ブラッドリング

サノサトマ

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革命の火Ⅱ

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 ブラッドリング施設内、ブリーフィングルーム。
 広さは学校の教室の8割程。
 疎らに置かれたパイプ椅子に特殊部隊員達が数人座っている。
 それぞれの分隊の隊長と副長が揃っていた。
 その彼らに作戦の説明をしているのが、この施設内で最高の戦闘力を誇る女吸血鬼レイナ。
 親の七光りと言われたライアンとは違い、現場で戦う戦闘員達から絶大な信頼を集めている彼女の言葉に皆真剣に耳を傾けていた。
「今回の敵集団は少々厄介だ、一人一人の実力はそれ程ではないが数が多い、よって周辺に各小隊を待機、私が仕留めきれなかった敵を仕留めるように」
 今回の作戦、それはとある敵集団の殲滅。
 ブラッドリングの面々が戦っているのは人狼だけではない。
 政府に従わない吸血鬼も排除の対象となっている。
 レイナの説明の中でその集団の名が出てくる。
『トゥルーブラッド』
 主に若い吸血鬼達で構成された組織で打倒政府を目標に掲げ、吸血鬼による革命と人類の支配を目論んでいる反政府組織。
 が、今のレイナ達からすれば、ただの反抗期の子供が武器と力を手に体力を持て余し勘違いしている愚者といった認識だった。
 しかし、その数と若さによる向こう見ずな性格から予想外の活動をすることもあり油断は出来ない。
「今回の作戦からUAV……というものを使う、アイヴィー、説明を」
 部隊員達の後ろにいたアイヴィーは指名されたことで前へ出た。
「今回UAV、無人偵察機を使って皆さんを支援します、具体的な性能としましてはこの機に取り付けられたサーマルカメラ(熱探知カメラ)が敵の数と位置を上空から捕捉・探知し、私が随時報告します、武装に関してはまだ届いていないようなのであくまでも上空の目として支援します」
 一連の説明を受けた後、部隊員の一人が挙手する。
「俺たちは暗闇でも見えるし暗視カメラも装備している、本当にその無人機は必要か?」
 彼らが気に掛けていること、というより本音。
 それは偵察機の性能というより新人のサポートが信頼できるかというもの。
 横で質問を聞いていたレイナはその本心を見抜いていた。
「いくら私達が夜目が効いても作戦領域全体は見通せない、本作戦はUAVとそのサポートの確認の意味合いも含まれているの」
「つまり、実戦でそれらを試すと?」
「そう、最初に敵集団に仕掛けるのは私、だからなにかあったら場合は私がその場で対処する、他に質問は?」
 歴戦の部隊員が新人に対して信頼しているとは言い難い。
 しかし、常に戦果を上げ高い戦闘能力を誇るレイナの言葉に彼らはそれ以上追求しなかった。
「ではこれでブリーフィングは終了、解散」
 部隊員達が出撃準備と部下への説明のために部屋と出ていく。
 残ったのはレイナとアイヴィーだけだった。
「レイナ、ありがとう」
「ん? 何が?」
「彼らのこと、私や偵察機のこと信用できないって態度だったから」
「まあ、ね……そもそも今回の無人機はデュランさんからの支給品なの、最新の兵器を用いて被害を最小限にするようにって」
「そうなんだ、あの方って新しい技術には疎そうだけど」
「私もそうなんだけど、せっかくのご厚意を無駄にするわけにはいかないから」
 恩師の顔を立てる意味合いと今後もそれらの兵器を使用する作戦に慣れるため、レイナは今回UAVを使うことを半ば強引に許可した。
 だが、それと同時にもうひとつの不安を覚える。
(無人偵察機か、昔はそんなものなかったのに、将来は私達がいらなくなる位兵器が発達して……)
 一人考え事をするレイナに、アイヴィーは心配そうに見つめる。
「レイナ?」
「……え、ああ、それじゃあ私は現場へ向かうから、何かあったらすぐ報告をお願い」
「了解」
 真剣な表情で部屋を後にするレイナとは対照的に、アイヴィーは明るく返した。



 モニタールーム。
 複数の吸血鬼達がいる中、アイヴィーは席につき目の前のモニターを見ながら操縦桿を握っていた。
「レイナ、聞こえる」
『聞こえる、状況は?』
 ヘッドマイク越しの呼び掛けに、現場にいるレイナからの声が鮮明に耳に入った。
「森の中で大きな熱源がひとつ、たぶん焚き火かなにかしてるんだと思う、その周りに沢山の熱源、恐らく彼らね、一クラス分はいるみたい」
 画面には上空を飛行している無人偵察機から送られてくる映像が映っている。
 熱いところは赤く、冷たいところは青く表示されているそれには、アイヴィーの言った通りの情報が表示されていた。
『もうすぐ現場に到着する、ただ……』
 無線からは一瞬戸惑うレイナの声。
「どうしたの?」
『途中に農家の人たちの家があったの、念のために立ち寄ったら……』
「……殺されてた?」
『ええ、遺体は燃やしたから大丈夫だけど、おそらくそこにいる奴らの仕業だと思う』
「分かった、これ以上その馬鹿達が散らばらないように見張っておく」
『お願い』
 声の様子から、レイナは静かに怒りを滲ませているのを感じたアイヴィーはそれ以上なにも言わなかった。



 数分後、敵と思われる無数の熱源を遠くから囲むように、三つの集団が配置された。
 それぞれ北、南西、南東の三ヶ所。
 レイナ率いる三つのチームが予定通りの位置についた。
『こちらアルファチーム、くそ、焚き火のせいで敵が見にくい』
 北で待機するチームからの無線。
 敵集団は焚き火を背に集まっているので、アルファチームからは視認が困難な様子だった。
『こちらブラボーチーム、あいつら何か演説しているようだ』
『こちらチャーリーチーム、ブラボーと同じく敵を確認した』
 南西のブラボーチーム、南東のチャーリーチームは敵集団をライフルのスコープ越しに視認できていた。
『全チームその場で待機、今から私が行く、撃ち漏らした敵は逃がさないで』
 レイナが指示を出すと、他のチームは銃口を敵集団に向けたまま身を低くし、いつでも撃てる体制のまま待機した。



 深夜の森の中、人の身長と同じ位の高さに組み上げられた木々を燃やしている彼らは興奮していた。
 その中の一人が、その巨大な焚き火を背に仲間達に語り掛ける。
「俺達が世界を変える!!」
 勇ましいその声に、若者達は拳を空に向け歓喜の声を上げる。
 彼らは『トゥルーブラッド』
 若者を中心に構成された吸血鬼集団であり、密かに仲間を増やして活動していた。
 そのリーダー格の吸血鬼の男がさらに続ける。
「この世界は腐っている! 今こそ俺たちがこの世界を壊し、真の革命を成し遂げるんだ!! 政府の犬となった吸血鬼どもは敵だ! 人狼もろとも駆逐し、真の平和を勝ち取るぞ!!」
 若者達はその言葉に雄叫びを上げ、士気を上げていく。
 まるでこれから戦争へ向かう前の演説のようだった。
 そこへ、黒衣の女吸血鬼が近づいていく。
「本当にこの世界が腐っているなら、そこで生活している人々は皆苦しんでいるはずだけど?」
「誰だ!?」
 リーダー格の男の声に呼応するように、他の吸血鬼達も南から来た彼女へ視線を向けた。
「いつの時代もお前達のような馬鹿がいるなんて、技術は進んでも一向に学ばないのね」
「お前、政府の犬か!?」
 リーダー格の男が懐からハンドガンを取り出すと、取り巻き達も同じように手に銃を取る。
 しかし、レイナは呆れた。
 なぜなら彼らトゥルーブラッドの吸血鬼達はハンドガン以外の大した武器は持っていなかったからだ。
 それでも数では一対多数。
 若者達は自分達が絶対的優位であることに勝利を確信していた。
「こいつは仲間じゃない、政府に魂を売った裏切り者の吸血鬼だ! 撃ち殺せ!!」
 男の声に若者達は一斉に引き金を引く。
 だが、レイナはまるで豹のごとく素早く横へ移動し無数の銃弾を回避する。
 残像さえ見えそうなほどの速度に、若者達は驚愕した。
「な、なんだあいつの動きは!?」
「い…いいから撃て!!」
 リーダー格の男も動揺を隠しきれなかった。
 吸血鬼になれば確かに身体能力は向上する。
 しかし、レイナの動きは彼らの想像以上のものだった。
 当の本人は多数の敵から撃たれようとも冷静に回避し続ける。
 木々の間を蛇のように蛇行し、時には盾にするように敵の射線を切るように動く。
 射撃をする者にとって最も当てにくい標的は素早く横へ動く者。
 長年戦ってきたレイナにはそれを身体で理解していた。
 大きく回り込むように走る彼女に、若者達はただの一発も当てられない。
 しかし、いくら戦闘経験が浅いといっても慣れてくる。
 いよいよレイナの移動先を読んで弾丸を当てようとしたその時、突如としてその姿を見失ってしまう。
「き、消えた?」
「ど、どこいった……?」
 速く動く彼女の行く先を見ようとつい目線を先に向けてしまったせいで、どの木に隠れたのか分からなくなってしまった。
 たった一人の女吸血鬼に対し、銃を持った多数の若者が辺りを見回しながら戸惑っている。
 その隙をレイナは見逃さない。
 懐から特製のマグナム銃を取り出すと、盾にしていた大木から姿を見せ、同時に銃口を敵の集団に向ける。
 一切の慈悲もなく撃つと、その弾丸は若者の頭に命中。
 脳を撒き散らし、力なく倒れた。
「くっ…野郎!!」
 仲間を撃たれたことで逆上した他の吸血鬼達が再びレイナに向かって撃ちまくる。
 だが、今度はただ走るだけでなく近くの木に向かって矢のごとく真っ直ぐ跳躍し、木に身体が当たる瞬間に力強く蹴った。
 まるでバットで打たれたボールのように次の木へ跳んでいく。
 そうして別の木に近づくと、同じように蹴って跳躍する。
 敵吸血鬼達の頭上を縦横無尽に素早く移動するレイナに、誰も弾丸を当てられない。
 それどころか、自分達に出来ない動きをする彼女に皆驚き、狙いを定める余裕がなくなっていた。
「何なんだよアイツは!? あんな動き、俺達は出来ないぞ!!」
「うるせえ!! いいから撃ちまくれ!!」
 最初の威勢は嘘のように、リーダー格の男は乱れていた。
 自分達こそ若く力と勢いがあり、そのまま世界を変えられると信じていた。
 だが、それは若さからくる見聞の狭さと経験の少なさからくるただの勘違いだった。
 今敵対している一人の女吸血鬼こそ自分達の実力を凌ぐ者だが、未だにプライドが邪魔して認めようとしない。
 そんな若者達に対し、レイナは蹴り出す角度を変え集団に向かって突っ込んだ。
 地上にいる獲物に襲いかかる鷹のように、敵の一人に勢いを乗せた蹴りを当てる。
 蹴られた敵はボウリングのピンのように吹っ飛び他の若者を数人巻き込んだ。
 レイナは着地すると同時に、腰の左側に装備しているブレードを逆手で引き抜くとそのまま周囲の敵を回転しながら斬った。
 無論敵も黙ってはいない。
 まだ無傷だった若者達が銃をレイナに向ける。
 しかし、リーダー格の男が叫ぶ。
「よせ! 撃つな!!」
 その言葉と同時に発射された弾丸は、すぐに屈んだレイナには当たらず、周りで同じように銃を撃った者達に当たる。
 これこそレイナの狙い。
 わざと敵集団の中へ突っ込み、銃による同士討ちを誘う。
 無論リーダー格の男はすぐに気がついたが、もう手遅れの状態。
 レイナは相手が体勢を建て直す暇など与えないように接近戦を挑み切り捨てていき、距離がある相手にはマグナム弾を当てていく
 いくら吸血鬼といえども頭を吹っ飛ばされれば生きられない、胴体に当たれば即死はしなくともその損傷と衝撃でしばらく戦闘は困難になる。
 思い上がった若者達に現実を教えるかのように次々と倒していく。
 右手に持ったマグナム銃が弾切れになった瞬間、手首のスナップを効かせて空のマガジンを近くの敵の顔に当てる。
 続けて回し蹴りで近くの敵を数人蹴り飛ばし、その勢いのまま左手に持ったブレードを後ろの敵に目掛けて投げ、その胴体に突き刺す。
 一瞬だけできた隙に予備のマガジンを装填、後方の敵に刺さったブレードを強引に引き抜くと再び銃とブレードによる戦闘を再開。
 若者達も反撃しようと撃つが、やはりレイナに当たらず周りの味方に当たってしまう。
 最早パニック状態になった彼らはリーダー格の男の声を忘れてしまっていた。
「む、無理だ、勝てねえ……」
「こんな奴相手にしてられるか!!」
 数人が戦意喪失し、レイナに攻撃されている味方達を背に走りだした。
「お前ら!? 待て!!」
 リーダー格の男が制止する声を上げたその時、集団を離れた数人の身体が遠くから何者かに撃たれる。
 その威力はハンドガンの弾によるものではない。
 胴体を無数の弾丸によって貫かれ、内蔵を破壊された吸血鬼の若者達は吐血しながら力なく倒れていく。
「な、なんだ、誰が……ハッ!?」
 この時、ようやく男は自分達が遠回りに囲まれていることに気がつく。
(あの女は囮か!?)
 吸血鬼による五感強化によって、遠くから敵が来ても分かると自負していた。
 しかし、レイナの接近に直前まで気が付かず、さらには遠くにいるであろう敵集団の位置と数も分からない。
 明らかな戦力差。
 リーダー格の男は身をもって上には上がいるという事実を思い知った。
 そうしている間にもレイナは一人一人確実に素早く倒していく。
 数人が遠くにいる敵に気が付き、森の中へ無闇に銃を撃つが、逆に正確に撃ち抜かれ倒されていく。
 戦闘可能な若者がついに数人となった時、レイナはその中の一人を力強く蹴り飛ばした。
 まるで蹴られた空き缶のように飛ばされた若者は、自分達が火を着けた焚き火に突っ込む。
 ボウリングのピンのように巻き散らかされる火の着いた木材に、火だるまになる若者。
 この世の終わりのような叫び声をあげるその敵に、リーダー格の男を含めた若者達が狼狽え棒立ちになる。
 その隙を見逃さないと言わんばかりに、周囲に配置したレイナの仲間による援護射撃。
 無論レイナ以外を正確に撃ち抜き、リーダー格の男の腹も一発の弾丸が貫く。
「ぐっ……!?」
 膝を地面に着く男が周囲を見ると、もうレイナ以外に立っている者はいなかった。
 先ほど火だるまになった者も、もう声を上げずただ倒れ焼かれている。
 顔に僅かな返り血が当たっただけのレイナは、一切の慈悲を宿さない目で男を見下していた。
 男は出血している腹部を抑え、改めて目の前の女吸血鬼に畏怖する。
「な、何者だ、お前は……」
 レイナはその問いかけを無視して耳に取り付けていた小型無線機のスイッチを押す。
「周囲に敵は?」
『こちらアイヴィー、逃げた熱源はなし』
「分かった」
 レイナはブレードを振って血を払った後に鞘に納め、弾切れとなったマグナム銃をリロードする。
「全チーム、警戒しつつ集合して」
 その指示に、遠くにいた三つのチームが言われた通りに近づいてくる。
 もう男に勝ち目はない。
 そんな彼は最後に憎悪の感情を込めながらレイナを睨み付ける。
「この……政府の……犬が!!」
「私達が政府に飼われた犬なら、貴方達は薄汚い野良犬ね、その辺に転がっている奴も一緒」
「俺の……仲間を……悪くいうんじゃねえ!! 俺達は……この世界のために……」
 言い終わる前に、レイナの仲間である特殊部隊員が数人、ライフルの銃口を彼に向ける。
 万事休すという状況の中でもまだ睨んでいる男に、レイナは質問する。
「この近くに農家があってそこに老夫婦がいたけど、殺したのは貴方達?」
「……」
 まるで悪いことがバレた子供のようにうつ向く男。
 だが、すぐに開き直る。
「俺達は革命のために戦っているんだ、当然食料も必要だ、あいつらは必要な犠牲だったんだ!!」
 その叫びに、レイナの額の血管が浮かんだ。
 間髪入れずに、マグナム銃を男の胸に向かって撃った。
「ガハッ!?」
 心臓のある左胸ではなく逆をわざと撃った。
「立たせて」
 肺が片方潰され倒れた男に、レイナからの指示を受けた部隊員二人がそれぞれ腕を持って上体だけでも起こす。
「その老夫婦は貴方達に革命を望んだの? 今の世界を変えてほしいと願ったの? 抵抗してたんじゃないの?」
 レイナからの質問に、男は血を吐き咳き込んだまま答えられない。
 しかし、口の周りが血だらけになり両腕を捕まれた状態でも気丈にレイナに視線を向ける。
「脆弱な……奴らだった……どうせ……生きていても……大して……役に立たん……だから……俺達が……有効活用……してやったんだ……」
 男からの言葉に、部隊員達は微動だにしない。
 だが、レイナは違った。
 かつての記憶を思い出すと、眉間に皺を寄せながら男に近づき、渾身の力を持って殴る。
「ッ!?!?」
 弧を描くような右の拳が、男の顎の砕く。
 その激怒ぶりに、部隊員達は動揺した。
 しかし、レイナは一旦深呼吸して落ち着く。
「こいつらをあのトレーラーへ、抵抗したら撃って、この男は縛ってから本部へ連れていく」
 


 吸血鬼の若者達が集まっていた場所から少し離れた所にある道路。
 そこには、レイナ達を乗せてやってきた大型車数台と、一台の大型トレーラーがあった。
 部隊員達は瀕死の若者達をここへ運ぶと、次々とトレーラーの荷台へ投げ入れていく。
 頭を撃ち抜かれて死んだ者。
 胴体を斬られたり、撃ち抜かれたりして出血が酷く抵抗できず虫の息の者。
 抵抗しようとしたが、すぐ撃たれた者。
 いづれもレイナ達と戦う前までは威勢の良い若者だったが、今はその逆の状況だった。
 ただ一人、リーダー格の男は太い鎖で縛られ顎の骨が砕かれ喋れないまま、ゴミのようにトレーラーの近くで放置されていた。
 先程まで一緒にいた仲間達が無造作に投げられていくのを、ただ黙って見ているしかなかった。
 やがて、その男以外の若者をすべてトレーラーの荷台へ入れると、扉が厳重に閉められた。
「レイナ、収容完了した、これがスイッチだ」
 部隊員の一人が報告と共に、小型の装置を渡す。
 それを黙って受けとると、全部隊員がトレーラーの前へ集結し二列に並んで背を向けた。
 レイナはトレーラーの横にいる男を見る。
 まるで虫でも見るような視線に、男は負けじと睨み返す。
 そんな男の強気な態度など無視するかのように、レイナはトレーラーの前へ向かった。
「照射五秒前、全員対閃光体勢」
「?」
 彼女の言葉に部隊員達は一人残らず車体に背を向けるが、男だけその行動の意味が分からなかった。



 トレーラーの荷台の中。
 多数の若者の身体が、無造作に捨てられていた。
 既に死んだ者もいるが、数人はなんとか生き残っていた。
「ちく……しょう……皆……」
 一人が、血だらけになりながら仲間の身体に触れる。
 もう息をしていない。
 暗闇の中で数人が呻き声を出しているのがわかる。
(大丈夫だ、きっと兄貴が後で助けてくれる)
 本当の兄弟ではないが、リーダー格の男を兄貴と呼んで慕っていた一人が、彼が救助してくれることを信じていた。
(それにしてもなんだこの中は……ガラス?)
 明かりがない状況でも、少しずつ目が慣れてくる。
 すると、この中は床も壁も天井もガラスのようななにかで出来ていることが分かる。
 さらに目を凝らすと、その中になにか棒状の照明装置のような何か無数にあった。
 数秒間、それが何か分からなかった。
 しかし、自分達が吸血鬼であることを思い出すと一気に悪寒が走った。



「照射」
 外にいたレイナが装置のボタンを三回押す。
 次の瞬間、トレーラーの荷台の中から断末魔が聞こえてきた。
 中にある装置、それは吸血鬼の弱点である紫外線を照射するためのものだった。
 いくら殺したといえども吸血鬼は死体からグールと呼ばれる化け物に変異することがある。
 人間・人狼・吸血鬼関係なくただひたすら血肉を求め襲いかかる理性と知能を失った異形。
 そうならないよう、この装置を使って完全に死滅させる。
 男もトレーラーの荷台がその類いの物であると理解したがもう遅かった。
 必死にもがいて助けようとするが、なにも出来ない。
 やがて、その叫び声すら聞こえなくなると、レイナは再びボタンを押す。
「照射終了、念のため中を調べて」
 部隊員達はトレーラーの後ろへ走って集まる。
 二人がそれぞれ扉の施錠を外し、開ける準備をすると仲間達へ視線を向ける。
 銃を構えた仲間の一人が頷くと、扉を解放。
 中を見ると、まるで火で焼いたかのような悲惨な状態の死体だらけだった。
「レイナ、奴らの全滅を確認した」
「わかった、こいつも入れて」
 レイナはリーダー格の男を蹴る。
「こいつも紫外線を?」
「いいえ、施設へ連れていく、まだ聞きたいことがあるから」
「了解」
 部隊員は男を引きずって乱暴にその身体を荷台へ投げ入れた。
 扉を閉めて施錠したことを確認する。
「アイヴィー、周辺に他の人間や敵は?」
『周囲に敵や民間人はなし、車も来てないわ』
「了解、総員、これより帰還する」
 仕事を終えた政府の吸血鬼達が引き上げていく。
 トレーラーの荷台の中では、仲間の死体と一緒に運ばれている男は涙を流していた。
 対するレイナはリーダー格の男に対する慈悲はなく、部隊員が運転する車の後部座席で静かに景色を眺めていた。
 しかし、歯を強く食い縛り、目には憎悪の念を宿している。
(……なにが革命だ)
 若者達のよって犠牲となった農家の老夫婦と、過去に殺された自身の家族が重なる。
 あんな奴らに出会わなければ、どちらも平穏な生活を送っていたであろう一家。
 それが身勝手な振る舞いをする者達に一晩の内に殺される。
 レイナにとってそれがなにより許せなかった。
 彼女は英雄になりたいわけでも持て囃されたいわけでもない。
 ただ乱暴に力を振るう者が許せなかった。
 まして革命を吟いながら無関係な人達を巻き込むような輩は反吐が出た。
 いつの日か、あんな奴らは全て殺す。
 そう胸に誓いながら静かに車に揺られていた。
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