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第2章 紡がれる希望

第23話 Matrimonium

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 目を開けたユウキが立っていた場所は、全て〝白〟に染められていた。

 (ヨハネとの戦いで見た景色に似てる)

 レンの創造を行なう為に、結晶で創造した小部屋に入ったユウキは暗闇に包まれた空間で、レンへの想いを胸に瞳を閉じた筈だった。

「ここが、俺を想像した時にユカリが見ていた景色……なのか?」

 そこはユウキにとって記憶に新しい風も音も感じない『無』の世界だった。

 記憶と違う点は、色彩が白の一色しか存在していない事であった。

 (一人しか存在しない……訳では無さそうだな)

 ユウキが見つめる視線の先には、米粒程の大きさの黒い人影がポツンと立っていた。



 白い世界とは対照的な存在は、微動だにする事なくその場に立ち尽くしていた。

 (気のせいかもしれないが、視線を感じる……こちらの存在には気付いているのか?)

「いや、考えていても時間の無駄だ」

 首を何度か振ったユウキは、自身の首にかけた結晶で出来たギメルリングを左手で掴み目を閉じた。

「始めよう」

 (創造するのは……日本の主力〝レン〟)

 その瞬間、ユウキの周囲に強い冷気が広がり白い空間を凍てつかせ始めた。

「くっ!」

 苦悶の表情を浮かべたユウキは、身体を左右に揺らした後に膝を付いた。

 (もの凄い速度で、全身の属性が体外に排出されていく……覚悟はしていたが、これ程とは)

 ユウキは弱まった属性を再び強く放出し始めると、周囲には結晶で形成された柱が創り出され始めた。

「属性が足りないのなら俺が持つ全ての属性を渡す!……それでも足りないのなら俺の命を賭けるっ!」

 そう告げたユウキの瞳からは、滝のように涙が溢れ出ていた。

「俺は死んだって良い……たとえレンが、それを望まなくても……俺にはレンしかいないんだ」

 右手を前に突き出し更に強く属性を放出し始めたユウキの身体は徐々に影響を受け始めた。

 ユウキが突き出した右腕は、指先から徐々に透明な結晶へと変化し始めていた。

「ユキとの約束だけじゃない。女の俺自身が胸に抱いた想いの為に……必ず創造すると……誓った」

 ユウキが放出していた属性を強めると、正面に結晶で構築された箱の様な物が創り出された。

 (何だ?……この中にレンがいるのか?)

 内部を視認する事が出来ない白い箱は、人一人が入れる程度の細さを有し長さは、丁度レンが入る長さに形成されていた。

 ユウキが白い箱に意識を集中した瞬間、突然白箱が粉々に砕け散り中から眩い光が放たれた。

「うっ!」

 眩い光を視認したユウキは、咄嗟に瞳を閉じた。

 数秒後再び目を開けたユウキは、目の前に広がる景色に唖然とした。

 先程まで存在していなかった筈の草が生い茂り、辺り一面緑に染め上げられていた。

「これは……一体」

 空には雲一つない青空が広がり、周囲の草原を揺らす程度のそよ風がユウキの髪を靡かせていた。

「……おかしい」

 ユウキが先程まで全力で放出し続けていた属性が、影も形も無かった。

 再び属性による創造を試みても、属性を使用する事は出来なかった。

 (どうなっているんだ?)

 ユウキは疑問を感じながら、元通りになっていた両手を見つめて首を傾げていた。

「ヨイショっと!」

 その時、背後から聞き慣れた声が聞こえて振り返ると、そこには小さな畑があった。

「あれは……ヒナ?」

 畑にいた少女は、山盛りの野菜抱えたままヨロヨロと歩いていた。



 しかしユウキの知っているヒナに比べて、少女の背丈は小さく抱えていた野菜もそれ程抱えていない状態だった。

「ヒナなのか?……声はヒナなんだけどな」

 少女は畑から出ると、近場の椅子に腰掛けている男性の元へと歩んで行った。

「あれは……まさか」

 ユウキは男性の存在を確認すると同時に、男性の元へと駆け出した。

「見て下さい〝レン〟!私の属性でこんなに大きな野菜達が育ちましたよ!」

 山盛りの野菜を抱えた少女は、椅子に腰掛けた男性に満面の笑みを向けた。



「これは凄いね〝ヒナ〟……普通の二倍……いや、三倍はあるんじゃないかい?」

 ヒナの抱えていた野菜の中にあるトマトを取ったレンは、頷きながら巨大なトマトを見つめていた。

「レンっ!」

 ユウキはレンの前に立つと、涙を流しながら震えた声で叫んだ。

「ヒナの属性は野菜に合っているのかも知れないね」

 ユウキの叫びを意にも返す事なく、レンはヒナとの会話を続けた。

「……レン?」

 目の前にいるレンに触れようと手を伸ばしたユウキだったが、触れたレンの身体は極度に冷えており、まるで〝氷の塊〟を触っているようだった。

「属性が開花したので試しに使用してみたんです!凄い成長ですよね……私もビックリしました」

 ユウキの背後で微笑みを浮かべているヒナは、やはりユウキが知っているヒナよりも幼い姿をしていた。

「レンも少し背が小さいような気がする……」

 レンとヒナを交互に観察し始めたユウキは、二人の会話で疑問に感じた事を思い出していた。

 (属性が開花したので?男の俺が出会った時のヒナは既に使い慣れていた。属性開花して間もないヒナ、そして二人の容姿から考えられる答えは過去の記憶……レンの記憶なのか?)

「あの……」

 そんな他愛のない談話をしていた二人の元にやって来たのは、黒い髪をした一人の少女だった。

「あれ、お客さんですか?」

 ヒナとレンが首を傾げながら視線を向ける中、ユウキは呆然と現れた少女を見つめていた。

「あれは……ユカリ」

 二人を見つめて立っていたのは、ユウキの知っている姿とあまり変化のないユカリの姿だった。

「どうしたんだい?こんな山奥に一人で来るなんて……迷子かな?」

「いえ……私は、両親に連れられて近くの村に来たんです。村長さんとお話があると言われたので散歩をしていたらここに」

「成る程……つまりは迷子だね?」

「……お恥ずかしながら」

 頬を染めたユカリは、ヒナの抱えていた大きな野菜に視線を向けた。

「……凄く大きいお野菜ですね」

「生産者は私です!と言うよりも私の属性さんですね!」

 ヒナは胸を張って嬉しそうな顔を浮かべると、ユカリは目を輝かせて拍手を送っていた。

「私は導き手の両親と世界中を巡っていますが、農作物に属性を使用する人に初めて出逢いました!……こんな属性の使い方もあるんですね」

 その言葉を聞いたレンは、椅子から立ち上がりユカリの元へ歩み寄った。

「導き手?それじゃあ今村長と話をしている君の両親と言うのは、光の導き手リヒトさんとアイリスさんなのかい?」

「はい!」

 屈託の無い笑みを浮かべたユカリの顔を見たレンは、優しい微笑みをユカリに向けた。

「確かに、君は二人に似ている」

「お父さんとお母さんをご存知なんですか?」

「光の人間なら誰でも知っていると思うよ?……僕らは導き手の二人と面識もあるしね」

 その言葉を聞いたヒナは、小さく頷くと抱えていた野菜を洗う為に近場の川に歩いて行った。

「ユカリ!」

 二人が野菜を洗っているヒナを見つめていると、遠くから男性の声が聞こえた。

「あ!お父さんが呼んでる」

「そっか……君さえ良ければいつでも僕達の所へ遊びにおいでよ」

 男性の声がした方向に視線を向けていたユカリに向けてレンが告げると、ユカリは視線を戻して嬉しそうな表情を浮かべた。

「えっ!良いんですか?」

「両親の立場を考えても仕方ない事かもしれないけれど……両親が不在の時に安息出来る場所があっても良いと思うんだ」

「っ!ありがとうございます!」

 ユカリは、レンから掛けられた言葉に涙ぐみながら深々とお辞儀をした。

「名前を伝えていなかったね……僕の名前はレン」

 レンは自身名前を告げると、ユカリに向けて右手を差し出した。

「私の名前はヒナっていいます!」

 川辺で話を聞いていたヒナは、大声で名乗りながら笑顔で手を上げていた。

「私の名前はユカリと言います。年齢の近い友達が出来たのは初めてですが、仲良くして下さると嬉しいです!」

 ユカリは、微笑みを浮かべながらレンに差し出された手を握った。

 その瞬間、視界に違和感を感じたユウキは瞼を数秒閉じた。

 (何だ……二人が握手を交わした瞬間景色がボヤけた)

 再び目を開けたユウキの視界には、先程と同じ景色が広がっていたがユカリとヒナの姿は無かった。

「……レン」

 その場に立っていたのは、ユウキを見つめるレンの姿だった。

「僕らとユカリは最初から一緒だった訳じゃないんだ。ここで初めて彼女に会って仲良くなって行った……まさか光の主力に選ばれるとは思っていなかったけどね」

「どうしてそんな記憶を俺に」

「僕の走馬灯の様なものかな」

 苦笑いを浮かべたレンに対してユウキは、何度も首を横に振った。

「お前は俺が必ず創造してみせる!」

「はは………君はやっぱり〝優希〟だね」

 レンはそう言うと、ユウキの元へと歩み寄り始めた。

 歩み寄るレンに手を伸ばそうとしたユウキは、そこで初めて自身の身体が動かないことに気が付いた。

 (動けない……目の前にレンがいるのに)

「これを君に」

 レンは、動けないユウキの右手を優しく開きそっと〝ある物〟を握らせると優しい微笑みをユウキに向けた後ゆっくりと背を向けて歩き始めた。

「君の想いには……〝まだ〟応えられない」

「待ってくれっ!」

 向けられた背中は、徐々にユウキから遠ざかり周囲の景色と共に白く染まり始めた。

「レンっ!!」

 ユウキの伸ばした手がレンに届く事はなく、ユウキの意識は景色と共に白く染め上げられた。

 黒い人影を残して。

―*―*―*―*―

 パキィィィィン

 甲高い音を立てて砕け散った小部屋から現れたユウキは、光の灯っていない瞳で呆然と空を見上げたまま座り込んでいた。

 ヨハネとの戦闘で解かれていた髪は、再び結晶のリングで一つに束ねられていた。

 その手には〝結晶で出来たギメルリング〟が握られ、側面にはある文字が刻まれていた。

 〝R to Y〟
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