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第2章 紡がれる希望

第25話 純粋な愛

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 私は、優しい両親の元に生まれた。

 生まれた頃は、両親に可愛がられていたと思う。

 私が物心ついた頃に、両親が不仲である事を知った。

 不仲の原因が、私である事も知った。

 私の為に光拠点で奮闘する父と、私の為に近くで寄り添ってくれた母。

 互いが互いの苦労を知らない為に起きた険悪は、望まぬ結末を迎えた。

 負の感情を募らせた母は、眠りについた父の命を絶った。

 そして誤ちを犯した母は、闇の人間へと堕ちていった。

 父を殺めた母の矛先は、身近にいた私へと向けられた。

 腹部を蹴られ、頭を何度も殴られ、暗闇に閉じ込められ、食事を与えられず、入浴も出来ず、大事に伸ばしていた髪を毟られた。

 私は一日の殆どを薄汚れた小部屋で過ごし母が眠りついた頃に、食事を取って母の寝顔を見る毎日だった。

 私は、母の事が好きだったから。

 母が私にする事は、私に対しての『愛』だと信じた。

 どれだけ痛くても、苦しくても、辛くても笑顔で母からの愛を受け入れた。

 そして愛を与え終えた母が幸せそうに眠る顔を見る事が、私にとっての幸せだった。

 そんな日々を、繰り返していたある日。

 私に、属性が開花した。

 私の身体に纏わり付く赤黒い水を見た母は、悲鳴をあげて自宅の床に座り込んだ。

 母の顔を見た時に、母が私に与えてくれていた愛を今なら返す事が出来るのではと考えた。

 そう考えた私は、座り込んだ母に笑顔で抱きついた。

 すると私の纏っていた属性は、母に擦り付いた。

 悲鳴を上げて喜ぶ母を、私はずっと見つめていた。

 私よりも大声で叫んでくれる母を、私以上に泣く程喜んで愛を受けてくれている母を。

 気付いた頃には、抱きついていた筈の母は姿を消していた。

 何処かに出掛けたのかなと感じた私は、母を探す為に家を出た。

 私が家から出た時、家の前に黒いフードを被った男の人が立っていた。

 悪い人かと思ったが、私の事情を悟った男の人は〝私が事情を話す前に〟母の捜索を手伝ってくれると言ってくれた。

 私は、良心に甘えて男の人が〝ある場所〟と呼んでいる場所へ向かった。

 その場所は、周囲とは隔絶された孤島にある廃病院だった。

 病院内に設けられた地下室は、地上にある地下室とは全く異なる外観をしていた。

 変わらない景色に飽き飽きしていた私だったが、地下室内の至る所に〝大量の手紙〟がある事だけは覚えていた。

 男の人は、私のわがままを全て聞いてくれた。

 愛が欲しいと言えば『あ?……仕方ねぇな』と言いながら私を力強く殴り、愛を与えたいと言えば『俺じゃなくコイツらにやれ』と両親に似た人を連れて来てくれた。

 その中には、私の父親だと叫び続ける男性もいたけど私は気にせずに愛を与えた。

 そんな日々を送っていると、私は母を探している事を忘れていた。

 目的を失い涙する私に、男の人は沢山の男性の写真を渡した。

「この中からお前が好きになった奴に、愛を与えてやれ」

 その言葉を切っ掛けに、私の目的は好きな人に愛を向ける事へと変わった。

―*―*―*―*―

 赤壁の街ヴァイス

「連れてきたよ⭐︎」

 黒い渦から姿を現したルアは、右手に大鎌を携え左手には後頚部を掴まれ苦悶の表情を浮かべたヨハネがいた。

「一先ずその手を離してやれ」

 ルアの目線の先には、黒いフードを被った男が腕組みをしたまま二人を見つめていた。

「は~い」

 左手を離すと、大刀を地面に落とすと同時にヨハネは地面に手をついて俯いた。

「どうだった?世界最強と呼ばれた天月の実力は」

「ぜ~んぜん大した事無かった……世界最強も名前だけって感じ⭐︎」

 つまらなそうな表情をしているルアを見た男は、不敵な笑みを浮かべると俯いたままのヨハネに視線を向けた。

「お前の後継は、あの不死の女か?……奴ならお前以上に最強として大国に君臨出来るだろうからな」

「っ!ふざけるなっ!」

 怒りを露わにしたヨハネは、近場にある大刀に向けて手を伸ばした。

「遅いな」

 男がそう告げた瞬間ヨハネが伸ばした左手には、突如小さな風穴が開いた。

「ぐっあぁぁぁぁあ!」

 痛みに顔を歪めたヨハネは、穴の開いた左手を右手で抑えた。

 手に開いた風穴によって内部の肉が剥き出しになり、穴から大量の鮮血が溢れ出し始めていた。

「チッうるせえな……これを使え」

 そう言うと男は、自身の足元にあった袋をヨハネに向けて蹴り飛ばした。

 その袋からは水のマイナス属性が放出されており、耳を澄ますと中から人の呻き声が聞こえていた。

「曲がりなりにも光で世界最強と称された奴だ……こうなる事は容易に想像出来た」

「……」

「ここで選択肢だ……大量の出血で死ぬか光の人間が放出する治癒を信じて生き長らえるか」

 男の言葉を聞いたヨハネは、躊躇しながらも負傷した左手を属性に近付けた。

 すると左手の穴は、徐々に治癒されていき数分後には元の状態へと回復した。

「……ありが——」

 ヨハネが、治癒して貰った袋内にいる人に対して声を掛けようとした瞬間ヨハネの前にあった袋は轟音を立てて爆発した。

「な……何で」

「俺を数分も待たせたからだ」

 爆発によって舞った土煙の中から現れた黒フードの男は、袋の切れ端を持ったまま座り込んだヨハネの元へと歩み寄った。

「貴様っ!」

「無駄だよ~⭐︎」

 再び大刀を握ろうとしたヨハネだったが、伸ばした左手はルアの右足によって踏み付けられた。

「ぐっ!」

 ヨハネは痛みに顔を歪めながらも、踏み付けるルアを睨み付けた。

「む~!なんでそんな顔するの?今度穴開けられたら確実に死ぬんだよ?……そもそも見ず知らずの人間に同情するなんて意味わかんないし⭐︎」

 ルアは、ウインクしながらヨハネの左手を更に強く踏み付け始めた。

「待て!」

 男の言葉を聞いたルアは、踏み付ける力を弱めると黒フードの男の元へと駆け寄った。

「何で止めるの?」

 ルアは、先程までと異なる光を失った黒く澱んだ瞳で男を見つめた。

「お前は男には甘いくせに、女には容赦が無さすぎる……後の事は俺に任せてお前は研究室に戻ってろ」

「む~!」

 元の瞳に戻ったルアは、頬を膨らませながらヨハネとは反対側へと駆けて行った。

「アイツの機嫌を取るのも面倒なんだが……まあ良い」

 離れていくルアを見送った黒フードの男は、座り込んだままのヨハネに視線を戻した。

「さあ次の選択肢だ……俺の元へ下るか転生を目指して光の拠点へと赴くか」

「…………罪を犯した私は、光に戻る訳にはいかない」

「だろうな」

 男は、ヨハネの心情を知っているかの様に言葉を発した。

「だが、お前につく事もあり得ない」

「そうか」

 男は想像以上にあっさりとヨハネの返答を了承すると、ヨハネに背を向けて数歩進んだ所で立ち止まった。

「一つ言い忘れたが、光の人間達以上に闇の人間同士の殺し合いは頻繁にある。闇同士の殺し合いで命を失えば光に転生する事は無い……そして無法地帯を生き抜く上で力を持つ者の下は、最も安全と呼べる場所と言える」

 男は、ヨハネに背を向けたまま独り言の様に淡々と話し始めた。

「そして……俺は、お前らが気にしていた災禍領域カタストロ・フィードとの接点がある」

「なんだと!」

 予想外の単語を聞いたヨハネは、驚きの声と共に黒フードの男に疑いの眼差しを向けた。

「〝あの人〟と交流があるのは、闇の人間で俺一人だけだ……大国を滅ぼす事も容易いだろう」

「っ!貴様!」

 地面に落ちている大刀を掴んだヨハネは、剣先を男に向けた。

「良いか?これは戯言ぎげんでも無ければ脅しでも無い……ただのアドバイスだ」

 剣先を向けられながらも男は、ヨハネに視線を向ける事なく話を続行させた。

「俺ならそれを阻止出来る…… 〝あの人が一人の人間〟である以上確実とは言えないが、抑止させる事は出来るだろう」

「……」

 男の言葉を聞いたヨハネは、表情を曇らせながらゆっくりと剣先を下げた。

「自国を救う事が出来ると知った、そして世界最強と称された己でさえも太刀打ち出来ない人間がいると知った今……お前なら利巧な選択肢を選べるだろう」

 そう告げた男は、ルアの駆けて行った方向へと歩みを進めた。

「……何が選択肢だ」

 そう呟いたヨハネは、大刀を肩に背負うと男の背を追って歩み始めた。

―*―*―*―*―

 数ヶ月前

 赤壁の街ヴァイス

「日本の侵攻が開始された」

「ふ~ん」

「……」

 黒いフードを被る男の言葉に対して、ルアは興味なさげに返答しヨハネは大刀を見つめたまま壁にもたれ掛かっていた。

「導き手が弱体化している今俺達を日本に送り込まない理由は理解できんが……あの人に逆らう訳にはいかないからな」

 腕を組み溜息を吐く男の元に、大鎌を片手で引き摺ったルアが近づいて来た。

「それよりも~私は誰かに愛をあげたいな⭐︎」

「……ウザい」

 甘えた声を発しながら男に接近するルアを見ていたヨハネは、鋭い眼差しを向け怒りを込めた声を発した。

「しゅん……」

 ヨハネの言葉に落ち込んだルアは、一筋の涙を流しながら俯いてしまった。

「嘘泣きをするな……俺ですらムカついてくる」

「えへっ⭐︎」

「……導き手の創造は成功したらしいが」

 舌を出してウインクをするルアを無視する様に話題転換した男は、ルアに一枚の写真を差し出した。

「性別は男だったそうだ……名前はユウト」

 差し出された写真を受け取ったルアは、写真を凝視したまま固まっていた。

「あの人の考えは理解出来んが、そいつを殺すなとの命令だ」

 ルアは依然として写真を見つめていたが、瞳にはハートが浮かび息が荒くなっていた。

「少なからず殺す殺さないの選択肢は、俺達に委ねられている……死んだら死んだで闇に転生するだろう」

「ユウト……ユウト……えへへ」

「写真を見せたのは間違いだったか?……まあ、あの人の話では導き手すらも超え唯一無二の存在となる人間らしいからな……気にするだけ時間の無駄か」

 男はそう告げると二人を置き去りに、自身の研究室へと歩み始めた。

「一目惚れ……〝運命〟の出会い……ユウト」

 うっとりと写真を見つめたまま座り込むルアを見ていたヨハネは、小さく溜息を吐いていた。

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