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第2章 紡がれる希望
第104話 見えない支え
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ウクライナ北部
蒼穹の結晶弓と太陽の衝突によって発生した爆風と蒸気の中、ユウキ達は両腕で顔を庇いながら様子を伺っていた。
「ユウキの攻撃で結晶化しないなんて……炎で結晶は溶けないんだよね?」
「ああ。あの二色の炎で出来た太陽は、俺の射った結晶矢と同等の属性力を持ってる……だから、結晶化を免れているんだ」
推察した結論を告げたユウキは、蒸気によって視界不良に陥っている状況を打破するべく、周囲に障壁を展開した。
円形の障壁に覆われた二人は、互いの状態を目視で確認し終えた後に、姿を眩ませたファクティスへの警戒を再開させた。
しかし二人に確認出来る物は、蒸気に混じって舞い散る冷たい雪の結晶と、一本の結晶矢によって上空で静止している視界を埋め尽くす程の不気味な太陽のみであった。
「……限界みたいだな」
上空を見上げていたユウキは、矢に接触している部分から徐々に結晶化し始めた太陽の様子から、太陽内に込められた属性量が尽き始めている事を理解した。
「君の射った矢も、限界みたいだね」
ユウキの呟きを聞き上空を見上げたレンは、蒼穹の結晶弓によって放たれた矢の形状が、徐々に小さくなっている事に気が付いた。
パリパリ
「「っ!」」
上空の様子を観察していた二人は、半ばまで結晶化していた太陽の内部で発せられた電撃を見た瞬間に身構えた。
太陽の内部で発せられた電撃は、徐々に太陽の中核で赤と黒の発光を繰り返し始めた。
「何か仕込まれていたのか……レン、ここは——」
身構えたユウキを左手で静止させたレンは、ユウキの前に立って結晶刀を構えた。
「次は、僕が君を護る番だ」
パキィィィィン
全体が結晶化した太陽が砕け散ると、内部に蓄積されていた二種類の電撃が、下にいる二人に向けて降り注いだ。
「ユキ……君と編み出した技を、君が想いを託した人の為に」
頭上に大きく振りかぶった瞬間、手元から切先に向けて紅蓮の炎が渦巻く様に燃え上がり、刀身の周囲には雪の結晶が舞い散っていた。
『己の存在意義』
振り下ろされた刃から斬撃が放たれる直前、舞い散っていた雪の結晶がレンの振るう刃に交差する様に結晶の刃を創り出し、放たれた斬撃はまるで二人で放ったかの様に紅蓮と青白磁の斬撃が放たれた。
(あれは……ユキと共闘した時に放った技)
上空から降り注ぐ落雷に衝突した斬撃は、全ての落雷を飲み込む様に広がり、上空に存在する雷を全て結晶化及び燃やし尽くした。
「……ユキ達と君との事は、創造された時に全て知ったよ」
舞い散る雪の結晶を左手で受け止めたレンは、過去に起きた全てを知った当時の事を思い出していた。
「……」
レンの言葉を聞いたユウキは、ユキが心の世界から消失した当時に伝える事を躊躇った事で、レンが現在まで知らせずにいた事を知り、自責の念に駆られていた。
「何も気付かなかった自分が、どれ程鈍感で、取り返しのつかない愚かな過ちを犯してしまったのかを知った」
「レン、俺が——」
「君は、ユキの事を想って口を閉ざした……君の選択は何も間違っていない。間違っているのは、僕の方だ」
ユウキの謝罪を遮ったレンは、ユキと過ごした短い間の出来事を思い出し、後悔の年に苛まれていた。
「僕の軽はずみな言動が、純粋な恋心を抱いてくれていた、一人の女性を傷付けた……男として、決して許されない大きな罪だ」
過去の記憶を辿り、負の感情に心が支配され始めたレンは、ユキとの戦いを終えたユウキが目にした、最後の記憶に辿り着いた。
『あんたに……託したから。私の想い……全てを』
消え行くユキが自身の想いを込めた言葉と共に見せたのは、後悔を一切感じさせない程の、屈託の無い笑顔だった。
その笑顔を目にしたレンは瞳を閉じ、何度か深呼吸の後に瞼を開け、正面で心配そうな表情を向けるユウキに視線を合わせた。
「創造され、全てを知った上で……改めて僕は、自分の抱いた想いに命を懸ける事を誓った。それが、ユキに対する僕の償いであり、全てを背負った君と共に歩むと決めた、僕の覚悟だ」
決意を秘めたレンの瞳を向けられたユウキは、瞬きした瞬間に心の世界で起きた出来事を思い出し、ユキと最後の言葉を交わした時と同じ様に、優しくも覚悟を決めた瞳をレンに向けた。
「俺の気持ちは変わらない……あの日、あの場所で交わした約束が、俺の中に鮮明に残されている様に」
互いに小さく頷いた二人は、再び上空へと視線を向けた。
漂っていた蒸気は、先程の己の存在意義によって消え去り、雲一つない蒼天には、勝色の両翼を揺らめかせ、顔を下に向けた状態で浮遊しているファクティスの姿があった。
ファクティスは顔を確認出来る位置と距離には在らず、離れた場所で何かを考え込んでいるかの様に茫然と翼を揺らし続けていた。
「話が出来る相手がいる……ズルいなぁ」
ゆっくりと顔を上げたファクティスの瞳からは、先程まで灯っていた光が存在せず、二人を見つめる黒く澱んだ両眼からは、負の感情以外の感情が残されていなかった。
「私も、仲間に入れて欲しいな」
二人に届かない掠れた声で呟いたファクティスは、力強く両翼を揺らめかせると同時に空間を蹴り、地面に立っている二人に向けて接近した。
「接近戦かっ!?」
勢い良く振るわれた刃を咄嗟に結晶刀で防いだユウキは、接近前に存在した勝色の翼が無い事と、切先が地面に向けられた状態のファクティスの構えに違和感を感じた。
「ほらっ、高い高~い!」
「なっ!?」
その瞬間、地面を踏み砕いたファクティスが振り上げた刃の力を受け、ユウキは上空へ向けて吹き飛ばされた。
「ユウキっ!」
反応の一瞬遅れたレンは、目と鼻の先にいるファクティスに向けて、左手に構えた結晶刀を払った。
「っ!?」
「はい、ハズレ」
不確定要素であるユウキが離れた事で、レンの思考がハッキリと認識出来る様になったファクティスにとって、レンの行動を読む事は容易だった。
「ぐはっ……」
「感情は読めるって言ったじゃ~ん」
レンの思考を読み頭を下げたファクティスは、空を切った刃の下で地面に左手を付け、左腕を軸にした状態で、無防備になっていたレンの腹部に向けて重い蹴りを叩き込んだ。
バキッ
渾身の蹴りを受けたレンは腹部にある背骨が粉々に砕かれ、激痛と脊髄損傷による四肢の麻痺を感じながら、数十メートル後方へと吹き飛ばされた。
「レンっ!!」
口から血を吐きながら四肢を力無く揺らして吹き飛ぶレンに意識を向けたユウキは、地面を蹴り砕き、空中へとやって来たファクティスを認識する時期が一瞬遅れた。
「くっ!」
(間に合わない。それならっ!)
上昇する勢いと共に振り上げられた刃を、結晶刀で防ぐのは無理だと判断したユウキは、結晶刀を投げ捨てると同時に両腕に結晶を纏わせた。
パキィィィィン
自分の正面で腕を交差させる事で身を守ったユウキは、ファクティスの込める力に対抗するべく、歯を食いしばりながら両腕を前へと押し出していた。
(何なんだ、この力は!?)
世界最強の力を有したヨハネには劣るものの、アメリカで見た驚異的な力をユウキに思い出させる程の腕力と脚力をファクティスは見せた。
「大変だよね。護らなきゃいけない人がいると……邪魔で!」
そう叫んだファクティスは、再び勝色の炎を背中から噴射し、自身を包み込む程の巨大な両翼を作り出した。
「それならっ!」
ファクティスが翼を作り出した事で空中での戦闘を想定したユウキは、対抗すべく純白の両翼を背中に創造した。
「ざ~んねん」
不敵な笑みを浮かべたファクティスは、自身の作り出した両翼を揺らすと、砕けた結氷の様に徐々に乖離し始め、翼を形成していた勝色の炎は、球体へと形状を変化させた。
「なにっ!?」
『滅却爆弾・改』
近距離で爆発した滅却爆弾は以前とは異なり、まるで棘の様にユウキの両翼に向けて伸長し、純白の翼に無数の穴を開けた。
「くっ、翼を……」
(なんだ、本当にファクティスなのか?さっきまでと、明らかに違う……違い過ぎる)
身体に向けて伸長した勝色の炎の棘を結晶で防いだユウキは、先程よりも殺意を剥き出しにしたファクティスの様子の変化と、戦闘方法の変化に驚愕していた。
(さっきまでは、殺し合いを遊戯か何かだと思っている動きや言動をしていたのに…… 今は、負の感情を露わにして、殺しを殺しだと認識した状態で戦っている)
「まだまだ続くよぉ!」
嬉々として発せられたファクティスの声に呼応する様に、炎の棘の表面が徐々にブクブクと音を立てて膨張し始めた。
「死んじゃえっ!!」
「なっ!?」
(障壁が間に合わ——)
純白の翼を丸めながら、自身と棘の間に結晶の障壁を展開し始めたユウキは、炎の棘から漏れ出る朱殷の光を視認した。
『滅却爆弾』
ズガァァァァァァン
瞬間、二人の間で膨張した勝色の炎の棘は、大きな爆発音と共に赤と黒の閃光を周囲に放ち、空気を切り裂く衝撃波が辺りに広がった。
爆風と共に発生した黒煙が蒼天を覆い隠す様に広がり、辺りが静寂に包まれた頃、黒煙の中から黒く焼けた隊服に身を包んだユウキが姿を現した。
「致命傷は……避けられた……か」
穴だらけになった翼で爆発から身を守ったユウキの隊服は、六割以上が黒く焼け焦げ、翼に覆い切れなかった両脚、左腹部、左腕、右肩、左頬は他の箇所に比べて重度の火傷を負い、黒く焼け爛れていた。
「早く、創造を——」
「させると思ったの?」
「っ!?」
着地する寸前に背後から聞こえた声に反応したユウキは、咄嗟に右手で握る結晶刀を背後に振るった。
キィィィィン
金属通しが接触した様な甲高い音と共に、二人は再び瞳を見合わせた。
「その身体で反応出来るなんて、凄いねっ!」
「お前だって、俺と同じ状態だろ」
地面に座り込んだユウキの正面に立つファクティスの身体は、爆発の影響で全身の殆どが黒く染まっている状態だった。
「私の身体はトクベツだから大丈夫。あれぐらいの爆発じゃ、私は死なないもん」
そう告げたファクティスは、火傷によって傷を負っているユウキの身体と自身の肉体を見比べていた。
「でも、ユウキは良いよね……怪我したら、心配してくれる仲間がいるもんね」
「お前にだっているだろ」
チェルノボクの存在を知っていたユウキがそう答えると、ファクティスは暗い表情を浮かべ、瞼をキュッと閉じた。
「ソアレが死んじゃった今の私は、生まれた時からずっと……」
瞳を閉じたファクティスは、存在しない自身の記憶を探して周り、見つかる記憶は自分の存在しない誰かの霞がかった記憶。
唯一近くに感じられたソアレさえも失った事で、ファクティスは自身の居場所さえも見失い、微かに希望を抱いていた記憶探しすら放棄してしまった。
「一人だよっ!!」
虚無と孤独に支配され、悲痛の叫びを上げたファクティスと顔を見合わせたユウキは、刀を握る腕を震わせ涙を浮かべる姿が、過去の自分自身と重なって見えていた。
キィィィィン
「あっ!?」
共感から生じた一瞬の隙に、結晶刀は手から弾き飛ばされ宙を舞い、無防備になったユウキの正面にいるファクティスは、心臓部に向けて切先を構えていた。
「さっさと転生して、私と楽しく遊ぼうよっ!!」
パキィィィィン
切先が胸部に突き刺さる瞬間、二人の間にレンが割って入り、結晶刀でファクティスの刀身を側面から弾き、ユウキの上体左側へと軌道を逸らした。
「転生するのは、君の方だっ!」
ファクティスによって骨を折られ、後方へと吹き飛ばされたレンは、数分前の身体を創造する事で、肉体をある程度万全の状態まで回復させていた。
「ムゥ~~~、邪魔ぁするなァァッ!!」
「ぐ、あっ!」
感情に身を任せたファクティスは、足元のユウキをレンとは逆方向へと蹴り飛ばし、向かい合ったレンと刃を交えた。
(注意が……逸れた。今の内に創造を)
―*―*―*―*―
『ありがとう』
ユウキが万全の肉体の創造を開始した頃、ユウキの心の中にいたユウトは、聞き覚えのある女性の声に反応し、純白の世界を見回していた。
気の所為だと結論付け、再び瞼を閉じようとした瞬間、殆ど間を空けずに感じ取ったユカリの予想外の感情の変化に驚き、ユウトは眼を見開いた。
同時刻、離れたイタリアのとある島では、一人の少女が天を仰ぎ、光を失った瞳からは滝のような涙を流し、絶望に満ち溢れた声を上げていた。
一振りの刀を抱き座り込んだ少女の前には、怒りの感情を具現化するかの様な荒々しい紅蓮の炎を全身に纏ったユカリが立ち、涙の原因となった白髪の少年を怒りの眼差しで睨み付けていた。
蒼穹の結晶弓と太陽の衝突によって発生した爆風と蒸気の中、ユウキ達は両腕で顔を庇いながら様子を伺っていた。
「ユウキの攻撃で結晶化しないなんて……炎で結晶は溶けないんだよね?」
「ああ。あの二色の炎で出来た太陽は、俺の射った結晶矢と同等の属性力を持ってる……だから、結晶化を免れているんだ」
推察した結論を告げたユウキは、蒸気によって視界不良に陥っている状況を打破するべく、周囲に障壁を展開した。
円形の障壁に覆われた二人は、互いの状態を目視で確認し終えた後に、姿を眩ませたファクティスへの警戒を再開させた。
しかし二人に確認出来る物は、蒸気に混じって舞い散る冷たい雪の結晶と、一本の結晶矢によって上空で静止している視界を埋め尽くす程の不気味な太陽のみであった。
「……限界みたいだな」
上空を見上げていたユウキは、矢に接触している部分から徐々に結晶化し始めた太陽の様子から、太陽内に込められた属性量が尽き始めている事を理解した。
「君の射った矢も、限界みたいだね」
ユウキの呟きを聞き上空を見上げたレンは、蒼穹の結晶弓によって放たれた矢の形状が、徐々に小さくなっている事に気が付いた。
パリパリ
「「っ!」」
上空の様子を観察していた二人は、半ばまで結晶化していた太陽の内部で発せられた電撃を見た瞬間に身構えた。
太陽の内部で発せられた電撃は、徐々に太陽の中核で赤と黒の発光を繰り返し始めた。
「何か仕込まれていたのか……レン、ここは——」
身構えたユウキを左手で静止させたレンは、ユウキの前に立って結晶刀を構えた。
「次は、僕が君を護る番だ」
パキィィィィン
全体が結晶化した太陽が砕け散ると、内部に蓄積されていた二種類の電撃が、下にいる二人に向けて降り注いだ。
「ユキ……君と編み出した技を、君が想いを託した人の為に」
頭上に大きく振りかぶった瞬間、手元から切先に向けて紅蓮の炎が渦巻く様に燃え上がり、刀身の周囲には雪の結晶が舞い散っていた。
『己の存在意義』
振り下ろされた刃から斬撃が放たれる直前、舞い散っていた雪の結晶がレンの振るう刃に交差する様に結晶の刃を創り出し、放たれた斬撃はまるで二人で放ったかの様に紅蓮と青白磁の斬撃が放たれた。
(あれは……ユキと共闘した時に放った技)
上空から降り注ぐ落雷に衝突した斬撃は、全ての落雷を飲み込む様に広がり、上空に存在する雷を全て結晶化及び燃やし尽くした。
「……ユキ達と君との事は、創造された時に全て知ったよ」
舞い散る雪の結晶を左手で受け止めたレンは、過去に起きた全てを知った当時の事を思い出していた。
「……」
レンの言葉を聞いたユウキは、ユキが心の世界から消失した当時に伝える事を躊躇った事で、レンが現在まで知らせずにいた事を知り、自責の念に駆られていた。
「何も気付かなかった自分が、どれ程鈍感で、取り返しのつかない愚かな過ちを犯してしまったのかを知った」
「レン、俺が——」
「君は、ユキの事を想って口を閉ざした……君の選択は何も間違っていない。間違っているのは、僕の方だ」
ユウキの謝罪を遮ったレンは、ユキと過ごした短い間の出来事を思い出し、後悔の年に苛まれていた。
「僕の軽はずみな言動が、純粋な恋心を抱いてくれていた、一人の女性を傷付けた……男として、決して許されない大きな罪だ」
過去の記憶を辿り、負の感情に心が支配され始めたレンは、ユキとの戦いを終えたユウキが目にした、最後の記憶に辿り着いた。
『あんたに……託したから。私の想い……全てを』
消え行くユキが自身の想いを込めた言葉と共に見せたのは、後悔を一切感じさせない程の、屈託の無い笑顔だった。
その笑顔を目にしたレンは瞳を閉じ、何度か深呼吸の後に瞼を開け、正面で心配そうな表情を向けるユウキに視線を合わせた。
「創造され、全てを知った上で……改めて僕は、自分の抱いた想いに命を懸ける事を誓った。それが、ユキに対する僕の償いであり、全てを背負った君と共に歩むと決めた、僕の覚悟だ」
決意を秘めたレンの瞳を向けられたユウキは、瞬きした瞬間に心の世界で起きた出来事を思い出し、ユキと最後の言葉を交わした時と同じ様に、優しくも覚悟を決めた瞳をレンに向けた。
「俺の気持ちは変わらない……あの日、あの場所で交わした約束が、俺の中に鮮明に残されている様に」
互いに小さく頷いた二人は、再び上空へと視線を向けた。
漂っていた蒸気は、先程の己の存在意義によって消え去り、雲一つない蒼天には、勝色の両翼を揺らめかせ、顔を下に向けた状態で浮遊しているファクティスの姿があった。
ファクティスは顔を確認出来る位置と距離には在らず、離れた場所で何かを考え込んでいるかの様に茫然と翼を揺らし続けていた。
「話が出来る相手がいる……ズルいなぁ」
ゆっくりと顔を上げたファクティスの瞳からは、先程まで灯っていた光が存在せず、二人を見つめる黒く澱んだ両眼からは、負の感情以外の感情が残されていなかった。
「私も、仲間に入れて欲しいな」
二人に届かない掠れた声で呟いたファクティスは、力強く両翼を揺らめかせると同時に空間を蹴り、地面に立っている二人に向けて接近した。
「接近戦かっ!?」
勢い良く振るわれた刃を咄嗟に結晶刀で防いだユウキは、接近前に存在した勝色の翼が無い事と、切先が地面に向けられた状態のファクティスの構えに違和感を感じた。
「ほらっ、高い高~い!」
「なっ!?」
その瞬間、地面を踏み砕いたファクティスが振り上げた刃の力を受け、ユウキは上空へ向けて吹き飛ばされた。
「ユウキっ!」
反応の一瞬遅れたレンは、目と鼻の先にいるファクティスに向けて、左手に構えた結晶刀を払った。
「っ!?」
「はい、ハズレ」
不確定要素であるユウキが離れた事で、レンの思考がハッキリと認識出来る様になったファクティスにとって、レンの行動を読む事は容易だった。
「ぐはっ……」
「感情は読めるって言ったじゃ~ん」
レンの思考を読み頭を下げたファクティスは、空を切った刃の下で地面に左手を付け、左腕を軸にした状態で、無防備になっていたレンの腹部に向けて重い蹴りを叩き込んだ。
バキッ
渾身の蹴りを受けたレンは腹部にある背骨が粉々に砕かれ、激痛と脊髄損傷による四肢の麻痺を感じながら、数十メートル後方へと吹き飛ばされた。
「レンっ!!」
口から血を吐きながら四肢を力無く揺らして吹き飛ぶレンに意識を向けたユウキは、地面を蹴り砕き、空中へとやって来たファクティスを認識する時期が一瞬遅れた。
「くっ!」
(間に合わない。それならっ!)
上昇する勢いと共に振り上げられた刃を、結晶刀で防ぐのは無理だと判断したユウキは、結晶刀を投げ捨てると同時に両腕に結晶を纏わせた。
パキィィィィン
自分の正面で腕を交差させる事で身を守ったユウキは、ファクティスの込める力に対抗するべく、歯を食いしばりながら両腕を前へと押し出していた。
(何なんだ、この力は!?)
世界最強の力を有したヨハネには劣るものの、アメリカで見た驚異的な力をユウキに思い出させる程の腕力と脚力をファクティスは見せた。
「大変だよね。護らなきゃいけない人がいると……邪魔で!」
そう叫んだファクティスは、再び勝色の炎を背中から噴射し、自身を包み込む程の巨大な両翼を作り出した。
「それならっ!」
ファクティスが翼を作り出した事で空中での戦闘を想定したユウキは、対抗すべく純白の両翼を背中に創造した。
「ざ~んねん」
不敵な笑みを浮かべたファクティスは、自身の作り出した両翼を揺らすと、砕けた結氷の様に徐々に乖離し始め、翼を形成していた勝色の炎は、球体へと形状を変化させた。
「なにっ!?」
『滅却爆弾・改』
近距離で爆発した滅却爆弾は以前とは異なり、まるで棘の様にユウキの両翼に向けて伸長し、純白の翼に無数の穴を開けた。
「くっ、翼を……」
(なんだ、本当にファクティスなのか?さっきまでと、明らかに違う……違い過ぎる)
身体に向けて伸長した勝色の炎の棘を結晶で防いだユウキは、先程よりも殺意を剥き出しにしたファクティスの様子の変化と、戦闘方法の変化に驚愕していた。
(さっきまでは、殺し合いを遊戯か何かだと思っている動きや言動をしていたのに…… 今は、負の感情を露わにして、殺しを殺しだと認識した状態で戦っている)
「まだまだ続くよぉ!」
嬉々として発せられたファクティスの声に呼応する様に、炎の棘の表面が徐々にブクブクと音を立てて膨張し始めた。
「死んじゃえっ!!」
「なっ!?」
(障壁が間に合わ——)
純白の翼を丸めながら、自身と棘の間に結晶の障壁を展開し始めたユウキは、炎の棘から漏れ出る朱殷の光を視認した。
『滅却爆弾』
ズガァァァァァァン
瞬間、二人の間で膨張した勝色の炎の棘は、大きな爆発音と共に赤と黒の閃光を周囲に放ち、空気を切り裂く衝撃波が辺りに広がった。
爆風と共に発生した黒煙が蒼天を覆い隠す様に広がり、辺りが静寂に包まれた頃、黒煙の中から黒く焼けた隊服に身を包んだユウキが姿を現した。
「致命傷は……避けられた……か」
穴だらけになった翼で爆発から身を守ったユウキの隊服は、六割以上が黒く焼け焦げ、翼に覆い切れなかった両脚、左腹部、左腕、右肩、左頬は他の箇所に比べて重度の火傷を負い、黒く焼け爛れていた。
「早く、創造を——」
「させると思ったの?」
「っ!?」
着地する寸前に背後から聞こえた声に反応したユウキは、咄嗟に右手で握る結晶刀を背後に振るった。
キィィィィン
金属通しが接触した様な甲高い音と共に、二人は再び瞳を見合わせた。
「その身体で反応出来るなんて、凄いねっ!」
「お前だって、俺と同じ状態だろ」
地面に座り込んだユウキの正面に立つファクティスの身体は、爆発の影響で全身の殆どが黒く染まっている状態だった。
「私の身体はトクベツだから大丈夫。あれぐらいの爆発じゃ、私は死なないもん」
そう告げたファクティスは、火傷によって傷を負っているユウキの身体と自身の肉体を見比べていた。
「でも、ユウキは良いよね……怪我したら、心配してくれる仲間がいるもんね」
「お前にだっているだろ」
チェルノボクの存在を知っていたユウキがそう答えると、ファクティスは暗い表情を浮かべ、瞼をキュッと閉じた。
「ソアレが死んじゃった今の私は、生まれた時からずっと……」
瞳を閉じたファクティスは、存在しない自身の記憶を探して周り、見つかる記憶は自分の存在しない誰かの霞がかった記憶。
唯一近くに感じられたソアレさえも失った事で、ファクティスは自身の居場所さえも見失い、微かに希望を抱いていた記憶探しすら放棄してしまった。
「一人だよっ!!」
虚無と孤独に支配され、悲痛の叫びを上げたファクティスと顔を見合わせたユウキは、刀を握る腕を震わせ涙を浮かべる姿が、過去の自分自身と重なって見えていた。
キィィィィン
「あっ!?」
共感から生じた一瞬の隙に、結晶刀は手から弾き飛ばされ宙を舞い、無防備になったユウキの正面にいるファクティスは、心臓部に向けて切先を構えていた。
「さっさと転生して、私と楽しく遊ぼうよっ!!」
パキィィィィン
切先が胸部に突き刺さる瞬間、二人の間にレンが割って入り、結晶刀でファクティスの刀身を側面から弾き、ユウキの上体左側へと軌道を逸らした。
「転生するのは、君の方だっ!」
ファクティスによって骨を折られ、後方へと吹き飛ばされたレンは、数分前の身体を創造する事で、肉体をある程度万全の状態まで回復させていた。
「ムゥ~~~、邪魔ぁするなァァッ!!」
「ぐ、あっ!」
感情に身を任せたファクティスは、足元のユウキをレンとは逆方向へと蹴り飛ばし、向かい合ったレンと刃を交えた。
(注意が……逸れた。今の内に創造を)
―*―*―*―*―
『ありがとう』
ユウキが万全の肉体の創造を開始した頃、ユウキの心の中にいたユウトは、聞き覚えのある女性の声に反応し、純白の世界を見回していた。
気の所為だと結論付け、再び瞼を閉じようとした瞬間、殆ど間を空けずに感じ取ったユカリの予想外の感情の変化に驚き、ユウトは眼を見開いた。
同時刻、離れたイタリアのとある島では、一人の少女が天を仰ぎ、光を失った瞳からは滝のような涙を流し、絶望に満ち溢れた声を上げていた。
一振りの刀を抱き座り込んだ少女の前には、怒りの感情を具現化するかの様な荒々しい紅蓮の炎を全身に纏ったユカリが立ち、涙の原因となった白髪の少年を怒りの眼差しで睨み付けていた。
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※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
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我が家に子犬がやって来た!
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アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
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【完結】妃が毒を盛っている。
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2年前から病床に臥しているハイディルベルクの王には、息子が2人いる。
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この優しい王の、原因不明の病気とはいったい……?
※オリジナルファンタジー第1作目カムバックイェイ!!
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※隣国の王子はテンプレですよね。
※イチオシは護衛たちとの気安いやり取り
※最後のほうにざまぁがあるようなないような
※敬語尊敬語滅茶苦茶御免!(なさい)
※他サイトでは佳(ケイ)+苗字で掲載中
※完結保証……保障と保証がわからない!
2022.11.26 18:30 完結しました。
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