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第2章 紡がれる希望

第88話 思い出の場所で

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 マリオット島

「アァァァァア!!」

 (私の身体の中で、戦ってる。負の属性と……私の身体に入れられた正の属性が)

 ユウの属性によって活性化した正の属性は、ファクティスとの接続によって暴走し始めた負の属性と反発し合い、次々と記憶と共に体外へと弾き出されていた。

 (私の身体は、属性に全て支配されてしまった。残された私の記憶以外は、全て)

 チェルノボグの実験によって属性を注入され続けたソアレは、いつしか自身の身体が属性によって辛うじて機能している事に気が付いた。

「そう、ワダシワァ」

 (記憶だけを残した私はもう、属性を貯蔵しているだけの存在に成り果てた……でも、これで……チェルノボグ様との約束を守る事が出来た)

 命を救われた日の約束を思い出したソアレは、属性と共に瞬時に消えた記憶の喪失感に耐えかね、再び高音の叫びを上げ始めた。

「イイァァァァアアア!!」

「くっ!」

 四刃によって分断仕掛けた炎神えんじん蒼手そうしゅを認識したウトは、刀に流し込んでいた属性量を最大限まで増幅させ、破損箇所を復元させた。

 暴発する属性量が増え続ける影響を受けていたウトは、自身の両腕が火傷を負っているにも関わらず、属性力さえも更に強め、暴れている四刃全てを掴み抑えていた。

「邪魔は、させない」

 床や壁を伝って流れる電撃を受け、自身の属性による火傷以外に枝分かれした様な火傷を負いながらも、ウトは両手で床に突き立てた刀を離す事は無かった。

 (幸せを奪われたユウの苦しみは、こんなモノじゃ……無い)

 電撃による激痛に耐えながら四刃を抑え付けていたウトは苦悶の表情を浮かべ、四肢は小刻みに震えていたが、属性解放を中断する事だけは決してしなかった。

「ソアレっ!」

 正面から駆け寄っていたユウは、溢れ出る属性に乗って流れる記憶の喪失に泣き叫んでいるソアレに聞こえる様に大きな声を発した。

「シィ……ァア」

 喪失する幾多の記憶の中で、消える事なくソアレの中に色濃く存在し続けている少女との思い出が、ソアレとしての意識を保たせていた。

「ソアレ……今の私は、ユウって言うの」

 ソアレの周囲に広がった属性を双刃で切り開き、お互いの吐息が感じられる程まで接近したユウは、歯を食いしばり、記憶の流れをき止めようと足掻あがき、苦しんでいるソアレに向けて微笑み、優しげな声で語り掛けた。

 ユウの声を聞き、記憶の中に残されている少女と全く同じ声で語り掛けられ、同じ笑顔を見せられたソアレは、少しだけ目を見開いた後に安堵した様な微笑みを向けた。

「ユ……ウ」

 記憶が徐々に喪失する中、ソアレの中に最後まで残された記憶は、少女と共に過ごした笑顔を絶やす事の無かった日々だった。

「シアという大切な名前を、私は忘れてしまっていた。罪を犯した私には、きっと……眩し過ぎたんだと思う」

 罪悪感にさいなまれたユウは、双刃の柄を強く握り締め、ソアレに向けていた視線を下に向けた。

「シアは、悪くない」

 その言葉を聞いて目線を合わせたユウは、涙を流しながら優しげに微笑み、両手を大きく広げたソアレの姿が映った。

「私は死んでも、ずっと……願っているから」

 再生される記憶をなぞる様に声を発していたソアレの瞳には、記憶に残された少女と全く同じ服装をした幼いユウが映っていた。

「ソアレ……」

 白と青のワンピースを身に付けたユウが、決意する為に瞳を閉じると、瞳から零れ落ちる様に一筋の涙が流れ落ちた。

「……今だけは、みんなとの思い出が詰まった私の名前を。シアとして、大好きなソアレを助ける為に」

 そう口にしたユウは、双刃を地面に落とすと、ソアレの腰に両手を回して抱き寄せ、ソアレの身体を自身の身体に接触させた。

透き通る炎シア・アーティシュ

 その瞬間、ユウの全身を包む様に発生した紅蓮の炎は、ソアレの身体へと流れ、周囲に向けて放出された属性を遮断する様にソアレの全身を包み込んだ。

「ソアレを苦しめるモノは、私が全て浄化してみせる」

 二人が炎に包まれる中、四刃を抑え付けていたウトは、四刃を操作していたソアレの属性が途切れた瞬間に炎神えんじん蒼手そうしゅを解除した。

「属性が、消えてゆく」

 周囲に流れていた属性が、途切れた場所から徐々に消えゆく様子を、ウトはしゃがみ込んだ状態で眺めていた。

 (記憶の流れが止まった?……身体の中で入り混じった属性も、炎で燃やされた手紙みたいに……少しずつ……消えていく)

 全身を炎に包まれたソアレは、体内に残された正と負の混合した属性がユウの炎によって浄化され、安らかに消えてゆく感覚を覚えていた。

 (幸せだった。お母さんとお父さん……みんなと過ごした毎日が)

 先程までとは正反対の静寂の中で、夢を見ているかの様に朧げに流れる記憶は、他者の記憶ではなく、ソアレ自身が生きてきた村で過ごした幸せな日々だった。

 (でも、やっぱり)

 次々と再生される記憶の殆どに、その日起きた出来事に合わせて様々な表情を見せるユウの姿が映っていた。

 (シアを見ている時が、私にとって……一番幸せだった)

 最後に映し出されたのは、村を一望出来るという理由から毎日の様に待ち合わせた場所だった。

『こんな所で会うなんて凄いよね!』

『え、そんなに?』

『だって他に誰もいないんだよ?きっと運命だったんだよ!』

 沢山の思い出を作る切っ掛けとなった、場所には初めて顔を合わせた少女達がお互いの顔を見合わせる様に立っていた。

『私はソアレ!貴女の名前は?』

『私は……シア』

 その場所は、二人が初めて出会った思い出の場所だった。

 二人が微笑み合った映像が最後の記憶となってしまったソアレは、真っ白となった世界に立ち尽くしていた。

 (なんだか……眠くなって来た)

 少し長い瞬きをしたソアレは、正面に現れた〝二人〟に視線を向けた。

「「おやすみ、ソアレ」」



 白いワンピースを身に付けたファクティスと、過去の姿のままのユウは、今にも眠りにつきそうなソアレに向けて微笑みながら声を掛けた。

 その言葉を聞いたソアレは、二人に向けて優しげに微笑んだ。

「ありがとう…………ユウ」

 優しい炎に包まれていたソアレは最後にそう告げ、大きく広げていた手をユウの腰に回して抱き合い、ゆっくりとまぶたを閉じた。

 最後の言葉を聞き届けたユウは、滝の様な涙を流し、自身にもたれ掛かった親友の重みを静かに感じていた。

「ありがとう……私の大好きな……ソアレ」

 旅立ってしまった親友を抱き締めながら、ユウは心の底から感謝の言葉を口にした。
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