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猟犬
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ここは、地球と酷似した歴史を歩んだ別の惑星の話。
その星に存在するとある一つの国、ギリア連合王国、通称ギリアはかつて工業力と軍事力をもって世界で繁栄を極めた国であった。
しかし、100年程前の世界大戦をきっかけに国力は低下、優位性を失い世界をリードする立場から落ちてしまう。
それでもギリアは周辺諸国との連合を進め、再び世界の主導権を握ろうとしていた。
そんな中、決して歴史の表舞台に出ず人知れず戦いを繰り広げていた種族がいる。
吸血鬼や人狼と呼ばれた伝説上の存在である彼らはこの世界に実在し、今もなお歴史の影で闘争を続けていた。
深夜、ほとんどの人が寝静まったギリアの街。赤煉瓦の屋根に淡い色の壁の建物が並ぶ街並みは、わずかな街灯に照らされ静かな時間が流れていた。
そこからオフィス街を抜けると、港湾付近にはいくつもの空き倉庫が立ち並んでいた。
静かな住宅街とは反対に、そこは治安が良いとは言えない場所であり、今も犯罪者やならず者が勝手に利用している有り様である。
一般人であれば、夜中に決して近づこうとしない場所に一人の女性が歩いて向かっていた。
腰まで真っ直ぐ伸びた長い黒髪、上半身には防弾チョッキに黒のロングコート、下はライダーが着るようなレザー物に加えその腰には鞘に収まったブレードを携えている。
彼女の名はレイナ、これから狩りを行う女の吸血鬼である。
空き倉庫の出入り口付近に三人の男がいた。若いギャングらしき男達が下品な話で盛り上がっている。
「それで俺はその女に銃を向けてこう言ったんだよ、こいつをしゃぶるか俺のをしゃぶるか、どっちか選びなってな」
「両方小さくてどっちがどっちだかわかんねえよ」
「ハハ、確かにな」
「うるせえ!!」
聞くに耐えない会話だった。
男達が会話に夢中になっている中、遠くから近づいてくる一人の人物がいた。
まるで肩で風を切るように堂々とした歩き方をする女性、レイナだった。
男達にある程度近づいたところで、その中の一人が彼女に気がつく。
「ん? おい、あいつ、女か?」
「ああ? こんな時間にマジかよ」
三人は相手が女と分かると会話を止め、ニヤつきながら近づいていく。
「よお、こんな時間にどうした?迷子か?」
「ここで薬を売っていると聞いたんだけど」
レイナは臆することなく、毅然とした態度で話した。
それに対し、男達は下劣は表情を隠そうとしない。
「ああ、売ってるぜ、ただここのは他より質が良くて高いんだ、あんたに払えるか?」
「まあ、払えなくても身体でもいいぜ」
「俺らと一晩で一回分ってところか」
自分達の欲望を隠そうともしない彼らを前に、彼女は呆れるような表情をしながら懐に手をいれた。
そこから銀色の大口径リボルバーを取り出すと、迷わず銃口を三人組の内の一人に向ける。
「は?」
一瞬だけ事態が飲み込めない相手の頭に、躊躇なく弾丸を発射。弾は男の額に命中し、後頭部が飛び散った。
「う・・・あああああああ!?」
仲間が撃たれたショックで他の二人がパニック状態に陥るが、レイナは銃の反動をものともしないまま二人目の頭に向け撃つ。
一人目を同じように頭に当てると、三人目は自分も撃たれると確信。一目散に倉庫の出入り口に向かって走り出す。
後ろ姿を見せた男に、彼女はまるで機械のように淡々とした様子で銃の狙いを定め、引き金を引く。
その弾は逃げる男の後頭部に穴を開け、額から中身を飛散させた。
三人も射殺したというのに、レイナは動揺することなくまるで害虫でも駆除する業者のように倉庫へ向かった。
倉庫の中、ギャングらしき者達が外の銃声に慌てふためいていた。
「警察か!?」
「いや、サイレンは聞こえねえぞ!?」
「銃出せ銃!!早くしろ!!」
人一人が入りそうな大きな木箱が無数に置かれている中は、まるで配送業の作業場のようであったが、その中身は銃や違法な薬物ばかりであった。
なので警察の捜査は勿論、同じ無法者の敵対組織からの略奪目的の襲撃もあり得る。
彼らは木箱の蓋を開け、中にあった銃を取り出す。本来であればそれらは売り物であり手をつけてはならないが、敵襲ともなれば話は別だ。
「おい、外の三人はどうした!?」
ギャング達のリーダー格、スキンヘッドに派手な服装をした男が叫ぶ。
外にいた仲間三人以外はこの室内にいたため状況が分からず、他の男達は互いの顔を見合うだけだった。
その様子にリーダーは苛立ちながら扉に一番近い者を睨み付けた。
「さっさと見てこい!!」
「は、はいっ」
怒鳴られた男は銃を片手に扉へと向かった。扉は目線の高さに横長の穴が空いており、そこは同じく横長の鉄板で塞がれている。
外を見るためにその鉄板を横へ動かすと、男は蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
彼の目に映ったのは銃口であり、直後にそこから撃ち出された弾丸は眼球を通り頭を破壊、彼は死体となって倒れた。
倉庫内にいた者達が驚く間もなく、外で発砲した者が扉を蹴り飛ばす。
普通の人間ではありえない程の力だった。まるで爆風でも受けたように扉が吹っ飛ばされたのだ。
度肝を抜かれる男達をよそに、外の三人を射殺した張本人であるレイナがゆっくりと室内へ入る。
黒い長髪に黒のロングコート、その下の服装も黒一色に統一されている。
その姿にリーダー格の男が叫ぶ。
「撃ち殺せ!!」
彼の指示に男達が女に銃口を向け、引き金を引く。
彼らの持っているサブマシンガンやライフルが一斉に火を吹き、無数の弾丸が彼女に襲いかかる。
だが、レイナは素早く近くの木箱に移動し、盾にするように屈んで隠れた。当然男達は敵が身を隠した大きな木箱に集中放火を行う。
しかし、リーダーが慌てた。
「バカ!木箱は撃つな!!」
どうやら頭数は揃っていても統率力や訓練が足りなかったようだ。
箱の中の商品が傷付くのを恐れての指示だったが、彼らはリーダーに目を向けて困惑した。
その一瞬の隙をつき、彼女は素早く立ち上がると敵一人の頭に狙いをつけ発砲、命中させる。
「っ!? てめえ!!!」
「よくも!!」
仲間がまた一人殺されたことに、他のギャング達は怒りまた銃を彼女に向けて乱射する。
その弾丸が木箱を穴だらけにする前に、レイナはまるで豹のごとく素早く次々と木箱から木箱へ移動していく。
明らかに人間以上の身のこなしに、リーダー格の男が確信する。
「あいつ、政府の吸血鬼か!!」
男からの言葉に他の仲間が動揺した。
彼ら無法者の異形にとって最も厄介な存在、それはブラッドリングと呼ばれる政府直属の対人外殲滅用組織。
構成員は全員政府に従う吸血鬼であり、その身体能力も人間を遥かに凌駕する。
「クソがっ! クソったれが!!」
いくら撃っても当たらないことに、ギャング達は苛立っていく。
無闇に乱射したことで、すぐ弾切れになり棒立ちのまま銃に目を向けマグチェンジ(空のマガジンを捨て、弾が入ったマガジンに交換すること)を行うが、棒立ちのままするその行為は素人そのものであった。
他の者も仲間の死を前に慌てた様子でマグチェンジを行っていたが、レイナのリボルバーも弾が切れたことで追撃を受けなかった。
弾切れの状態になったレイナは冷静なまま鉄柱に身を隠し、すぐに装填作業を開始する。
リボルバーの左側、撃鉄と引き金の間にあるシリンダー・ラッチと呼ばれる部分を親指で前へ押し、銃を左へ勢いよく振ることで弾が込められているシリンダー部分を左横へ振りだす。
続けて銃口を上へ向けたまま下へ銃を振り空の薬莢を落とすと、すぐ銃を下へ向ける。
それと同時に懐からスピードローダーと呼ばれる弾を円形状に纏めた器具を取りだし、シリンダーの五つの穴に五発の弾を一度に入れ器具の後ろのつまみの部分を捻ると、弾は重力に従って落ちシリンダー内に収まった。
レイナは用済みとばかりに器具を捨て、銃を右へ振ってシリンダーの位置を元に戻し装填作業は終了させた。
その慣れた手つきは五秒と掛からなかった。
「くそっ・・・・・・!!」
ギャングのリーダーはサブマシンガンを手にしながら物陰に隠れ、悪態をつく。
他の者達がどれだけ撃っても彼女には当たらず、逆に一人ずつ確実に撃ち殺されていくからだ。
「相手はたった一人だぞ! なんてザマだっ!!」
隠れながらどれだけ文句を言っても敵は倒せない。
それとは逆にレイナは言葉ではなく弾丸を男達に当てていく。
途中弾切れになろうとも移動しながら素早く装填作業を済ませ、空の薬莢と器具をその場に捨て風のごとく動き回り撃っていく。
そして、ついに犯罪者側の人数はリーダーと側近二人のみとなった。
「ボ、ボス・・・・・・」
「何してる撃て! 撃ちまくれ!!」
仲間が物言わぬ死体となり、追い詰められ不安な声を出す部下にリーダーが隠れながら叱責する。
残された二人は逃げ出したい感情を押し殺し、言われるがまま再び銃を乱射していく。
だが、レイナは動じなかった。
二人の敵の内、片方の男を盾にするような位置に移動。
もう片方の男は彼女に当てるために銃を撃ち続けながら銃口を横へ移動させていく。
レイナは自分と二人の男が一直線に並ぶような位置に移動すると、真ん中にいる男は彼女の思惑通り仲間に撃たれてしまう。
「がっ!? てめえ!!」
「し、仕方ねえだろ!?」
撃たれた男はレイナより撃ってきた仲間を睨み付けた。
人間なら致命傷となる傷だが、彼はその痛みより怒りの表情を向ける。
大きく開かれた口から見える歯は人間のそれではなく、まるで狼のように尖っている。
彼らは全員人狼であるが故の頑丈さだが、敵であるレイナの存在を一瞬失念してしまった。
その一瞬の隙を彼女は見逃さず、二人の頭を撃ち抜くと強制的に喧嘩を終わらせた。
もうこの倉庫内にはリーダー格の男とレイナ、それから無数の死体と穴だらけの木箱が大量にあるだけだった。
「・・・・・・もう諦めたら?」
「ふざけんなぁ!!」
レイナからの勧告にリーダーは激怒し、立ち上がると銃を乱射する。
しかし、彼女は黙って撃たれるはずもなく、すぐ回避し近くの木箱へ隠れる。
無論一ヶ所に留まらず、逃げる猫のように次々と隠れ場所を変えていく。
闇雲に乱射していた男はレイナがどこに隠れたか分からなくなり、ヤケになって銃を左右に振りながら撃ち続けた。
やがてすぐに弾が尽き、引き金を何度引くが虚しく空撃ちの音だけが響く。
悔しさに歯を食いしばる男とは対照的に、彼女はゆっくりと物陰から姿を見せた。
だがレイナは撃たない。
そのことに男は疑問に思うが、すぐに理解すると勝ち誇るような笑みを見せた。
「てめえも弾切れか」
「・・・・・・」
レイナは答えない。
その代わりに、彼女は腰に携えているブレードを鞘からゆっくり引き抜いた。
「あ? は、はは、ははははは!!」
男は片手で頭を抱えながら笑った。
「もうそれしか武器はねえのか? なんだ、チャンバラごっこでもしようってか?」
男からのバカにしたような態度を無視し、レイナはブレードの切っ先を男に向ける。
「これは、お前達が嫌いなもので出来ていると言えば分かる?」
「あ?・・・・・・まっ、まさか!?」
さきほどの表情から一変して男は青ざめる。
なぜならレイナが今手にしている武器は、この世界の人狼がもっとも苦手とする金属、プラチナが含まれているからだ。
人間以上の耐久力と再生力をもち、多少撃たれようが斬られようが簡単には死なない人狼だが、プラチナに触れるとその部分の細胞がまるで焼け爛れたように壊死していく。
もしそれが心臓だった場合は即死である。
そして、プラチナは金より希少価値がありかつ少量しかなく、個人で容易く入手できないことから専用の武器は並大抵の実力者には与えられない。
つまり、そのプラチナ製の武器を持っている時点で対人狼用の装備を与えられる手練れの証明になる。
「そうか、ならてめえはここで殺さねえとな」
男は上着を脱ぎ捨て、上半身を露にする。
「おれはなぁ、他の奴とは違うんだよ」
先程とうって変わって静かに殺意を溢れさせると、彼の身体に異変が起きる。
身体中の体毛が急激に濃くなり、同時に骨が折れるような音を何度も響かせていく。
それは身体が壊れているのではない。
身体の中から変化させている音だった。
(こいつ、フェイズⅢの人狼か)
政府側の者は人狼の強さをフェイズごとに分けている。
・まだ人狼に成り立ての者か。
・人狼になって日にちが経過し多少変化させることができる者か。
・完全に人狼に変化し、驚異的な戦闘力を備えることができる者か。
答えは変化が終わった敵を見ればすぐに分かった。
昔の本や伝説として伝わっている二足歩行型の狼。
全身を灰色の体毛に覆われ、人間を越えた筋力を誇るその者は溢れ出す力に咆哮した。
「スグに、オワラセテヤル」
人間としての知性が欠けた化け物を前に、レイナはブレードを構える。
相手は身体が肥大化し2メートルを越える人型の化け物だったが、彼女の目には恐怖でななく憎悪が宿っていた。
その星に存在するとある一つの国、ギリア連合王国、通称ギリアはかつて工業力と軍事力をもって世界で繁栄を極めた国であった。
しかし、100年程前の世界大戦をきっかけに国力は低下、優位性を失い世界をリードする立場から落ちてしまう。
それでもギリアは周辺諸国との連合を進め、再び世界の主導権を握ろうとしていた。
そんな中、決して歴史の表舞台に出ず人知れず戦いを繰り広げていた種族がいる。
吸血鬼や人狼と呼ばれた伝説上の存在である彼らはこの世界に実在し、今もなお歴史の影で闘争を続けていた。
深夜、ほとんどの人が寝静まったギリアの街。赤煉瓦の屋根に淡い色の壁の建物が並ぶ街並みは、わずかな街灯に照らされ静かな時間が流れていた。
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静かな住宅街とは反対に、そこは治安が良いとは言えない場所であり、今も犯罪者やならず者が勝手に利用している有り様である。
一般人であれば、夜中に決して近づこうとしない場所に一人の女性が歩いて向かっていた。
腰まで真っ直ぐ伸びた長い黒髪、上半身には防弾チョッキに黒のロングコート、下はライダーが着るようなレザー物に加えその腰には鞘に収まったブレードを携えている。
彼女の名はレイナ、これから狩りを行う女の吸血鬼である。
空き倉庫の出入り口付近に三人の男がいた。若いギャングらしき男達が下品な話で盛り上がっている。
「それで俺はその女に銃を向けてこう言ったんだよ、こいつをしゃぶるか俺のをしゃぶるか、どっちか選びなってな」
「両方小さくてどっちがどっちだかわかんねえよ」
「ハハ、確かにな」
「うるせえ!!」
聞くに耐えない会話だった。
男達が会話に夢中になっている中、遠くから近づいてくる一人の人物がいた。
まるで肩で風を切るように堂々とした歩き方をする女性、レイナだった。
男達にある程度近づいたところで、その中の一人が彼女に気がつく。
「ん? おい、あいつ、女か?」
「ああ? こんな時間にマジかよ」
三人は相手が女と分かると会話を止め、ニヤつきながら近づいていく。
「よお、こんな時間にどうした?迷子か?」
「ここで薬を売っていると聞いたんだけど」
レイナは臆することなく、毅然とした態度で話した。
それに対し、男達は下劣は表情を隠そうとしない。
「ああ、売ってるぜ、ただここのは他より質が良くて高いんだ、あんたに払えるか?」
「まあ、払えなくても身体でもいいぜ」
「俺らと一晩で一回分ってところか」
自分達の欲望を隠そうともしない彼らを前に、彼女は呆れるような表情をしながら懐に手をいれた。
そこから銀色の大口径リボルバーを取り出すと、迷わず銃口を三人組の内の一人に向ける。
「は?」
一瞬だけ事態が飲み込めない相手の頭に、躊躇なく弾丸を発射。弾は男の額に命中し、後頭部が飛び散った。
「う・・・あああああああ!?」
仲間が撃たれたショックで他の二人がパニック状態に陥るが、レイナは銃の反動をものともしないまま二人目の頭に向け撃つ。
一人目を同じように頭に当てると、三人目は自分も撃たれると確信。一目散に倉庫の出入り口に向かって走り出す。
後ろ姿を見せた男に、彼女はまるで機械のように淡々とした様子で銃の狙いを定め、引き金を引く。
その弾は逃げる男の後頭部に穴を開け、額から中身を飛散させた。
三人も射殺したというのに、レイナは動揺することなくまるで害虫でも駆除する業者のように倉庫へ向かった。
倉庫の中、ギャングらしき者達が外の銃声に慌てふためいていた。
「警察か!?」
「いや、サイレンは聞こえねえぞ!?」
「銃出せ銃!!早くしろ!!」
人一人が入りそうな大きな木箱が無数に置かれている中は、まるで配送業の作業場のようであったが、その中身は銃や違法な薬物ばかりであった。
なので警察の捜査は勿論、同じ無法者の敵対組織からの略奪目的の襲撃もあり得る。
彼らは木箱の蓋を開け、中にあった銃を取り出す。本来であればそれらは売り物であり手をつけてはならないが、敵襲ともなれば話は別だ。
「おい、外の三人はどうした!?」
ギャング達のリーダー格、スキンヘッドに派手な服装をした男が叫ぶ。
外にいた仲間三人以外はこの室内にいたため状況が分からず、他の男達は互いの顔を見合うだけだった。
その様子にリーダーは苛立ちながら扉に一番近い者を睨み付けた。
「さっさと見てこい!!」
「は、はいっ」
怒鳴られた男は銃を片手に扉へと向かった。扉は目線の高さに横長の穴が空いており、そこは同じく横長の鉄板で塞がれている。
外を見るためにその鉄板を横へ動かすと、男は蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
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倉庫内にいた者達が驚く間もなく、外で発砲した者が扉を蹴り飛ばす。
普通の人間ではありえない程の力だった。まるで爆風でも受けたように扉が吹っ飛ばされたのだ。
度肝を抜かれる男達をよそに、外の三人を射殺した張本人であるレイナがゆっくりと室内へ入る。
黒い長髪に黒のロングコート、その下の服装も黒一色に統一されている。
その姿にリーダー格の男が叫ぶ。
「撃ち殺せ!!」
彼の指示に男達が女に銃口を向け、引き金を引く。
彼らの持っているサブマシンガンやライフルが一斉に火を吹き、無数の弾丸が彼女に襲いかかる。
だが、レイナは素早く近くの木箱に移動し、盾にするように屈んで隠れた。当然男達は敵が身を隠した大きな木箱に集中放火を行う。
しかし、リーダーが慌てた。
「バカ!木箱は撃つな!!」
どうやら頭数は揃っていても統率力や訓練が足りなかったようだ。
箱の中の商品が傷付くのを恐れての指示だったが、彼らはリーダーに目を向けて困惑した。
その一瞬の隙をつき、彼女は素早く立ち上がると敵一人の頭に狙いをつけ発砲、命中させる。
「っ!? てめえ!!!」
「よくも!!」
仲間がまた一人殺されたことに、他のギャング達は怒りまた銃を彼女に向けて乱射する。
その弾丸が木箱を穴だらけにする前に、レイナはまるで豹のごとく素早く次々と木箱から木箱へ移動していく。
明らかに人間以上の身のこなしに、リーダー格の男が確信する。
「あいつ、政府の吸血鬼か!!」
男からの言葉に他の仲間が動揺した。
彼ら無法者の異形にとって最も厄介な存在、それはブラッドリングと呼ばれる政府直属の対人外殲滅用組織。
構成員は全員政府に従う吸血鬼であり、その身体能力も人間を遥かに凌駕する。
「クソがっ! クソったれが!!」
いくら撃っても当たらないことに、ギャング達は苛立っていく。
無闇に乱射したことで、すぐ弾切れになり棒立ちのまま銃に目を向けマグチェンジ(空のマガジンを捨て、弾が入ったマガジンに交換すること)を行うが、棒立ちのままするその行為は素人そのものであった。
他の者も仲間の死を前に慌てた様子でマグチェンジを行っていたが、レイナのリボルバーも弾が切れたことで追撃を受けなかった。
弾切れの状態になったレイナは冷静なまま鉄柱に身を隠し、すぐに装填作業を開始する。
リボルバーの左側、撃鉄と引き金の間にあるシリンダー・ラッチと呼ばれる部分を親指で前へ押し、銃を左へ勢いよく振ることで弾が込められているシリンダー部分を左横へ振りだす。
続けて銃口を上へ向けたまま下へ銃を振り空の薬莢を落とすと、すぐ銃を下へ向ける。
それと同時に懐からスピードローダーと呼ばれる弾を円形状に纏めた器具を取りだし、シリンダーの五つの穴に五発の弾を一度に入れ器具の後ろのつまみの部分を捻ると、弾は重力に従って落ちシリンダー内に収まった。
レイナは用済みとばかりに器具を捨て、銃を右へ振ってシリンダーの位置を元に戻し装填作業は終了させた。
その慣れた手つきは五秒と掛からなかった。
「くそっ・・・・・・!!」
ギャングのリーダーはサブマシンガンを手にしながら物陰に隠れ、悪態をつく。
他の者達がどれだけ撃っても彼女には当たらず、逆に一人ずつ確実に撃ち殺されていくからだ。
「相手はたった一人だぞ! なんてザマだっ!!」
隠れながらどれだけ文句を言っても敵は倒せない。
それとは逆にレイナは言葉ではなく弾丸を男達に当てていく。
途中弾切れになろうとも移動しながら素早く装填作業を済ませ、空の薬莢と器具をその場に捨て風のごとく動き回り撃っていく。
そして、ついに犯罪者側の人数はリーダーと側近二人のみとなった。
「ボ、ボス・・・・・・」
「何してる撃て! 撃ちまくれ!!」
仲間が物言わぬ死体となり、追い詰められ不安な声を出す部下にリーダーが隠れながら叱責する。
残された二人は逃げ出したい感情を押し殺し、言われるがまま再び銃を乱射していく。
だが、レイナは動じなかった。
二人の敵の内、片方の男を盾にするような位置に移動。
もう片方の男は彼女に当てるために銃を撃ち続けながら銃口を横へ移動させていく。
レイナは自分と二人の男が一直線に並ぶような位置に移動すると、真ん中にいる男は彼女の思惑通り仲間に撃たれてしまう。
「がっ!? てめえ!!」
「し、仕方ねえだろ!?」
撃たれた男はレイナより撃ってきた仲間を睨み付けた。
人間なら致命傷となる傷だが、彼はその痛みより怒りの表情を向ける。
大きく開かれた口から見える歯は人間のそれではなく、まるで狼のように尖っている。
彼らは全員人狼であるが故の頑丈さだが、敵であるレイナの存在を一瞬失念してしまった。
その一瞬の隙を彼女は見逃さず、二人の頭を撃ち抜くと強制的に喧嘩を終わらせた。
もうこの倉庫内にはリーダー格の男とレイナ、それから無数の死体と穴だらけの木箱が大量にあるだけだった。
「・・・・・・もう諦めたら?」
「ふざけんなぁ!!」
レイナからの勧告にリーダーは激怒し、立ち上がると銃を乱射する。
しかし、彼女は黙って撃たれるはずもなく、すぐ回避し近くの木箱へ隠れる。
無論一ヶ所に留まらず、逃げる猫のように次々と隠れ場所を変えていく。
闇雲に乱射していた男はレイナがどこに隠れたか分からなくなり、ヤケになって銃を左右に振りながら撃ち続けた。
やがてすぐに弾が尽き、引き金を何度引くが虚しく空撃ちの音だけが響く。
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だがレイナは撃たない。
そのことに男は疑問に思うが、すぐに理解すると勝ち誇るような笑みを見せた。
「てめえも弾切れか」
「・・・・・・」
レイナは答えない。
その代わりに、彼女は腰に携えているブレードを鞘からゆっくり引き抜いた。
「あ? は、はは、ははははは!!」
男は片手で頭を抱えながら笑った。
「もうそれしか武器はねえのか? なんだ、チャンバラごっこでもしようってか?」
男からのバカにしたような態度を無視し、レイナはブレードの切っ先を男に向ける。
「これは、お前達が嫌いなもので出来ていると言えば分かる?」
「あ?・・・・・・まっ、まさか!?」
さきほどの表情から一変して男は青ざめる。
なぜならレイナが今手にしている武器は、この世界の人狼がもっとも苦手とする金属、プラチナが含まれているからだ。
人間以上の耐久力と再生力をもち、多少撃たれようが斬られようが簡単には死なない人狼だが、プラチナに触れるとその部分の細胞がまるで焼け爛れたように壊死していく。
もしそれが心臓だった場合は即死である。
そして、プラチナは金より希少価値がありかつ少量しかなく、個人で容易く入手できないことから専用の武器は並大抵の実力者には与えられない。
つまり、そのプラチナ製の武器を持っている時点で対人狼用の装備を与えられる手練れの証明になる。
「そうか、ならてめえはここで殺さねえとな」
男は上着を脱ぎ捨て、上半身を露にする。
「おれはなぁ、他の奴とは違うんだよ」
先程とうって変わって静かに殺意を溢れさせると、彼の身体に異変が起きる。
身体中の体毛が急激に濃くなり、同時に骨が折れるような音を何度も響かせていく。
それは身体が壊れているのではない。
身体の中から変化させている音だった。
(こいつ、フェイズⅢの人狼か)
政府側の者は人狼の強さをフェイズごとに分けている。
・まだ人狼に成り立ての者か。
・人狼になって日にちが経過し多少変化させることができる者か。
・完全に人狼に変化し、驚異的な戦闘力を備えることができる者か。
答えは変化が終わった敵を見ればすぐに分かった。
昔の本や伝説として伝わっている二足歩行型の狼。
全身を灰色の体毛に覆われ、人間を越えた筋力を誇るその者は溢れ出す力に咆哮した。
「スグに、オワラセテヤル」
人間としての知性が欠けた化け物を前に、レイナはブレードを構える。
相手は身体が肥大化し2メートルを越える人型の化け物だったが、彼女の目には恐怖でななく憎悪が宿っていた。
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