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喪失
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二百年前。
とある一家が農村の家に引っ越してきた。
家族構成は夫と妻、娘の三人
その家は屋根が濃い茶色のS字瓦、壁が石灰岩で出来ている二階構成だった。
夫婦は荷解きを済ませると、今度は来客の用意をしていく。
この国では引っ越し後に人を招く『ハウスウォーミングパーティー』というものを行うのが習慣となっている。
今、この夫婦は近隣に住む別の家族を向かい入れるための準備に動いていたが、娘の姿がない。
彼女は二階の一番奥の部屋で本を読んでいた。
「レイナー、もうすぐお隣さんが来るわよー」
青を基調としたワンピース型のドレスを着た黒髪の少女は母からレイナと呼ばれていた。
彼女はこの国独特の習慣を嫌がっていた。
元々人見知りの性格で、大人数でいるより一人で本を読む時間のほうが好きだったからだ。
そんなレイナに対し、両親は少し悩んでいた。
あまり人付き合いが得意ではない娘の性格をなんとか変えたい。
その意味合いも兼ねたパーティーだが果たしてうまく行くかどうか。
そう思考を巡らせながら準備を終えた頃に、今回の客人一行が訪ねてきた。
二階の奥の部屋、レイナが一人でいる場所からでも両親と相手の一家の話し声が聞こえてくる。
出来ればこのまま自分抜きでパーティーが終わってほしい。
見知らずの人とは会いたくない。
そう思いながら読んでいる本のページをめくると、足音が聞こえてきた。
両親のような落ち着いた感じのものではない。
活発な子供が早歩き気味に歩く軽快な音。
(誰か・・・来る・・・?)
知らない人が近づいてくる音と気配に緊張し、鼓動が早くなっていく。
今居る部屋のドアは開けっぱなしにしていた。
レイナは閉めて鍵を掛ければよかったと後悔したその時、足音の主が姿を見せた。
ゆるくウェーブがかかった栗色の長い髪に、白色のワンピースを着た同い年位の少女。
まるで自分とは正反対な明るそうな雰囲気の相手に固まってしまうと、相手から話してきた。
「貴女がレイナ? 私セレーネ、よろしくね」
まったく物怖じしない少女セレーネに、レイナは言葉が詰まった。
頭の中では言葉が紡げるが、いざ話そうとするとうまく出来ない。
そんなレイナにセレーネは近づくとすぐ横に座り、本を見つめた。
「何を読んでるの?」
「え、あ、その・・・・・・」
「童話?」
「う、うん」
レイナあまり自分から話しかけるのは得意ではなかった。
実は過去にも同じようにパーティーで他の家に行ったことがある。
レイナ一家だけでなく他の家の家族も一緒だったが、彼女だけ馴染めず一人で本を読んでいた。
その様子を他の子供達が『気味が悪い』と言ったのを聞こえてしまったため、ますます自分の殻に閉じ籠るようになってしまう。
だが、セレーネはレイナのことを気味悪く思う様子はなく興味津々だった。
「私あまり本を読まないの、お母さんが寝る前に聞かせてくれるけど途中で寝ちゃうから最後まで分からないのよね」
「そう、なんだ・・・」
レイナは以前言われた言葉を思い出してしまい、あまり自分の考えを言えなかった。
そんな彼女にセレーネは心配そうに見つめる。
「大丈夫? 具合でも悪いの?」
「その・・・・・・」
レイナは言うかどうか迷っていた。
もしかしたらこの子にも同じことを言われるのではないかと。
しかし、まっすぐ見つめてくるセレーネの瞳は、かつてレイナを気味悪く思った子達をは違った。
それに、口下手なのに待っていてくれる。
意を決して打ち明けてみることにした。
「その、私、前に、他の子に、言われたの・・・」
「なんて言われたの?」
「・・・あの子・・・気味が・・・悪いって・・・」
レイナは精一杯己の事を話した。
それでこの後セレーネに何と言われるか分からない。
そう考えていると、セレーネは少し怒った。
「その子達失礼ね、別にいいじゃない、本を読もうがどうしようが本人の勝手でしょ、ね?」
予想外の答えにレイナは目を丸くした。
まさか自分の味方になってくれるとは思ってもみなかった。
今までになかった嬉しさが込み上げてきたことで、さらに過去の話を続ける。
「私、雨とか、曇りの日みたいって言われたけど、変かな?」
「変じゃないわ、それどころか私と合ってる」
「え? 合ってる?」
「そう、私の名前って『晴れ』って言う意味の言葉に似てるの、晴れと雨の日、作物を育てるには交互にその日がくると良いってお父さんが言ってたわ」
「わ、私達が育てるわけじゃないと思うけど・・・・・・」
「例えばよ例えば、それに昔話でもあったでしょ、太陽と風の話」
「・・・それって北の風と太陽? あれって旅人の服を脱がせる話だと思うけど」
レイナの指摘にセレーネは固まってしまった。
数秒間の沈黙の後、二人は同じタイミングで笑みがこぼれる。
それがきっかけとなり、レイナは今まで読んできた童話や昔話のことを話し始めた。
セレーネも大概の昔話の結末は知らなかったので楽しそうに聞いていく。
時々セレーネが『こうしたらいいのに』と言うとレイナ『それだとすぐ話が終わっちゃう』と言った。
まるで漫才のようなやり取りをしては二人で笑った。
時間が経つのも忘れて夢中になっていると、下の階から双方の両親が声を掛ける。
どうやら夕食の時間まで話が弾んでいたようだ。
二人はその後、まるで姉妹のように隣り合って座り夕飯を食べた。
その様子にレイナの両親は安堵の表情を見せ合う。
あまり他者と進んで交流しようとしなかった娘が楽しそうに友達と接している。
今までのパーティーでレイナがあまり積極性を見せないので、将来はどうなるのだろうかと心配していたがセレーネのお陰で解決しそうだった。
夕食後、セレーネは持ってきた人形をレイナに見せた。
本ばかり読んできたレイナにとってそれは魅力的な玩具で、まさに二人の交流のために役立つ物だった。
そんな楽しい時間もあっという間に過ぎ、セレーネ一家が帰る時間となる。
今までにないほど短く感じた一時に二人は名残惜しくも別れの挨拶をした。
「また明日ね、レイナ」
「うん、また明日」
セレーネと両親を玄関で見送るレイナ一家。
もう遅い時間だというのに、レイナは楽しかった感覚が忘れられなかった。
まるで遠足前夜に興奮して眠れない子供のようだった。
そんな彼女を母は『明日も会える』と諭し、ベットに寝かせて額におやすみのキスをしてから部屋を後にする。
暗い中で天井を見ながら、レイナは始めて明日を楽しみにする感覚を覚えた。
今度は何をして遊ぼうか。
他にもお人形は持っているのか。
まだ教えていない本もあるからその話もしようか。
明日セレーネと一緒にしたいことが頭の中で幾つも思い浮かんでいく。
そうして目を開けていたレイナだが、しばらくすると目蓋が重くなっていくのを感じる。
いくら子供といえどもやはり睡眠欲には抗えない。
徐々に強くなっていく睡魔に身を任せながら、完全に目を閉じて眠りについた。
深夜、レイナはなにか大きな音で目が覚めた。
その音がなんなのか分からない。
もしかしたらそれは夢で中途半端に起きてしまったのかもしれない。
寝惚けて上半身を起こしたが、なにも異常がないようなのでもう一度眠りにつこうとした。
次の瞬間、一階から甲高い悲鳴が聞こえた。
これは夢ではない。
レイナはベッドから飛び起きると部屋から出て両親の元へ行こうとした。
だが、廊下に出たその時、人が倒れるような大きな音が聞こえる。
そして、男性の短い断末魔。
それは父親の声。
レイナは足を止め全身から汗が吹き出した。
誰かが殺した。
その犯人が家にいる。
恐怖のあまりすぐ引き返し、自分の部屋に入ると勢いよくドアと閉めた。
直後、レイナは心の中で『あっ』と後悔する。
なぜなら大きな音で犯人に自分の存在を教えてしまったからだ。
その考えの通り、一階にいた犯人は走りながら二階へ上がってきた。
レイナはドアの鍵を閉めるが、犯人はすぐにドアノブを掴み何度も乱暴に開けようとする。
「中にいるのは分かってるんだ!! 出てこい!!」
声の主は男で明らかに父親ではない。
レイナは極度の混乱状態に陥る。
このままでは殺される。
涙を浮かべながら部屋中を見渡すと、窓に目が行った。
今外に出れるのはそこだけ。
しかし、ここは二階。
子供はおろか大人でも飛び降りるのを躊躇する高さだ。
だが、悩んでいる時間はない。
犯人が部屋に押し入ろうと今度は体当たりをしてきた。
もうドアも長くは持ちそうにない。
レイナは窓を開け、飛び降りようと片足を外に出す。
でも飛び降りる勇気がなく、そのまま固まってしまう。
次の瞬間、後ろで犯人がドアを破壊し転びながら中へ入ってきた。
高さによる畏怖より部屋に押し入った男に恐慌をきたしたことで、彼女は窓から落ちた。
下は土だったとはいえ、全身を強く打つような衝撃と激痛に踞ってしまう。
「おいガキ!! 逃げるんじゃねえ!!」
「!?!?」
先程レイナが飛び降りた窓から男が身を乗り出していた。
まるで浮浪者のような小汚ない格好をしたその男は、レイナ同様そこから飛び降りようとしていた。
「ひっ」
身体中の痛みに涙を流し、震えながらなんとか立ち上がり必死に逃げ出した。
だが一歩ごとに鋭く重い痛みが足を伝い、全力で走ったときの半分の速度も出ない。
それでも殺人犯から離れなければ命はない。
でもどこへ逃げればいいのか分からない。
そう考えていたその時、後ろでドスンと何かが落ちたような重量感のある音が聞こえた。
振り向くとあの男が窓から飛び降り着地したようで、平然とした様子だった。
「追いかけっこでもするか? お嬢ちゃん」
獲物を前にした獣のような目に、レイナは短い悲鳴を上げ男から離れる。
しかし、前を向いた先におぞましい光景が目に飛び込んできた。
なんと、もう一人の浮浪者が男性の首に噛みついていたのだ。
しかも、その男性はセレーネの父親だった。
彼の目はまるで死んだ魚のように生気がなく、血まみれの状態。
もはや生きてはいない彼の首から、浮浪者は血を吸いとっていた。
さらに驚くべきことにセレーネの父親の身体が徐々に干からび、まるでミイラのようになってしまった。
もう吸える血はないと言わんばかりに噛むのを辞め彼の身体を投げ捨てると、浮浪者はレイナに視線を向けた。
「ほお、こいつは良い、もう一匹ガキがいやがった」
何が起きているのか彼女には理解できなかった。
干からびたセレーネの父親。
口周りが血塗れの殺人者。
思い付くのは本で読んだことがある化け物、吸血鬼。
だが、あれはあくまで作り話で実際にはいないはず。
そう思っていたが、目の前にいる男は笑みを浮かべ異常に伸びて尖った二本の歯を見せたことで確信する。
彼らは本物の化け物だ。
「た・・・たすけ・・・誰かぁ!!」
レイナは泣き叫びながら横へ方向転換して走り出した。
しかし、左足の方が怪我が酷いせいか上手く走れない。
どうやら飛び降りたとき無意識に左半身を下にしていたため、左足と左腕の怪我が深刻だったようだ。
ただ、骨にヒビが入っているのかどうか分からない。
今はただひたすら彼らから逃げなければならなかった。
そんな彼女を二人の浮浪者は嘲笑いながら歩いて追いかけていく。
ある程度距離が離れたところで、片方の男が持っていたクロスボウに矢を装填した。
「見てな、一発で仕留めてやるぜ」
「外したらアレは俺が貰うぜ、ガキの血は旨いからな」
「黙ってろ!」
男は狙いを定め、無慈悲に矢を射った。
クロスボウから放たれた矢は無情にもレイナの背中に命中し、先端が右の肺まで達した。
「がっ!?」
後ろからの衝撃と鋭い激痛にレイナは倒れ、直後に血を吐き出した。
「グッ・・・ゴフッ・・・ェ・・・ゲホッ」
右の肺が血で満たされ、まるで溺れたときのようにまともに呼吸が出来なくなる。
断続的に喉から血が吐き出され、身体中が痙攣する。
今にも死にそうなレイナを前に、射った男は歓喜の声を上げた。
「どうよ俺の腕は」
「ハッ、人間に当てるなんざウサギより簡単じゃねえか」
二人の男が近づいてくる。
だが瀕死の状態ではどうしようもない。
絶望感と死の恐怖で頭が満たされ、もう神に助けを求める以外に出来ることはなかったその時、視線の先にもう一人の人物が近づいてくるのが見えた。
服装はフロックコートにシャツ、ズボン、ベストの黒一式。白い長髪と髭を伸ばした厳格な人相の男性であり、その手にはブレードが握られていた。
二人の浮浪者はその男の姿を見ると足を止める。
片方が何か言おうとしたその時、ブレードを持った男は目にも止まらぬ速さで走り、すれ違い様に浮浪者の一人の首を両断した。
斬られなかった方は首が無くなった相方の身体を見て呆気にとられる。
まるで噴水の如く吹き出す血を浴び、数秒遅れで驚愕した。
白い長髪の男は残った浮浪者を睨み付ける。
すると、彼は手で制止するような動作を見せた。
「ど、どうしてーーー!?」
何かを言おうとしたようだが、長髪の男は聞く耳を持たないと言わんばかりに再び弾丸の如く走り、相手の首を斬った。
二人の無法者を物言わぬ死体にすると、長髪の男は背中に矢が刺さり倒れているレイナに近づく。
最早助かる見込みのない彼女の前にいくと、片膝をついて頬に手を当てる。
「助かりたいか?」
「ッ・・・え・・・?」
レイナは何者かも分からない相手からの唐突な質問に混乱した。
片方の肺が血で満たされ、呼吸もままならない状態だったので二人の無法者が殺された瞬間も見ていない。
そればかりか目の前の男が敵かどうかも分からない。
しかし、敵だったとしても逃げるどころか立ち上がることも出来なかった。
そんな死の瀬戸際にいるレイナに、男は優しく問いかける。
「お前はこのままだと死ぬ、だが、人間であることを辞めれば生き残れるかもしれん」
「な・・・なに・・・を・・・ゴフッ」
血を吐きながら男の言うことを理解しようとする。
すると、男は口を開け尖った二本の歯を見せた。
その瞬間、レイナは彼が吸血鬼であることを悟る。
つい先程家族や知人を殺した者と同じ存在。
そんな相手を信用できるのか分からない。
だが、もうレイナに残された時間は少なかった。
「選べ、人間のまま死ぬか、人間を辞めて生き残るか、お前の意思次第だ」
男からの言葉に一瞬だけ迷ったが、今にも溺死しそうな程の苦しみのせいで考える時間はなかった。
レイナは最後の力を振り絞り、男に手を伸ばす。
「し・・・死にたく・・・ない・・・」
身近な人たちの命を奪われた悲しみと死への恐怖が彼女の決意を固める。
後の事など考えている余裕はない。
ただ死にたくない。
その一心で懇願した。
「わかった」
男はレイナの身体を抱き締めながら起こすと、ゆっくりとその首に噛みついた。
「ぃ・・・ぁ・・・」
牙が刺さったところに鋭い痛みが走り、全身が硬直する。
男がしたことはただそれだけで、血を僅かに吸っただけだった。
もう必要な行為は済ませたのか、彼の口がレイナの首から離れる。
これで彼女自信が吸血鬼と化せば助かるはずだった。
しかし、助かることを望んだレイナの目から生気が失われていく。
まるで人形のように全身から脱力していくと、目を開いたまま事切れた。
「・・・・・・駄目だったか」
目から涙を流したまま力尽きたレイナの顔は、決して安らかな表情ではなかった。
男は残念そうにその身体を丁重に寝かせる。
深いため息をつき、立ち上がるとその場を後にするため歩き出す。
そうして彼女から数歩離れたその時、なにか物音がした。
振り返ると、レイナの身体が痙攣していた。
「まさか・・・・・・・」
男から噛まれ、まるで酸でも流し込まれたように首が熱くなった。
だが、全身から力が抜けていき視界がぼやけていく。
痛みも悲しみも恐怖すらも感じなくなり、目を開けたまま意識が薄れていった。
(死に・・・たく・・・な・・・い・・・)
家族との想い出が走馬灯のように流れていく。
涙ながらに脳裏に浮かんだ光景は、今日知り合ったばかりの友達セレーネの笑顔だった。
見知らぬ男の腕の中で力尽きると、そっと地面に置かれる。
もう息をしていない自分の身体が死んだことを理解した。
僅かに残された意識ももうじき無くなる。
遠ざかる男の背中が最後の光景だと思った。
しかし、突如心臓が強く叩かれたように動く。
初めはたった一回だったが、二回目、三回目と回数を重ねていき、やがて自力で鼓動が戻るのを感じた。
それだけではない、全身の血液がまるで沸騰するかのような感覚を覚え痙攣する。
明らかに身体が変わっていくのが分かった。
だが、医者でもなく医学の知識もなかったのでどうすれば良いか分からない。
すると、男が抱きかかえてきた。
「すまない」
謝ると、背中の矢を引き抜く。
その痛みに身体を震わせたが、全身の熱さでそれどころではなくなる。
男は自らの牙で右の手のひらを横へ裂くと、そこから流れる血を彼女の口へ落とす。
「飲むんだ」
状況が理解できず混乱するレイナだったが、無我夢中で口を開け言われた通りに血を口内へ受け入れる。
砂漠で喉が渇いた人のように必死に男の血を
飲んでいく。
普通なら進んで他人の血を飲むような事はしない。
しかし、この瞬間はどんな水よりも美味を感じ喉の渇きが癒されていく。
ある程度飲んだ所で男の手から血の流れが止まった。
傷口を見るとこの僅かな時間で塞がっていたのだ。
同時に、レイナの背中の傷が徐々に治っていく。
まるで皮膚の下に虫が蠢くような感覚と激痛にのけ反ってしまう。
確実に起きている身体の変化、それによる苦痛により正常な判断力は無くなっている。
あるのは生きることへの執着心のみ。
口から血の泡が出るほど悶え苦しむレイナを、男は親のように抱き締めた。
「耐えるんだ、君の身体は生まれ変わろうとしている、これに耐えれば助かる」
名も知らない男の抱擁が、混濁した意識の中でとても頼りに思えた。
ただ生きたい。
その願いを胸に急激に変異していく肉体の痛みと苦しみに耐えていく。
もう今は家族やセレーネのことを考える余裕などなかった。
背中の傷や肺の穴すら短時間の内に塞がっていくと、今度は右の肺に溜まった血を吐き出した。
男から血を分けてもらったのに今度は自分の血を排出してしまったことに焦る。
しかし、そんな彼女の意思とは関係なく肉体が修復されていく。
これから自分はどうなってしまうのか。
醜い化け物にでもなるのか。
そう考えていると、突然苦痛が止んだ。
変異が終わったのか、それともやはり駄目だったのか。
それが分からないまま、彼女は機械の電源を切ったかのように意識を失った。
とある一家が農村の家に引っ越してきた。
家族構成は夫と妻、娘の三人
その家は屋根が濃い茶色のS字瓦、壁が石灰岩で出来ている二階構成だった。
夫婦は荷解きを済ませると、今度は来客の用意をしていく。
この国では引っ越し後に人を招く『ハウスウォーミングパーティー』というものを行うのが習慣となっている。
今、この夫婦は近隣に住む別の家族を向かい入れるための準備に動いていたが、娘の姿がない。
彼女は二階の一番奥の部屋で本を読んでいた。
「レイナー、もうすぐお隣さんが来るわよー」
青を基調としたワンピース型のドレスを着た黒髪の少女は母からレイナと呼ばれていた。
彼女はこの国独特の習慣を嫌がっていた。
元々人見知りの性格で、大人数でいるより一人で本を読む時間のほうが好きだったからだ。
そんなレイナに対し、両親は少し悩んでいた。
あまり人付き合いが得意ではない娘の性格をなんとか変えたい。
その意味合いも兼ねたパーティーだが果たしてうまく行くかどうか。
そう思考を巡らせながら準備を終えた頃に、今回の客人一行が訪ねてきた。
二階の奥の部屋、レイナが一人でいる場所からでも両親と相手の一家の話し声が聞こえてくる。
出来ればこのまま自分抜きでパーティーが終わってほしい。
見知らずの人とは会いたくない。
そう思いながら読んでいる本のページをめくると、足音が聞こえてきた。
両親のような落ち着いた感じのものではない。
活発な子供が早歩き気味に歩く軽快な音。
(誰か・・・来る・・・?)
知らない人が近づいてくる音と気配に緊張し、鼓動が早くなっていく。
今居る部屋のドアは開けっぱなしにしていた。
レイナは閉めて鍵を掛ければよかったと後悔したその時、足音の主が姿を見せた。
ゆるくウェーブがかかった栗色の長い髪に、白色のワンピースを着た同い年位の少女。
まるで自分とは正反対な明るそうな雰囲気の相手に固まってしまうと、相手から話してきた。
「貴女がレイナ? 私セレーネ、よろしくね」
まったく物怖じしない少女セレーネに、レイナは言葉が詰まった。
頭の中では言葉が紡げるが、いざ話そうとするとうまく出来ない。
そんなレイナにセレーネは近づくとすぐ横に座り、本を見つめた。
「何を読んでるの?」
「え、あ、その・・・・・・」
「童話?」
「う、うん」
レイナあまり自分から話しかけるのは得意ではなかった。
実は過去にも同じようにパーティーで他の家に行ったことがある。
レイナ一家だけでなく他の家の家族も一緒だったが、彼女だけ馴染めず一人で本を読んでいた。
その様子を他の子供達が『気味が悪い』と言ったのを聞こえてしまったため、ますます自分の殻に閉じ籠るようになってしまう。
だが、セレーネはレイナのことを気味悪く思う様子はなく興味津々だった。
「私あまり本を読まないの、お母さんが寝る前に聞かせてくれるけど途中で寝ちゃうから最後まで分からないのよね」
「そう、なんだ・・・」
レイナは以前言われた言葉を思い出してしまい、あまり自分の考えを言えなかった。
そんな彼女にセレーネは心配そうに見つめる。
「大丈夫? 具合でも悪いの?」
「その・・・・・・」
レイナは言うかどうか迷っていた。
もしかしたらこの子にも同じことを言われるのではないかと。
しかし、まっすぐ見つめてくるセレーネの瞳は、かつてレイナを気味悪く思った子達をは違った。
それに、口下手なのに待っていてくれる。
意を決して打ち明けてみることにした。
「その、私、前に、他の子に、言われたの・・・」
「なんて言われたの?」
「・・・あの子・・・気味が・・・悪いって・・・」
レイナは精一杯己の事を話した。
それでこの後セレーネに何と言われるか分からない。
そう考えていると、セレーネは少し怒った。
「その子達失礼ね、別にいいじゃない、本を読もうがどうしようが本人の勝手でしょ、ね?」
予想外の答えにレイナは目を丸くした。
まさか自分の味方になってくれるとは思ってもみなかった。
今までになかった嬉しさが込み上げてきたことで、さらに過去の話を続ける。
「私、雨とか、曇りの日みたいって言われたけど、変かな?」
「変じゃないわ、それどころか私と合ってる」
「え? 合ってる?」
「そう、私の名前って『晴れ』って言う意味の言葉に似てるの、晴れと雨の日、作物を育てるには交互にその日がくると良いってお父さんが言ってたわ」
「わ、私達が育てるわけじゃないと思うけど・・・・・・」
「例えばよ例えば、それに昔話でもあったでしょ、太陽と風の話」
「・・・それって北の風と太陽? あれって旅人の服を脱がせる話だと思うけど」
レイナの指摘にセレーネは固まってしまった。
数秒間の沈黙の後、二人は同じタイミングで笑みがこぼれる。
それがきっかけとなり、レイナは今まで読んできた童話や昔話のことを話し始めた。
セレーネも大概の昔話の結末は知らなかったので楽しそうに聞いていく。
時々セレーネが『こうしたらいいのに』と言うとレイナ『それだとすぐ話が終わっちゃう』と言った。
まるで漫才のようなやり取りをしては二人で笑った。
時間が経つのも忘れて夢中になっていると、下の階から双方の両親が声を掛ける。
どうやら夕食の時間まで話が弾んでいたようだ。
二人はその後、まるで姉妹のように隣り合って座り夕飯を食べた。
その様子にレイナの両親は安堵の表情を見せ合う。
あまり他者と進んで交流しようとしなかった娘が楽しそうに友達と接している。
今までのパーティーでレイナがあまり積極性を見せないので、将来はどうなるのだろうかと心配していたがセレーネのお陰で解決しそうだった。
夕食後、セレーネは持ってきた人形をレイナに見せた。
本ばかり読んできたレイナにとってそれは魅力的な玩具で、まさに二人の交流のために役立つ物だった。
そんな楽しい時間もあっという間に過ぎ、セレーネ一家が帰る時間となる。
今までにないほど短く感じた一時に二人は名残惜しくも別れの挨拶をした。
「また明日ね、レイナ」
「うん、また明日」
セレーネと両親を玄関で見送るレイナ一家。
もう遅い時間だというのに、レイナは楽しかった感覚が忘れられなかった。
まるで遠足前夜に興奮して眠れない子供のようだった。
そんな彼女を母は『明日も会える』と諭し、ベットに寝かせて額におやすみのキスをしてから部屋を後にする。
暗い中で天井を見ながら、レイナは始めて明日を楽しみにする感覚を覚えた。
今度は何をして遊ぼうか。
他にもお人形は持っているのか。
まだ教えていない本もあるからその話もしようか。
明日セレーネと一緒にしたいことが頭の中で幾つも思い浮かんでいく。
そうして目を開けていたレイナだが、しばらくすると目蓋が重くなっていくのを感じる。
いくら子供といえどもやはり睡眠欲には抗えない。
徐々に強くなっていく睡魔に身を任せながら、完全に目を閉じて眠りについた。
深夜、レイナはなにか大きな音で目が覚めた。
その音がなんなのか分からない。
もしかしたらそれは夢で中途半端に起きてしまったのかもしれない。
寝惚けて上半身を起こしたが、なにも異常がないようなのでもう一度眠りにつこうとした。
次の瞬間、一階から甲高い悲鳴が聞こえた。
これは夢ではない。
レイナはベッドから飛び起きると部屋から出て両親の元へ行こうとした。
だが、廊下に出たその時、人が倒れるような大きな音が聞こえる。
そして、男性の短い断末魔。
それは父親の声。
レイナは足を止め全身から汗が吹き出した。
誰かが殺した。
その犯人が家にいる。
恐怖のあまりすぐ引き返し、自分の部屋に入ると勢いよくドアと閉めた。
直後、レイナは心の中で『あっ』と後悔する。
なぜなら大きな音で犯人に自分の存在を教えてしまったからだ。
その考えの通り、一階にいた犯人は走りながら二階へ上がってきた。
レイナはドアの鍵を閉めるが、犯人はすぐにドアノブを掴み何度も乱暴に開けようとする。
「中にいるのは分かってるんだ!! 出てこい!!」
声の主は男で明らかに父親ではない。
レイナは極度の混乱状態に陥る。
このままでは殺される。
涙を浮かべながら部屋中を見渡すと、窓に目が行った。
今外に出れるのはそこだけ。
しかし、ここは二階。
子供はおろか大人でも飛び降りるのを躊躇する高さだ。
だが、悩んでいる時間はない。
犯人が部屋に押し入ろうと今度は体当たりをしてきた。
もうドアも長くは持ちそうにない。
レイナは窓を開け、飛び降りようと片足を外に出す。
でも飛び降りる勇気がなく、そのまま固まってしまう。
次の瞬間、後ろで犯人がドアを破壊し転びながら中へ入ってきた。
高さによる畏怖より部屋に押し入った男に恐慌をきたしたことで、彼女は窓から落ちた。
下は土だったとはいえ、全身を強く打つような衝撃と激痛に踞ってしまう。
「おいガキ!! 逃げるんじゃねえ!!」
「!?!?」
先程レイナが飛び降りた窓から男が身を乗り出していた。
まるで浮浪者のような小汚ない格好をしたその男は、レイナ同様そこから飛び降りようとしていた。
「ひっ」
身体中の痛みに涙を流し、震えながらなんとか立ち上がり必死に逃げ出した。
だが一歩ごとに鋭く重い痛みが足を伝い、全力で走ったときの半分の速度も出ない。
それでも殺人犯から離れなければ命はない。
でもどこへ逃げればいいのか分からない。
そう考えていたその時、後ろでドスンと何かが落ちたような重量感のある音が聞こえた。
振り向くとあの男が窓から飛び降り着地したようで、平然とした様子だった。
「追いかけっこでもするか? お嬢ちゃん」
獲物を前にした獣のような目に、レイナは短い悲鳴を上げ男から離れる。
しかし、前を向いた先におぞましい光景が目に飛び込んできた。
なんと、もう一人の浮浪者が男性の首に噛みついていたのだ。
しかも、その男性はセレーネの父親だった。
彼の目はまるで死んだ魚のように生気がなく、血まみれの状態。
もはや生きてはいない彼の首から、浮浪者は血を吸いとっていた。
さらに驚くべきことにセレーネの父親の身体が徐々に干からび、まるでミイラのようになってしまった。
もう吸える血はないと言わんばかりに噛むのを辞め彼の身体を投げ捨てると、浮浪者はレイナに視線を向けた。
「ほお、こいつは良い、もう一匹ガキがいやがった」
何が起きているのか彼女には理解できなかった。
干からびたセレーネの父親。
口周りが血塗れの殺人者。
思い付くのは本で読んだことがある化け物、吸血鬼。
だが、あれはあくまで作り話で実際にはいないはず。
そう思っていたが、目の前にいる男は笑みを浮かべ異常に伸びて尖った二本の歯を見せたことで確信する。
彼らは本物の化け物だ。
「た・・・たすけ・・・誰かぁ!!」
レイナは泣き叫びながら横へ方向転換して走り出した。
しかし、左足の方が怪我が酷いせいか上手く走れない。
どうやら飛び降りたとき無意識に左半身を下にしていたため、左足と左腕の怪我が深刻だったようだ。
ただ、骨にヒビが入っているのかどうか分からない。
今はただひたすら彼らから逃げなければならなかった。
そんな彼女を二人の浮浪者は嘲笑いながら歩いて追いかけていく。
ある程度距離が離れたところで、片方の男が持っていたクロスボウに矢を装填した。
「見てな、一発で仕留めてやるぜ」
「外したらアレは俺が貰うぜ、ガキの血は旨いからな」
「黙ってろ!」
男は狙いを定め、無慈悲に矢を射った。
クロスボウから放たれた矢は無情にもレイナの背中に命中し、先端が右の肺まで達した。
「がっ!?」
後ろからの衝撃と鋭い激痛にレイナは倒れ、直後に血を吐き出した。
「グッ・・・ゴフッ・・・ェ・・・ゲホッ」
右の肺が血で満たされ、まるで溺れたときのようにまともに呼吸が出来なくなる。
断続的に喉から血が吐き出され、身体中が痙攣する。
今にも死にそうなレイナを前に、射った男は歓喜の声を上げた。
「どうよ俺の腕は」
「ハッ、人間に当てるなんざウサギより簡単じゃねえか」
二人の男が近づいてくる。
だが瀕死の状態ではどうしようもない。
絶望感と死の恐怖で頭が満たされ、もう神に助けを求める以外に出来ることはなかったその時、視線の先にもう一人の人物が近づいてくるのが見えた。
服装はフロックコートにシャツ、ズボン、ベストの黒一式。白い長髪と髭を伸ばした厳格な人相の男性であり、その手にはブレードが握られていた。
二人の浮浪者はその男の姿を見ると足を止める。
片方が何か言おうとしたその時、ブレードを持った男は目にも止まらぬ速さで走り、すれ違い様に浮浪者の一人の首を両断した。
斬られなかった方は首が無くなった相方の身体を見て呆気にとられる。
まるで噴水の如く吹き出す血を浴び、数秒遅れで驚愕した。
白い長髪の男は残った浮浪者を睨み付ける。
すると、彼は手で制止するような動作を見せた。
「ど、どうしてーーー!?」
何かを言おうとしたようだが、長髪の男は聞く耳を持たないと言わんばかりに再び弾丸の如く走り、相手の首を斬った。
二人の無法者を物言わぬ死体にすると、長髪の男は背中に矢が刺さり倒れているレイナに近づく。
最早助かる見込みのない彼女の前にいくと、片膝をついて頬に手を当てる。
「助かりたいか?」
「ッ・・・え・・・?」
レイナは何者かも分からない相手からの唐突な質問に混乱した。
片方の肺が血で満たされ、呼吸もままならない状態だったので二人の無法者が殺された瞬間も見ていない。
そればかりか目の前の男が敵かどうかも分からない。
しかし、敵だったとしても逃げるどころか立ち上がることも出来なかった。
そんな死の瀬戸際にいるレイナに、男は優しく問いかける。
「お前はこのままだと死ぬ、だが、人間であることを辞めれば生き残れるかもしれん」
「な・・・なに・・・を・・・ゴフッ」
血を吐きながら男の言うことを理解しようとする。
すると、男は口を開け尖った二本の歯を見せた。
その瞬間、レイナは彼が吸血鬼であることを悟る。
つい先程家族や知人を殺した者と同じ存在。
そんな相手を信用できるのか分からない。
だが、もうレイナに残された時間は少なかった。
「選べ、人間のまま死ぬか、人間を辞めて生き残るか、お前の意思次第だ」
男からの言葉に一瞬だけ迷ったが、今にも溺死しそうな程の苦しみのせいで考える時間はなかった。
レイナは最後の力を振り絞り、男に手を伸ばす。
「し・・・死にたく・・・ない・・・」
身近な人たちの命を奪われた悲しみと死への恐怖が彼女の決意を固める。
後の事など考えている余裕はない。
ただ死にたくない。
その一心で懇願した。
「わかった」
男はレイナの身体を抱き締めながら起こすと、ゆっくりとその首に噛みついた。
「ぃ・・・ぁ・・・」
牙が刺さったところに鋭い痛みが走り、全身が硬直する。
男がしたことはただそれだけで、血を僅かに吸っただけだった。
もう必要な行為は済ませたのか、彼の口がレイナの首から離れる。
これで彼女自信が吸血鬼と化せば助かるはずだった。
しかし、助かることを望んだレイナの目から生気が失われていく。
まるで人形のように全身から脱力していくと、目を開いたまま事切れた。
「・・・・・・駄目だったか」
目から涙を流したまま力尽きたレイナの顔は、決して安らかな表情ではなかった。
男は残念そうにその身体を丁重に寝かせる。
深いため息をつき、立ち上がるとその場を後にするため歩き出す。
そうして彼女から数歩離れたその時、なにか物音がした。
振り返ると、レイナの身体が痙攣していた。
「まさか・・・・・・・」
男から噛まれ、まるで酸でも流し込まれたように首が熱くなった。
だが、全身から力が抜けていき視界がぼやけていく。
痛みも悲しみも恐怖すらも感じなくなり、目を開けたまま意識が薄れていった。
(死に・・・たく・・・な・・・い・・・)
家族との想い出が走馬灯のように流れていく。
涙ながらに脳裏に浮かんだ光景は、今日知り合ったばかりの友達セレーネの笑顔だった。
見知らぬ男の腕の中で力尽きると、そっと地面に置かれる。
もう息をしていない自分の身体が死んだことを理解した。
僅かに残された意識ももうじき無くなる。
遠ざかる男の背中が最後の光景だと思った。
しかし、突如心臓が強く叩かれたように動く。
初めはたった一回だったが、二回目、三回目と回数を重ねていき、やがて自力で鼓動が戻るのを感じた。
それだけではない、全身の血液がまるで沸騰するかのような感覚を覚え痙攣する。
明らかに身体が変わっていくのが分かった。
だが、医者でもなく医学の知識もなかったのでどうすれば良いか分からない。
すると、男が抱きかかえてきた。
「すまない」
謝ると、背中の矢を引き抜く。
その痛みに身体を震わせたが、全身の熱さでそれどころではなくなる。
男は自らの牙で右の手のひらを横へ裂くと、そこから流れる血を彼女の口へ落とす。
「飲むんだ」
状況が理解できず混乱するレイナだったが、無我夢中で口を開け言われた通りに血を口内へ受け入れる。
砂漠で喉が渇いた人のように必死に男の血を
飲んでいく。
普通なら進んで他人の血を飲むような事はしない。
しかし、この瞬間はどんな水よりも美味を感じ喉の渇きが癒されていく。
ある程度飲んだ所で男の手から血の流れが止まった。
傷口を見るとこの僅かな時間で塞がっていたのだ。
同時に、レイナの背中の傷が徐々に治っていく。
まるで皮膚の下に虫が蠢くような感覚と激痛にのけ反ってしまう。
確実に起きている身体の変化、それによる苦痛により正常な判断力は無くなっている。
あるのは生きることへの執着心のみ。
口から血の泡が出るほど悶え苦しむレイナを、男は親のように抱き締めた。
「耐えるんだ、君の身体は生まれ変わろうとしている、これに耐えれば助かる」
名も知らない男の抱擁が、混濁した意識の中でとても頼りに思えた。
ただ生きたい。
その願いを胸に急激に変異していく肉体の痛みと苦しみに耐えていく。
もう今は家族やセレーネのことを考える余裕などなかった。
背中の傷や肺の穴すら短時間の内に塞がっていくと、今度は右の肺に溜まった血を吐き出した。
男から血を分けてもらったのに今度は自分の血を排出してしまったことに焦る。
しかし、そんな彼女の意思とは関係なく肉体が修復されていく。
これから自分はどうなってしまうのか。
醜い化け物にでもなるのか。
そう考えていると、突然苦痛が止んだ。
変異が終わったのか、それともやはり駄目だったのか。
それが分からないまま、彼女は機械の電源を切ったかのように意識を失った。
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