ブラッドリング

サノサトマ

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赤と白の共闘Ⅲ

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「被害状況を報告して」
 地下壕に潜む人間形態の人狼集団を一掃したビアンカは、ロッソと仲間のチームに指示を出した。
「ま、こっちはほとんど被害なしってとこだな」
 ロッソはチームメンバーを軽く見回して確認。
 数人が敵の弾丸で腕や足を掠めた程度で大した被害ではなかった。
「こちらビアンカ、レイナ、そっちはどう?」
 無線での交信を試みる。
 しかし、ノイズが酷い上に返事がない。
「ちょっとレイナ、聞こえてるの? 返事して……アルファチーム、ブラボーチーム、そっちの状況は?」
 応答がないことに苛立ち始める。
 ロッソや他のメンバーも同様にノイズしか聞こえてこない様子から、無線の故障ではなくここの電波状況が悪いことが分かる。
「だめだなこりゃ、仕方ない、こっちはこっちで進むか」
「チッ、私らのほうが多く奴らを仕留めることになったらレイナが楽することになるじゃない」
「そうなったらレイナより優秀だってことで、称号を貰えるように局長に進言したらどうだ?」
「あの局長が簡単に認めてくれるならね」
 多数の敵の死体をその場に残し、更に奥へと一行は進んでいった。



 しばらく通路を進んでいく一行。
 しかし、先ほどまでの余裕はない。
 特に軽口を言い合うビアンカとロッソが静かだった。
 理由はこの先から来る血の匂い。
 時間がそれほど経過していないものだと判断できる。
 さらに、人狼の匂いが濃くなっているのに嫌な予感がした。
「皆、気を抜かないで」
 先頭を歩くビアンカが振り返り、皆に警戒を強めるよう言ったその時。
 薄暗い廊下の先から何者かが来るのをロッソが気づいた。
「おいビアンカ」
「ん? え……」
 徐々に相手の姿が見えてくるにつれて、血の気が引いていく。
 なんと、敵は完全に狼人間となったフェイズ3の人狼だった。
 しかも、数は一体や二体ではない。
 状況は最悪だった。
 一体だけなら仲間達の集中放火で倒せる。
 だが、今の火力で倒せるか分からない。
 フェイズ3の集団を相手にするという初めてのケースに一瞬固まってしまう。
「撃って……早く撃って!!」
 ビアンカの叫ぶような命令。
 それを合図にロッソと仲間達が一斉に銃を連射していく。
 同時に人狼の集団も突撃してくる。
 無数の銃弾を受けても痛みを感じることも怯むこともなく、四足歩行で迫る獣はまるでブレーキが壊れた自動車のようにビアンカ達に飛び掛かってきた。



 レイナとアルファチームから別行動をしていたブラボーチームの面々は、警戒しながら薄暗い廊下を進んでいた。
 途中無線が入るが、ノイズが酷く聞き取りにくかった。
「それにしても、北部局のレイナか、いいなあいつは」
 一人が緊張の糸が途切れたように軽口を言った。
 それに近くの仲間が応える。
「ああ、ブラッドハウンドの称号持ちで任務に忠実、堅物だがクールで美人だ」
「お前もそう思うだろう? ありゃあ男と二人っきりになったらきっと乱れるぜ」
「お前達、任務に集中しろ」
 チームリーダーが二人を注意した。
 だが、二人は悪びれる様子を見せない。
「でもよ、隊長もそう思わないか? ビアンカはいつもギャンギャン五月蝿いだろ? それに対してレイナはあんまり感情を見せないから、任務以外の時はどんな顔をしてるのかって気になるんだよな」
「まあ、分からなくもないが、その話はこの任務が終わってからにしろ」
「了解……ん?」
 軽口を言ったメンバーが何かに気づく。
 視線の先、二十メートル先から明かりがなく様子が分からないが何者かの気配。
 すぐに隊長を始め他のメンバーも気付き、無言のまま銃を構える。
 先程の軽快な雰囲気が一気に冷え込む。
 徐々に距離を詰めてくる正体不明の相手。
 その者の姿が、僅かな明かりと彼ら吸血鬼の視覚によって確認できると、皆息を飲み込んだ。
 人狼の集団の中に一体はいると思われていたフェイズ3の状態となった敵。
 それが四体。
 隊長が反射的に無線のスイッチを入れる。
「フェイズ3多数!! 繰り返す!! フェイズ3多数!!」
 その声に反応し、敵集団が走り出した。
「隊長!!」
「撃て!!」
 持っていたライフルによる一斉射撃。
 人間なら数発受けただけで絶命する弾だが、完全に変化した人狼を複数止めるには不十分。
 何発もの弾によって肉が抉れ、身体に穴を開けられようが敵は構わず足を止めない。
 まるで心臓が動く限り戦う狂戦士の如く、人狼達は彼らに襲いかかった。




 先を進むレイナとアルファチームは無線からの連絡を耳にした。
 電波状況が悪いため、ノイズが酷かったが 『フェイズ3』という言葉は聞き取れた。
「……レイナ、どうする?」
 チームメンバー達は動揺する。
『多数』という単語も聞き取れた。
 もしかすると、敵の人狼集団の中にフェイズ3となった者が複数存在するという最悪な状況なのではないかと不安に駆られる。
 レイナは数秒考えた後に指示を出す。
「アルファチームは戻ってブラボーチームと合流して、私はこのまま先へ進む」
「一人で先へ?」
「ええ、私なら一人で大丈夫、それより彼らと合流して状況を確認して」
 そう言いながら先へ進んだその時。
 レイナの足場が突如崩れた。
「レイナ!?」
「くっ……」
 頭から落下しないよう瞬時に空中で体勢を整え、足から落ちる。
 四メートル以上はある下の階層へなんとか無事に着地した。
「無事か!?」
「ええ、なんとか……」
 老朽化した場所を踏み抜いたようだった。
 上から仲間の声に応えながら周囲を確認する。
 どうやらレイナがいる場所には明かりがなく、見渡す限り暗闇が続いていた。
 同時に、レイナの嗅覚と本能が警告する。
 いつにも増して濃い人狼特有の獣のような匂い。
 それに加えて彼女自身の経験からくる勘が一気に緊張を高めた。
 何かがいる。
 それも一体や二体ではない。
 懐のホルスターからマグナム銃を抜き、構える。
 暗闇の中に潜む存在を凝視して探す。
 人間以上の速さで暗さに慣れたレイナの目が捉えた者の姿は最悪だった。
 完全に変身した狼人間。
 無線から聞こえたフェイズ3の状態の敵。
 それも一体や二体ではない。
 レイナは通路の前後を挟み込まれるような位置に落ちてしまったようだ。
 即座に走り出してきた敵目掛けてマグナム銃を撃つ。
 迫りくる一体の胴体部分、心臓に近い位置にまとめて数発当てる。
 撃たれた人狼は一瞬怯むが、他は止まらない。
 すぐに距離を詰めると、その凶悪な爪で引き裂こうと飛び掛かってきた。
 レイナは素早く横へ回避。
 振り向き様にまた撃つが、それだけでは絶命させることは出来ない。
「レイナ!!」
 上の階層にいた仲間が、レイナが落ちた穴から援護射撃を試みる。
 だが、引き金を引くより先に前方から敵の気配。
 視線を下から前に向けると、下の階層にいる敵と同じ姿をした人狼が数体向かってくるのが見えた。
 一体だけではない最悪の敵を前に、チームメンバー達は無我夢中で乱射した。
 集団の一番前にいた人狼が多数のライフル弾を受け、走ってきた勢いそのままに倒れる。
 しかし、後ろの人狼達は止まらない。
 倒れた味方の身体を飛び越え、未だ銃を撃つメンバーに四足歩行で走る。
 あっという間に距離を詰め、レイナが落ちた穴を飛び越え、アルファチームの一人の首に噛みついた。
 災害時の土砂崩れのような人狼集団の襲撃に戦線は崩壊。
 断末魔と銃声だけが響き渡った。
 下の階層にいるレイナは一瞬だけアルファチームのいる上へ意識を向ける。
 だが、自身も多数の敵を相手にしている状態では援護に行けない。
 攻撃よりも回避を重視して立ち回っているが完全に捌けるわけではなかった。
 敵も避けるレイナの動きを予測し始め、大きく腕を振りながらの攻撃をしてくる。
 二体目までの攻撃なら避けられたが、三体目の攻撃が右腕を掠める。
 それだけで防刃のコートが裂け、痛みで右手に持った銃を手放してしまう。
 レイナは銃を拾わず、その場で両方の拳を強く握りしめる。
 すると、両方の袖から長さ二十センチはあるプラチナ製のブレードが飛び出す。
 いざという時の為の隠し武器。
 飛び掛かってきた敵を避けつつ斬りつけると、苦痛に満ちた咆哮が聞こえた。
 人狼の弱点であるプラチナでの攻撃で、相手の腕に一直線の傷が出来、細胞が壊死していく。
 しかし、それをゆっくり観察している時間はない。
 他の敵も襲いかかってくるからだ。
 続けて別の個体による飛び掛かり。
 本来であれば心臓や首を狙うのだが、他にも人狼がいる状況で動きを止めるのは不味い。
 あくまでも回避しながらの斬りつけ。
 こちらの被害を最小限にしつつ行う攻撃は決定的な一撃を与えにくい。
 すれ違いざまに相手の腕や胴体を切ってすぐ離れる。
 闘牛士以上の回避力が求められ、レイナは常に動き回っていた。
 足を止めれば、獲物に肉食動物が群がるかの如く襲われるのは必須。
 援護を求めようにも、仲間はそれどころではない。
 一体目と二体目の攻撃の後、三体目の体当たり。
 連続した回避動作の直後に僅かに足がもつれてしまう。
 そこへ合わせるように敵の巨体が当たり、数メートル吹っ飛ばされてしまった。
「ぅ……く……」
 自動車に跳ねられたかのように転がった後、受けた衝撃と激痛に悶えた。
 いつの間にか上の階層にいた仲間達の声も聞こえなくなっている。
 最悪だった。
 こちらは援軍なし。
 敵はほとんど健在。
 先ほどまで熾烈な攻撃を仕掛けてきた人狼達だったが、状況が有利と分かると攻撃の手を緩めた。
 レイナを敵ではなく餌として見下し、ゆっくりと近づいていく。
(同じだ……あの時と……)
 一歩一歩近づいてくる人狼達を前に、過去の記憶が甦る。

 約百年前の世界大戦の時。
 血と泥にまみれた塹壕の中で多数の敵兵が眼前に立ちはだかる。
 だが、彼らは人間ではない。
 敵軍の軍服を着ている彼らはヘルメットや弾切れになった銃を捨てると、牙や爪が伸ばし毛深くなっていく。
 レイナは恐怖した。
 これから自分はあの化け物達に食われる。
 それだけではない。
 戦場という極限の状況の中で理性を失った敵が女性に対して何をするか。
 肉を引き裂かれながらおぞましい行為がされるのが本能で分かった。
 仲間も武器もない中、おののく自身の中にある何かが呼び起こされた。
 長年生きた吸血鬼は自分の身体能力を意図的に強化させることが出来る。
 それを恐怖と生存本能が高まった彼女は感覚的に理解した。
 何かは分からないが、何かが出来る。
 生き残るにはこの正体不明の能力に掛けるしかない。
 全身に力を込めると心拍数が急上昇し、目が血走り、両手の皮膚が黒く硬質化していく。
 恐怖心と高揚感が入り交じり、ただ生き残るため彼女はその力を使った。
 自身も噛まれ、肉を引き裂かれながら無我夢中で力の限り腕を振った。
 それからしばらくして気がつくと、周囲には敵の死骸。
 傷だらけとなり、意識が朦朧とする中。
 足元の泥水から血の匂いを嗅ぎとると、喉の渇きを潤すため頭から突っ込んだ。
 最早綺麗かどうか等言ってられない。
 ある程度飲むと、顔を上げ泥水まみれになりながら周囲を見渡し理解した。
 ああ、自分は化け物なんだ、と。

 その後の訓練では手先を硬質化させるだけで体力を消耗した。
 だから今すべきは硬質化ではなく、身体能力のみの強化。
 まだ敵は歩いている、油断している。
 レイナはこのチャンスを逃さなかった。
 四つん這いの状態のまま全身に力を入れる。
 心臓に意識を集中させると、彼女は自分の意思で心拍数を上昇させる。
 全身の血管がはち切れんばかりに浮き上がり、目が赤く染まっていく。
 レイナの異変に人狼達が気がついた。
 直ぐ様走り出し、飛び掛かる。
 だが、その牙や爪が彼女の身体に到達することはなかった。
 レイナは前方に飛び出すと同時に、腰に装着しているブレードを鞘から引き抜く。
 視界には四体の人狼。
 だが、彼女にはそれがスローモーションのようにゆっくりとした動きに見えた。
 身体の強化と同時に脳の処理速度も上昇。
 大胆にかつ確実に一体ずつ仕留めていくため、突撃する。
 左腕の刃を左手側にいる人狼の下から心臓へ突き刺す。
 細胞が壊死して抜けるまで時間が掛かるため、根本から無理矢理折った。
 続けて右手側にいる人狼の首を強引に振り下ろしたブレードで斬る。
 両断するまでには至らなかったが、頸動脈は切れた感触がした。
 三体目の左目に右腕の刃を深く突き刺す。
 これも先程同様時間がないので折った。
 四体目は両手を広げ口も大きく空けながら飛び掛かってきている。
 ブレードの切っ先をその口内へ向け、全体重を掛けて突き出す。
 明らかに人狼の体重の方が重かったが、筋力と勢いで強引に受け止め刺し殺した。
 ここまで二秒足らず。
 四体目の喉にブレードを突き刺し、その勢いを受けきった瞬間にスローモーションの状態が終わった。
 地面に死体となって落ちる三体と、喉の奥の頚椎を破壊され、もう動かなくなった四体目。
 ほぼ一瞬にしてフェイズ3の人狼四体を倒したレイナであったが、体力を消耗してしまい膝をつく。
 だが、敵はまだいる。
 上の階層にいる仲間を殺した人狼達が穴から落ちてくる。
 レイナは強化状態を無理矢理維持すると、ブレードを振りかぶりながら再び突撃した。
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