創造した物はこの世に無い物だった

ゴシック

文字の大きさ
上 下
165 / 195
第2章 紡がれる希望

第103話 人工の神

しおりを挟む
 ウクライナ北部

 満面の笑みを浮かべながら、勝色かついろの炎で形成された両翼を揺めかせたファクティスは、両手を大きく広げ、自身を赤黒く照らす二重の光輪を激しく発光させ始めた。

『ズシャ~ン』

 嬉々として発せられた言葉に反応した両翼は、左右に向けて大きく広がり、翼の背後で発光する光輪から電撃の塊が、まるで触手の様に翼の上下左右へと伸長した。

 そして、無数に発生した触手の先端がやじりの様に鋭利な形状へと変化すると同時に、広げていた両手をユウキ達に向けた。

「穴だらけになっちゃえ!」

 ファクティスの言葉と共に、ユウキ達に向けて不規則に接近する電撃の触手を前に、二人は同時に深呼吸をした。

 そして、同時に結晶の薄い障壁を全身に纏った二人は、身体を左右に揺らす様に接近する触手を最小限の動きで回避し始めた。

「アハハッ!ホラッ、ホラッ、ホラッ!!」

 鋭利な先端を有する触手を回避し、迸る電撃を薄い障壁で防いでいるユウキ達の様子を面白がったファクティスは、光輪から発生した触手を増やし、再び二人に向けて伸長した。

「当たると思ってやってるのか?」

「今の僕らなら、簡単に避けられる攻撃だよ」

 音速を超える攻撃を視認してから回避する二人の様子は、常人の目には回避の瞬間を視認する事が出来ない程の速度域まで到達していた。

「すごい凄い!私の攻撃を回避出来る人なんて、ロシアの世界最強?の人だけかと思ってた!」

 結晶の属性によって身体能力が全体的に強化されているユウキ達には、刻絕の姫君こくぜつのひめぎみと呼ばれたソーン程では無いが、俊敏性が格段に上昇していた。

「ユウキ、少し借りるよ」

「ん?」

 足場を変えながら、身体を左右に揺らす様に触手を回避していたレンは、右手に握る結晶刀クリスタリアに結晶を追加で纏わせた。

「許可なんて必要ないだろ?今は、俺達二人の力だ……存分に使ってくれ」

 百七十前半程の身長のレンを超える刀身の長さに変化した結晶刀クリスタリアは、二十五センチを超える幅を有していた。

「ありがとう、ユウキ」

 触手を軽やかに回避しながら大刀を両手で構えたレンは、先端を天高く持ち上げた。

「はわぁ……重そ——」

浄化の凍刃カタルシス・クリスタリオ

 自身の感じた事を口にしていたファクティスは、勢い良く振り下ろされた結晶刀クリスタリアから放たれた、水縹みはなだの斬撃に視界を埋め尽くされた。

「でも、残念でした。全てお見通しだよ!」

 そう告げたファクティスは、その場で後転宙返りをした。

 そして、斬撃に背中を向ける様な状態で静止したファクティスは、翼の背後に形成していた雷の光輪を高速回転させながら拡大させた。

スティナ

 拡大した光輪は、中心部に向かって雷属性を展開し、円状の盾を作り出した。

 レンが放った斬撃に接触した事を確認したファクティスは、両翼と光輪を繋いでいた雷属性を分離し、その場から飛び去った。

「アハハ、私の裏をかく事なんて——」

「出来るだろ」

 ユウトの協力によって思考の偽装が可能と判断したユウキは、ファクティスの思考読みを逆手に取り、斬撃によって視界を奪われたファクティスが、二人の思考を完璧に読んだという慢心から見せる隙を狙っていた。

「え!?」

 斬撃から距離を取り、空中で両翼を揺らめかせていたファクティスは、背後から聞こえた声に対して驚きの声を上げた。

光結の審判ルクスリア・ジャッジメント

 その時、先程の加速する結晶拳アクセレイト・リフィストを凌駕する速度の両拳を背中に受けたファクティスは、全身を凍結させる多量な結晶の属性を一瞬にして痛感した。

「あぐ……う——」

 キイィィィィイン

 甲高い音と共に周囲に存在する全てを激しく揺らす衝撃波が広がり、レンの放った斬撃とファクティスが雷属性で形成した光輪は、衝撃波と共に放たれた冷気によって同時に凍結した。

「は……はぅ」

 背中から胸部を貫かれたと感じる程の強い冷気に意識を支配されたファクティスは、ぎこちなく動く両腕を胸部に当て、無意識のうちに自身の体温を暖めようとしていた。

「さ、む……いよ」

 結晶化し始めた両翼は、徐々に形状を保てなくなり、ガラガラと音を発しながら地面へと落ちていった。

 翼を失ったファクティスは、身体を丸めた状態で地面へと落下した。

 しかし、地面に激突する直前に無意識下で放たれた炎、雷、水属性によって、ファクティスの落下地点周辺は、白い蒸気に覆い隠された。

「その技は……」

「大丈夫だ。ティオーの時とは、属性力も、属性量も全然違うんだ……ちゃんと残ってる」

 白煙の中、レンの隣に素早く戻って来たユウキは、両手に創造していた結晶拳リフィスタを力強く構えながら、自身に戦う余力が残っている事を主張した。

「それにしても、なんでファクティスは君の考えている事を読み間違えたんだろう?」

「それは——」

「アハハ……」

「「っ!!」」

 会話をしながらも気を緩める事なく、周囲に意識を向けていた二人は、白煙の中から聞こえたファクティスの声に反応し、再び意識を集中させた。

「アハハハハハハッ!」

 歓喜の叫びと共に突風が吹き、周囲に立ち込めた白煙が一瞬にして吹き飛ばされた。

「くっ!」

「うっ!」

 突風に対して咄嗟に両腕で顔を庇っていた二人は、再び姿を現したファクティスの姿を視認すると同時に目を見開いた。

「私は、ねぇ……普通じゃないんだよぉ?」

 常人であったファクティスが多種の属性を所有するには、その属性に〝対応する為の肉体へと造り変える〟必要があった。

 チェルノボグの提案した内容は、転生可能な人間でありながらアンリエッタの様な、世界最強を凌駕する属性量と属性力を扱える肉体へとファクティスの身体を変化させる事。

 闇の神は、チェルノボグの要望に応えたが、研究室に返還されたファクティスは、常識では考えられない変化を遂げていた。

 外見的変化は殆ど見られなかったが、属性が干渉する全ての部位や臓器は、全て黒い糸の様なモノで造られていた。

 身体検査の末に判明した異様な変化を目の当たりにしたチェルノボグは、平静を装いながらも内なる怒りを込めた眼差しを、ファクティスを送り届けたアンリエッタへと向け、最大限の皮肉を込めてこう告げた。

『俺は、お前達に人〝間〟と言ったつもりだったが……一文字、聞き間違えたのか?……随分と良い耳をお持ちだ』

 二人の前に現れたファクティスの焼け爛れた皮膚の下からは、黒い糸が露わになり、背中に再び形成された両翼は、黒い糸によって形造られた翼に二種類の炎属性が纏われている状態だった。

 笑みを浮かべるファクティスの口は耳元まで大きく裂けており、避けた部分を繋ぐように張っていた黒い糸は、自我を有しているかの様にユラユラと不規則な動きをしていた。

「あんな攻撃じゃ、私は死なないよ?だって……私はねぇ、神様になったんだもん」

 今にも千切れそうな四肢を繋ぐ黒い糸は、ファクティスの意志に反応すると同時に全身を元の状態へと再生させ、完全回復したファクティスは、勢い良く両腕を上空へと上げた。

「こ~んな事も、出来るんだよ?」

 その直後、両翼の炎属性がファクティスの両手に集結し始めた。

「さっきの攻撃が冷たかったから、私からは暖かい攻撃をあげるね?」

 空を覆っていた暗雲に到達する程の、超巨大な勝色かついろの火球を造り出したファクティスは、両翼を力強く左右に広げ、火球の中へと飛び込んだ。

「彼女の姿……あれは、一体——」

「そんな事、今は考えている余裕はないぞ」

 ファクティスが入った火球は、核となる部分が円状に漆黒に染まり、核を囲う様に朱殷しゅあんの球体が浮かび上がった。

 三色の巨大な火球を中心に、二種類の雷属性で構築された複数のが、互いに重なる事の無い位置を維持していた。

太陽ソーンツェ

 核の中で立ち尽くし、ユウキ達に向けてゆっくりと切先を構えたファクティスは、太陽ソーンツェを二人に向けて放った。

 移動する太陽ソーンツェの内部から姿を現したファクティスは、両翼を揺めかせながら、離れていく太陽ソーンツェの様子を静かに見守っていた。

「少しの間だけ本気を出す。レンは少し離れた……いや、俺の側を離れるな」

「その言葉、僕から君に言いたかったな」

 小声で呟いたレンを他所に、ユウキが左手を前に翳すと、掌付近に創り出された弓柄を中心に、上下に結晶が伸び、巨大な結晶の大弓を創り出した。

 弓柄を握り締めたユウキは、つるに結晶で創り出した矢の矢筈やはずを右手でつがえた。

 結晶の弓を垂直に、矢を水平に構えたユウキは、左右均等に弓を弾き始めた。

蒼穹の結晶弓ルークタリア・ファーマメント

 放たれた結晶の弓は、周辺の凍結した空気を貫きながら太陽ソーンツェに接近し、爆風と共に多量の白煙を放ち始めた。

 発生した白煙は上空へと吹き上がり、暗雲を左右に吹き飛ばした。

 差し込んだ陽の光を浴びたその時、ファクティスは何かに驚いたかの様に目を見開いた後に、ゆっくりと悲しげに瞼を閉じた。

「……おやすみ、ソアレ」

 瞼を閉じた時から、ファクティスは周囲の音が全く聞こえない静寂の空間の中に立っていた。

 再び目を開けたファクティスの瞳には、純白の世界で今にも深い眠りに付きそうなソアレの姿が映っていた。

「ありがとう。ファクティス……」

 互いに微笑み合った後に、ソアレはその場に居たもう一人の少女の名前を告げ、ゆっくりと瞼を閉じた。

 別れの言葉を告げ、元の世界に戻ったファクティスは、吹き荒れる白煙の中、漆黒の髪を荒々しく靡かせていた。

「ソアレが死んじゃった…………寂しいなぁ」

 ソアレが死去した事で、孤独感に苛まれたファクティスは、掠れた声を発しながら吹き上がった白煙によって露わになった蒼天を仰いだ。

「寂しいのは……ヤダァ」

 依然として互いの技が衝突し続ける中、ファクティスは周囲に吹き荒れる蒸気の熱気を冷やす様な冷たい涙を、一人静かに流していた。

―*―*―*―*―

「ファクティス。貴女の気持ち……痛い程分かります」

 古びた椅子に座った白髪の少女は、数秒瞼を閉じた後にゆっくりと椅子から立ち上がり、腰まで流れる白髪を左右に揺らしながら、廃墟の出口に向けて歩き始めた。

「うおっ!」

 壁に背中を預ける様に腕を組みながら立っていたティオーは、突然動き始めた少女に〝恐怖〟し、その場から駆け足で離れた。

「オイオイ、落ち着けって。お前が今行ったら、その場にいるアイツら全員殺しちまうだろ?……ユウトを殺しちまっても良いのか?」

 一定の距離を維持した状態で声を掛けたティオーは、ユウトの名前を口にした瞬間にピタリと歩みを止めた少女の反応に、多少の苛立ちを感じていた。

「お前には誰も、〝お前自身〟すらも救う事は出来ない。そんな事…… 〝三年前〟から知ってんだろ?」

 そう口にしたティオーの心は、ユウトに対する苛立ちを超える孤独と悲しみに支配され、瞳から一筋の涙が流れた。

「……そうでしたね。それが、私の……」

『運命』

 見えない空を仰いだ少女の瞳から流れた涙は、三年前から始まった少女の呪われた運命を物語るかの様に、朱殷しゅあんに染まっていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

ここは貴方の国ではありませんよ

水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。 厄介ごとが多いですね。 裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。 ※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

【完結】妃が毒を盛っている。

井上 佳
ファンタジー
2年前から病床に臥しているハイディルベルクの王には、息子が2人いる。 王妃フリーデの息子で第一王子のジークムント。 側妃ガブリエレの息子で第二王子のハルトヴィヒ。 いま王が崩御するようなことがあれば、第一王子が玉座につくことになるのは間違いないだろう。 貴族が集まって出る一番の話題は、王の後継者を推測することだった―― 見舞いに来たエルメンヒルデ・シュティルナー侯爵令嬢。 「エルメンヒルデか……。」 「はい。お側に寄っても?」 「ああ、おいで。」 彼女の行動が、出会いが、全てを解決に導く――。 この優しい王の、原因不明の病気とはいったい……? ※オリジナルファンタジー第1作目カムバックイェイ!! ※妖精王チートですので細かいことは気にしない。 ※隣国の王子はテンプレですよね。 ※イチオシは護衛たちとの気安いやり取り ※最後のほうにざまぁがあるようなないような ※敬語尊敬語滅茶苦茶御免!(なさい) ※他サイトでは佳(ケイ)+苗字で掲載中 ※完結保証……保障と保証がわからない! 2022.11.26 18:30 完結しました。 お付き合いいただきありがとうございました!

【完結】聖女ディアの処刑

大盛★無料
ファンタジー
平民のディアは、聖女の力を持っていた。 枯れた草木を蘇らせ、結界を張って魔獣を防ぎ、人々の病や傷を癒し、教会で朝から晩まで働いていた。 「怪我をしても、鍛錬しなくても、きちんと作物を育てなくても大丈夫。あの平民の聖女がなんとかしてくれる」 聖女に助けてもらうのが当たり前になり、みんな感謝を忘れていく。「ありがとう」の一言さえもらえないのに、無垢で心優しいディアは奇跡を起こし続ける。 そんななか、イルミテラという公爵令嬢に、聖女の印が現れた。 ディアは偽物と糾弾され、国民の前で処刑されることになるのだが―― ※ざまあちょっぴり!←ちょっぴりじゃなくなってきました(;´・ω・) ※サクッとかる~くお楽しみくださいませ!(*´ω`*)←ちょっと重くなってきました(;´・ω・) ★追記 ※残酷なシーンがちょっぴりありますが、週刊少年ジャンプレベルなので特に年齢制限は設けておりません。 ※乳児が地面に落っこちる、運河の氾濫など災害の描写が数行あります。ご留意くださいませ。 ※ちょこちょこ書き直しています。セリフをカッコ良くしたり、状況を補足したりする程度なので、本筋には大きく影響なくお楽しみ頂けると思います。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

婚約破棄騒動に巻き込まれたモブですが……

こうじ
ファンタジー
『あ、終わった……』王太子の取り巻きの1人であるシューラは人生が詰んだのを感じた。王太子と公爵令嬢の婚約破棄騒動に巻き込まれた結果、全てを失う事になってしまったシューラ、これは元貴族令息のやり直しの物語である。

処理中です...