創造した物はこの世に無い物だった

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第2章 紡がれる希望

第73話 幼き雷帝

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 ロシア本部ツァリ・グラード 中庭

雷の皇帝グロム・ツァーリ

 アーミヤが再び属性を帯びた右手を地面に接地し、二人は電撃で造られた黄金の箱の中へと姿を消した。

 (枯渇していた属性は、〝補填〟されたようだな)

 ミールが鞘から引き抜いた純白の刀に金色の雷が迸っている事を視認したアーミヤは、地面に接地していた右手を離した。

 属性力が個々の信念の強さによって洗練されていくのに対し、属性量は成長する事がない。

 開花した属性を鍛錬によって解放していく事で、自身の内に存在する属性の扱える量が増える。

 未解放の状態で膨大な量の属性を有している場合、使用可能な属性が枯渇した瞬間から、体内に残されている属性が補填される。

 各国の主力、各国の最強、世界最強と称される人間達は、一人の例外も無く開花した属性量を全て掌握し、属性力を洗練させる事に意識を向けていた。

 (ミールの属性力を推測していた時から、属性量も膨大なのではないかと思っていたが……誤算は無かったようだな)

 ミールの状態から確信を得たアーミヤは、純白の刀を構え戦闘体勢に入っていたミールと視線を合わせた。

「さあ……こいっ!!」

「はいっ!」

 力強く返事をしたミールは、属性を帯びた刃を後ろに向ける様に構え、正面に立つアーミヤへと駆け出した。

 その瞬間、アーミヤの視界からミールは一瞬で姿を消した。

 (両脚に属性を纏わせ加速力を上げたか……雷属性に特化した主力達の戦法、そして世界最強と呼ばれた姉の姿を見て育っただけの事はある)

 属性を扱う方法として最も重要な事は、意識である。

 身体を動かす事と同じように、指先に属性を使用する場合には指先に意識を向け、傷を癒す場合には痛みのある場所に意識を向ける。

 そして安全に属性を扱う為の初歩的な練習方法として、刀のように意識を一点に向け易くする物を用いて体外で属性を操作する方法があり、ミールは何も手にしていない時に比べて属性の操作が簡易になっていた。

「だが、忘れるな……私もお前と同じように雷の属性を身に宿す人間である事を」

 そう告げたアーミヤは、両手に電撃を纏わせた状態で背後に身体を向けた。

 アーミヤが視線を向けた方向には、刀を振り被り、今にも斬りかかろうとしているミールの姿があった。

 (振り下ろす事を躊躇ためらっているな……やはりお前は、優し過ぎる)

 ミールの動きが鈍くなっている様子から、此方を気遣っている心理を読んだアーミヤは、ミールが振り下ろした刃を属性を帯びた右手で受け止めた。

「あっ!」

 アーミヤが素手で受け止めたと錯覚したミールは、柄に込めていた力を抜き、後方へと飛び退こうと身体を後ろへ傾けた。

なさけなど掛けるな!!」

 怒号を発したアーミヤは、属性を帯びた右手で刀身を握り締め、離れようとするミールの身体ごと自身に引き寄せた。

「さっき言った筈だ……お前の力では、私に勝つ事など出来んと」

 目と鼻の先まで近付いたアーミヤと瞳を合わせた瞬間、先見プリヴィデニアによってアーミヤの左拳を腹部に受けた事で後方に吹き飛ばされる未来を見た。

「っ!」

先見プリヴィデニアか?」

 咄嗟に左手で腹部を守ったミールだったが、行動が早過ぎた事で左拳に力を入れていたアーミヤに悟られてしまった。

「フッ!」

 刀身を右手で握り締めていたアーミヤは、前傾に倒れていたミールの体勢を崩す為に、斜め後ろへと刀身を更に引き寄せた。

「うわっ!」

 引き寄せられた事で身体が前方に傾いていたミールは、再び強く引き寄せられた事で、前のめりに倒れ込んだ。

「ウッ!?」

 倒れ込んだミールの胸部にアーミヤが蹴り上げた右脚が直撃し、ミールは後方へと吹き飛んだ。

「ゴホッ!……い、息が」

 縦方向に数回転がり、うつ伏せの状態で停止したミールは、咳き込みながら胸部を左手で抑えていた。

「ミール、これが模擬戦ではない事を忘れたのか?」

 十メートル程離れた場所に立っているアーミヤは、痛みに身体を震わせているミールを見つめながら言葉を続けた。

「敵に情けを掛ける意味が分かったか?相手が私でなければ、お前はこの世にいなかった」

 (力を極力抑えている私自身、ミールの事を言える立場に無いが)

 何度も咳き込んでいたミールは、徐々に動かせる様になっていた身体を動かし、ゆっくりと上体を起こした。

「属性が開花した事で、周りの人間を超えられたと自惚れるな。上には上が存在する……今のお前が全力で向かって来た所で、私を殺す事など不可能だ」

 (私の心配などしなくていい……それよりも私は)

 身体を揺らしながら立ち上がったミールは、向かい合ったアーミヤに視線を合わせた。

「もう一度言う、お前の刃で私は殺せない」

 (私は……お前の事が心配なんだ)

 アーミヤと瞳を合わせたミールは、小さく目を見開いていた。

 厳しい言葉を発しているアーミヤの身体が微かに震え、瞳が潤んでいるように見えたからだ。

「私は死なない……だから、お前の開花した力で私を安……いや、イタリア戦に向かったお前が必ず生きて帰って来ると、私に思わせてくれ」

 アーミヤの言葉を聞いたミールは、ツァリ・グラードで過ごした日々の中で感じた、厳しさの中にソーンと同じ優しさがあった事を思い出していた。

 (ああ……そうだ)

 まだ幼かったミールと共にツァリ・グラードへ所属したソーンは、毎日ミールの面倒を見る事が出来ない程に多忙だった。

 そんな時、ソーンに代わってミールの面倒を見ていたのは、当時のソーンと最も親しかった支援部隊将官のアーミヤだった。

 (アーミヤさんは、ただ厳しいんじゃない。仲間に死んで欲しくないから……本気で指導して、本気で怒ってくれる。人の事を自分以上に思ってくれる……優しい人だって事を)

 毎日のように行動を共にしていたミールの記憶に色濃く残っていたのは、仲間が無事に帰還し心から安堵した時に見せる笑顔だった。



「わ、分かりました」

 呼吸を整えたミールは、アーミヤに純白の刀身を見せるように両手で構えると、全身に意識を集中させた。

 (開花した僕の属性で、アーミヤさんを超える速度を……姉さんの様な速度を……一度だけでも)

 意識を全身に巡らせたミールは、自身が限界だと感じる属性量を四肢に収束させ始めた。

「可能な限りの属性を、当たる可能性に賭けて放つ気か?……無駄だ」

 そう告げたアーミヤは、自身の周囲に雷円刀を複数発生させた。

 (箱への形状変化はしない……私が作った僅かな隙……お前は、掻い潜る事が出来るのか?)

 全身を駆け巡っていた光が徐々にミールの四肢に収束すると、ミールの瞳から一閃の電撃が迸った。

 バチッ

 その瞬間、アーミヤの視界からミールは忽然と姿を消した。

「っ!背後うしろか!!」

 雷属性を用いた加速によって背後に移動したと〝推察〟したアーミヤは、後方に浮かせていた雷円刀を自身の背中を守るように移動させた。

「いっけぇぇぇぇえ!!」

 雷円刀を移動させた直後、背後からミールの声が聞こえた。

 声のする方向へと身体を向ける為、アーミヤは全身に属性を付与して加速した。

 次の瞬間、アーミヤは腹部を何かが掠めたような違和感を感じた。

「っ!」

 身体を向けたアーミヤが見たのは、雷円刀の隙間に純白の刀身を突き刺したまま立っているミールの姿だった。

 隙間を通った刀身は、アーミヤの脇腹付近の皮膚を浅く斬るように通過していた。

「はぁ……はぁ……」

 血液が少々出る程度の傷を負わせたミールは、属性を多量に消費した影響で疲弊し、その場に膝をついた。

「この速さは……」

 雷の皇帝グロム・ツァーリを解除しながら軍服の斬り裂かれた部分に触れたアーミヤは、先程起こった事を思い出していた。

 (私の意識下から逃れる程の加速を……まさか、ミールの属性は……スラーヴァさんの先見、そしてソーンの加速の両方を扱える性質を有していると言うのか?)

 スラーヴァの雷属性は、意識に対して属性力が作用する性質を持っていた。

 対するソーンの雷属性は、スラーヴァの有していた膨大な属性力が身体に直接作用する事で、意識の加速である先見とは違った肉体の加速を可能にする性質。

 ミールの開花した属性は、先見によって把握出来る範囲がスラーヴァに比べて少ない分、ソーンの有していた肉体の加速を可能にしていた。

 (そんな事が、有り得るのか?属性は遺伝とは無関係な筈だ……歴史上には存在した可能性も捨てきれないが、そんな……奇跡のような事が)

 考えを巡らせていたアーミヤだったが、腹部に感じる微かな痛みで我に戻り、座り込んだミールに視線を向けた。

「まさか有言実行されてしまうとは、私の腕も落ちたものだ」

「はぁ……これで、アーミヤさんも安心出来ますか?」

「っ!?」

 両腕を組んでいたアーミヤは、予想外の言葉に顔を真っ赤にすると、誤魔化すように明後日の方向へ顔を逸らした。

「しゅ、主旨を忘れたのか?お前の目的は、イタリア戦に参加する意志を私に示す事だっただろう。私がお前を心配など……か、勘違いもはなはだしい」

 耳まで赤くなっていたアーミヤは、数秒沈黙する事で冷静さを取り戻すと、逸らしていた視線をミールへと戻した。

「お前の決意は、私が身を持って理解した……そして、お前に残された優しさもな」

「え?」

「負わせる傷を最小限にする為に、私の行動を見ただろう?でなければ、私の雷円刀が背中に移動する前に行動出来た筈だからな」

「うっ……すみません」

 謝罪の言葉を口にしたミールに歩み寄ったアーミヤは、ミールの頭に優しく手を当てた。

「臆する事なく立ち向かい結果を残した……ミール、お前の勇気ある行動は、私だけじゃない……眠りについた二人も称賛してくれる」

「……アーミヤさん」

 体調が安定したミールがアーミヤに視線を向けると、過去に見せた優しげな微笑みを浮かべていた。

「ゆっくりしている時間は無いか……ミール、一度医務室へ立ち寄った後に、修練場へ向かうぞ」

 ミールの頭に乗せていた手を下ろしたアーミヤは、普段通りの落ち着いた表情に戻ると 中庭に入る為の扉へと歩みを進めた。

「え?修練場、ですか?」

 ミールの質問に歩みを止めたアーミヤは、ゆっくりと立ち上がったミールに視線を合わせた。

「残された時間内に、開花した属性を限界まで引き出す。お前を勝利へと導く為に、私に可能な限りの全てを……お前に伝授する」

 その時、ツァリ・グラードの中庭に流れた風は、アーミヤ達が対峙する以前よりも緩やかに、二人が眠る木の葉を優しげに揺らしていた。

―*―*―*―*―

 同時刻

 ロシア本部ツァリ・グラード 修練場

 パキィィィィン

 ユウキが創造した結晶の小部屋は甲高い音を立てて砕け散り、中から白い隊服を身に付けた二人が姿を現した。
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