149 / 206
第2章 紡がれる希望
第87話 二人だけの場所
しおりを挟む
三年前
黒衣についた黒フードを被ったチェルノボグは、山奥にある小さな村が炎上する様子を見つめていた。
「ウクライナの研究所が無くなったとは言え、アイツを野放しにするべきでは無かったか」
ファイスによって居場所を失ったウトは、隣国であるルーマニアまで足を運び、山の奥にある光拠点を壊滅させた。
「それにしても、日課となった人殺しか、暇潰しに語学の勉強しかしていなかったアイツが、ここまで自由奔放に行動するとは……研究所に居た頃には見せなかった行動力だな」
燃え盛る村を見下ろしていたチェルノボグは、崖側を歩きながら実験体になりそうな生存者が村の中から飛び出して来る瞬間を待っていた。
「ん?」
その時、眼下で焼ける村を見ていたチェルノボグは、ふと視線を左に向けた。
そこには、胴体を斜め十文字に切断され大量の血液を流した黄褐色の髪をした少女が横たわっていた。
「こんな所まで避難出来た人間がいたのか?」
少女に歩み寄ったチェルノボグは、身体の節々に残された焦げ跡や、消失した片目、皮膚下から露わになった骨や歯等を観察した。
「心臓は切断されてしまっているが、頭部に外傷は殆ど見られない……だが、属性が開花していないのか——」
『他に救うべき人がいるだろ?』
属性が開花していない少女を見て、実験台にはならないと考え掛けたチェルノボグは、忌々しい記憶に残された人間達の顔が浮かび上がった。
「っ!ふざけるなっ!!」
記憶に残された男達に向けて怒りの形相で叫んだチェルノボグは、地面に横たわる少女と、過去に救えなかった少女の姿を重ね合わせた。
『私は、先生のおかげで長生き出来たから……もう、私は大丈夫だよ?』
救えなかった少女の言葉を思い出したチェルノボグは、心の中に強く残された無力感から、自然と一筋の涙を流していた。
「患者を放置して死なせる医者がいるものか……俺はどんな状況だろうとも、命あるモノを生かす。それが、俺の信じる医師の形だ」
生き絶えている少女の横で膝を付いたチェルノボグは、瞳孔が開いている少女の瞳を凝視した。
「任せろ。医師として、〝必ず〟お前を救ってみせる」
生死を分ける手術を担当する医師があまり口にする事の無い『必ず』という言葉を口にしたチェルノボグは、少女の瞳を左手で閉じた。
―*―*―*―*―
数ヶ月後
「…………ん」
意識を取り戻し、ゆっくりと目を開けた少女は、薄らとした意識で周囲の様子を確認しようと首を左右に動かした。
(ここは、どこだろう?)
しかし、緑色に染められた視界では判断出来ないと考えた少女は、何気無く右手を正面に伸ばす様に動かした。
コンッ
(ん?何かに当たった?……もしかして、箱みたいな物に入れられてる?)
然程伸ばしていない右手が何かに接触して止まった事で、少女は自分自身が何か巨大な物に入れられている事を悟った。
(でも、この強度なら壊せそうな気がする)
そう考えた少女は、接触した壁を押す力を右腕に加えた。
パリィィィィン
然程力を入れていない段階で、少女を入れていた器は音を立てて砕け散った。
「あ、壊れちゃった」
予想外の強度に素っ頓狂な声を上げた少女は、視界を緑色に染めていた液体が床に流れ出る様子を見て、どのような状況であったかを判断した。
「緑色の水に入ってたんだ……普通に息が出来たから気が付かなかった」
少女の失った片目には、新しく白色の瞳が移植されていた。
(それに私が入れられていたのって、箱じゃなくてガラスみたいな容器だったんだ)
自身が衣服を纏っていない状態である事を他所に、少女は自身のいる場所を確認し始めた。
「ここは?」
少女のいる場所は薄暗く、床は一面金属のような〝何か〟で黒く染められ、節々には緑色の線が走っており、薄暗い空間内で緑色の線が不気味に光る事で周囲を照らしていた。
「私は確か、イタリア北部の街で……違う。ロシアの前線に……違う」
曖昧な記憶の中で再生されたのは、目線も光景も異なる複数の映像だった。
「気が付いたか?」
その時、察知していた気配の主が声を掛けて来た事に気が付いた少女は、記憶の整理を辞めて声のした方向へと視線を向けた。
「どうだ?新しい肉体は?」
そこには、黒服を身に纏った六尺程の男性が立っていた。
「新しい……肉体?」
男性の言葉を聞いた少女は、身体の変化を確認する様に首を動かした。
「確かに、視線が少し高くなったような……へっ!誰の髪!?……って、私の髪の毛?」
紅掛空色髪が視界に入り込んだ少女は、初めて見る髪の色に驚きの声を上げていた。
「お前の身体は外傷が酷くてな……殆ど使い物にならなかったんだ」
驚いている少女を無視する様に話をし始めた男性は、近場にある机の上に置いてある書類を手に取った。
「今のお前は、他者から得た臓器と、他者の属性と、多種の属性に耐え得る耐属性金属で補強した身体を持っている」
そう口にした男性は、少女に歩み寄ると同時に腹部に向けて軽く拳をぶつけた。
カンッ
微かに聞こえた金属音から、皮膚の下に金属が入っている事を悟った少女は、自分が普通の身体でない事を感じ表情を曇らせた。
「他の人の臓器……そうだ、私……死んじゃったんだ」
「何を言っている?お前は生きているだろう。俺の目の前に、ちゃんと」
自身が人間では無いかもしれないという不安を感じていた少女に対して、何の変哲もない言葉を返された少女は、男性に対して小さな安心感を抱いていた。
「貴方が、私を助けてくれたんですか?」
「ああ、お前の身体をそんな風にしたのは俺だ。お前から恨まれこそすれ、感謝されるような事はしていない」
書類に目を通していた男性は、机の上に置いてあった黒衣を少女に向けて放り投げた。
「着ろ。痛みも温度も感じないかもしれないが、恥じらいぐらいはあるだろう?」
「へ?……あ、アリガトウゴザイマス」
ようやく自身が裸である事を理解した少女は、顔を赤らめながら会釈をすると、男性から渡された黒衣を身に付け始めた。
「安心しろ。男の身体も女の身体も、目が腐る程見て来た。医師からすれば、患者に男女は関係ないからな」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。差別が無い分、機械には機械として接する……お前が意図せず機械的な行動をとった場合、ある程度の期間は人間として扱わないから気をつけろ」
「え?……分かりました」
言葉の意味が理解出来なかった少女は、頭上にハテナを浮かべた状態のまま何となく承諾した。
「でも、ボロボロになったから身体を治して貰ったのは、何となく分かりましたけど……なんで属性まで?」
「お前が、属性開花していなかったからだ」
「え?」
記憶が混濁していた少女は、自身の属性が既に開花しているものだと考えていた為、呆気に取られた表情をしていた。
「属性開花前の人間は、生命力が極めて低い。他者から得た属性を注入し、従来の方法とは異なる手段で開花した状態にする事で、停止した生命活動を属性によって強引に再開させ、お前の命を繋ぎ止める事に成功したという訳だ」
「そうだったんですか」
「まあ、建前だがな」
「え?」
平然と建前である事を告げた男性は、確認していた書類から視線を外し、少女と目線を合わせた。
「属性開花前という事は、属性が充填されていない空の器と言う事だ。ならば、その空の器に他者の属性を注ぎ、意図的に多種属性を扱う人間が誕生するかどうか試せるだろ?」
「つまり……私は実験に利用された……と言う訳ですか?」
真実を知らされた少女だったが、実験に利用されたにも関わらず男性に対して怒りの感情を向ける事はなかった。
「命を救った対価を貰っただけだ」
「そうですね。死を覚悟した私を助けてくれたのは事実ですし、属性が必要不可欠だったのなら仕方ありませんよ」
「属性が必要だったのは間違いないな。死んだ人間を蘇らせる事が出来るのは、〝属性に頼らない医師〟による手術だけだ」
そう口にした男性は、自身の右手を見つめ、誇らしげな表情を浮かべていた。
「一つ確認したい。お前の……本体である人間の記憶は、ある程度残されているか?」
「本体かどうか分かりませんが、私の名前がソアレで……親友だった青い髪の女の子と向き合っていた事は覚えています」
「その子の顔と名前は?」
「顔は、覚えてません。名前は、シア……だったと思います」
必死に記憶を蘇らせていたソアレに向けて、男性は一枚の写真を投げた。
「恐らく、その写真に写っている少女の事だろう。お前の故郷だった村から拾って来た物だ」
「……シア」
写真に写る青い髪の少女を見つめたソアレは、床に落ちていた小さな鉄輪を使用して自身の髪をツインテールになる様にまとめ始めた。
「心臓や臓器は幾らでも代用出来るが、お前ぐらいの子どもが大切にしているモノは、幸せを感じていた頃の記憶だろう?」
写真を凝視していたソアレは、ロキの説明が始まっても尚、視線を逸らす事は無かった。
「検査の結果、脳に異常は見られなかった。お前に流し込んだ属性に残された記憶で、ある程度の記憶の差異は生じるかも知れないが……過去の実験結果から、注入属性量を制限する事で記憶障害は微量に抑えられる事が分かっていたからな。言語や行動に支障は出ない筈だ」
ソアレの様子から説明を聞いていないと薄々察していながらも、ロキは淡々と説明を続けていた。
「……だが、お前にとって良い話はここまでだ」
小さく溜息を吐いたロキは、足早にソアレの正面に移動すると、ソアレが凝視していた写真を奪い取った。
「あっ!」
「まず一つ目に、属性は身体に馴染むほど記憶に干渉してくる。発言、行動、性格まで変化し始めるだろうが……それに比例して属性からの得られる恩恵も増えるだろう」
「……」
写真を奪われたソアレは、写真を摘んでいるロキの顔を睨み付けるように見つめていた。
「二つ目は、時期が来れば教えよう」
そう口にしたロキは、ロシア側に潜伏する際にソアレを利用する方法や時期について考えていた。
「最後に、お前には闇の人間の属性も入れてある。光の人間として生きられないお前には、俺の元で〝二人の少女〟を救う為に刻苦して貰う」
「二人の……少女?」
写真を取られて少し剝れていたソアレは、ロキの言葉で気になった部分について疑問の声を発した。
「一人は、他者を重んじる天使の様な少女。もう一人は、飛び立つ翼をもがれた天使……いや……あれはもう」
悪魔か。
―*―*―*―*―
マリオット島
「アァァァァアっ!!」
暴発した雷属性は、周囲の床や壁を跳ねるように飛び散り、炎の属性はソアレの身体を蝕むように纏わり付き、水の属性は機械の油のように鉱物の板から垂れ流れていた。
「ガハ……イァァァァア!」
紫色の瞳から混在した炎を発しながら苦悶の表情を浮かべたソアレは、滝のように涙を流しながら二人の鼓膜が破れそうな程の絶叫を上げていた。
そして属性が不安定になった事で、属性によって繋がれていた双刃刀は、ソアレの背中から離れ、高速回転しながら周囲の壁を斬り裂き始めた。
「ソアレっ!」
「アア……シアァァ……ァァァァアア!!」
ユウの言葉に反応したソアレが右手を伸ばすと、黒い雷属性によって繋がった状態の双刃刀は、ユウ達の方向へと回転しながら迫って来た。
「どいてっ!」
ドンッ
「うっ!」
ユウを身体を左側に突き飛ばしたウトは、白色の刀身を研究室の床に突き立てた。
(ヨハネがやった技を、私風にアレンジすれば)
刀身に纏った炎が地面に流れ落ちると、液体のように広がった炎がウトを囲う壁のように燃え上がった。
「力を貸して……私の、炎よっ!!」
壁となっていた炎は、ウトの言葉に呼応するように形を変化させ始めると、蒼い炎によって巨大な両手が形成された。
『炎神の蒼手』
蒼炎で形成された巨大な両手によって、高速回転しながら迫る双刃を掴み止めた。
「ユウっ!行って!!」
「でも、ウトだけじゃ」
「ユウには、ユウにしか出来ない事があるでしょ!!」
炎を注ぎ続けていたウトは、躊躇しているユウに大声で叫ぶと、抑え切れていない双刃に対処する為に、再び自身の属性を刀に注入し始めた。
「ウト……待ってて。直ぐに、終わらせて来るから」
「うん。気を付けてね」
ウトが掴んでいる双刃の横を辛うじて回避したユウは、苦しみ叫んでいるソアレの元へと全速力で駆けて行った。
「さあ、貴方達の相手は私」
多量の属性を注入したウトの両腕は、転生以前と同様に炎の影響を受けて火傷の状態になっていた。
(転生前に比べたら、痛みも殆ど感じない)
ウトの炎の属性は、液体のような炎を自由自在に操作する事が出来る特殊な性質を有しているが、その影響で過度に使用すると所有者の身体に抵抗力が無くなり、属性火傷を負ってしまう。
闇の人間として生きていた頃のウトは、負の属性に付与されている属性力の強化によって火傷の痛みを現在よりも強く感じていた。
(これが、光に転生した……私の属性)
微かな笑みを浮かべたウトは、暴れている残りの双刃刀を抑え込むように、更に炎神の蒼手を追加で作り出した。
「邪魔はさせない」
四刃全てを抑え込んだウトは、自身の両腕が焼かれている事を他所に、離れていくユウの背中を優しげな瞳で見つめていた。
「私の、命に懸けて」
再び四刃に視線を向けたウトの瞳には、今までよりもはっきりとした覚悟が込められていた。
黒衣についた黒フードを被ったチェルノボグは、山奥にある小さな村が炎上する様子を見つめていた。
「ウクライナの研究所が無くなったとは言え、アイツを野放しにするべきでは無かったか」
ファイスによって居場所を失ったウトは、隣国であるルーマニアまで足を運び、山の奥にある光拠点を壊滅させた。
「それにしても、日課となった人殺しか、暇潰しに語学の勉強しかしていなかったアイツが、ここまで自由奔放に行動するとは……研究所に居た頃には見せなかった行動力だな」
燃え盛る村を見下ろしていたチェルノボグは、崖側を歩きながら実験体になりそうな生存者が村の中から飛び出して来る瞬間を待っていた。
「ん?」
その時、眼下で焼ける村を見ていたチェルノボグは、ふと視線を左に向けた。
そこには、胴体を斜め十文字に切断され大量の血液を流した黄褐色の髪をした少女が横たわっていた。
「こんな所まで避難出来た人間がいたのか?」
少女に歩み寄ったチェルノボグは、身体の節々に残された焦げ跡や、消失した片目、皮膚下から露わになった骨や歯等を観察した。
「心臓は切断されてしまっているが、頭部に外傷は殆ど見られない……だが、属性が開花していないのか——」
『他に救うべき人がいるだろ?』
属性が開花していない少女を見て、実験台にはならないと考え掛けたチェルノボグは、忌々しい記憶に残された人間達の顔が浮かび上がった。
「っ!ふざけるなっ!!」
記憶に残された男達に向けて怒りの形相で叫んだチェルノボグは、地面に横たわる少女と、過去に救えなかった少女の姿を重ね合わせた。
『私は、先生のおかげで長生き出来たから……もう、私は大丈夫だよ?』
救えなかった少女の言葉を思い出したチェルノボグは、心の中に強く残された無力感から、自然と一筋の涙を流していた。
「患者を放置して死なせる医者がいるものか……俺はどんな状況だろうとも、命あるモノを生かす。それが、俺の信じる医師の形だ」
生き絶えている少女の横で膝を付いたチェルノボグは、瞳孔が開いている少女の瞳を凝視した。
「任せろ。医師として、〝必ず〟お前を救ってみせる」
生死を分ける手術を担当する医師があまり口にする事の無い『必ず』という言葉を口にしたチェルノボグは、少女の瞳を左手で閉じた。
―*―*―*―*―
数ヶ月後
「…………ん」
意識を取り戻し、ゆっくりと目を開けた少女は、薄らとした意識で周囲の様子を確認しようと首を左右に動かした。
(ここは、どこだろう?)
しかし、緑色に染められた視界では判断出来ないと考えた少女は、何気無く右手を正面に伸ばす様に動かした。
コンッ
(ん?何かに当たった?……もしかして、箱みたいな物に入れられてる?)
然程伸ばしていない右手が何かに接触して止まった事で、少女は自分自身が何か巨大な物に入れられている事を悟った。
(でも、この強度なら壊せそうな気がする)
そう考えた少女は、接触した壁を押す力を右腕に加えた。
パリィィィィン
然程力を入れていない段階で、少女を入れていた器は音を立てて砕け散った。
「あ、壊れちゃった」
予想外の強度に素っ頓狂な声を上げた少女は、視界を緑色に染めていた液体が床に流れ出る様子を見て、どのような状況であったかを判断した。
「緑色の水に入ってたんだ……普通に息が出来たから気が付かなかった」
少女の失った片目には、新しく白色の瞳が移植されていた。
(それに私が入れられていたのって、箱じゃなくてガラスみたいな容器だったんだ)
自身が衣服を纏っていない状態である事を他所に、少女は自身のいる場所を確認し始めた。
「ここは?」
少女のいる場所は薄暗く、床は一面金属のような〝何か〟で黒く染められ、節々には緑色の線が走っており、薄暗い空間内で緑色の線が不気味に光る事で周囲を照らしていた。
「私は確か、イタリア北部の街で……違う。ロシアの前線に……違う」
曖昧な記憶の中で再生されたのは、目線も光景も異なる複数の映像だった。
「気が付いたか?」
その時、察知していた気配の主が声を掛けて来た事に気が付いた少女は、記憶の整理を辞めて声のした方向へと視線を向けた。
「どうだ?新しい肉体は?」
そこには、黒服を身に纏った六尺程の男性が立っていた。
「新しい……肉体?」
男性の言葉を聞いた少女は、身体の変化を確認する様に首を動かした。
「確かに、視線が少し高くなったような……へっ!誰の髪!?……って、私の髪の毛?」
紅掛空色髪が視界に入り込んだ少女は、初めて見る髪の色に驚きの声を上げていた。
「お前の身体は外傷が酷くてな……殆ど使い物にならなかったんだ」
驚いている少女を無視する様に話をし始めた男性は、近場にある机の上に置いてある書類を手に取った。
「今のお前は、他者から得た臓器と、他者の属性と、多種の属性に耐え得る耐属性金属で補強した身体を持っている」
そう口にした男性は、少女に歩み寄ると同時に腹部に向けて軽く拳をぶつけた。
カンッ
微かに聞こえた金属音から、皮膚の下に金属が入っている事を悟った少女は、自分が普通の身体でない事を感じ表情を曇らせた。
「他の人の臓器……そうだ、私……死んじゃったんだ」
「何を言っている?お前は生きているだろう。俺の目の前に、ちゃんと」
自身が人間では無いかもしれないという不安を感じていた少女に対して、何の変哲もない言葉を返された少女は、男性に対して小さな安心感を抱いていた。
「貴方が、私を助けてくれたんですか?」
「ああ、お前の身体をそんな風にしたのは俺だ。お前から恨まれこそすれ、感謝されるような事はしていない」
書類に目を通していた男性は、机の上に置いてあった黒衣を少女に向けて放り投げた。
「着ろ。痛みも温度も感じないかもしれないが、恥じらいぐらいはあるだろう?」
「へ?……あ、アリガトウゴザイマス」
ようやく自身が裸である事を理解した少女は、顔を赤らめながら会釈をすると、男性から渡された黒衣を身に付け始めた。
「安心しろ。男の身体も女の身体も、目が腐る程見て来た。医師からすれば、患者に男女は関係ないからな」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。差別が無い分、機械には機械として接する……お前が意図せず機械的な行動をとった場合、ある程度の期間は人間として扱わないから気をつけろ」
「え?……分かりました」
言葉の意味が理解出来なかった少女は、頭上にハテナを浮かべた状態のまま何となく承諾した。
「でも、ボロボロになったから身体を治して貰ったのは、何となく分かりましたけど……なんで属性まで?」
「お前が、属性開花していなかったからだ」
「え?」
記憶が混濁していた少女は、自身の属性が既に開花しているものだと考えていた為、呆気に取られた表情をしていた。
「属性開花前の人間は、生命力が極めて低い。他者から得た属性を注入し、従来の方法とは異なる手段で開花した状態にする事で、停止した生命活動を属性によって強引に再開させ、お前の命を繋ぎ止める事に成功したという訳だ」
「そうだったんですか」
「まあ、建前だがな」
「え?」
平然と建前である事を告げた男性は、確認していた書類から視線を外し、少女と目線を合わせた。
「属性開花前という事は、属性が充填されていない空の器と言う事だ。ならば、その空の器に他者の属性を注ぎ、意図的に多種属性を扱う人間が誕生するかどうか試せるだろ?」
「つまり……私は実験に利用された……と言う訳ですか?」
真実を知らされた少女だったが、実験に利用されたにも関わらず男性に対して怒りの感情を向ける事はなかった。
「命を救った対価を貰っただけだ」
「そうですね。死を覚悟した私を助けてくれたのは事実ですし、属性が必要不可欠だったのなら仕方ありませんよ」
「属性が必要だったのは間違いないな。死んだ人間を蘇らせる事が出来るのは、〝属性に頼らない医師〟による手術だけだ」
そう口にした男性は、自身の右手を見つめ、誇らしげな表情を浮かべていた。
「一つ確認したい。お前の……本体である人間の記憶は、ある程度残されているか?」
「本体かどうか分かりませんが、私の名前がソアレで……親友だった青い髪の女の子と向き合っていた事は覚えています」
「その子の顔と名前は?」
「顔は、覚えてません。名前は、シア……だったと思います」
必死に記憶を蘇らせていたソアレに向けて、男性は一枚の写真を投げた。
「恐らく、その写真に写っている少女の事だろう。お前の故郷だった村から拾って来た物だ」
「……シア」
写真に写る青い髪の少女を見つめたソアレは、床に落ちていた小さな鉄輪を使用して自身の髪をツインテールになる様にまとめ始めた。
「心臓や臓器は幾らでも代用出来るが、お前ぐらいの子どもが大切にしているモノは、幸せを感じていた頃の記憶だろう?」
写真を凝視していたソアレは、ロキの説明が始まっても尚、視線を逸らす事は無かった。
「検査の結果、脳に異常は見られなかった。お前に流し込んだ属性に残された記憶で、ある程度の記憶の差異は生じるかも知れないが……過去の実験結果から、注入属性量を制限する事で記憶障害は微量に抑えられる事が分かっていたからな。言語や行動に支障は出ない筈だ」
ソアレの様子から説明を聞いていないと薄々察していながらも、ロキは淡々と説明を続けていた。
「……だが、お前にとって良い話はここまでだ」
小さく溜息を吐いたロキは、足早にソアレの正面に移動すると、ソアレが凝視していた写真を奪い取った。
「あっ!」
「まず一つ目に、属性は身体に馴染むほど記憶に干渉してくる。発言、行動、性格まで変化し始めるだろうが……それに比例して属性からの得られる恩恵も増えるだろう」
「……」
写真を奪われたソアレは、写真を摘んでいるロキの顔を睨み付けるように見つめていた。
「二つ目は、時期が来れば教えよう」
そう口にしたロキは、ロシア側に潜伏する際にソアレを利用する方法や時期について考えていた。
「最後に、お前には闇の人間の属性も入れてある。光の人間として生きられないお前には、俺の元で〝二人の少女〟を救う為に刻苦して貰う」
「二人の……少女?」
写真を取られて少し剝れていたソアレは、ロキの言葉で気になった部分について疑問の声を発した。
「一人は、他者を重んじる天使の様な少女。もう一人は、飛び立つ翼をもがれた天使……いや……あれはもう」
悪魔か。
―*―*―*―*―
マリオット島
「アァァァァアっ!!」
暴発した雷属性は、周囲の床や壁を跳ねるように飛び散り、炎の属性はソアレの身体を蝕むように纏わり付き、水の属性は機械の油のように鉱物の板から垂れ流れていた。
「ガハ……イァァァァア!」
紫色の瞳から混在した炎を発しながら苦悶の表情を浮かべたソアレは、滝のように涙を流しながら二人の鼓膜が破れそうな程の絶叫を上げていた。
そして属性が不安定になった事で、属性によって繋がれていた双刃刀は、ソアレの背中から離れ、高速回転しながら周囲の壁を斬り裂き始めた。
「ソアレっ!」
「アア……シアァァ……ァァァァアア!!」
ユウの言葉に反応したソアレが右手を伸ばすと、黒い雷属性によって繋がった状態の双刃刀は、ユウ達の方向へと回転しながら迫って来た。
「どいてっ!」
ドンッ
「うっ!」
ユウを身体を左側に突き飛ばしたウトは、白色の刀身を研究室の床に突き立てた。
(ヨハネがやった技を、私風にアレンジすれば)
刀身に纏った炎が地面に流れ落ちると、液体のように広がった炎がウトを囲う壁のように燃え上がった。
「力を貸して……私の、炎よっ!!」
壁となっていた炎は、ウトの言葉に呼応するように形を変化させ始めると、蒼い炎によって巨大な両手が形成された。
『炎神の蒼手』
蒼炎で形成された巨大な両手によって、高速回転しながら迫る双刃を掴み止めた。
「ユウっ!行って!!」
「でも、ウトだけじゃ」
「ユウには、ユウにしか出来ない事があるでしょ!!」
炎を注ぎ続けていたウトは、躊躇しているユウに大声で叫ぶと、抑え切れていない双刃に対処する為に、再び自身の属性を刀に注入し始めた。
「ウト……待ってて。直ぐに、終わらせて来るから」
「うん。気を付けてね」
ウトが掴んでいる双刃の横を辛うじて回避したユウは、苦しみ叫んでいるソアレの元へと全速力で駆けて行った。
「さあ、貴方達の相手は私」
多量の属性を注入したウトの両腕は、転生以前と同様に炎の影響を受けて火傷の状態になっていた。
(転生前に比べたら、痛みも殆ど感じない)
ウトの炎の属性は、液体のような炎を自由自在に操作する事が出来る特殊な性質を有しているが、その影響で過度に使用すると所有者の身体に抵抗力が無くなり、属性火傷を負ってしまう。
闇の人間として生きていた頃のウトは、負の属性に付与されている属性力の強化によって火傷の痛みを現在よりも強く感じていた。
(これが、光に転生した……私の属性)
微かな笑みを浮かべたウトは、暴れている残りの双刃刀を抑え込むように、更に炎神の蒼手を追加で作り出した。
「邪魔はさせない」
四刃全てを抑え込んだウトは、自身の両腕が焼かれている事を他所に、離れていくユウの背中を優しげな瞳で見つめていた。
「私の、命に懸けて」
再び四刃に視線を向けたウトの瞳には、今までよりもはっきりとした覚悟が込められていた。
0
あなたにおすすめの小説
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
汚部屋女神に無茶振りされたアラサー清掃員、チートな浄化スキルで魔境ダンジョンを快適ソロライフ聖域に変えます!
虹湖🌈
ファンタジー
女神様、さては…汚部屋の住人ですね? もう足の踏み場がありませーん><
面倒な人間関係はゼロ! 掃除で稼いで推し活に生きる! そんな快適ソロライフを夢見るオタク清掃員が、ダメ女神に振り回されながらも、世界一汚いダンジョンを自分だけの楽園に作り変えていく、異世界お掃除ファンタジー。
「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】
小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。
これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。
失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。
無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。
そんなある日のこと。
ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。
『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。
そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……
勘違いで召喚して来たこの駄女神が強引すぎる 〜ふざけたチートスキルで女神をボコしながら冒険します〜
エレン
ファンタジー
私は水無月依蓮《みなづきえれん》、どこにでもいる普通の女子高生だ。
平穏な生活を送っていた私は、ある日アルテナと名乗る女神に召喚されてしまう。
厨二臭いその女神が言うには、有給休暇で異世界冒険したいから、従者としてついて来なさいとの事。
うん、なんだその理由は。
異世界なんて興味ない、とっとと私を元の場所に返せ。
女神を殴ったり踏みつけたりしてやっと返してもらえるかと思いきや。
え? 勝手に人間を異世界に呼ぶのは天界の掟で禁止? バレたら私も消される?
ふざけるなー!!!!
そんなこんなで始まる私とポンコツ女神アルテナのドタバタ異世界冒険。
女神が貴族をハゲさせたり、「器用貧乏・改」と言うふざけたスキルを習得したり、ゴブリンの棲家に突撃する羽目になったり、手に入れた家が即崩壊したり、色々起きるけど全てを乗り切って見せる。
全ては元の世界に帰るために!!
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい
空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。
孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。
竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。
火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜?
いやいや、ないでしょ……。
【お知らせ】2018/2/27 完結しました。
◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。
規格外の魔法少女は『遊び』と称して魔獣討伐行ってます! 〜王子の機転が国家を救う!?〜
婚后 清羅
ファンタジー
子供たちはただ遊んでいるだけなのに?王子の機転が国家を救う!?痛快ファンタジー!
平和な田舎町コレットに住む少女キスティーは、全属性の魔法を極めた規格外の魔力を持っていた。しかし彼女にとって魔法は「家事があっという間に終わってしまい、毎日の楽しみを奪うもの」でしかなく、その力を使うのはもっぱら幼馴染のアリシア(精密な無詠唱魔法の使い手)、ギルバート(規格外の強靭な肉体の持ち主)との「遊び」の中だけだった。
そんな彼女たちの前に、視察団として身分を隠した第三王子レイエスが現れる。王子は、三人が国家級の脅威である魔獣たちを、ただの「遊び」の延長で、一撃のもとに仕留める光景を目の当たりにし、驚愕する。この国の常識を遥かに超えた彼女たちの力は、本人たちにとってはあくまで「日常の遊び」に過ぎなかったのだ。
王子に同行している騎士団長は、自らの部隊が命懸けで挑む難敵を、遊び感覚で仕留める彼女たちの振る舞いに、常に顔を青ざめさせ、胃を痛め、絶叫に近いツッコミを入れ続ける。
レイエスは確信する。各地で活発化する魔獣の脅威を退け、王国の平和を守る鍵は彼女たちの力にあると。しかし、義務や名誉に興味がない自由奔放な彼女たちを、騎士団などの堅苦しい枠に閉じ込めることは不可能だ。そこでレイエスは、一石二鳥の妙案を思いつく。それは、彼女たちを「働かせる」のではなく、討伐対象がいる危険地帯へ「遊び」という名目で誘い出すことだった。
レイエスは親たちへの根回しを完璧に済ませ、再び三人の前に現れる。「褒美に海へ遊びに行こう」という誘いに、三人は、王子様が自分たちを騙して捕まえようとしてるのではないかと疑うが、結局未知なる冒険という名のピクニックへと旅立つことになる。
こうして、規格外の力を持つ三人と、彼女たちを「遊び」で導き、その力を正しく制御しようとする王子の奇妙な旅が始まる。彼女たちが無邪気に遊ぶたび、王国を脅かす難敵は露知らずのうちに駆逐されていく。自覚なき救世主たちのドタバタな日常が、世界の運命を静かに、そして豪快に変えていくのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【2025カドカワBOOKS10周年記念長編コンテスト中間選考通過作品】
・規格外の魔法少女は『遊び』と称して魔獣討伐行ってます!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる