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第2章 紡がれる希望

第29話 罪

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 少女は、一人で泣いていた。

 少女の悩みは、ドジをしてしまう事。

 少女が自信を持って行なった事程少女はミスを犯し、他人がミスを犯せばミスした相手を過剰に囃し立てた。

 少女自身にその認識はなく、親しかった人や寛容な人でさえ少女の言葉に心が折られ、徐々に少女から離れていった。

 孤独になった少女は、周囲の人々が離れていく理由を理解する事もなく退屈な日々を過ごしていた。

 一人になった少女は一人で依頼を受ける様になり、移動する道中で転んで怪我をしては自身の属性を使用して傷を直し、怪我をしては直しを繰り返し、いつしか少女は孤独感に打ち拉がれ傷を治癒する度に涙を流すようになった。

 (どうして私だけ)

 (私は何も悪い事をしていないのに)

 そんな事を考えながら依頼をこなす日々を送っていたある日、少女は住民の他愛のない会話で真実を聞いてしまった。

 少女の言葉で他人を傷つけていた事を、少女のミスで迷惑する人が大勢いる事を、少女の事を嫌っている人がいる事を。

 会話を聞き全てを理解した少女は、罪の意識に苛まれ村を飛び出した。

 走り続けた少女は、人通りの少ない道で勢いよく躓き怪我を負うと治癒する事なく道端で蹲った。

 (みんな私のことが嫌いなんだ)

 (私なんていない方がみんな幸せなんだ)

 怪我による痛みを忘れる程に、心に負った痛みが強かった少女は静かに涙を流し続けていた。

 同刻、少女の村に向かって歩みを進めていた一人の少年がいた。

 道中、道端で蹲り啜り泣いている少女の存在に気が付いた少年は、少女に歩み寄り膝をついた。

「どうしたの?」

 心配そうに声を掛けた少年に対し、少女は強い口調で反発した。

「貴方には関係ないっ!」

 (放っておいて)

 (関わらないで)

 (……私は貴方まで苦しめてしまうから)

 泣きながら訴えた少女の前でしゃがみ込んだ少年は、その場から動く事は無かった。

「私はずっと独りぼっち」

「そっか……僕もだよ」

 少女が小さな声で呟いた言葉に反応した少年は、少女の前にそっと水のマイナス属性を纏わせた手を差し出した。

「だからこそ君を見放すことは僕には出来ない……孤独の辛さを知っているから」

 その言葉に反応した少女は、その時初めて少年の顔を見た。

 眼鏡をかけた傷だらけの少年は、少女には眩しいと感じる程に明るく暖かい微笑みを向けていた。

 (この人も……私と同じだ)

 涙を流した少女は、ゆっくりと差し出された手を握ると互いの持つ水の属性によって互いを治癒し始めた。

―*―*―*―*―

 アメリカ中央拠点クレイドル 南部

「お願いっ!止まって!!」

 両手で黒い剣を握りしめたイブは、正面で刀を構えるアダムに向けて勢い良く振り下ろした。

「これが対極に立ってしまった僕らの〝運命〟なんだ……イブ!」

 アダムがプラスの水属性を纏わせた刀を、振り下ろされた剣に向けて払い接触すると、火花を散らしながら甲高い音が響き渡った。

「どうしてこんな事に……私はアダムに生きて欲しかっただけなのに」

 暗い表情のイブは、両手で発火し始めている炎を発して抑え込んでいた。

 属性を帯びていない黒い剣を力で押し返したアダムは、交差する刃の向こう側で困惑しているイブに視線を合わせた。

「君を失った僕には、何も残っていないんだ」

 真剣な眼差しで告げたアダムを見つめていたイブは、ゆっくりと首を横に振った。

「そんな事……」

「僕と歩いてくれた君なら分かるだろう?」

「あ……」

 あの日差し出された手を握り歩いた二人の思い返したイブは、口を閉ざし俯いた。

 二人で歩いた道、互いに支え合いながら必死に生きて来た道、そして勇気を振り絞ったアダムに導かれ出逢った幾多の人達との幸せだった記憶を。

「君がいなければ僕はシエラに所属して表舞台に立つ事は無かった。あの日君に出逢わなければ、僕は無口で暗い人間のままだったよ」

 そう言い瞳を閉じたアダムが抑え込む力を弱め押し負け始めると、刀に纏わせていた水が徐々に膨張し始めていた。

「君に変えて貰ったんだ、僕の全てを」

「私だって……同じだもん」

 俯いていたイブが、再びアダムに視線を向けると両手で発火していた炎が黒い剣を伝い始めた。

「アダムがあの日手を伸ばしてくれたから主力としての私がいた。アレン、リエル、アンリ、ティーレと出逢えた事も……全てアダムがいたから」

 イブが言葉を言い終えた瞬間、黒い剣全体に伝わった炎が視界を遮る程強く紅蓮に発光した。

「あっ!」

「くっ!」

 アダムは咄嗟に、腰に差した鞘を引き抜きイブのお腹を突き後方へと突き飛ばした。

「うぐっ」

 その瞬間刃を包み込むように発光した炎は、轟音を立てて爆発した。

 周囲に広がった爆風は、持ち主であるイブさえも巻き込みながら広がり周辺の物を吹き飛ばす程の衝撃波を発生させた。

 (今だ!)

 その時、アダムが同時に膨張させていた水属性が爆発を起こした。

 水はアダムを中心に渦巻くように広がり爆炎を鎮火しながら広がり、炎は白い煙を舞い上げながら消滅した。

「ゲホッ……ゲホッ………イブ?」

 白い煙によって遮られていた視界が戻ると、そこには身体に多少の火傷を負ったイブが地面に座り込んでいた。

「アダム……何で私に届くまで属性を展開させたの?……防衛の為なら小規模で良かったのに」

 アダムの属性が周囲に大きく広がった事で炎を全て鎮火した影響で、イブが自身の爆炎で大火傷をせずに済んでいた。

「あの日から時間が経っているから確証はなかったけど、さっきの爆発を防ぐ術を君が持っていないんじゃないかと思ったんだ」

「私達はもう敵同士なんだよ?アダム……余計な事しないで」

 身体を揺らめかせながら立ち上がったイブは、睨み付けるようにアダムを見ると再び自身の前に黒い剣を構えた。

 (敵同士か……君の炎を間近で受けた僕が傷一つないのは、君が刀身に付与していた水属性のお陰じゃないか)

 爆発が起こってから、アダムが属性を使用するまでには時間差があった。

 近距離で爆発が起きた影響は、イブだけが被害を受ける訳ではなく対峙するアダムも同様に炎に呑まれ火傷を負った。

 多少の火傷を負ったアダムは自身の属性を使用して治癒を試みようとしたが、アダムが意識を向けた時には火傷した肌はまるで幻覚だったかのように治癒されていた。

「君の優しさを一番知っている、だからこそ僕は……これから起こる〝全て〟を覚悟してこの場所に来たんだ」

 自身が心に決めた決意を口にしたアダムは、イブと同じように刀を構えた。

「それは私も同じ……アダムと敵になる事は転生したあの日から覚悟してた」

 涙を堪えるように歯を食いしばったイブは、瞳を潤ませながらアダムを睨み付けた。

「だから私は師匠……天月のヨハネに弟子入りしたの」

「ヨハネ……僕らが所属する少し前までクレイドルに所属していた世界最強の一人だね」

 アンリとティーレが光拠点シエラに所属したのは三年前でアダムとイブが所属したのは、それから約一年後の話だった。

 転生したばかりのイブは、例に漏れず身に宿す属性が衰え露頭を彷徨っていた。

 そんなある日、転生者狩りに見つかり逃げ惑っていたイブを救ったのがヨハネだった。

 イブとは初対面だったが、イブが身に付けていた白い隊服を見て転生者である事を悟ったヨハネは、過去について言及する事なく身を守る術のみを教授した。

 クライフに指導していた経験を有していたヨハネは、残された記憶を頼りに出来る限りの指導を行なった。

 闇の人間とは思えない程に転生者であるイブに手厚く指導をするヨハネに対し、イブはいつの頃からか自身の名前を覚えていないヨハネの事を師匠と呼ぶようになっていた。

「師匠に憧れて武器も変えた……それでも私は、師匠の足元にも及ばなかったけど」

 言葉を発しながらイブの足は、徐々にアダムの元へと移動し始めていた。

「そんな奇跡を経て君と再会できた……僕にとっては人生で一番の幸せと言える」

 アダムが目を閉じると、刀身が徐々に水属性に覆われ始めた。

「君が誰も傷付けていない事、君が転生した後も生きていてくれた事、僕が償える機会を与えて貰った事、全てに報いる為に……全てに後悔を残さない為に僕は今…………君を救ってみせる」

 水に覆われた刀身を後方に構えたアダムは、一気にイブの元へと飛び距離を縮めると、イブの持つ属性を帯びていない黒い剣に向けて力強く刀を振るった。

「っ!」

 イブは咄嗟に身を屈めてアダムの斬撃を避けると、隙だらけになっていたアダムの胸元に向けて黒い剣を突こうとした。

「ふぁっ!ふべっ!!」

 足に力を入れたイブは、先程アダムが炎を鎮火させた水に足を滑らせアダムの身体の下で盛大に転んだ。

「おっと!」

 足元に転んだイブを踏まないように飛び上がったアダムは、イブを飛び越え地面に手をついて数回前転した後に身体の向きを変えて地面に這いつくばったイブを見つめていた。

 (ごめん……イブ)

 アダムは傷付いたイブに対して、治癒を行ないたい気持ちを必死で抑えていた。

 転生以前は頻繁にドジをするイブに、治癒を行なうことが当たり前になっていたが転生したイブに対して治癒をする事は、苦しみを先延ばしにしてしまうだけだとアダムは考えていた。

「……うぅ」

 ゆっくりと身体を起こしたイブは、アダムに視線を向ける事なく座り込んでいた。

「……つらぃ」

 か細い声で発したイブは、溢れ出る涙を必死で拭った。

 転生する以前は、優しく手を差し伸べてくれたアダムがいない。

 傷付いた時に、治癒をして優しく微笑んでくれるアダムがいない。

 そんな日常が、もう二度と訪れない事を悟ったイブの瞳からは止めどなく涙が流れていた。

「こんなに辛いことだって知ってたら——」

 そこまで口に出したイブは、そこで言葉を止めた。

「それだけは絶対ない……だってアダムは……孤独だった私を救ってくれた世界でたった一人の大切な人だから」

 独り言の様に小さく漏らした言葉で、意志を固めたイブはゆっくりと立ち上がりアダムに向き直った。

「アダム……私も覚悟を決めた」

 身体の前で黒い剣を構えたイブは、刀身を炎で熱し紅蓮に染め上げた。

「信じてるから……私よりもアダムの方が強いって。ドジでどうしようもない私を救ってくれるたった一人の王子様だって」

 紅蓮に染まった刀身は、熱によって徐々に赤く発光し始めていた。

「勿論だよイブ……囚われた君を救う為に僕は、今君の前に立っているんだから」

 イブと同じ様に属性を纏わせたアダムは、切先を互いに向き合わせると同時に蹴り飛び再び刃を重ね合わせた。
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