ブラッドリング

サノサトマ

文字の大きさ
上 下
17 / 31

愛欲

しおりを挟む
 南東部局局長室。
 広い個室の壁には様々な絵画や剣、盾が飾られている。
 この部屋の主、女性局長のグレースは執務机の前に立ちながら何かを待っていた。
 そこへ、何者かがドアのノックする。
「局長、カロスです」
「入って」
 ドアを開けたのは黒いロングコートを着た、金髪の端整な顔立ちの青年だった。
 しかし、吸血鬼はほとんど外見が変化しないため、この青年の正確な年齢は不明。
 その落ち着いた雰囲気から恐らく見た目よりも歳を取っていると推測できる。
「局長、先程確認が取れました、西部局の局長であるグレゴリーも襲撃を受けたのは確実です」
「そう、で、結果は?」
「はい、多少の犠牲が出たものの敵勢力を撃退、しかし、証拠をすべて回収するには至らず、偽装工作をしてから帰還したそうです」
「ふん、あの大男もそう簡単には死なないみたいね」
 グレースは溜め息混じりに悪態をつく。
 実はこちらもグレゴリー同様、帰路につく途中に人狼の集団に襲われていた。
 しかし、敵が小規模だったのとフェイズ1程度の人狼だったため、複数の部下にロッソとビアンカが瞬く間に返り討ちにした。
 グレースの無事の帰還に胸を撫で下ろすカロスだが、一つ疑問に思った。
「なぜ奴らは我々の移動ルートの情報を知っていたのでしょうか?」
「おおよそ検討がつくわ」
「と、言うと?」
「内部に敵と内通している馬鹿がいるってこと」
「……裏切り者が?」
「ええ、しかも分かりやすい奴が犯人ね」
「もう目星が付いていると?」
「簡単よ、私もあの大男も地味な車に乗っていたのに、なんで一番派手な車に乗った馬鹿が襲われていないのか」
 カロスはグレースが乗っていった車を思い出す。
 グレゴリー同様、黒のワゴン車に乗っていったはずである。
 それに対し、一番派手な車に乗っていたのは報告された情報から北部局長のライアンだった。
「あの、デュランの息子が? しかし、なぜ?」
「馬鹿のくせにプライドが高いからよ、大した実力もないのに周りの足を引っ張る小物だからね」
「なら、デュランに報告を」
「必要ないわ、あの男ならこの程度のこと気づいてるはずよ、実際彼も以前襲撃を受けたみたいだし」
「放置しておくと?」
「ええそうよ、ただ……なぜここまで放置しているか気になるけど……」
 グレースは途中まで言い掛けてながらハイヒールを脱ぎ、執務机に腰を掛けた。
「ほら、いつものようにして頂戴」
 素足をカロスに向けると、彼はグレースの前に跪いてその足の甲に口付けをした。
 その行為にグレースは頬を紅潮させ、口角を上げる。
 カロスは表向きは執事だが、実際には彼女の愛人だった。
 なので仕事の合間や時間があるときにはこうした行為に耽っている。
「あの馬鹿は直接手を出す勇気はないということね、まあ、来たら来たで返り討ちにするけど」
 途中、グレースはある女性の顔を思い浮かべる。
「レイナ、私の物にしたいわ」
 その言葉にカロスは動きを止めた。
「……グレース様、私だけでは駄目ですか」
「なんですって……?」
 高揚していたグレースはすぐに怒りの表情を浮かべる。
 口付けされていた足を引くと、力強く前に押し出すようにカロスの顔を蹴った。
 後頭部を床に強く打つ程派手に倒れた彼は、口の端から血を出しながらすぐに起きて跪いた。
「カロス……私が何人愛人を囲おうと私の勝手でしょう? 貴方は私に指図出来る立場なのかしら?」
「も、申し訳ありませんグレース様」
「貴方は賢いけど余計な事を考えすぎなのよ、ただ私の言う通りにしていればいいの、分かった?」
「はい、仰る通りです」
「まったく……」
 グレースは先程脱いだハイヒールを履いた。
「もういいわ、貴方は今回の襲撃に関しての情報収集と事後処理を続けて」
 興が冷めたグレースはカロスに背を向け、もうその顔も見たくないといった雰囲気を見せた。
 それに対し、カロスは申し訳ない気持ちで胸が一杯になるが、一度不機嫌になった彼女がそう簡単に機嫌を直すような人物ではないことが分かっていた。
 立ち上がると深々と頭を下げ、部屋を出ていく。
 今にも泣きそうになるが、必死に堪えゆっくりとドアを閉めた。
 すぐ様足早に指示通り動く。
 途中誰もいない廊下でレイナの事を思い浮かべる。
(あんな女なんて……グレース様は俺が、俺だけが満足させることが出来るのに、なんで)
 嫉妬心に駆られ、目に涙を滲ませながらも己の仕事を全うする。
 それが今の彼がグレースのために出来る唯一のことだった。



 北部局局長室。
 無傷のまま帰還したライアンは苛立っていた。
 実力もない彼には不釣り合いな程豪華な部屋で、まるで駄々をこねる子供のように机を何度も叩く。
「クソ! クソ!! クソ!!! なにをしてるんだ奴等は!!」
 部下からの報告内容。
 本来なら同族の無事を喜ぶべきなのだが、今の彼は真逆の反応をしていた。
 それもそのはず。
 グレースの見立て通り、今回の襲撃事件を企てたのは彼だったからだ。
 理由としては単純なもの。
 他の局長が死に、自分だけ生き残れば優秀であるという証明になるという浅はかな考えを持ったから。
 そこへ、彼の側近であるエミリアが恐る恐る部屋に入り、様子を伺いながら近づいていく。
「ライアン、どうしたの……?」
「ぐっ……!」
「え、キャッ!?」
 彼女の腕を乱暴に掴み、その身体を強引に机の上へ投げ出した。
 怒りで歯を喰い縛りながら、乱暴にエミリアの服を破っていく。
「ちょ、ちょっとライアン!?」
「黙ってろ!!」
 エミリアをほぼ一糸纏わぬ姿にすると、今度は自分の服を乱雑に脱ぎ捨てた。
 そして、彼女の両足を無理矢理開かせると、準備も儘ならないまま行為に及んだ。
 突然の情事に身体も心の準備も出来ていないエミリアからすれば、ほぼ暴力に等しいことだが、立場上逆らえない。
 怒りの感情を独りよがりな快楽で解消するような幼稚な行動だが、一応は付き合っている関係であるため、彼の我儘を耐えながら受け入れていた。
(なんでっ、なんで何もかもうまく行かないんだよ!! クソが! クソが!!)
 体当たりするように乱暴に何度も己の身体をエミリアにぶつける。
 いくら吸血鬼とはいえ、こんなことをされれば痛みを伴うが、ライアンはまったく気にも留めていない。
 そしてあっけなく終わると、エミリアを一切心配する様子も見せないまま服を着た。
「さっさと出ていけ、俺が呼ぶまで来るな」
「う、うぅ……」
「聞こえなかったのか!? 早く出ろ!!」
「っ……」
 涙を堪え、破り捨てられた服を拾い部屋を出ていくエミリア。
 ライアンはそんな彼女の後ろ姿を見ても、罪悪感など全く感じていなかった。
(大丈夫、大丈夫だ、俺に繋がる証拠はないはずだ、あいつらは死んだからもう何も聞き出せない、そうだ、聞かれてもとぼければ良いだけの話だ、そうさ、俺は何も知らないんだ)
 自分にすら嘘を付くような子供じみた考えで、なんとかなると信じていた。
 こんな幼稚な行動と考えに局長としての威厳がないことなど、当の本人は全く分かっていなかった。



 射撃訓練所。
 レイナはいつものように、空き時間を利用して銃を撃っていた。
 何百回も何千回も標的を撃つ動作に最早慣れ、別の事を考えながらでも行えた。
 発射された弾丸が標的に穴を開けていく中、過去の出来事を思い出していく。
 いつまでも幼稚な上司。
 本気かどうか分からないような態度で誘ってきた別の局の局長。
 他の局の称号持ちの吸血鬼達。
 毎日同じ仕事をこなす社会人のようにあっという間に時間が過ぎていく感覚に、レイナは自分の戦いがこのまま永遠に続くのかと考える。
 無意識のまま撃っていると、残弾のことを忘れたせいで銃が弾切れの状態になった。
(集中していなかったか……)
 もしこれが実戦で敵が目の前にいたら危機的状況に陥っていたが、慣れきった訓練では身が入らない。
 そこへ、開いた入り口のドアを何者かがノックする。
「私も一緒にいい?」
 入ってきたのはアイヴィーだった。
「ええ、いいけど、貴女は銃の訓練が必要なの?」
「いざというときに備えたくて」
「そう……」
 レイナは素っ気なく返事をすると、そのままアイヴィーと目を合わせることなく銃を撃っていく。
 アイヴィーはレイナの隣へ立つと、ハンドガンを手にして初弾が装填されているか確認する。
「ねえ、レイナ」
「なに?」
「昔のこととか、聞いていい?」
「……あまり面白い話とか出来事はない」
「私としては興味があるわ、まあ、戦いに関することより別のこと……例えば、いい相手がいたとか」
「……」
 アイヴィーからの言葉に、レイナは撃つのを止め手を下ろす。
 苛立たせてしまったのか、とアイヴィーは様子を伺う。
 対するレイナは視線を下に向け、無言のままだった。
「そんな余裕は、なかった」
 記憶を辿ると、そのほとんどは闘争に関することだった。
 いつ自分が殺されるか分からない世界大戦時。
 誰を信じ、誰が裏切るか分からない状況だった冷戦時。
 派手な爆発音に銃声が鳴り響く戦場、その後の毒薬の匂いや暗殺道具の駆動音に神経を尖らせる日々。
 常人の一生であれば体験しきれない過酷な経験の数々が、脳裏をよぎっていく。
 そんな中で良い相手に出会えたかと言えば、NOである。
 生き残るために見捨てられたり、情報のために近づいてきたり。
 そんな男ばかり。
 思い出すだけで溜め息が出た。
 レイナの憂鬱そうな表情から察したアイヴィーは自ら切り出す。
「そうだ、デュランさんは?」
「っ!? ぇ、あ……」
 明らかに動揺した。
 目を泳がせながら思考を巡らせる。
「あ、あの方は、その、そういうのじゃ……」
「というと?」
「デュランさんは、なんというか、恩人だから、好意を抱くとか、そういった感情では、ない……」
 歯切れの悪いレイナ。
 今までデュランに対して恋愛感情を抱いたり考えたりしたことはなかった。
 孤児が支援してくれた大人に対して感謝の念を抱くような感覚に近い。
 アイヴィーは悪戯する子供のような笑顔を見せた。
「まあ、あの人は素敵なおじ様って感じ?」
「……もういい」
 レイナは不貞腐れるように訓練を中止し、部屋を出ていく。
「あ、ちょっと、レイナ」
 すかさずアイヴィーは後を追いかける。
「ごめんごめん、からかうつもりじゃなかったの」
「分かったから、もうその話題は口にしないで」
「はいはい」
 顔を赤らめているレイナを見れたのが楽しかったアイヴィーは二つの意味で満足した。
 一つは、普段見れないレイナの表情を見れたこと。
 もう一つは、レイナに意中の相手が今までも含めていないということ。
 その情報だけでも、アイヴィーにとっては大収穫だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

大正石華恋蕾物語

響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る 旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章 ――私は待つ、いつか訪れるその時を。 時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。 珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。 それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。 『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。 心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。 求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。 命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。 そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。 ■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る 旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章 ――あたしは、平穏を愛している 大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。 其の名も「血花事件」。 体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。 警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。 そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。 目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。 けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。 運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。 それを契機に、歌那の日常は変わり始める。 美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...