソ!!」
 悲痛な叫びを上げるものの、敵は意に介さない。
 今度は別の人狼がビアンカの頭を掴み、強引に持ち上げる。
 その筋力に頭が潰されそうになる。
 必死にもがき、弱々しく蹴るが当然効果はない。
 今までの実績から自分は強いと思っていたビアンカも、この状況ではそれは過大評価だったを思い知らされる。
「クソ……野郎……」
 大きく開いた人狼の口を前に精一杯の悪態。
 これが最後の光景かと思うと涙が出てきた。
 もうダメだ。
 そう思っていたが、人狼達の動きが一瞬止まり、先ほど来た道へ視線を向ける。
 まるでゴミでも捨てるかのようにビアンカを手放し、ロッソも解放された。
(な、なんで……?)
 訳が分からず、人狼達が向ける視線の先を見る。
 すると、誰かが走ってくる音が聞こえてくる。
 フェイズ3の個体のように四足歩行の足音ではない。
 その者は黒いロングコートに黒の長髪。
 右手にはプラチナのブレードを持っている。
(レイナ!?)
 両目が真っ赤に染まった狩人の姿にビアンカは驚愕した。
 弾丸の如く突っ込んでくる彼女に、人狼達は雄叫びを上げ走り出した。
 すぐに両者の距離が詰められる。
 先に飛びかかったのは人狼の方だった。
 最初の一体が襲い掛かるが、レイナはすかさずその下を潜り、敵の右肩から左脇へ一直線に切りつける。
 二体目が跳躍する蛙のように屈む。
 それより早く跳び、すれ違いざまに首を斬るものの完全に両断出来なかった。
 だが勢いは殺さない。
 三体目はすでにタイミングを合わせて右腕を横へ薙ぎ払うように振っていた。
 その爪による凶悪な攻撃を左腕を盾にして耐える。
 コートが肉ごと裂ける。
 痛みを無視してブレードの切っ先を三体目の胸、心臓に向ける。
 敵が左腕による切り返しの攻撃をするより早く懐目掛けて突っ込む。
 ブレードを敵の心臓へ突き刺すと、機械のスイッチをオフにしたかのように止まった。
 レイナは三体目の敵を強引に蹴りだしてブレードを引き抜く。
 振り返ると、首を斬られた二体目が必死に呼吸をしようともがいていた。
 しかし、プラチナブレードで斬られた部分が壊死し、膝をついてから倒れる。
 一体目は袈裟斬りされた胴体を抑えていた。
 それでも人狼の弱点であるプラチナによって切られた細胞の壊死は止められない。
 怒りに震える敵が咆哮しながら近づいてくる。
 レイナを殺すため、右腕を大きく振りかぶる。
 まともに当たれば人間の頭が胴体から離れる威力があるその一撃を、冷静にかつ素早く屈んで回避。
 敵が二撃目を放つ前に、下から上に向かってブレードと突き出す。
 その切っ先は敵の首と顎の間から脳天まで貫通。
 すぐに引き抜き警戒しながら数歩離れると、人狼は糸が切れた人形のように倒れた。
「レ、レイナ……」
 瞬く間に三体の人狼を倒したレイナの名を口にするビアンカ。
 レイナはゆっくりと彼女の方を向く。
 血走った真っ赤な目にビアンカは恐ろしさから言葉を失う。
 だが、その目もすぐに元に戻ると、疲労感からか膝を床に付けた。
「ビアンカ……アルファチームは……全滅……ブラボーチームとは……連絡が……とれない」
 四つん這いの状態で床を見たまま報告した。
 もうどれほどの敵と対峙して来たのだろうか。
 レイナは贔屓されていると思っていたが、今の戦闘を見て分かった。
 戦闘力や経験による動き、さらには奥の手があるレイナのほうが圧倒的に強い、と。
「こっちも、全員やられた、あとは、私とロッソ、だけ……」
 喋る度に身体の中からの痛みに襲われる。
 ロッソを見ると今にも気を失いそうだった。
 傷が深く出血も酷い。
 もし目を閉じればもう二度と目覚めない予感がした。
 だが、悪夢のような状況は終わらない。
 レイナの後方からまたもや複数の人狼が走ってくるのを察知した。
「ビアンカ……ロッソと……逃げて……」
 レイナはブレードを置き、腰のホルスターからハンドガンを抜く。
 それはどう見てもマグナム銃ではなく、先程ビアンカ自身も使用していた物と同じ通常のもの。
 世界一使われているといわれるオーソドックスな9ミリ弾を発射するタイプのものだった。
「ちょっと、それじゃあ、あいつらを倒せないでしょ」
 こちらに向かってきているのは今までのことを踏まえてフェイズ3の個体の群れだ。
 そんな強力な敵に今更9ミリ弾など通用するはずがない。
 そう、通常のものなら。
「レイナ、それじゃあ無理だって」
「……」
 レイナは左腕の痛みに耐えながら銃を両手で持ち、片膝だけ床に付けた状態で構える。
 気絶しそうな程の疲労感に襲われるが、それを精神力で無理矢理抑え込み狙いをつける。
 敵は三体。
 距離はまだ遠い。
 薄暗い廊下を走ってくる異形の化け物の姿を捉える。
 先頭を走る一体の頭目掛けて銃を撃った。
 その弾頭は真っ直ぐ、吸い込まれるように人狼の左目に直撃。
 フェイズ3の個体であれば、例え目を撃たれようともハンドガン用の弾丸であれば死にはしない。
 だが、その弾を当てられた個体はすぐに死亡し両手足の動きを止めた。
 まるで投げ捨てられた人形のように滑る一体目の身体。
「え、なんで……」
 疑問に思うビアンカ。
 そんな彼女に構うことなく二体目、三体目の眉間を撃ち抜く。
 極度の疲労状態でも当てられたのは訓練と長い実践経験の賜物だった。
「ふぅ……」
 銃口を下に向け、再び床に顔を向けるレイナ。
 ビアンカは比較的近くにまで来て倒れた三体目の眉間を見ると、その周囲の細胞が壊死しているのが分かった。
「これって、まさか、プラチナ弾!?」
「そう、でも、あと、七発……」
 流通量が少なく、まして秘密裏に弾頭として使うともなると少数しか揃えられない弾。
 人狼の弱点の貴金属を使用した弾なら、ハンドガン用の弾丸でも倒せる。
 それを今ようやく納得した。
 しかし、まだ安心できない。
 あと何体フェイズ3の個体がいるか分からず、仲間の部隊は壊滅。
 エースクラスの三人も満身創痍と絶望的な状況だった。
 そこへ追い討ちを掛けるようにまたも複数の足音。
 今度は四体。
「ぅ……」
 レイナは朦朧とする意識の中で再び腕を上げる。
 下唇を尖った犬歯で噛み、その痛みで無理矢理意識を繋ぐ。
 視界が霞む中で一体目、二体目、三体目ともうほぼ感覚で狙いを付けてプラチナ弾を頭に命中させる。
 だが、四体目で油断した。
 倒れた三体目を飛び越える瞬間と発射した瞬間が重なってしまい、外してしまう。
(クソッ)
 只でさえ肉体や体力が限界を迎えているなか、外れたことによる精神的負担が平常時より遥かに大きくのし掛かる。
「レイナ!?」
 走って接近してくる人狼にビアンカが動揺して叫ぶ。
 それが、更なる動揺を誘う。
 なんと、人狼はレイナに飛び掛かる直前に横へ飛んだ。
「なっ!?」
 思わぬ敵の動きに引き金を引いてしまう。
 それまでただ突っ込んできていた人狼だったが、仲間が撃たれ倒されたことで本能的に危機を察知。
 その個体だけ悪知恵が働いた。
 貴重な弾丸を外し、残り二発。
 だが、レイナは焦ってしまい残弾数を一瞬失念する。
 一秒にも満たない僅かな隙。
 十分に近づいた敵がそれを見過ごすはずがなかった。
 まるでワニを彷彿させるほど大口を開け突っ込んでくる。
 レイナは負傷した左腕で防御姿勢をとると、人狼は警察犬の如くその腕に噛みついた。
「ッ!?!」
 敵の牙が骨まで食い込む。
 疲労感など彼方に吹っ飛ぶ程の激痛。
 人狼は容赦はしない。
 喰い千切るため頭を左右に強引に振る。
 レイナの身体が人形のように揺さぶられた。
 そんな中でも彼女は右手に持った銃を離さない。
 牙が腕の骨を砕き、その口を完全に閉じようとした時だった。
 人狼が勝利を確信して動きを止めた。
 すかさずレイナは銃口を敵の心臓へ向けると、無我夢中のまま残りの二発を発射。
 致命傷となる反撃を受けた敵は苦痛の叫び声を上げるため、口を大きく開いた。
 床に落ちるレイナ。
 撃たれた心臓部分を抑えながら後退する人狼。
 もう武器を持っていない彼女は皮一枚繋がった左腕の激痛に耐えながら祈る。
(そのまま……死んで……!!)
 人狼の両膝が床につき、前へゆっくりと倒れた。
 弾切れとなった銃を向けたまま、レイナは警戒する。
 仮に今人狼が立ち上がっても撃てないが、戦闘による緊張感から未だ残弾がないことを認識できていない。
 数秒経過し、敵が死んだことを確認してからようやく銃を下に向けた。
「レイナ……無事?」
 自身の怪我より遥かに酷い状態のレイナを、ビアンカが心配した。
 レイナはもう言葉を発することが出来ず、首を横に振るのみ。
 ロッソも出血量が多いため、目から光が失われつつあった。
 もう誰も戦えない。
 唯一ビアンカは動けそうだが、内蔵へのダメージが酷いため満足に戦えそうにない上に武器もナイフのみ。
 レイナが置いたブレードもあるが、接近戦を挑めば反撃されることは必須の人狼相手では先にこちらが絶命する可能性が高い。
 ビアンカはどうすればいいか分からなかった。
 戦闘前の強気な態度は嘘のように目に涙を溜め、迷子になった子供のように狼狽する。
「ロッソ、レイナ、ど、どうすれば……」
 無線を用いて助けを求めようにも仲間も死んでいる。
 だからといって二人を置いて自分だけ逃げる決心もつかない。
 完全に弱気になり、優柔不断な態度のまま視線だけが右往左往する。
 そこへ何者かの足音。
 ビアンカは人狼達が来た廊下へ顔を向ける。
 薄暗い廊下の先から男が歩いてくる。
 上半身裸のまま全身の血管という血管を浮かび上がらせ、血走った目をした屈強な男。
 明らかに味方ではなかった。
 その男こそ、この場所を拠点としていた人狼達のリーダーだった。
 泣きっ面に蜂といえる状況に、ビアンカは床に顔を付けて立ち上がれずにいるレイナに目を向けた。
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