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第2章 紡がれる希望

第34話 予感

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 ロシア本部ツァリ・グラード 入り口前

「アーミヤに一つ聞きたい事があるんだが」

 カイはそう言いツァリ・グラード内に入って行ったパベーダの背中を見送るアーミヤに近付き、一つの疑問について質問を投げ掛けた。

「はい、何でしょうか?」

 声を掛けられたアーミヤは身を翻し、近付いて来たカイに視線を向けた。

「記憶違いだったら申し訳ないが、ロシアの主力を務めている人でロキと言う名前の人物をユカリからも聞いた事が無いんだが、ロキはいつ入隊していたんだ?」

 裏では闇の人間として暗躍したカイも、表ではユカリ達と共に日本の主力として活動していた。

 基本的に他国へ直接出向くのは導き手であるユカリのみで、それ以外の主力達は自国の防衛や他国から発信される情報の整理等を行なっていた為、日本へ直接訪ねて来る人物以外と面識が無い主力も存在した。

 アメリカに関しては、世界最強と称されたヨハネの一件やファイスの問題等で主力の往来が頻繁に行われた事で主力同士に面識があった。

 ロシアはアメリカとは異なり世界最強と呼ばれる存在が、三年前から現在に至るまでその座に君臨し続けている事もあり、国外で問題視する程の大事が起きていない事から交流の深いユカリ以外の主力達はロシアの主力達とは面識が殆ど無かった。

「ロキは一年程前にツァリ・グラードに入隊した新人なのですが、少々自己中心的な性格をしているので気まぐれ以外で人前に出る事が基本ありません……なので導き手とは面識が無かった可能性もあります」

「そうか……ん?面識が無かった可能性〝も〟?」

「ロキは過去に起こった出来事が原因で人間不信になっているらしく、大衆に情報を公開する事を酷く嫌っています。なので本当に面識が無い可能性もありますし、ロキ本人かソーンから口止めされていた可能性もあります」

「成る程な。確かに本人や関係者に口止められたらユカリは口外しないだろうな」

 カイは自身の過去に関しても、あまり深掘りして来なかったユカリの性格を思い出し、納得したように頷いた。

「御理解頂けたのであれば何よりです、それではこれからソーンの元へ向かいましょう……お時間も限られていますから」

「ねぇねぇ!ソーンって誰?」

 身を翻しツァリ・グラードに歩き始めたアーミヤに向けて、シュウは手を上げて質問した。

 その声を聞いたアーミヤは、ピタリと歩みを止めると背後に視線を向ける事なく言葉を漏らした。

「我が国が誇る世界最強の一人……又の名を〝刻絕の姫君こくぜつのひめぎみ〟です」

―*―*―*―*―

 ロシア本部ツァリ・グラード 通路

「どこに向かっているんだ?」

 ツァリ・グラード内に入って以降無言のまま通路を歩いていたカイは、自身の前を歩くアーミヤに向けて質問した。

「ツァリ・グラード内にある中庭です。ソーンがいる場所はいつも同じなので」

 日本の主力達を先導する様に歩くアーミヤの近くをカイが、その後ろには忙しなく通路や部屋を見回しているシュウと、仏頂面で腕を組んでいるエムがついて来ていた。

「さっきの質問についてなんだが、ロキの過去をアーミヤは知っているのか?」

「ロキに関する詳しい素性は分かりません。彼自身記憶を失っていて生い立ちに関しては全く覚えていない様です……が、彼がツァリ・グラードに入隊した当時の事は知っています」

 ロキの過去を聞く為に、カイは少し前を歩くアーミヤに近付き隣を歩き始めた。

「ロキはツァリ・グラードに所属せずに、個人で闇の人間達と対峙していたんです。彼自身が馴れ合いを嫌う性格だった事と一年で主力の座につく程の実力を有していた事が、主な理由だと私は考えています」

 ロキに限らずファイスの様な人間関係に関わる辛い過去を持っている人の中には、ツァリ・グラードやクレイドルの様な大規模な拠点への所属を拒む事例があった。

「ある日私とソーンは、とある村から救援要請を受けました……ですが、連絡があったのは国内で危険区域に指定された西側……過去に発生した災禍領域カタストロ・フィードの再発生を危惧した私達は、隊員達をツァリ・グラードの防衛に当て二人だけで村に向かいました」

 話を聞いていたカイが、ふと視線を下げるとアーミヤが手を強く握り震えている事に気が付いた。

「危険区域には転移エリアは設置されていないので、私達は導き手に依頼を出し急遽創造して貰った目的地が指定されている転移端末を使用して村に向かいました。多少の手間が必要になりますが、転移端末であれば安全の確認後、支援部隊による村への往来も可能になると考慮した選択でした。ですが、その村に私達が到着した頃には…………小さな村があった筈の場所は既に更地になっていました」

「……」

 カイは、当時の状況を想像して顔を曇らせた。

「〝何かが削り取った〟ように土が剥き出しになった場所に一人の男性が右眼から血を流した状態で座り込んでいました。その男性が、ツァリ・グラードに所属する以前のロキです」

「右眼を失っていたのか」

 ロキの右眼が水晶の様に見えるのは、後にユカリが創造した結晶の義眼による物だった。

「そんなロキの背後には心臓を撃ち抜かれ、血塗れで倒れている少女がいました。怪我の影響で記憶が曖昧になっていたロキから、唯一聞き出す事が出来た情報は〝白髪に近い髪の色をしたツインテールの少女〟が村を壊滅させたと言う事だけでした」



 アーミヤの話を聞いていたカイは、不自然なタイミングで現場に居合わせたロキの虚言なのでは無いかと疑問を抱いたが、その後の話を聞いてアーミヤも同様の事を考えていた事を知った。

「しかし、ロキに対する疑念が拭えなかった私達は負傷したロキの治癒を兼ねてツァリ・グラードに転移端末を使用して転移した後、ロキの治癒を行ないながら属性に関する検査を行ないましたが……検査の結果は正の属性でした」

 村を壊滅させ多数の人間の命を奪っているのであれば、検査結果は負の属性と出る筈だった。

 それ以前に、闇の人間であればツァリ・グラードに向けて転移したとしても、途中に存在する障壁によって拒絶され転移する事が出来なかった筈である。

「疑惑が晴れたロキは精神が安定するまでの間、ソーンの監視下で活動する事を条件にツァリ・グラードに所属しました。現在では精神も安定して、後方狙撃隊の将官としてこの国の主力に抜擢される程の存在になってしまいましたが」

 アーミヤとカイが話を続けていると、周囲とは異なる存在感のある装飾された扉が見えて来た。

「ロキの精神は安定しましたが、記憶だけは戻りませんでした。そんなロキは、光の人間であっても身勝手で表裏のある人間を嫌い、ソーンや導き手の様な陰りのない光を敬愛しています」

 (身勝手か……ロキの自己中心的な性格と言うのも、ある意味身勝手な気がするが)

 カイは心の中でそう思いつつも、口には出さず自身に当て嵌めて話し始めた。

「元々裏表があった俺は他人をどうこう言える立場に無いかもしれないが、光拠点の隊員として所属している光の人間なら誰しも、純粋に平和を願い戦うユカリやソーンを理想としているんじゃないか?」

「確かにそうですね……ですが」

 そこまで口にしたアーミヤは、扉の前で立ち止まると隣に立つカイに視線を向けた。

「ロキの場合は完璧な光を求め過ぎるが故に、一歩道を踏み外せば一瞬で闇に堕ちてしまう……そんな不安定な存在だと私は考えています」

 そう口にしたアーミヤは、目の前にある扉についたハンドルを掴みゆっくりと扉を開けた。

―*―*―*―*―

 ロシア本部ツァリ・グラード 中庭

 中庭の中央に生えた一本の木の根元には、いつもの様に安らかな表情で眠りについたソーンがいた。

 そんなソーンの正面に立つミールは、不安そうな表情を浮かべていた。

 (姉さん、あんな事があったのにいつもと同じ様に眠ってる)

「姉さんには悪いけど……僕には、姉さんが反省している様には見えないよ」

「そんな事は無いですよミール」

 掠れた声で漏らした小言を聞いたソーンは、ゆっくりと目を開け正面に立つミールに視線を向けた。

「私は心の底から悔いています。でもねミール、大切なのは周囲に反省している姿を見せる事ではなく、間違いを二度と起こさない決意と行動なんです」

 そう言うとソーンは、ミールに向けて優しく微笑んだ。

「姉さん……」

 微笑みを向けられたミールは、正面に向かい合う様に座り込んだ。

「忘れないでミール……間違いは誰にでも必ずある物なの。その間違いを、二度と繰り返さない為に準備をして正す事。誰にでも出来る事だけど、簡単に見えて難しい事。だからこそ、どれだけ小さな間違いでも目を背けないで……正した全ては、必ずミールの力になるから」

 ミールの頬を右手で優しく撫で微笑みを向けるソーンの周囲が太陽の光に照らされた姿は、まるで後光が差している様に見えた。

 そんな時、中庭の扉がアーミヤの手で開かれた。

 そしてアーミヤは日本の主力である三人を引き連れ、座っていたソーンの元まで歩いて来た。

「ミールも来ていたのか……丁度良かった。ソーン、日本から主力の方々がお越しになったぞ」

 アーミヤの言葉を聞いたソーンは、小さく頷きゆっくりと立ち上がるとカイ達に身体を向けた。

「初めまして、私はソーンと言います……気軽にソーンお姉ちゃんと呼んで下さい」

 そう言うとソーンは、唖然とするカイ達に太陽のように暖かい微笑みを向けた。

「〝短い間〟ですが、よろしくお願いしますね」

 ソーンの発した一言に、ミールは微かな曇りを感じていた。

―*―*―*―*―

 ツァリ・グラード 治癒室

 日本の主力達が到着した日の夜、月明かりすら感じない程の暗闇に包まれた治癒室では、ある異変が起こっていた。

 一人の少女の入っていた筈の回復結晶が、〝音も無く〟砕かれていた。

 回復結晶から出た少女は、治癒室の窓から出ると警備隊に見られないようにツァリ・グラードを囲うように設けられた壁を飛び越えた。

「忘れる事も、許す事も無い……だけど」

 飛び越えた少女は、その場でゆっくりと立ち上がると夜空に輝く星々に手を翳した。

「みんなが笑顔で居られる世界にする。そんな私の決意は決して曲げない……それが、イタリアのみんなが望んだ最強の……私の姿だから」

 一筋の涙を流した少女は、その言葉を最後に周囲の暗闇に溶け込むように姿を消した。
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