創造した物はこの世に無い物だった

ゴシック

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第2章 紡がれる希望

第49話 死神

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 チェルノボグとの対面から半年前

 パベーダがツァリ・グラードの主力と称される様になった頃に、記憶を失ったロキがツァリ・グラードに入隊した。

 アーミヤの監視下に置かれていた当時のロキは、志願して参加した実戦訓練に於いて、他の隊員と一線を画す程の戦闘に対する順応力を見せつけた。

 その後、後方狙撃隊に所属したロキは、人命救助に大きく貢献した事で半年という短い期間で、ツァリ・グラードの主力へと任命された。

 ロシア本部ツァリ・グラード 通路

「パベーダ」

 背後から聞こえた男性の声に反応したパベーダは、少し気怠そうに背後へと身体を向けた。

 そこには、ツァリ・グラードの主力及び後方狙撃隊の将官に任命され日が浅いロキが、ポケットに両手を入れた状態で立っていた。

「ロキか……どうした?」

 鋭く向けられた眼差しに対して、パベーダは同様に睨み付ける様に視線を合わせた。

 (どうもロキとは、馬が合わないんだよな)

 ツァリ・グラードに所属する以前に個人で行動していた影響か、他の隊員達を無視した自己中心的な行動が目立つロキの性格を嫌っていた。

「今日の防衛戦でお前、隊員を庇って負傷したらしいな?」

「ああ、仕方ないさ。前衛部隊は怪我なんて日常茶飯事だ……それに、南部の防衛戦は西部や東部と違って規模が大きいからな」

 ロシアは国土自体が広い為、南部から侵攻してくる闇の人間達は、東部や西部と違い複数の国々に存在する勢力を合併させた大軍勢で一斉に攻めて来る事が多い。

 その為、南部の防衛戦には、当時から世界最強と称されていたソーンを含めた最大戦力で闇の人間達の侵攻を阻止した。

 ソーンは南部に接する三分の二を相手取り、残った三分の一をパベーダ率いる前衛部隊及び、ロキを含む後方狙撃隊が担当していた。

 防衛戦中に、属性残量の管理ミスをした隊員を庇ったパベーダが前線を一時離脱する程の負傷をしていたと、後方狙撃隊の隊員から報告を受けていた。

「それで?何か用があって声をかけたんだろう?」

「ああ、お前にコレを渡しておこうと思ってな」

 そう告げたロキは、ポケットに入れていた右手をパベーダに差し出した。

「……なんだコレ?」

 差し出された右手には、掌に収まる程の小さな単結晶が置かれていた。

 半透明な単結晶の内部には、微かに浅緑の光が灯っていた。

「俺が導き手に頼んでいた物だ。取り敢えず持っておけ……お前に死んで貰っちゃ困る」

「な、なんだ急に」

 ロキの口から発せられたとは思えない言葉を聞いたパベーダは、差し出された単結晶を受け取る事を躊躇していた。

「取り敢えず受け取れ。効果は……その時になれば分かる」

 パベーダの明白な態度を見て苛立ちを抱いたロキは、左手を掴んで半ば強引に単結晶を受け渡した。

 (その時に分かるってなんだよ)

 強引に渡された事に対して苦い顔を浮かべたパベーダは、再確認する様に左手に置かれた単結晶に視線を向けた。

「お前の隊員を思う気持ちは本物だ。俺には無い強い意志がお前には有る……精神的にも肉体的にも酷使する前衛部隊には、お前のような強い心を持つ人間が必要だからな」

 再び予想外の発言を耳にしたパベーダは、一瞬思考が停止したように身体を硬直させた。

 (……アンタがアタシにそんな事言うなんてね)

「お前は、ただでさえ俺より弱いんだ」

「……は?」

 ロキの言葉を聞いたパベーダは、左手に向けていた視線をロキに戻した。

「くっ!一言余計なんだよお前は!」

 怒りの籠った叫びを無視するように身を翻したロキが振り向き様に見せた表情は、悪戯が成功した時の子どもの様に無邪気な笑みだった。

―*―*―*―*―

 ロシア南部

「そんな弾に当たるかっ!」

 〝白いガバメント〟を右手に携えたチェルノボグは、動き回るパベーダに向けて視認可能な弾丸を撃ち続けていた。

「だろうな」

 聞き取れない程の小さな声で呟き、不敵な笑みを浮かべたチェルノボグは、左手を黒い服のポケットに入れたままの状態で、パベーダに向けて発砲を続けていた。

 (……何か変だ)

 パベーダが感じた違和感は、その場から全く動く素振りを見せないチェルノボグに対するモノでは無く、自身に向けて繰り返し放たれる弾丸に関するモノだった。

 過去に模擬戦をした際に、ロキが撃っていた弾丸に比べてチェルノボグの放つ弾丸は、弾速が遥かに遅く感じられた。

 (こいつ、ロキよりも弱いのか?……それとも手加減してやがるのか?)

 連続で放たれる弾丸に対して、視認しながら左右に身体を揺らして回避する行動を繰り返しているパベーダを観察していたチェルノボグは、突然右手に携えていた白いガバメントを上に放り投げた。

「なっ!」

 銃撃が収まった瞬間に、予想外の行動を起こしたチェルノボグに動揺したパベーダは、空高く投げられた白いガバメントに視線を向けた。

「俺に左手を使わせるな?」

 その言葉を聞いたパベーダが視線を戻すと、チェルノボグの右手には、赤黒い閃光を放つ弾丸の様な物が握られていた。

「お前は俺の実験台だ」

 そう告げたチェルノボグは、右拳に装填される様に置かれた弾丸を親指で弾いた。

 その瞬間、パベーダは放たれた弾丸を視認する事が出来なかった。

 先程までチェルノボグが放っていた弾速に慣れてしまった影響で、速度を何倍にも上げた弾丸に対する判断が遅れてしまっていた。

「っ!」

 遅れて行動を開始してしまったパベーダの足元には、先程チェルノボグの右手から放たれた弾丸が地面に埋まる様に着弾していた。

 (なんだ……的外れじゃ——)

 パベーダの思考は、そこで停止した。

 地面に埋まった弾丸に込められた雷のマイナス属性が解放され、パベーダの身体を貫通する様に背後の木まで一本の電撃線が繋がった。

「ぐっ!」

 電気線が伸びた先には、先程までチェルノボグが発射していた弾丸が残されていた。

「イタリアの最強には学ばせて貰ったよ……こういう使い方もある事を」

 チェルノボグは、ロキの記憶から得たイタリア最強と称されるリエルの戦闘方法を試す為に、敢えて避けやすい弾速の銃弾を放ち続け、接続点である弾丸の設置、及びパベーダに対する属性力の誤認を誘う事で油断を促していた。

「くっぁぁぁぁああ!」

 紅の雷に身体を貫かれたパベーダは激痛に顔を歪めながらも、自身の有する治癒能力を最大限に発揮する事で、身体全身を広がりつつある電撃に耐えていた。

「第一波を耐えたか……確かに、その程度の電撃を耐えて貰わないと実験の意味は無いがな」

 チェルノボグが笑みを浮かべた瞬間、貫いていた紅の電気線に赤黒い雷光が迸った。

「だが、その状態で第二波は耐えられんな」

 赤黒く染まった雷が直撃したパベーダの肌は、想像を絶する程の電撃の受けた事によって全身か黒く焼け焦がしていた。

 パベーダだった存在は、肉の焦げた匂いを放ちながら黒い血液が滴り落とし、一瞬で炭へと変化した身体は、強力な電撃によって痙攣したまま立ち尽くしていた。

「やはり世界最強と称されもしない雑魚では、この程度か」

 空から降りて来た白いガバメントを右手で取り、黒焦げになったパベーダに歩み寄ったチェルノボグは、属性を解除すると同時に倒れ込んだパベーダの頭を踏みつけた。

「前衛部隊将官か……将官に上り詰めた人間がこの不甲斐無さとは、帝国の底が知れるな」

 パベーダの後頭部を踏みつけた靴に付いた炭を地面に擦り付けたチェルノボグは、白いガバメントに視線を向けた。

「仕方ない……殺し残したツァリ・グラードの隊員共を始末するか」

 黒焦げになったパベーダを他所に、身を翻したチェルノボグの脳裏には微かに霧がかかっている様な違和感が残されていた。

 (なんだ……この感覚は?何かを忘れているのか?)

 違和感の正体を探る為に、自身の記憶を整理し始めた瞬間、チェルノボグの背中に何者かの両拳が押し当てられた。

「っ!なんだと!」

 驚きの声を上げたチェルノボグの背後に立っていたのは、赤黒い電撃によって黒焦げになった筈のパベーダだった。

 黒焦げになったパベーダは、過去にロキから渡された回復結晶によって死の瀬戸際から蘇り、自身の有する水のマイナス属性により身体の傷を感知させていた。

 効果は一度きりだが、元から治癒能力を有していたパベーダと回復結晶の組み合わせは、世界最強の一人であるファイスを彷彿とさせる程の回復力を発揮した。

 (ロキ……アンタから渡された結晶と、アンタがあの時口にした言葉の意味がようやく分かった。ロキ……命の重さを誰よりも理解し、生かすために全力で行動出来るアンタは、間違いなく光の人間だ!)

「アンタとは違うんだよっ!死神ぃっ!!」

雷の鉄拳ザバストーフシク・イレクトロシム

 チェルノボグの身体に付着した水球は、金色の雷光を放つと同時に前方に向けて四散し、蜘蛛の巣を思わせる稲妻がチェルノボグと周囲の樹木を呑み込む様に広がっていった。
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