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第2章 紡がれる希望
第36話 刻絕の姫君
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ロシア本部ツァリ・グラード 中庭
突然走り出したアーミヤを追って中庭に向かったミールは、一本の木を見つめるアーミヤの元へと近付いた。
「……」
無言のまま立ち尽くしたアーミヤの視線の先は、何も存在しない木陰だけが存在していた。
(あれ?姉さんがいない?)
緊急時に備えて、木陰で属性を蓄えていた姉の姿が見えなかった。
普段であればミールが起こしに来るまでは、基本的にその場で眠り続けていた。
ソーンは治癒が終われば目を覚ますが、天候の変化や通信機からの応援要請及び他の隊員達からの声掛けが無ければ木の側から離れる事は殆ど無かった。
「アーミヤさん」
背後から声が聞こえた事でようやく我に返ったアーミヤは、俯いたままミールに自身の胸の内を語り始めた。
「導き手の右腕であるカイが、闇の人間であったと報告があった日……各国の主力達は再度属性の検査を行なった」
「?……そうですね」
属性が開花していないミールが検査を受ける事は無かったが、主力であるアーミヤ達はその日検査を受け光の人間である事を再確認していた。
「属性は全員正の属性だったが、カイの事例を考えると検査内容を疑問視せざるを得なくなった私は、国内にいる主力の一人に対して疑いの目を向けた……それが後方狙撃隊の将官であるロキだった」
「ロキさんを……何故ですか?」
「ロキが所属した時、私は奴の一人芝居だと考えていたからだ」
西部の村壊滅で偶然居合わせたロキに疑いの目を向けていたアーミヤだったが、闇の人間が入る事が出来ない障壁を通過出来た事や体内から検出した属性が完全に正の属性だった事を確認したアーミヤは、ロキが正真正銘光の人間である事と認識していた。
「そんな確信に影が差した私は、ロキが国内で最も信頼しているソーンに相談したんだ」
アーミヤの相談内容は、検査結果の再確認やロキの心理状態を確認する事が主な内容だった。
相談を二つ返事で承諾したソーンは、何気ない会話の中でロキの精神状態を確認し検査結果及び実践での行動内容を確認したが、疑わしいと思われる事象は何一つ出てこなかった。
「結果は私の杞憂過ぎなかったと結論付けた。それでも私は、ロキに対する疑いを拭い去る事が出来なかった」
アーミヤはロキがツァリ・グラードに所属して以降、総司令として周囲を指揮する中でロキの行動には特に注意深く目を向けていた。
「ロキが西部の担当を志願した時、微かに感じた違和感が確信に変わったのは、現場で捜索を続けている後方狙撃隊との通信内容だった」
司令室でのやり取りを思い出したアーミヤは、両拳を強く握りしめた。
「ロキが現場から姿を絡ませたんだ」
「そんな……た、単に姿が確認されてないだけじゃないんですか?ロキさん単独で行動する事あるから」
その言葉を聞くと、アーミヤは身を翻し背後に立っていたミールに視線を合わせ首を横に振った。
「ロキであっても単独で行動する時は、常に同行している隊員達に一声掛けている。普段であれば単なるミスを疑うが、南部で闇の人間達が侵攻を始めた時期に姿を消した事は私にとっては不穏なんだ」
災禍領域の発生、南部で起こった闇の人間達による侵攻、そしてロキの失踪、全ての時期が不自然な程に一致している状況を偶然で片付ける事はアーミヤには出来なかった。
「時期が重なった事は確かですが、それだけでロキさんを闇の人間だったと決めつけるのは……」
俯いたまま困惑しているミールを見たアーミヤは、ゆっくりと近付きミールの肩に手を置いた。
「確かにお前の言う通り私の杞憂に過ぎないかもしれないが、我が国で異常な事が起きている事も事実だ。この場にソーンがいない事も私にとって想定外だった……ミール、お前もそうだろう?」
「……はい」
視線を木に向けたミールは、普段ならそこで安らかに眠っている姉の姿を思い浮かべると小さく頷いた。
「すぅ……はぁ……憶測に時間を浪費している場合ではないな」
大きく深呼吸したアーミヤは、ミールの横を足早に通り過ぎた。
「ミール、司令室に戻るぞ」
「え?」
「各方面で待機及び捜索を継続している隊員達に再度指示を出す必要がある……いくぞ」
足を止める事なく大声で伝えたアーミヤは、中庭に入る為の扉を開けた。
「は、はい!」
アーミヤを見つめたまま呆然と立ち尽くしていたミールは、一瞬だけ木に視線を向けた後司令室へと向かうアーミヤの追いかけた。
「私が此処を離れるわけには行かない……ソーンに託された最終防衛機関である私は」
小声で呟いたアーミヤは、目の前に存在した中庭に入る為の扉を開け司令室へと駆け出した。
―*―*―*―*―
ロシア 東部
「おいおい…………嘘だろ?」
アーミヤの指示で、危険区域として指定されていない東部でリエルの捜索援助を行なっていた日本の主力達は、視線の先に広がる景色を見つめ唖然としていた。
「カイ。俺達がいるのは危険区域じゃない東部で間違いなんだろうな」
「転移して来たのに、どうやって間違うんだ……この区域も安全じゃなかったって事だろ」
三人の見つめる先には、歪な山々を超える高度に立っている黄金色の髪をした女性の姿があった。
「お、お兄ちゃん……あの人達、姉妹多過ぎじゃない?」
カイの背に隠れていたシュウは、顔を青ざめながら空中に浮かぶ女性を指差した。
紅掛空色の瞳で三人を見つめる女性は、確認出来るだけでも十数人程存在していた。
「面白ぇ……丁度身体を動かしたいと思ってた所だ」
エムはそう言うと、両手に装着した小手に紅蓮の炎を纏わせた。
「待てエム」
「うぉっ!何すんだよカイ!」
身構えたエムの肩を掴み強引に静止させたカイは、空中に浮かんだまま立ち尽くしている女性に視線を向けた。
「奴らは俺達を認識している様だが、何故か俺達に向けて攻撃して来ない」
カイの言う通り、女性達はその場で浮遊したまま微動だにしなかった。
誰かを、待っているかのように。
「奴らが障壁内であるこの場所まで入って来た方法で考えられるのは、障壁に穴を開ける以外に考えられない」
「それがなんだって言うんだよ」
「ユカリの創り出した障壁は壊れる事がない、常に元の形状を維持し続ける障壁を創造しているからな」
日本の障壁と同様に、各国に創造された障壁は例え穴を開ける事が出来たとしても自己修復によって、数分で元の形状へと戻って行く特性を持っていた。
「他国に創造された障壁は、日本の障壁と違ってユカリの属性を上限まで使用して創られているんだ……そんな障壁を貫くって事は、奴らの属性はユカリ以上の可能性がある」
日本が海に囲まれている事やユカリ自身が、日本に在籍している事もあり障壁の上限値が極端に低く創造されていた。
耐久度の上限が異なる理由は、他国と異なり危険区域と陸地の繋がりがない事が主な理由である。
危険区域と陸地で繋がっているロシアやアメリカは、陸地から離れていた日本に比べて遥かに闇の人間達による侵攻が多かった為に日本以上に強固な障壁が求められた。
「転生前とは違う……今の俺達は償う為に戦っているんだ。だからエム……無謀な挑戦はするな」
「……チッ!」
カイの言葉を聞いて冷静さを取り戻したエムは、小手に纏わせた炎を消した。
「それで?どうすんだよ」
「転移端末でツァリ・グラードに戻るんだ……奴らの存在をアーミヤ達に伝える必要がある」
カイの言葉に頷いた三人は、転移端末を取り出そうとした。
その瞬間、女性と三人の間に赤黒い球体が現れた。
「なんだ……あれは?」
空中に現れた球体は、突如紅く発光すると周囲を呑み込むように膨張した。
「くっ!」
その速度は凄まじく、点にしか見えない程距離が離れていた筈の三人の視界を数秒で埋め尽くす程だった。
「大丈夫です」
背後から聞き覚えのある女性の声が聞こえた瞬間、三人は女性から放たれた属性の影響を受けて意識を失った。
―*―*―*―*―
ロシア 東部
「間に合って良かったです」
赤黒い球体によって創り出された巨大な障壁に触れる女性は、障壁外に主力達三人を避難させる事に成功した事を知り安堵していた。
「〝ロキ〟の連絡通りでしたね」
ツァリ・グラードにて属性の蓄積を完了したソーンは、通信機によるロキからの〝東部〟に敵が襲来したとの連絡を受けて東部に急行していた。
ロキの担当区域を把握していたソーンであったが、普段のロキからは想像できない程に切迫した様子を感じ取ったソーンは、事態の緊急性を重視し現場へ向かう事を決意したのだった。
(咄嗟の判断ではありましたが、日本の皆さんを避難させられたのは本当に良かったです)
ソーンは、浮遊する女性達に視線を向けたまま隊服内に忍ばせた小型転移端末の使用を試みたが、転移端末は発生した障壁によって異常をきたし、全く機能しなくなっていた。
(通信機と転移端末は機能しなくなっていますね。壁を破壊出来るか分からない今は属性を全開で使う事は出来ませんし……彼女達をどうにかするまではこの中から脱出する事は難しそうですね)
現状を把握したソーンの周辺に、突如黄金の雷が走った瞬間、浮遊していた女性達が一斉にバランスを崩し下降し始めた。
「どうですか?」
ソーンが女性達に質問した時には既に真っ白な刀を鞘から引き抜いており、浮遊している女性達の胸部には刀で貫かれた様な穴が開いていた。
貫通された穴から血液は一切流れる事は無かったが、胸部を貫かれた女性達はソーンの雷属性を体内で受けた影響で身体を小刻みに震わせながら地面に着地すると、糸を切られた人形のように倒れ込み動かなくなった。
(お人形さんかと思いましたが……私達と同じ身体の構造をしているんですね)
倒れ込んだ女性達に近付いたソーンは、身動き一つしない女性を確認していた。
ソーンが女性達の様子を確認していると、上空に人一人が通れる程度の黒い渦が複数箇所に出現した。
「あれは……」
倒れている女性達を確認していたソーンが、ふと上空に発生した黒い渦を見つめると、暗闇の中から倒れている女性と瓜二つな容姿をした女性が次々と出現し始めた。
「…………隔絶された空間で、終わりの見えない相手との長期戦ですか」
(ずっと覚悟はしていました……世界最強になった日から)
瞳を閉じたソーンは、ツァリ・グラードで過ごした楽しかった記憶を蘇らせた。
長く短かった幸せな日々の記憶の中で、何よりも輝いて見えたのは楽しげに微笑むミールの姿だった。
そんな弟の姿を思い浮かべたソーンは、閉じていた瞳を開くと純白の刀身を女性達に向けて翳した。
「私の……私達の楽園を乱す人は、誰であろうと赦さない」
(忘れない。私の歩んだ全ての運命を……私の命よりも大切だと思えた、かけがえの無い居場所の事を)
無表情のまま浮遊し続けている女性に向けられた剣先には、世界の最強としてだけではなく一人の姉としての強く固い決意が込められていた。
突然走り出したアーミヤを追って中庭に向かったミールは、一本の木を見つめるアーミヤの元へと近付いた。
「……」
無言のまま立ち尽くしたアーミヤの視線の先は、何も存在しない木陰だけが存在していた。
(あれ?姉さんがいない?)
緊急時に備えて、木陰で属性を蓄えていた姉の姿が見えなかった。
普段であればミールが起こしに来るまでは、基本的にその場で眠り続けていた。
ソーンは治癒が終われば目を覚ますが、天候の変化や通信機からの応援要請及び他の隊員達からの声掛けが無ければ木の側から離れる事は殆ど無かった。
「アーミヤさん」
背後から声が聞こえた事でようやく我に返ったアーミヤは、俯いたままミールに自身の胸の内を語り始めた。
「導き手の右腕であるカイが、闇の人間であったと報告があった日……各国の主力達は再度属性の検査を行なった」
「?……そうですね」
属性が開花していないミールが検査を受ける事は無かったが、主力であるアーミヤ達はその日検査を受け光の人間である事を再確認していた。
「属性は全員正の属性だったが、カイの事例を考えると検査内容を疑問視せざるを得なくなった私は、国内にいる主力の一人に対して疑いの目を向けた……それが後方狙撃隊の将官であるロキだった」
「ロキさんを……何故ですか?」
「ロキが所属した時、私は奴の一人芝居だと考えていたからだ」
西部の村壊滅で偶然居合わせたロキに疑いの目を向けていたアーミヤだったが、闇の人間が入る事が出来ない障壁を通過出来た事や体内から検出した属性が完全に正の属性だった事を確認したアーミヤは、ロキが正真正銘光の人間である事と認識していた。
「そんな確信に影が差した私は、ロキが国内で最も信頼しているソーンに相談したんだ」
アーミヤの相談内容は、検査結果の再確認やロキの心理状態を確認する事が主な内容だった。
相談を二つ返事で承諾したソーンは、何気ない会話の中でロキの精神状態を確認し検査結果及び実践での行動内容を確認したが、疑わしいと思われる事象は何一つ出てこなかった。
「結果は私の杞憂過ぎなかったと結論付けた。それでも私は、ロキに対する疑いを拭い去る事が出来なかった」
アーミヤはロキがツァリ・グラードに所属して以降、総司令として周囲を指揮する中でロキの行動には特に注意深く目を向けていた。
「ロキが西部の担当を志願した時、微かに感じた違和感が確信に変わったのは、現場で捜索を続けている後方狙撃隊との通信内容だった」
司令室でのやり取りを思い出したアーミヤは、両拳を強く握りしめた。
「ロキが現場から姿を絡ませたんだ」
「そんな……た、単に姿が確認されてないだけじゃないんですか?ロキさん単独で行動する事あるから」
その言葉を聞くと、アーミヤは身を翻し背後に立っていたミールに視線を合わせ首を横に振った。
「ロキであっても単独で行動する時は、常に同行している隊員達に一声掛けている。普段であれば単なるミスを疑うが、南部で闇の人間達が侵攻を始めた時期に姿を消した事は私にとっては不穏なんだ」
災禍領域の発生、南部で起こった闇の人間達による侵攻、そしてロキの失踪、全ての時期が不自然な程に一致している状況を偶然で片付ける事はアーミヤには出来なかった。
「時期が重なった事は確かですが、それだけでロキさんを闇の人間だったと決めつけるのは……」
俯いたまま困惑しているミールを見たアーミヤは、ゆっくりと近付きミールの肩に手を置いた。
「確かにお前の言う通り私の杞憂に過ぎないかもしれないが、我が国で異常な事が起きている事も事実だ。この場にソーンがいない事も私にとって想定外だった……ミール、お前もそうだろう?」
「……はい」
視線を木に向けたミールは、普段ならそこで安らかに眠っている姉の姿を思い浮かべると小さく頷いた。
「すぅ……はぁ……憶測に時間を浪費している場合ではないな」
大きく深呼吸したアーミヤは、ミールの横を足早に通り過ぎた。
「ミール、司令室に戻るぞ」
「え?」
「各方面で待機及び捜索を継続している隊員達に再度指示を出す必要がある……いくぞ」
足を止める事なく大声で伝えたアーミヤは、中庭に入る為の扉を開けた。
「は、はい!」
アーミヤを見つめたまま呆然と立ち尽くしていたミールは、一瞬だけ木に視線を向けた後司令室へと向かうアーミヤの追いかけた。
「私が此処を離れるわけには行かない……ソーンに託された最終防衛機関である私は」
小声で呟いたアーミヤは、目の前に存在した中庭に入る為の扉を開け司令室へと駆け出した。
―*―*―*―*―
ロシア 東部
「おいおい…………嘘だろ?」
アーミヤの指示で、危険区域として指定されていない東部でリエルの捜索援助を行なっていた日本の主力達は、視線の先に広がる景色を見つめ唖然としていた。
「カイ。俺達がいるのは危険区域じゃない東部で間違いなんだろうな」
「転移して来たのに、どうやって間違うんだ……この区域も安全じゃなかったって事だろ」
三人の見つめる先には、歪な山々を超える高度に立っている黄金色の髪をした女性の姿があった。
「お、お兄ちゃん……あの人達、姉妹多過ぎじゃない?」
カイの背に隠れていたシュウは、顔を青ざめながら空中に浮かぶ女性を指差した。
紅掛空色の瞳で三人を見つめる女性は、確認出来るだけでも十数人程存在していた。
「面白ぇ……丁度身体を動かしたいと思ってた所だ」
エムはそう言うと、両手に装着した小手に紅蓮の炎を纏わせた。
「待てエム」
「うぉっ!何すんだよカイ!」
身構えたエムの肩を掴み強引に静止させたカイは、空中に浮かんだまま立ち尽くしている女性に視線を向けた。
「奴らは俺達を認識している様だが、何故か俺達に向けて攻撃して来ない」
カイの言う通り、女性達はその場で浮遊したまま微動だにしなかった。
誰かを、待っているかのように。
「奴らが障壁内であるこの場所まで入って来た方法で考えられるのは、障壁に穴を開ける以外に考えられない」
「それがなんだって言うんだよ」
「ユカリの創り出した障壁は壊れる事がない、常に元の形状を維持し続ける障壁を創造しているからな」
日本の障壁と同様に、各国に創造された障壁は例え穴を開ける事が出来たとしても自己修復によって、数分で元の形状へと戻って行く特性を持っていた。
「他国に創造された障壁は、日本の障壁と違ってユカリの属性を上限まで使用して創られているんだ……そんな障壁を貫くって事は、奴らの属性はユカリ以上の可能性がある」
日本が海に囲まれている事やユカリ自身が、日本に在籍している事もあり障壁の上限値が極端に低く創造されていた。
耐久度の上限が異なる理由は、他国と異なり危険区域と陸地の繋がりがない事が主な理由である。
危険区域と陸地で繋がっているロシアやアメリカは、陸地から離れていた日本に比べて遥かに闇の人間達による侵攻が多かった為に日本以上に強固な障壁が求められた。
「転生前とは違う……今の俺達は償う為に戦っているんだ。だからエム……無謀な挑戦はするな」
「……チッ!」
カイの言葉を聞いて冷静さを取り戻したエムは、小手に纏わせた炎を消した。
「それで?どうすんだよ」
「転移端末でツァリ・グラードに戻るんだ……奴らの存在をアーミヤ達に伝える必要がある」
カイの言葉に頷いた三人は、転移端末を取り出そうとした。
その瞬間、女性と三人の間に赤黒い球体が現れた。
「なんだ……あれは?」
空中に現れた球体は、突如紅く発光すると周囲を呑み込むように膨張した。
「くっ!」
その速度は凄まじく、点にしか見えない程距離が離れていた筈の三人の視界を数秒で埋め尽くす程だった。
「大丈夫です」
背後から聞き覚えのある女性の声が聞こえた瞬間、三人は女性から放たれた属性の影響を受けて意識を失った。
―*―*―*―*―
ロシア 東部
「間に合って良かったです」
赤黒い球体によって創り出された巨大な障壁に触れる女性は、障壁外に主力達三人を避難させる事に成功した事を知り安堵していた。
「〝ロキ〟の連絡通りでしたね」
ツァリ・グラードにて属性の蓄積を完了したソーンは、通信機によるロキからの〝東部〟に敵が襲来したとの連絡を受けて東部に急行していた。
ロキの担当区域を把握していたソーンであったが、普段のロキからは想像できない程に切迫した様子を感じ取ったソーンは、事態の緊急性を重視し現場へ向かう事を決意したのだった。
(咄嗟の判断ではありましたが、日本の皆さんを避難させられたのは本当に良かったです)
ソーンは、浮遊する女性達に視線を向けたまま隊服内に忍ばせた小型転移端末の使用を試みたが、転移端末は発生した障壁によって異常をきたし、全く機能しなくなっていた。
(通信機と転移端末は機能しなくなっていますね。壁を破壊出来るか分からない今は属性を全開で使う事は出来ませんし……彼女達をどうにかするまではこの中から脱出する事は難しそうですね)
現状を把握したソーンの周辺に、突如黄金の雷が走った瞬間、浮遊していた女性達が一斉にバランスを崩し下降し始めた。
「どうですか?」
ソーンが女性達に質問した時には既に真っ白な刀を鞘から引き抜いており、浮遊している女性達の胸部には刀で貫かれた様な穴が開いていた。
貫通された穴から血液は一切流れる事は無かったが、胸部を貫かれた女性達はソーンの雷属性を体内で受けた影響で身体を小刻みに震わせながら地面に着地すると、糸を切られた人形のように倒れ込み動かなくなった。
(お人形さんかと思いましたが……私達と同じ身体の構造をしているんですね)
倒れ込んだ女性達に近付いたソーンは、身動き一つしない女性を確認していた。
ソーンが女性達の様子を確認していると、上空に人一人が通れる程度の黒い渦が複数箇所に出現した。
「あれは……」
倒れている女性達を確認していたソーンが、ふと上空に発生した黒い渦を見つめると、暗闇の中から倒れている女性と瓜二つな容姿をした女性が次々と出現し始めた。
「…………隔絶された空間で、終わりの見えない相手との長期戦ですか」
(ずっと覚悟はしていました……世界最強になった日から)
瞳を閉じたソーンは、ツァリ・グラードで過ごした楽しかった記憶を蘇らせた。
長く短かった幸せな日々の記憶の中で、何よりも輝いて見えたのは楽しげに微笑むミールの姿だった。
そんな弟の姿を思い浮かべたソーンは、閉じていた瞳を開くと純白の刀身を女性達に向けて翳した。
「私の……私達の楽園を乱す人は、誰であろうと赦さない」
(忘れない。私の歩んだ全ての運命を……私の命よりも大切だと思えた、かけがえの無い居場所の事を)
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