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黒い爪
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ブラッドリング施設の戦力であるハウンド部隊。
一口に実働部隊と言っても皆同じではなく、それぞれ所属先がある。
その内訳は次の通りである。
・本部護衛隊
主に施設内の警護や襲撃してきた敵の撃退を任務としている。
・業務管理隊
主に戦闘を行う味方への支援や物資の管理等が任務である。
ここにアイヴィーやサイラス(銃管理人)が所属している。
・第一部隊(通称強襲コマンドー部隊)
完全武装の兵士数名から数十名による連携と火力によって敵の殲滅を主に行っている。
その特性から人気が少ない場所での活動が主であり、街中での展開はあまりない。
後述する事後処理部隊の護衛として出動していることが多い。
・第二部隊(通称エージェント部隊)
街中や人が多い場所での調査や偵察、情報収集を主な任務としている。
また、単独もしくは少数による市街地等での戦闘を最小限の武装で行うため、個人として高い戦闘力が求められる部隊である。
ここにレイナが所属している。
・第三部隊
主に戦闘後の事後処理を担当している。
証拠となる物品等を回収し見逃さないようにするため、戦闘力より五感が優れた者が配属される。
最低限の戦闘力は備えているものの、護衛の第一部隊と共に出動する機会が多い。
よくレイナが戦闘後に処理の要請をするのはこの部隊。
・第四部隊
ここには予備戦力、もしくはまだ配属先が決まっていない新兵等が配属される。
※レイナは第二部隊所属であるが、ブラッドハウンドの称号を与えられているため、他の部隊員にも指示が出せるほどの権限を与えられている。
ブラッドリング施設内、訓練室。
床、壁、天井全てがコンクリート製の頑丈な部屋にレイナが一人だけ立っていた。
いつも着ているロングコートは脱ぎ捨て、上は防弾チョッキ、下はレザーの状態。
そんな彼女の目の前にはコンクリートブロックが目線の高さまで積み上げられていた。
『レイナ、いつでもいいわ』
部屋にはいないアイヴィーの声が天井の装置越しに聞こえてくる。
隣の部屋にある訓練室用のモニタールームに声の主がいた。
目的は能力の測定。
レイナは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸すると全身に力を込める。
急激に心拍数と体温が上がり、その様子はアイヴィーのいる部屋の測定装置からも確認できた。
レイナが目を開けると、白い目は赤く染まりまるで悪魔のような眼差しでブロックを睨む。
続けて手に力を込めると、指先から手首に向けて徐々に黒く堅く変化していく。
人間の皮膚ではなく、金属のような質感に変化した両手でそれぞれ拳を握ると、大きく踏み込みブロックを殴った。
大砲の弾でも当てられたかのように砕け散る。
続けて左の手刀を床まで強引に振り下ろす。
クッキーでも砕いているかのように、呆気なくバラバラになるブロックだった物。
対してレイナの両手はキズ一つ付いていなかった。
「っ……はぁ、はぁ」
レイナは百メートルを全力疾走した選手のように息が乱れると、黒く変異した両手はすぐ元に戻っていった。
『流石ね、それなら武器はもういらない?』
「いいえ、これじゃあ駄目」
レイナは肩で息をしながら苦しそうに答える。
「体力の消耗が激しい上に変化させるのに時間が掛かる、これならナイフを一本でも多く持っていったほうがマシ」
『……実戦じゃあ使えない?』
「……ええ」
『じゃあどうして今回試したの?』
「自分の能力の限界を知りたかったから、多分デュランさんはこれをすぐに出来ると思う」
言い終わるとレイナは出口に向かって歩く。
「輸血パックを持ってきて頂戴」
『わかった』
二人は廊下で合流。
レイナは受け取った輸血パックの血をすぐに飲み干し、用済みとなった空をアイヴィーに捨てるよう伝えて渡した。
無論、アイヴィーは嫌な表情を見せない。
それどころか内心喜んでいたが、レイナは気が付かないままだった。
「でもすごかったわ、吸血鬼になるとあんな風に自分の身体を変化させることが出来るなんて」
「誰でも出来る訳じゃない、私も最初は出来なかった」
「ふ~ん……あ、そういえばレイナ、この施設の見取り図を見たんだけど、まだ案内してもらってない場所があったの」
「……」
「他の職員に聞いたら行くなって言われて……もしかして新人だから行けない場所とかあるの?」
「……」
レイナはいつも以上に口を開こうとしない。
むしろその件に関してあまり触れたくないといった表情を見せる。
しかし、このまま黙っていたのではアイヴィーからの追求が続くと判断し、説明することにした。
「あの場所は……まあいい、案内する、ただ、鼻がイカれるけど」
「?」
レイナに案内され、未だ行ったことのない地下施設奥の通路へ歩いていく。
すると徐々に薬品らしき匂いが強まっていくのを感じる。
まるで学校の理科室のそれを何倍も強くしたような匂い。
無論レイナも鼻腔を刺激され眉間に皺を寄せる。
アイヴィーも引き返したかったが、自ら聞いた手前断れない。
そうしている内に、二人は研究室という文字が掛かれた扉がある部屋の前に着いた。
レイナが扉を開けて中へ二人同時に入ると、資料室を彷彿とさせるかのように無数の棚に様々な薬品が入った無数の瓶。
その無機質の部屋に一人の男がいた。
「ん? ああ、レイナか」
男は痩せこけた体型に薄汚れた白衣を着ており、後退した頭髪に眼鏡を掛けた顔色が悪い老人といった印象だった。
「紹介するわ、彼はアルドリック、この施設で様々な研究をしている人よ、私達はドクターと呼んでいる」
「ど、どうも、新人のアイヴィーです」
「ああ、よろしく」
素っ気なく返事をするアルドリック。
この時、アイヴィーはこの部屋に誰も寄り付かない理由がわかった。
吸血鬼になると五感が強化されるが、敏感になった嗅覚はこの部屋ではむしろ被害が増してしまう。
一応、この部屋の主の前で鼻を摘まむのは失礼になるのではないかと思い、なんとか我慢している現状である。
「あ、あの……ドクターはいつからここに?」
「彼は元々ここの人間でも吸血鬼でもなかったの」
「え?」
レイナからの返答にアイヴィーは困惑した。
「世界大戦の時にこちらへ亡命……というより連れてこられたの」
「どういうこと?」
「ああ、それは私から説明しよう」
アルドリックは自らの過去を語りだした。
約百年前の世界大戦時。
レイナ達がいる国ギリアは、海を挟んで南に位置する大陸の独裁国家と戦っていた。
一時は敗戦寸前まで追い込まれたものの、様々な手段を講じて巻き返し、他国との連合を組んでその独裁国家を打倒した。
その際、独裁国内での人体実験が明るみになり研究データ等が流出、ギリア国が一部を回収した時についでに連れてこられたのだと言う。
彼自身愛国心はなく、あくまでも知識欲に駆られて実験していた非情な人間であり、研究ができればどの国でもよかった。
実際、その独裁国家にいた時は人為的に人間を人狼にすることで、人狼兵団を作ろうと様々な人体実験を繰り返してきたが、あくまで国のためではなく自らのためだけにしていた。
ギリア国に従えている吸血鬼(議員のデュラン含め)は敵に関する情報、及び弱点の研究のためアルドリックを処刑せずに引き入れる。
そして、ギリア国とその吸血鬼に従い、彼自身も吸血鬼化することを条件にここでの研究を任せられることとなった。
表向きには戦争に荷担した犯罪者並びに非道な人体実験を行った一人として死刑に処されたということになっている。
二度と祖国の土を踏むことは出来なくなったアルドリックだが、彼にはそんなことなどどうでもよかった。
「というのが私の過去の一部だ、全てを話すと長くなるのでね、かなり割愛したが」
この研究所にくるまでの経緯を簡潔に話したアルドリック。
しかし、アイヴィーはこの研究室の薬品等の匂いのせいで集中できず半分は聞き流していた。
「とりあえずこれで紹介は終わったから、部屋に戻るわ」
レインが踵を返し、それにアイヴィーが続こうとしたその時、アルドリックは何かを思い出したように呼び止める。
「そうだレイナ、一つ言い忘れていた」
「……何?」
一刻も早く部屋を出たいという感情が眉間に皺を寄せる。
だが、彼はそんなことなど読み取っていない。
「人狼に有効な弾丸、その試作品が出来てね」
そう言いながら、この部屋で作ったであろうある弾丸を手にとって見せる。
「この弾丸の中に液体が入っていてね、それが敵の体内に入ると丁度破裂して体内に入る」
「その液体って?」
「プラチナから精製された薬、といえば分かるかね?」
匂いのせいで明らかに不機嫌な表情をしていたレイナが目を見開く。
「従来のプラチナ弾より少量でこの薬は作れる、しかも液体だから相手の体内に入れれば摘出されることはほぼ不可能だ」
「じゃあ、全隊員に配ることも?」
「出来なくはないが……」
何故かアルドリックは言葉に詰まった。
「私が作ったこのCDDP弾はどの位の量で人狼を殺せるか分からん、少なすぎれば効果は低いし多すぎれば無駄が増えて製造できる弾丸の量が減る」
「……つまり?」
「レイナ、君には実験用の人狼を生け捕りにしてきてほしい、出来ればフェイズ3のを数体」
フェイズ3の人狼と言えば完全に狼人間に変身できる上に戦闘力も高い。
殺すために全力で挑まなければ返り討ちに合うような敵を生け捕りにするのは難易度の高い注文だった。
「ドクター、フェイズ3の奴らがどれ程強力か知っているでしょう?」
「ブラッドハウンドの称号を持つ君でも手こずるのかね?」
「ええ、精々フェイズ2ならなんとか捕まえられるけど」
「そうか……まあ、それでも構わん、要は有効となる薬の量が知りたいのでな」
一応話はまとまり、フェイズに関わらず出来るだけ人狼を生け捕りにする約束を交わした。
二人が部屋から出ようとしたその時、再びアルドリックが呼び止める。
「レイナ、君は自らの身体を硬質化させることが出来るようだね」
「……ええ、まだ手の部分だけ、時間も掛かるし体力の消耗も激しいから実戦では使えないけど、それがどうかしたの?」
「どちらかの手、いや、指だけでも切り落として私にくれないかね?」
「……本気で言ってるの?」
「ああ本気だ、硬質化するその仕組みが知りたくてね、吸血鬼であれば再生するだろう?」
相手の気持ちを一切考えない提案に、流石のレイナも若干苛立ちを覚えた。
「ドクター、いつ緊急の任務が入ってくるか分からないのに指を差し出せると思う?」
「小指なら使わないのではないかね?」
「……ならドクター、貴方の小指を切り落としてその状態で銃や剣をうまく使えるか自分で試したらどう?」
「……う~ん、血で滑る可能性があるか、いや、指が欠損するといつもと感覚が違うものになるのか、ああそうか、私もペンやメスを使う時指一本でも無くなると困るな、確かに」
ようやく納得したアルドリック。
一連の流れでもう会話したくなくなったレイナは困惑するアイヴィーを他所に部屋を出る。
その直後、アルドリックはレイナの背中に向かって念押しをする。
「人狼の捕獲の件、一体でも多く頼むよ」
レイナは足を止めることなく出ていった。
アイヴィーも慌てて彼女の後を追うように部屋を出る。
一人研究室に残されたアルドリックは二人の足音が聞こえなくなるのを確認すると、さらに部屋の奥にある扉へ向かった。
その先にはもう一つの小さい部屋があり、中央には手術台。
そこには患者用の拘束ベルトで台ごと縛られ寝かされていた男がいた。
彼は以前、レイナ達によって壊滅させられた若者の吸血鬼集団、トゥルーブラッドのリーダーだった。
「さて、君はどれくらい耐えてくれるかね」
「うぅ……ぐ……」
すでにアルドリックによって様々な投薬実験を施された彼は全身から汗を吹き出し、苦しそうな表情を見せていた。
致死量に達する程の注射をされ、口に咥えさせられた金属の棒を強く噛んでいる。
「君が戦ったあのレイナという女性は自らの身体の一部を任意に硬質化させることが出来るのだが、君は出来ないようだね、どうすれば出来るようになるのか……まあいい、まだ実験したいことは山ほどあるからね」
そう言ってメスを手に取る。
かつて集団のリーダー格だった男はそれを見て必死に暴れるが、拘束が解かれることはない。
「内蔵をいくつか頂くよ、吸血鬼なら心臓を取られない限り死ぬことはないだろう」
「んー!? ーーー!!」
明らかに麻酔の類いは注入していない。
つまり、そのままの状態で皮膚を切って内蔵を摘出しようとしているのがわかった。
だが、当の執刀医は何の罪悪感も感じていない。
この日、リーダー格の男は生き地獄を味わうことになる。
後に研究室の棚に、いくつか彼の体内にあった臓器が薬品に浸かった瓶に納められ、置かれることになるが、それらの残酷な行為を知るのはその内蔵の持ち主と取り出した本人以外知ることはない。
一口に実働部隊と言っても皆同じではなく、それぞれ所属先がある。
その内訳は次の通りである。
・本部護衛隊
主に施設内の警護や襲撃してきた敵の撃退を任務としている。
・業務管理隊
主に戦闘を行う味方への支援や物資の管理等が任務である。
ここにアイヴィーやサイラス(銃管理人)が所属している。
・第一部隊(通称強襲コマンドー部隊)
完全武装の兵士数名から数十名による連携と火力によって敵の殲滅を主に行っている。
その特性から人気が少ない場所での活動が主であり、街中での展開はあまりない。
後述する事後処理部隊の護衛として出動していることが多い。
・第二部隊(通称エージェント部隊)
街中や人が多い場所での調査や偵察、情報収集を主な任務としている。
また、単独もしくは少数による市街地等での戦闘を最小限の武装で行うため、個人として高い戦闘力が求められる部隊である。
ここにレイナが所属している。
・第三部隊
主に戦闘後の事後処理を担当している。
証拠となる物品等を回収し見逃さないようにするため、戦闘力より五感が優れた者が配属される。
最低限の戦闘力は備えているものの、護衛の第一部隊と共に出動する機会が多い。
よくレイナが戦闘後に処理の要請をするのはこの部隊。
・第四部隊
ここには予備戦力、もしくはまだ配属先が決まっていない新兵等が配属される。
※レイナは第二部隊所属であるが、ブラッドハウンドの称号を与えられているため、他の部隊員にも指示が出せるほどの権限を与えられている。
ブラッドリング施設内、訓練室。
床、壁、天井全てがコンクリート製の頑丈な部屋にレイナが一人だけ立っていた。
いつも着ているロングコートは脱ぎ捨て、上は防弾チョッキ、下はレザーの状態。
そんな彼女の目の前にはコンクリートブロックが目線の高さまで積み上げられていた。
『レイナ、いつでもいいわ』
部屋にはいないアイヴィーの声が天井の装置越しに聞こえてくる。
隣の部屋にある訓練室用のモニタールームに声の主がいた。
目的は能力の測定。
レイナは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸すると全身に力を込める。
急激に心拍数と体温が上がり、その様子はアイヴィーのいる部屋の測定装置からも確認できた。
レイナが目を開けると、白い目は赤く染まりまるで悪魔のような眼差しでブロックを睨む。
続けて手に力を込めると、指先から手首に向けて徐々に黒く堅く変化していく。
人間の皮膚ではなく、金属のような質感に変化した両手でそれぞれ拳を握ると、大きく踏み込みブロックを殴った。
大砲の弾でも当てられたかのように砕け散る。
続けて左の手刀を床まで強引に振り下ろす。
クッキーでも砕いているかのように、呆気なくバラバラになるブロックだった物。
対してレイナの両手はキズ一つ付いていなかった。
「っ……はぁ、はぁ」
レイナは百メートルを全力疾走した選手のように息が乱れると、黒く変異した両手はすぐ元に戻っていった。
『流石ね、それなら武器はもういらない?』
「いいえ、これじゃあ駄目」
レイナは肩で息をしながら苦しそうに答える。
「体力の消耗が激しい上に変化させるのに時間が掛かる、これならナイフを一本でも多く持っていったほうがマシ」
『……実戦じゃあ使えない?』
「……ええ」
『じゃあどうして今回試したの?』
「自分の能力の限界を知りたかったから、多分デュランさんはこれをすぐに出来ると思う」
言い終わるとレイナは出口に向かって歩く。
「輸血パックを持ってきて頂戴」
『わかった』
二人は廊下で合流。
レイナは受け取った輸血パックの血をすぐに飲み干し、用済みとなった空をアイヴィーに捨てるよう伝えて渡した。
無論、アイヴィーは嫌な表情を見せない。
それどころか内心喜んでいたが、レイナは気が付かないままだった。
「でもすごかったわ、吸血鬼になるとあんな風に自分の身体を変化させることが出来るなんて」
「誰でも出来る訳じゃない、私も最初は出来なかった」
「ふ~ん……あ、そういえばレイナ、この施設の見取り図を見たんだけど、まだ案内してもらってない場所があったの」
「……」
「他の職員に聞いたら行くなって言われて……もしかして新人だから行けない場所とかあるの?」
「……」
レイナはいつも以上に口を開こうとしない。
むしろその件に関してあまり触れたくないといった表情を見せる。
しかし、このまま黙っていたのではアイヴィーからの追求が続くと判断し、説明することにした。
「あの場所は……まあいい、案内する、ただ、鼻がイカれるけど」
「?」
レイナに案内され、未だ行ったことのない地下施設奥の通路へ歩いていく。
すると徐々に薬品らしき匂いが強まっていくのを感じる。
まるで学校の理科室のそれを何倍も強くしたような匂い。
無論レイナも鼻腔を刺激され眉間に皺を寄せる。
アイヴィーも引き返したかったが、自ら聞いた手前断れない。
そうしている内に、二人は研究室という文字が掛かれた扉がある部屋の前に着いた。
レイナが扉を開けて中へ二人同時に入ると、資料室を彷彿とさせるかのように無数の棚に様々な薬品が入った無数の瓶。
その無機質の部屋に一人の男がいた。
「ん? ああ、レイナか」
男は痩せこけた体型に薄汚れた白衣を着ており、後退した頭髪に眼鏡を掛けた顔色が悪い老人といった印象だった。
「紹介するわ、彼はアルドリック、この施設で様々な研究をしている人よ、私達はドクターと呼んでいる」
「ど、どうも、新人のアイヴィーです」
「ああ、よろしく」
素っ気なく返事をするアルドリック。
この時、アイヴィーはこの部屋に誰も寄り付かない理由がわかった。
吸血鬼になると五感が強化されるが、敏感になった嗅覚はこの部屋ではむしろ被害が増してしまう。
一応、この部屋の主の前で鼻を摘まむのは失礼になるのではないかと思い、なんとか我慢している現状である。
「あ、あの……ドクターはいつからここに?」
「彼は元々ここの人間でも吸血鬼でもなかったの」
「え?」
レイナからの返答にアイヴィーは困惑した。
「世界大戦の時にこちらへ亡命……というより連れてこられたの」
「どういうこと?」
「ああ、それは私から説明しよう」
アルドリックは自らの過去を語りだした。
約百年前の世界大戦時。
レイナ達がいる国ギリアは、海を挟んで南に位置する大陸の独裁国家と戦っていた。
一時は敗戦寸前まで追い込まれたものの、様々な手段を講じて巻き返し、他国との連合を組んでその独裁国家を打倒した。
その際、独裁国内での人体実験が明るみになり研究データ等が流出、ギリア国が一部を回収した時についでに連れてこられたのだと言う。
彼自身愛国心はなく、あくまでも知識欲に駆られて実験していた非情な人間であり、研究ができればどの国でもよかった。
実際、その独裁国家にいた時は人為的に人間を人狼にすることで、人狼兵団を作ろうと様々な人体実験を繰り返してきたが、あくまで国のためではなく自らのためだけにしていた。
ギリア国に従えている吸血鬼(議員のデュラン含め)は敵に関する情報、及び弱点の研究のためアルドリックを処刑せずに引き入れる。
そして、ギリア国とその吸血鬼に従い、彼自身も吸血鬼化することを条件にここでの研究を任せられることとなった。
表向きには戦争に荷担した犯罪者並びに非道な人体実験を行った一人として死刑に処されたということになっている。
二度と祖国の土を踏むことは出来なくなったアルドリックだが、彼にはそんなことなどどうでもよかった。
「というのが私の過去の一部だ、全てを話すと長くなるのでね、かなり割愛したが」
この研究所にくるまでの経緯を簡潔に話したアルドリック。
しかし、アイヴィーはこの研究室の薬品等の匂いのせいで集中できず半分は聞き流していた。
「とりあえずこれで紹介は終わったから、部屋に戻るわ」
レインが踵を返し、それにアイヴィーが続こうとしたその時、アルドリックは何かを思い出したように呼び止める。
「そうだレイナ、一つ言い忘れていた」
「……何?」
一刻も早く部屋を出たいという感情が眉間に皺を寄せる。
だが、彼はそんなことなど読み取っていない。
「人狼に有効な弾丸、その試作品が出来てね」
そう言いながら、この部屋で作ったであろうある弾丸を手にとって見せる。
「この弾丸の中に液体が入っていてね、それが敵の体内に入ると丁度破裂して体内に入る」
「その液体って?」
「プラチナから精製された薬、といえば分かるかね?」
匂いのせいで明らかに不機嫌な表情をしていたレイナが目を見開く。
「従来のプラチナ弾より少量でこの薬は作れる、しかも液体だから相手の体内に入れれば摘出されることはほぼ不可能だ」
「じゃあ、全隊員に配ることも?」
「出来なくはないが……」
何故かアルドリックは言葉に詰まった。
「私が作ったこのCDDP弾はどの位の量で人狼を殺せるか分からん、少なすぎれば効果は低いし多すぎれば無駄が増えて製造できる弾丸の量が減る」
「……つまり?」
「レイナ、君には実験用の人狼を生け捕りにしてきてほしい、出来ればフェイズ3のを数体」
フェイズ3の人狼と言えば完全に狼人間に変身できる上に戦闘力も高い。
殺すために全力で挑まなければ返り討ちに合うような敵を生け捕りにするのは難易度の高い注文だった。
「ドクター、フェイズ3の奴らがどれ程強力か知っているでしょう?」
「ブラッドハウンドの称号を持つ君でも手こずるのかね?」
「ええ、精々フェイズ2ならなんとか捕まえられるけど」
「そうか……まあ、それでも構わん、要は有効となる薬の量が知りたいのでな」
一応話はまとまり、フェイズに関わらず出来るだけ人狼を生け捕りにする約束を交わした。
二人が部屋から出ようとしたその時、再びアルドリックが呼び止める。
「レイナ、君は自らの身体を硬質化させることが出来るようだね」
「……ええ、まだ手の部分だけ、時間も掛かるし体力の消耗も激しいから実戦では使えないけど、それがどうかしたの?」
「どちらかの手、いや、指だけでも切り落として私にくれないかね?」
「……本気で言ってるの?」
「ああ本気だ、硬質化するその仕組みが知りたくてね、吸血鬼であれば再生するだろう?」
相手の気持ちを一切考えない提案に、流石のレイナも若干苛立ちを覚えた。
「ドクター、いつ緊急の任務が入ってくるか分からないのに指を差し出せると思う?」
「小指なら使わないのではないかね?」
「……ならドクター、貴方の小指を切り落としてその状態で銃や剣をうまく使えるか自分で試したらどう?」
「……う~ん、血で滑る可能性があるか、いや、指が欠損するといつもと感覚が違うものになるのか、ああそうか、私もペンやメスを使う時指一本でも無くなると困るな、確かに」
ようやく納得したアルドリック。
一連の流れでもう会話したくなくなったレイナは困惑するアイヴィーを他所に部屋を出る。
その直後、アルドリックはレイナの背中に向かって念押しをする。
「人狼の捕獲の件、一体でも多く頼むよ」
レイナは足を止めることなく出ていった。
アイヴィーも慌てて彼女の後を追うように部屋を出る。
一人研究室に残されたアルドリックは二人の足音が聞こえなくなるのを確認すると、さらに部屋の奥にある扉へ向かった。
その先にはもう一つの小さい部屋があり、中央には手術台。
そこには患者用の拘束ベルトで台ごと縛られ寝かされていた男がいた。
彼は以前、レイナ達によって壊滅させられた若者の吸血鬼集団、トゥルーブラッドのリーダーだった。
「さて、君はどれくらい耐えてくれるかね」
「うぅ……ぐ……」
すでにアルドリックによって様々な投薬実験を施された彼は全身から汗を吹き出し、苦しそうな表情を見せていた。
致死量に達する程の注射をされ、口に咥えさせられた金属の棒を強く噛んでいる。
「君が戦ったあのレイナという女性は自らの身体の一部を任意に硬質化させることが出来るのだが、君は出来ないようだね、どうすれば出来るようになるのか……まあいい、まだ実験したいことは山ほどあるからね」
そう言ってメスを手に取る。
かつて集団のリーダー格だった男はそれを見て必死に暴れるが、拘束が解かれることはない。
「内蔵をいくつか頂くよ、吸血鬼なら心臓を取られない限り死ぬことはないだろう」
「んー!? ーーー!!」
明らかに麻酔の類いは注入していない。
つまり、そのままの状態で皮膚を切って内蔵を摘出しようとしているのがわかった。
だが、当の執刀医は何の罪悪感も感じていない。
この日、リーダー格の男は生き地獄を味わうことになる。
後に研究室の棚に、いくつか彼の体内にあった臓器が薬品に浸かった瓶に納められ、置かれることになるが、それらの残酷な行為を知るのはその内蔵の持ち主と取り出した本人以外知ることはない。
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