ブラッドリング

サノサトマ

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恩人

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 レイナが活動拠点としている屋敷は古風な外見とは裏腹に、中は監視室や研究室、射撃訓練所等の近代的な設備が多数存在していた。
 その建物内の廊下を早歩きで進んでいく。
 広い屋敷ではあるが、長年ここにいるためか迷う様子はない。
 そうして目的の部屋である武器管理室に着いた。
 中の壁には無数の銃が立て掛けられており、そこはまるで銃の売店のようだった。
 部屋の中に一人の人物が出入り口に背を向けながらなにか作業をしていた。
 レイナはその男が振り向く前に、入ってすぐ正面にある横長のカウンターテーブルの上に愛用のリボルバーを置いた。
 すると、男が物音に気が付き振り返る。
「ようレイナ」
 男の名前はサイラス、淡い金髪を短く刈り上げ髭も生え揃えており、筋骨粒々の肉体に特殊部隊のような服を着ている白人であり、ここで銃の管理や整備を行っている。
 命令があればここにある銃を手に取り今にも出撃できそうな格好ではあるが、威圧感はなくむしろ友好的な雰囲気を醸し出している。
「今日は犬どもを何匹狩ったんだ?」
「数えてないけど沢山」
「じゃあ弾は全部使いきったか」
「そう、予備の銃と弾を頂戴」
「わかった」
 サイラスはレイナが置いた銃を回収し、代わりに同じ型のリボルバーと銃弾が入った箱を複数置いた。
 レイナは銃を受けとり懐のホルスターに入れると、サイラスはとあることを思い出す。
「そうだレイナ、ようやく新しいプラチナ弾が補充されたぞ」
「何発?」
「あ~、百発だ」
「それだけ!?」
「しかも半分アイツが持っていった」
「・・・・・・チッ」
 人狼ライカンに絶大な効果があるプラチナ弾だが、原材料であるプラチナそのものの流通量が少なく、いくら政府の後ろ楯があるこの組織でもそう簡単に入手できない。
 その上ここの屋敷で一番偉い人物が一人で勝手に持っていってしまったのだ。
 ただでさえ補充がままならない弾だが、形式上は実力者か立場が上の人物の手に渡るのが道理ではある。
 しかし、レイナやサイラスはその人物が勝手に持ち出したことに頭を抱えた。
 なぜなら彼はここの局長というだけで実力はない古典的な無能上司だからである。
「で、一応残りはお前にやれと・・・・・・」
「アイツが言ったの?」
「まあ、そうだ」
「・・・・・・十発だけ頂戴、後は各部隊長へ」
 レイナは大きくため息をついた。
 人狼の心臓もしくは頭に当てれば大抵は一発で倒せる弾だが、実戦では互いに動き回る。
 そんな状況下で確実に急所に当てようとしても難しいため、出来ることなら大量に持たせたいがそうもいかない。
 とある無能上司は、そんなことも考慮せずにプラチナ弾を持っていってしまったのだからどうしようもない。
 レイナはリボルバー用の弾が入った箱とプラチナ弾十発を受けとると、不機嫌そうにその部屋から出ようとした。
「ああそうだレイナ、今部屋に戻るか?」
「いえ、射撃訓練所に行くけど」
「任務から戻ってきたばかりなのに真面目だねぇ」
「銃を撃ってないと腕が鈍る、それから苛立ってあのバカを撃たないようにするため」
「ハハ、気持ちは分かるよ、それじゃあ後で渡したい物があるから待っててくれ」
「? ええ、わかった」
 レイナはそれが何なのか疑問に思いながらその場を後にした。



 射撃訓練所。
 奥行きは三十メートル、幅十メートルの空間に天井には縦横無尽にレールが張り巡らされていた。
 通常の射撃訓練所はレールが真っ直ぐ前後にしか伸びていないが、ここは特別仕様の部屋だった。
 この屋敷内の地下に複数ある訓練所の内のひとつ、その中でもここは隊長クラスかそれ以上の実力を持った者専用である。
 そこに、先ほど予備のリボルバーと弾を受け取ったレイナがすでに射撃訓練を行っていた。
 人狼の絵が描かれ留め具に固定された縦長のベニヤ板が、天井のレールを伝って左右の壁から姿を見せる。
 レイナはそれらを難なく撃ち抜くと、ベニヤ板に大きな穴が開いていった。
 黙々と目標を撃っていく彼女の背後、この部屋の出入り口から男が苛立った様子で入ってくる。
「レイナ!!」
 聞き覚えのある声にレイナはため息混じりに銃を下ろし、声の主の方を向く。
 その男は黒いスーツに赤いシャツ、金髪をオールバックにしているがあまり似合わない若造という印象の人物。
 名はライアン、レイナ達のような実力者からあまり好かれていないここの局長であり、年齢は三十近くの我儘な性格の人物である。
 そんな男をレイナはうんざりした様子で応える。
「・・・なに?」
「なにじゃない! 俺の部屋に報告しに来るようエミリアから聞いたはずだろ!?」
「聞いた」
「ならなぜ来なかった!?」
「無駄だから、私が回収班を呼んだ時にもう分かってたでしょ?」
 屋敷に戻る前に終わらせた人狼掃討任務の件は、レイナの言う通り回収班に連絡した時点でライアンの耳に入っていたはずである。
 にも関わらずなぜレイナに部屋に来るよう伝えたのか。
 それは彼の自己満足のためである。
 ライアンはとある人物の息子であり、ここの局長であるが実力はお世辞にも高いとはいえない。
 影で親の七光りやら甘ったれと言われているのを薄々分かっており、その評価を何がなんでも覆したいという一心からの行動である。
 だが、そんな浅知恵も見抜かれており、補充されたプラチナ弾を半分も個人で持っていく等部下や全体のことを考えないことが原因でさらに信頼を無くしていた。
「俺はあの人の息子なんだぞ!? 分かってるのか!!」
 絵に描いたような親の七光りじみた言動。
 レイナは尊敬の念をまったく抱かないような冷酷な眼差しで睨んだまま、わざと彼の足元に空の薬莢を銃から落とす。
「なっ・・・なんだその態度は? 俺の言うことが聞けないのか?!」
「ええ、自分より弱い奴の言うことなんて聞く必要ないから」
「お前っ・・・クビにするぞ!!」
「どうぞご自由に、ただ、私をここの屋敷に任命したのは貴方の父親だということを忘れないで」
「ぐっ・・・・・・」
 レイナを辞めさせた際、父親へどう言い訳をすればいいか彼は思い付かなかった。
 仮に彼女の態度を理由にしたとしても、それを抑えられるだけの指導が出来なかったという無能上司の証明にもなる。
 ライアンは口喧嘩に負けた子供のように歯を食い縛る。
 そんな彼を無視しながらレイナは銃に弾を込め、再び撃ち始めた。
 もう何を言っても聞く耳を持たない彼女の態度に、ライアンは早々と出入り口へと向かった。
 すると、部屋に入ろうとしたサイラスとぶつかりそうになる。
「おっと失礼、局長?」
 すぐ退けたサイラスが呼び掛けるが、ライアンは止まらずそのまま立ち去っていった。
 そんな彼の背中を見送ると、サイラスはレイナに近づいていく。
「レイナ、あいつに何を言ったんだ?」
「別に、貴方の命令なんて聞きたくないって言っただけ」
「ハハ、見たかったな、その瞬間を」
 サイラスは笑顔混じりに、レイナの前にある台の上に横長の箱を置いた。
「ん?これは?」
「プレゼントだ」
「ケーキでも入っているの?」
「もっと実用的な物さ、開けてみな」
 レイナは撃つのを止めて持っていたリボルバーを台に置き、サイラスが置いた箱を開けた。
「これは・・・・・・」
「どうだ? いいだろう」
 箱の中身、それはオートマチックの大型ハンドガンだった。
 いままでレイナが使っていたのはリボルバーのハンドガン。
 これはそのマグナム弾を撃てるオートマチック銃だったが、レイナはなぜか不機嫌そうな顔になった。
「おいおいどうした?」
「・・・・・・」
「まさか、オートマチックだからって信用できないって言うのか?」
「いや、そういう訳じゃ・・・・・・」
 レイナは言葉が続かなかった。

 六百年はある銃の歴史の中でも、マグナム弾が撃てるオートマチックの登場は約四十年程前である。
 もともとマグナム弾とは同じ口径の弾の中でも強力なものではあるが、その分銃本体も高威力に耐えられるものでなければならない。
 マグナム弾は発射された時に生じるガスの圧力が高く、オートマチックの構造には向かなかった。
 それでもなんとか開発までこぎ着けたものの、新しく作られた物や技術というのは初期段階に不具合が付き物であった。
 それゆえに最初に作られたマグナム用オートマチックは弾詰まり等が多かったことから“オートジャム”(作動不良)という不名誉な名が付いた。
 実はレイナはその初期の銃を使ったことがあり、当時はそのせいで任務に失敗している。
 勿論その頃の実力不足も関係しているが、敵を目の前にして使えなくなる銃という苦い記憶から信頼していなかった。

「なあレイナ、このタイプの銃は初期の頃から何度も改良されてきたんだ、これはその完成形を俺が手を加えてより良くしたモデルだ」
 サイラスがプレゼントしたのは市場に出ている物を参考に再設計し、一つ一つのパーツを自作し組み立てたカスタム銃だった。
 オートマチックのマグナム銃は、二十年程前に開発された完成形の出現をきっかけに開発は終了。
 安定した動作と信頼性を獲得した傑作と言える品だった。
 サイラスはそれらの構造をヒントにさらに増強する形で改造し、より頑丈かつ確実に連射できる銃に仕上げたものだ。
「五マガジン分撃ってみてくれ、それで一回でも動作不良や不具合が起こったらもう使わなくていい」
「・・・・・・」
 レイナは銃を信頼するというより、サイラスを信用するといった様子で箱から銃を取り出す。
 手に取った感想は他の銃より重い。
 レイナが銃を持ったことでサイラスは目を輝かせる。
「総重量五キロ、装弾数七発、フレームや周りのパーツは見ての通り肉厚で直接それでぶん殴っても歪まねえぜ」
「・・・本当に?」
「いや、実際試したわけじゃないからわからんが・・・・・・まあ頑丈だ」
 彼は少し大袈裟に言ったようだ。
 銃身周りのパーツであるスライドは射撃の度に前後に動くことで、空薬莢を排出、次弾装填、撃鉄を起こす動作を行い引き金を引く度に連射できる仕組みとなっている。
 しかし、銃の種類によってはスライドが薄い物があり、外からの衝撃で歪んで動かなくなることがある。
 この銃は場合は銃身周りのパーツを分厚い物に変えることで耐久力を増している、しかし、それにともない重量も増えていた。
 ハンドガンの重さは一キロ程であるが、これは人間が持つには重い。
 だが、人間以上の力を持つ吸血鬼には大して問題にはならなかった。
 むしろレイナにとって重要なのは安定した動作を保証できるかどうかだ。
 マガジンを入れ、スライドを前後に動かし初弾装填を済ませいつでも撃てるようにする。
 サイラスは天井からぶら下がっている装置のスイッチに手を掛けた。
「レイナ、いいか?」
「やって」
「よし」
 サイラスが作動スイッチを押すと、左右の壁からベニヤ板をぶら下げた器具がレールを伝って出てくる。
 レイナはそれらを確実に当てていく。
 板の中央から上の部分、人狼の絵の頭に大きな穴が次々開いていった。
 サイラスの言った通り七発で弾が切れ、スライド部分が後退したまま固定される。
 レイナは直ぐにグリップの親指付近にあるマガジン・キャッチボタンを押し、空のマガジンを落とすと即座に左手に持った予備のマガジンを銃に入れる。
 リボルバーばかり使っていたので、オートマチックには慣れていないのではないかと心配したサイラスだったが、どうやら無駄だったようだ。
 その後も目標となる絵の頭や心臓部分を撃ち抜き、五マガジン分を撃ちきるとサイラスはボタンを押してテストを終了させる。
「どうだ? リボルバーより装填しやすかっただろう?」
「・・・・・・」
 レイナはまだ信用していないようだったが、すでに信頼できる銃であるということは今しがた自らの手で証明したので何も言えなかった。
「リボルバーのリロードにスピードローダーを使ってるだろ? あれはかさばるがこれのマガジンはかさばらないぞ」
 さらに追い討ちをかけるサイラスに、レイナは諦めたようにため息をついた。
「わかった、認める、これのほうが便利」
「だろう? まあ使い慣れたものから新しいものに乗り換えるのは億劫かもしれんが―――」
「私が年寄りだとでも?」
「あ、いや、そういうわけじゃ・・・・・・」
 静かに怒りを見せるレイナにサイラスは背筋が凍ったが、彼女はすぐに笑みを浮かべた。
「そんなに怖がらないで、とにかくありがとう、受け取っておく」
「そうか、よかった」
 他者から見ると、先輩の男性が後輩の女性に銃の指導しているような雰囲気だった。
 そんな二人がいる部屋へ一人の女性が歩いてくる。
 ライアンの側近であり黒いドレスを着た女性エミリア。
 彼女は部屋の入り口で立ち止まると開いているドアをノックして二人に気づかせる。
「もうすぐあの方が来るから準備して」
 エミリアは気だるそうに伝えた。
 先程のレイナの態度にライアンが激怒し、宥めるのに苦労したようだ。
 そんな彼女とは反対にレイナは目を輝かせた。
 まるでもうすぐ親が帰ってくることを知った無垢な子供のようだった。
 その人物こそ命の恩人であり、恩師だったからだ。
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