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赤と白の共闘Ⅱ
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ギリア国北部の工業地帯と東部の市街地の間。
戦時中に作られた地下壕を拠点とする人狼達を討つために、政府所属の吸血鬼であるレイナ達が潜入していった。
最初は入り口に罠があるかと警戒したが、特になかったため下っていく。
地図は頭に入っていたが、所々にしかない明かりのため地下は薄暗く死角も多い。
吸血鬼の強化された五感を頼りに進んでいくと、道が二手に分かれていた。
一つは正面へ続く道。
もう一つは左へ続く道だが、こちらのほうが広く本道のようだった。
レイナは左から人狼の匂いを嗅ぎとると、壁を背にしながらゆっくりと顔を覗かせる。
左の道の先は更に続いており、先には十字路がある。
恐らくそのどちらか、もしくは両方の道に潜んでいると予測した。
すると、後ろからアルファチームとブラボーチームが近づいてくる。
レイナのすぐ後ろまで到達すると、アルファチームの隊長が首を横に振る。
それは、『ここに来るまで敵の姿なし』という意味だ。
レイナはチームの一人が装備している手榴弾を指差し、自分に渡すようサインを送る。
相手は指示の通り手榴弾を渡すと、レイナは安全ピンを抜いた。
勿論、その音はチームだけではなく十字路に隠れている敵にも聞こえたはずだ。
(なにをしているんだ?)
手榴弾はピンを抜いてから爆発まで五~六秒掛かる。
今レイナはすでに二秒手に持ったままだ。
このままでは自爆してしまうのではないか。
そんな心配を他所に更に二秒経過した次の瞬間。
十字路に潜んでいるであろう敵目掛けて投げた。
丁度十字路の左右の通路の間に手榴弾が到達したと同時に爆発。
隠れていた敵はその衝撃と破片に襲われた。
「がっ!?」
「ぅっ!?」
待ち伏せを読まれていた敵は、逆に先手を打たれて体勢を崩す。
その隙を逃さないと言わんばかりにレイナは一気に距離を詰め、手に持ったマグナム銃を敵の頭目掛けて撃つ。
左側通路三人を始末。
振り返って右側に二人いるのを確認。
敵は立て直して銃を構えようとするが、それより早くマグナム弾を二人の頭に当てた。
あっという間に五人始末したものの、今度は正面の通路の方から複数の敵が銃を乱射してくる。
すぐに隠れ、無線越しに指示を出す。
「アルファチーム! 援護して! ブラボーチームは別の道を!!」
『了解』
最初の正面に続く道をブラボーチームに任せ、レイナはアルファチームと共に遭遇した敵集団との戦闘を行うこととした。
敵は人狼とはいえ、所詮は正規の訓練を受けていないならず者。
彼らはただ適当に乱射しているだけで、逆に特殊部隊として訓練を受けている吸血鬼達の正確な射撃に一人ずつ撃たれていった。
レイナとは逆に北口から侵入したロッソとビアンカ。
後ろからはチャーリーチームとデルタチームが続いていた。
『こち……ルファチー……敵と……』
ノイズ混じりの無線連絡。
地下は無線が通じにくいためか、断片的にしか聞こえない。
「向こうが当たりだったようね」
他人事のように呟くビアンカ。
それに対し、ロッソは頭を抱える。
「なあビアンカ、少しは緊張感を持ったらどうだ」
「十分緊張感を持って任務に当たってるわよ、ただ向こうの方が賑やかそうだと思っただけ」
未だにレイナを嫌っている彼女に、ロッソは反抗期の十代を相手にしているような気分になる。
先頭を歩いている二人に後方の二つのチームも無言ながら少し辟易していた。
それでも黙って付いていっているのは、二人が確かな実力を持っているからだ。
それに、二人で言い合いながら任務を遂行していくのは今回だけではない。
内心『またか』を思いながら周囲を警戒しつつ進んでいく。
しばらくすると、多数の太い柱がある広い空間に出た。
「こりゃあまた……柱がもうちっと少なけりゃあコンサートでもやれるな」
「あんたのコンサートなんて誰が……ん?」
ビアンカが何かに気がつく。
何度も嗅いだことのある、人狼となった人間の薄汚い匂い。
考えるより先に動く。
両手にナイフを持ち、近くの柱へ隠れる。
その動きを察知したロッソとチームの仲間達も身を隠した瞬間。
奥の柱に隠れていた敵が一斉に姿を見せ銃を撃ってきた。
「うおっ!? おいビアンカ! 気づいたなら言えよ!」
「いいじゃない! 気づけたんだから!」
柱を盾にしながら二人が言い合う。
「あんた達、援護して!」
ビアンカからの指示を合図に、他の仲間も反撃を開始。
ロッソは『やれやれ』といった雰囲気の中、両手にハンドガンを持ち彼女と視線を合わせる。
散々言い合った二人だが、長年共に戦った仲ならではの無言の合図。
ビアンカが頷くとロッソが身を乗り出し両手の銃を敵に向け連射。
敵は反射的に身を隠して無数の銃弾から逃れる。
その隙にビアンカは一気に距離を詰め、隠れている敵のすぐ横につくと逆手に持った右のナイフを横から弧を描いて相手の首に突き刺す。
「なっ!?」
他の敵が急に接近してきた彼女に驚き、銃口を向けるが他の味方に当たる危険があったため、一瞬だけ撃つのを躊躇った。
近接戦闘において、そのわずかな時間でさえも命取りとなるのをビアンカは身体で覚えている。
ナイフを強引に引き抜くと、その相手を蹴飛ばし、後ろにいる敵の首目掛けて左のナイフを投げた。
防弾、もしくは防刃効果がある防具を装備しているかもしれない胴体を避け、ナイフは一直線に敵の首に飛んで突き刺さる。
それを音のみで確認し、続け様に次の敵へ切り込む。
首や肩、太股といった防具による防御が難しい部位への攻撃に次々と武装した人狼達が切られていく。
「この……クソ吸血鬼がっ!!」
ビアンカと距離が離れている敵が怒りに身を任せて銃口を向けたその時。
横から多数の銃撃を受け倒れる。
「だめだめ、俺の彼女を撃つようなことしないでくれよ」
二丁拳銃のロッソの援護。
最初は敵を怯ませるための連射だが、ビアンカが接敵した後は彼女から離れた位置にいる敵を撃ち、足止め、もしくは始末していく。
気が強いが目の前の敵に集中しすぎるビアンカと、冷静に他の敵の位置を把握し対処していくロッソ。
遠近両方からのコンビネーションと他のチームの援護射撃で一方的に人狼を狩っていく。
その様子を、より離れた位置にいる若手の人狼が隠れながら見ていた。
(む、無理だ、俺も殺されちまう、他の奴に知らせないと)
本当は倒されていく仲間の姿に恐怖で戦えないことを、それらしい理由をつけて逃げ出した。
「ん? 一人逃げたぞ!!」
「それどころじゃない!! まだ残ってる!!」
動き回ったことで心拍数が上がり、より高揚したビアンカの叱責。
ここで反論しては自分が切られかねないと判断したロッソは、残りの敵を狩ってから逃走した相手を追うことにした。
薄暗い廊下を走る銃を持った一人の若者。
ロッソとビアンカ、それに多数の特殊部隊。
明らかにこちらより練度がある敵の集団に、仲間だった人狼達が一方的に倒されていく様が頭から離れない。
今度は自分が殺される。
その恐怖心が彼を突き動かす。
息が上がっても足を止めず、より地下壕の奥へと走っていく。
やがて、他の仲間がいる空間へたどり着く。
広さは教室程。
多数の棚があり、いくつかある簡易的な物品保管庫だった。
「お、おい!! 吸血鬼の奴らが来た!!」
息を荒げて慌てながら叫ぶ若者。
だが、そこにいる数人の仲間達は棒立ちのまま返事がない。
「ど、どうしたんだよお前ら!? 奴らがすぐそこまで……え?」
よく見ると皆注射器を手にしていた。
すでに中の薬品を注入した後だったのか、それを地面に落とすと、すぐに様子が急変する。
拳を握りながら震え、身体が膨れ上がるように大きくなっていく。
爪や牙が伸び、顔が狼のように変化し体毛が濃くなっていく。
彼ら人狼となった者が憧れ目指す、フェイズ3と吸血鬼側から呼ばれている姿。
完全なる狼人間、伝説上でオオカミ男と言われているその姿に皆が変化していった。
「な、なんで……」
フェイズ3に変化できるようになるには、長年血肉を喰らい自身を強化していく必要がある。
ここにいた者たちはリーダーを除き変化できなかった筈だった。
それがなぜか一斉に成長した。
しかも、どこか理性を無くしているようにも見える。
この世界でまともな感性を持ったのは自分だけになったのか、という錯覚すら覚えたその時だった。
奥の通路からリーダーが姿を見せた。
前までここのリーダー格だった男、ラオウルに代わる新たな長となった者。
その男が部屋に入り、一人変化していない若者を睨む。
「お前、なんで、まだ、変化して、ないんだ?」
「え、あ、それは……」
「注射を……打て……」
「え……?」
「この……注射……だ……」
明らかにリーダーもおかしい。
完全な狼人間となった周りの仲間も、獲物を前にしたオオカミのように若者を見ている。
「え、な、へ、変だ、変だよお前ら!? どうしちまったんだよ!?」
「臆病者……が……」
リーダーが若者を指差す。
「こいつ……は……戦う……気が……ない……もう……いらねえ」
「え、あ、なに、言って……」
「やれ」
リーダーからの合図に、他の狼人間達は一斉に飛び掛かった。
「ひ……ぎゃああああああああああ!!」
ライオンがシマウマを食べるように、多数の狼人間が若者に噛み付き、肉を引きちぎっていく。
抵抗も虚しく、ものの数秒で殺されてしまう。
一人の仲間を、まるで空腹を満たすかのように喰らっていく様子に、リーダーはまったく動じていない。
それどころか、自分の内側から力が溢れていく感覚に高揚する。
「敵が……誰だろうが……関係……ねえ……皆殺しに……して……やる」
全身の血管が今にもはち切れそうな程浮き上がる。
酒を飲んだ時より遥かに昂る。
その感覚は、まるで自分がこの世界で最も強い生物になったかのように感じる程だった。
戦時中に作られた地下壕を拠点とする人狼達を討つために、政府所属の吸血鬼であるレイナ達が潜入していった。
最初は入り口に罠があるかと警戒したが、特になかったため下っていく。
地図は頭に入っていたが、所々にしかない明かりのため地下は薄暗く死角も多い。
吸血鬼の強化された五感を頼りに進んでいくと、道が二手に分かれていた。
一つは正面へ続く道。
もう一つは左へ続く道だが、こちらのほうが広く本道のようだった。
レイナは左から人狼の匂いを嗅ぎとると、壁を背にしながらゆっくりと顔を覗かせる。
左の道の先は更に続いており、先には十字路がある。
恐らくそのどちらか、もしくは両方の道に潜んでいると予測した。
すると、後ろからアルファチームとブラボーチームが近づいてくる。
レイナのすぐ後ろまで到達すると、アルファチームの隊長が首を横に振る。
それは、『ここに来るまで敵の姿なし』という意味だ。
レイナはチームの一人が装備している手榴弾を指差し、自分に渡すようサインを送る。
相手は指示の通り手榴弾を渡すと、レイナは安全ピンを抜いた。
勿論、その音はチームだけではなく十字路に隠れている敵にも聞こえたはずだ。
(なにをしているんだ?)
手榴弾はピンを抜いてから爆発まで五~六秒掛かる。
今レイナはすでに二秒手に持ったままだ。
このままでは自爆してしまうのではないか。
そんな心配を他所に更に二秒経過した次の瞬間。
十字路に潜んでいるであろう敵目掛けて投げた。
丁度十字路の左右の通路の間に手榴弾が到達したと同時に爆発。
隠れていた敵はその衝撃と破片に襲われた。
「がっ!?」
「ぅっ!?」
待ち伏せを読まれていた敵は、逆に先手を打たれて体勢を崩す。
その隙を逃さないと言わんばかりにレイナは一気に距離を詰め、手に持ったマグナム銃を敵の頭目掛けて撃つ。
左側通路三人を始末。
振り返って右側に二人いるのを確認。
敵は立て直して銃を構えようとするが、それより早くマグナム弾を二人の頭に当てた。
あっという間に五人始末したものの、今度は正面の通路の方から複数の敵が銃を乱射してくる。
すぐに隠れ、無線越しに指示を出す。
「アルファチーム! 援護して! ブラボーチームは別の道を!!」
『了解』
最初の正面に続く道をブラボーチームに任せ、レイナはアルファチームと共に遭遇した敵集団との戦闘を行うこととした。
敵は人狼とはいえ、所詮は正規の訓練を受けていないならず者。
彼らはただ適当に乱射しているだけで、逆に特殊部隊として訓練を受けている吸血鬼達の正確な射撃に一人ずつ撃たれていった。
レイナとは逆に北口から侵入したロッソとビアンカ。
後ろからはチャーリーチームとデルタチームが続いていた。
『こち……ルファチー……敵と……』
ノイズ混じりの無線連絡。
地下は無線が通じにくいためか、断片的にしか聞こえない。
「向こうが当たりだったようね」
他人事のように呟くビアンカ。
それに対し、ロッソは頭を抱える。
「なあビアンカ、少しは緊張感を持ったらどうだ」
「十分緊張感を持って任務に当たってるわよ、ただ向こうの方が賑やかそうだと思っただけ」
未だにレイナを嫌っている彼女に、ロッソは反抗期の十代を相手にしているような気分になる。
先頭を歩いている二人に後方の二つのチームも無言ながら少し辟易していた。
それでも黙って付いていっているのは、二人が確かな実力を持っているからだ。
それに、二人で言い合いながら任務を遂行していくのは今回だけではない。
内心『またか』を思いながら周囲を警戒しつつ進んでいく。
しばらくすると、多数の太い柱がある広い空間に出た。
「こりゃあまた……柱がもうちっと少なけりゃあコンサートでもやれるな」
「あんたのコンサートなんて誰が……ん?」
ビアンカが何かに気がつく。
何度も嗅いだことのある、人狼となった人間の薄汚い匂い。
考えるより先に動く。
両手にナイフを持ち、近くの柱へ隠れる。
その動きを察知したロッソとチームの仲間達も身を隠した瞬間。
奥の柱に隠れていた敵が一斉に姿を見せ銃を撃ってきた。
「うおっ!? おいビアンカ! 気づいたなら言えよ!」
「いいじゃない! 気づけたんだから!」
柱を盾にしながら二人が言い合う。
「あんた達、援護して!」
ビアンカからの指示を合図に、他の仲間も反撃を開始。
ロッソは『やれやれ』といった雰囲気の中、両手にハンドガンを持ち彼女と視線を合わせる。
散々言い合った二人だが、長年共に戦った仲ならではの無言の合図。
ビアンカが頷くとロッソが身を乗り出し両手の銃を敵に向け連射。
敵は反射的に身を隠して無数の銃弾から逃れる。
その隙にビアンカは一気に距離を詰め、隠れている敵のすぐ横につくと逆手に持った右のナイフを横から弧を描いて相手の首に突き刺す。
「なっ!?」
他の敵が急に接近してきた彼女に驚き、銃口を向けるが他の味方に当たる危険があったため、一瞬だけ撃つのを躊躇った。
近接戦闘において、そのわずかな時間でさえも命取りとなるのをビアンカは身体で覚えている。
ナイフを強引に引き抜くと、その相手を蹴飛ばし、後ろにいる敵の首目掛けて左のナイフを投げた。
防弾、もしくは防刃効果がある防具を装備しているかもしれない胴体を避け、ナイフは一直線に敵の首に飛んで突き刺さる。
それを音のみで確認し、続け様に次の敵へ切り込む。
首や肩、太股といった防具による防御が難しい部位への攻撃に次々と武装した人狼達が切られていく。
「この……クソ吸血鬼がっ!!」
ビアンカと距離が離れている敵が怒りに身を任せて銃口を向けたその時。
横から多数の銃撃を受け倒れる。
「だめだめ、俺の彼女を撃つようなことしないでくれよ」
二丁拳銃のロッソの援護。
最初は敵を怯ませるための連射だが、ビアンカが接敵した後は彼女から離れた位置にいる敵を撃ち、足止め、もしくは始末していく。
気が強いが目の前の敵に集中しすぎるビアンカと、冷静に他の敵の位置を把握し対処していくロッソ。
遠近両方からのコンビネーションと他のチームの援護射撃で一方的に人狼を狩っていく。
その様子を、より離れた位置にいる若手の人狼が隠れながら見ていた。
(む、無理だ、俺も殺されちまう、他の奴に知らせないと)
本当は倒されていく仲間の姿に恐怖で戦えないことを、それらしい理由をつけて逃げ出した。
「ん? 一人逃げたぞ!!」
「それどころじゃない!! まだ残ってる!!」
動き回ったことで心拍数が上がり、より高揚したビアンカの叱責。
ここで反論しては自分が切られかねないと判断したロッソは、残りの敵を狩ってから逃走した相手を追うことにした。
薄暗い廊下を走る銃を持った一人の若者。
ロッソとビアンカ、それに多数の特殊部隊。
明らかにこちらより練度がある敵の集団に、仲間だった人狼達が一方的に倒されていく様が頭から離れない。
今度は自分が殺される。
その恐怖心が彼を突き動かす。
息が上がっても足を止めず、より地下壕の奥へと走っていく。
やがて、他の仲間がいる空間へたどり着く。
広さは教室程。
多数の棚があり、いくつかある簡易的な物品保管庫だった。
「お、おい!! 吸血鬼の奴らが来た!!」
息を荒げて慌てながら叫ぶ若者。
だが、そこにいる数人の仲間達は棒立ちのまま返事がない。
「ど、どうしたんだよお前ら!? 奴らがすぐそこまで……え?」
よく見ると皆注射器を手にしていた。
すでに中の薬品を注入した後だったのか、それを地面に落とすと、すぐに様子が急変する。
拳を握りながら震え、身体が膨れ上がるように大きくなっていく。
爪や牙が伸び、顔が狼のように変化し体毛が濃くなっていく。
彼ら人狼となった者が憧れ目指す、フェイズ3と吸血鬼側から呼ばれている姿。
完全なる狼人間、伝説上でオオカミ男と言われているその姿に皆が変化していった。
「な、なんで……」
フェイズ3に変化できるようになるには、長年血肉を喰らい自身を強化していく必要がある。
ここにいた者たちはリーダーを除き変化できなかった筈だった。
それがなぜか一斉に成長した。
しかも、どこか理性を無くしているようにも見える。
この世界でまともな感性を持ったのは自分だけになったのか、という錯覚すら覚えたその時だった。
奥の通路からリーダーが姿を見せた。
前までここのリーダー格だった男、ラオウルに代わる新たな長となった者。
その男が部屋に入り、一人変化していない若者を睨む。
「お前、なんで、まだ、変化して、ないんだ?」
「え、あ、それは……」
「注射を……打て……」
「え……?」
「この……注射……だ……」
明らかにリーダーもおかしい。
完全な狼人間となった周りの仲間も、獲物を前にしたオオカミのように若者を見ている。
「え、な、へ、変だ、変だよお前ら!? どうしちまったんだよ!?」
「臆病者……が……」
リーダーが若者を指差す。
「こいつ……は……戦う……気が……ない……もう……いらねえ」
「え、あ、なに、言って……」
「やれ」
リーダーからの合図に、他の狼人間達は一斉に飛び掛かった。
「ひ……ぎゃああああああああああ!!」
ライオンがシマウマを食べるように、多数の狼人間が若者に噛み付き、肉を引きちぎっていく。
抵抗も虚しく、ものの数秒で殺されてしまう。
一人の仲間を、まるで空腹を満たすかのように喰らっていく様子に、リーダーはまったく動じていない。
それどころか、自分の内側から力が溢れていく感覚に高揚する。
「敵が……誰だろうが……関係……ねえ……皆殺しに……して……やる」
全身の血管が今にもはち切れそうな程浮き上がる。
酒を飲んだ時より遥かに昂る。
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