上 下
143 / 192
第2章 紡がれる希望

第81.5話 生命と属性

しおりを挟む
 三年前

 イタリア北部に存在する小さな集落へ訪れていた二人は、近辺の公園で遊興していた一組の母子を気絶させた。

 そして気絶した母子の内、母親の腕に注射針挿入したチェルノボグは、全属性に対応する細長い容器に抽出される属性を真剣に見つめていた。

「ね~ね~、なんで色んな人達の属性を全部抜く必要があるの?」

 細長い容器に電気を帯びた金色の液体が注がれる様子を観察していたチェルノボグの背後で大鎌を回しながら暇そうにしていたルアは、暇潰しも兼ねて実験の内容について質問した。

「使用される以前の属性は、開花した者自身と言っても良い。だからこそ、属性は血液と同じように輸血する事が出来ない……他人そのものを流し込む様なモノだからな」

「ふ~ん」

「他人の属性を無理に取り込めば、人格変異、記憶の混濁こんだく、注入者と抽出者の性別が異なれば性別を誤認する事もある。簡潔に言えば、意図的に多重人格者を生み出せると言う事だ」

 チェルノボグの説明に対して首を傾げていたルアは、倒れている母子に視線を向けながら先程の説明を理解しようと頭を回していた。

「つまり~……私が私を男の子だと思っちゃうって事?」

「そう言う事だ」

「やった~♡大当たり~⭐︎」

 満面の笑みを浮かべながら大鎌をブンブンと振り回すルアを横目に、チェルノボグは母親から抽出された属性を確認していた。

「属性を抜き取られたモノは本来ある筈の匂いを失う……生物の生臭さを消す為に行われる属性抜きも、一般的に知られた知識だ」

 そう口にしたチェルノボグは、属性を抜き取っている大きめの注射器の様な器具をルアに見せた。

「この抽出具も、世間一般で使われているモノを人間用に改良したモノだ」

 (元は、汚れた血液を清潔な血液と入れ替える為に用いられたモノだがな)

 一般的に知られている血抜きとは異なり、属性抜きの場合は血液から直接属性を抜く事が出来る。

 体外に出た血液から属性を抜くと、残されるモノは血液だった赤い液体のみとなる。

 逆に体内から属性を抜き取られた際に、全て抜き取られた場合には命を落としてしまう事が殆どだが、微量に残されていた場合にはマイナスの水属性によって蘇生させる事が出来る。

「だから、あの街の匂いも消えちゃったの?」

「ああ」

 短い返事の後に、母親の子供である少年に抽出具の針を刺したチェルノボグは、母親と同様に属性の抽出を開始した。

「街の中に満遍まんべんなく血液が付着した事で、血中の属性を一括で抽出できたのは〝この娘〟のお陰だろう」

 そう告げたチェルノボグは、身に纏った黒服のポケットの中から、赤壁の街に残されていた〝一枚の写真〟を取り出した。

 (この写真に写っている少女が、あの天災の元凶である補償は無いが……)

 殆どが黒く残された血液によって隠れている中で、両親と思われる二人の間に立つ少女だけが、不気味な程鮮明に残されていた。



 (確認してみる価値はありそうだ)

 写真を覗き込もうとしていたルアを突き飛ばしたチェルノボグは、写真をポケットの中へ入れ、尻餅をついていたルアに視線を向けた。

「ん~~♡愛を感じるぅ⭐︎」

「ヴァイスの住民が全員死んだ事で、作業の邪魔をする人間がいなくなったとは言え、他国の救援部隊と鉢合わせする可能性もゼロでは無かったからな」

 身体をクネクネと動かしているルアを無視して作業の進行状況を確認したチェルノボグは、少年に刺していた針を引き抜いた。

「属性の抽出は完了した。残りカスに関しては、旧研究所に置いて来てくれ……そうすれば、研究所にいるアイツが勝手に処理するだろう」

「は~い⭐︎」

 元気良く返事をしたルアは、倒れている母親と少年を両腕に抱えた。

「でもぉ、なんでウクライナにある研究所を捨てるなんて勿体無い事したの?」

「あの研究所の存在が、アメリカ側……自殺願望のある不死の女にバレたんだ。あの場所で、これ以上研究を継続する事は出来ない……アイツは、研究所を発見した褒美にでもくれてやるさ」

 そう告げたチェルノボグの脳裏には、ウクライナの研究所で〝サンドバッグ〟と言う名の実験体の処理を任せていた少女の姿が浮かんでいた。

「それじゃあ行って来ま~す⭐︎」

 両腕に抱えた母子を上下させながらチェルノボクに声を掛けたルアは、ウクライナに向けて走って行った。

「本来ならば存在し得ない種類の属性を、体内で混合した人間……成功すれば、ヨハネ以上の筋力を、アーミヤ以上の属性量を、スラーヴァ以上の属性力を有する化物を意図的に作り出す事が出来る」

 既に姿の見えなくなったルアが走って行った方向を見つめながら呟いたチェルノボグは、拠点であるラザレット島に向けて歩き始めた。

 (写真の少女との交信には、小型の飛行機械に手紙を添えた方法を試してみるとして……属性の注入作業には、以前確保しておいた肉体を使用するか)

 ラザレット島の地下に保管された肉体の中でチェルノボグが脳内で選んだのは、属性を全て抜かれた吉岡染よしおかぞめの髪と飴色あめいろの瞳をした女性だった。

 (とっておきの属性は、全てユカリに注ぎ込む……二度と、無慈悲な人間どもに頼らずとも済む力を与える為に)

 チェルノボグは、今も水のマイナス属性入りの透明な器の内で安らかに眠る黒髪の少女の事を想い、ラザレット島へと歩み始めた。

―*―*―*―*―

 起きたぼくは、黒い髪の女の人に焼かれた。

 起きたワタシは、木に縛られながら子どもが焼かれる姿を見ていた。

 意識が朦朧もうろうとしていた二人は、現状を理解出来ずにいた。

 熱い……痛い……息が出来ない。

 ワタシは、何故泣いているのだろう?

 全身が黒炎に焼かれる少年は、身体を回転させながら必死に炎を消そうとしていた。

 木に縛られた女性は、転がる少年の様子を茫然と眺めていた。

 助けて……ぼくのお母さん。

 意識を失う瞬間、少年は微かに残された記憶の女性に助けを求め、命を落とした。

 あの子は……あの子はワタシの息子だっ!

 記憶の片隅に残された息子の事を思い出したワタシは、皮膚がボロボロになってしまう事もいとわず縄を千切ろうと必至に身体を動かした。

 そんな時、黒く染まった息子の前で立ち尽くしていた女がワタシの縄を焼き切った。

 拘束が解けたワタシは、息子を抱き寄せ、必死に叫んだ。

 何故か記憶から消失してしまっていた息子が、もう一度目を覚ます事を祈って。

 息子の変わり果てた姿に涙が止まらない……なのに、ワタシは息子の名前を思い出せないでいた。

 そんな時、ワタシは息子を焼いた女に背中を斬り裂かれた。

 黒炎を纏った刃に斬り裂かれた瞬間、断面から徐々に全身に炎が燃え広がった。

 そして女が最後に口にした言葉は、今もワタシの記憶の中に残されている。

「そんな生ゴミを抱き寄せて、何してるの?」



 意識が消えゆく中、ワタシは誓った。

 生まれ変わったら、必ずあの女を殺してやると。

 愛する息子の為に、大好きなお母さんの為に。

 ワくは、負けない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...