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第2章 紡がれる希望

第22話 償いを誓う者達

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 アメリカ中央拠点クレイドル 北部

 レンとの戦闘を終えたユウキは、解放された青い空を呆然と眺めていた。

「ユウ……キ!」

 遮断していた障壁が消滅した数秒後、しゃがみ込んでいたユウキの元に二人の少女が駆け寄って来た。

「またユウトって呼ぼうとした……そろそろ名前覚えなよユウ?」

「う……はい」

 二人が徐々にユウキに駆け寄ると、先程まで空を見上げていたユウキは暗い表情を浮かべたまま俯いた。

「……ユウキ?」

 ユウの問い掛けに、反応を示さないまま俯いていたユウキの肩に右手を伸ばした。

「今……俺は、レンを手に掛けた」

「え!」

 俯きながら発せられた言葉に驚愕したユウは、驚きの声を上げて両手で口を覆った。

 二人の関係を知っていたユウには、ユウキの発した言葉が信じられなかった。

「フィリアの救援依頼を聞いた時から覚悟はしていた……でも、いざ直面した時は信じられなかったが」

「そんな事が……」

 事の顛末を聞いてレンとの避けようのない闘いを理解したユウは、表情を曇らせ俯いた。

「……でも、ユウキにはユカリと同じ様に失った命を創造する事が出来る筈」

 依然として無表情のウトは、ユウの隣に歩み寄ると左手に蒼炎で命の文字を作り出した。

「ウト……確かにそうですが」

「ああ、命の創造は禁忌だ……本来であれば出来る筈がない事を強引に行うためにはリスクは当然ある」

「ユカリと同じ様に力を使用出来なくなる事ですか?」

 ユウの問いに対してユウキは、小さく頷いた。

「ユカリの力が復活するまでには、かなり時間が掛かっていたが、本来は一日程で回復する筈なんだ」

 俯いていたユウキの正面に立ったウトは、掌に浮かべた炎を消すとユウキの前でしゃがみ込んだ。

「それは多分今回の障壁と同じ理由……『闇の神』と呼ばれている人のせい……私もよく知らないけど」

 (闇の神?)

 その言葉を聞いたユウキは、過去にレンが口にしていた言葉を思い出した。

 (確か初めてルクスに転移する前にユカリが光の神と呼ばれているとレンとヒナが話していた気が)

「でも気を使う必要は無い……好きな人の為に全てを捧げたいと思う気持ちは、私達も同じだから」

 無表情だったウトは、顔を上げたユウキに向けて安らかに微笑んだ。

「ちょっとウト!恥ずかしい事を真顔で言わないで下さい」

 ユウは顔を赤面させ、ウトの左肩を掴んだ。

「でも私はそう思ってる、ユウは違うの?」

 ウトはキョトンとした顔で、肩を掴むユウに視線を向けた。

「……私だって思ってますよ」

 ユウは赤面した状態で俯くと、ウトにしか聞こえない小さな声で呟いだ。

 冷静さを取り戻す為に何度も首を横に振ったユウは、真剣な眼差しをユウキに向けた。

「でも、私もウトと同意見です。今は、クレイドルの主力の方々もいます……それに頼りないかもしれませんが、私達もいます」

「ユウトもユウキも、私達が死んでも守る」

 二人から向けられた決意の眼差しを見たユウキは、一筋の涙を流した。

「二人とも……」

 (この気持ちをユカリも感じていたのか。全てを承知で味方に委ねる事への自分の無力さと……そんな我儘わがままを受け入れてくれる仲間の心強さを)

 ユウキは右手で涙を拭い、二人に視線を合わせた。

「二人の気持ちは理解した。でも、本当に無理だと感じたら無茶はせずに俺を身代わりに逃げて欲しい」

 ユウキの言葉を聞いた二人は、同時に首を横に振った。

 ウトに関しては、首を何度も振っていた。

「ユウトを失うくらいなら、死んだ方が良い」

「頼む……俺の身勝手で二人を死なせる訳には行かないんだ」

「身勝手でも構わない」

 ウトはそう言うと、右手に携えていた白い刃を持つ刀を左手に持ち替えた。

「ウトの言う通りです」

「ユウ……」

「大罪を背負い転生した私達の道標は、貴方だけです……私達が光の道を歩む事が出来ているのは、あの時かけてくれた貴方の言葉と、光へと導いてくれた貴方の背中があるからなんです」

 ユウは腰に差していた紅緋べにひ紺碧こんぺき双刃そうじんを引き抜いた。

「間違った日常を正して貰ったあの日から」

「諦めていた私に差し伸べられた優しい手を握ったあの時から」

「「私達の全ては、貴方と共にある」」

 二人は同時にユウキに背中を向けると、強固な意志を秘めた互いの刃は、ユウキの前で金属音を立てて交差した。

「すまない……二人に報いる為に、創造は成功させる……だから、それまで頼りない俺の事を頼む」

 ゆっくりと立ち上がったユウキは、一瞬感じた不安によって〝絶対〟と言う言葉を発せなかった。

 この世に、絶対は存在しないのだから。

 自身の背後に結晶で構築された小部屋を創造したユウキが扉を開けて中に入ると、その扉はユウキが扉を閉めると同時に姿を消した。

「……今更だけど、クレイドル内で作業を始めた方が安全だったと思う」

 ウトはそう言うと左手に携えていた刀を、右手に持ち替え直した。

「どこで作業しても同じです。奴等が転移する術を有している限り要塞クレイドルであろうとも……障壁に守られた日本であろうとも確実に安全な場所なんて存在しません」

 ユウが結晶の小部屋に向けていた視線を正面に戻した瞬間、少し離れた場所が斜めに斬り裂かれた。

 斬り裂かれた空間内は、黒に染め上げられており中を確認する事が不可能になっていた。

「どーん!来ちゃった⭐︎」

 そんな空間から軽快に現れたのは、自身の倍以上の大鎌を携えた金色の髪の女性だった。



「あれー?ユウトがいないなぁ?」

 現れた女性は、紫色の瞳で周囲を見回した後正面に立っていた二人の少女に視線を向けた。

「そこのお二人さんは、ユウトがどこにいるか知らない?」

 優しい笑みを浮かべながら首を傾げる女性に対して、ウトはユウキの入っている小部屋とは逆方向を指差した。

「あっちに行った」

「ありがとー⭐︎」

 笑顔のままお辞儀をした女性は、二人に背中を向けてウトの指差した方向へと歩み始めた。

「嘘をついた子には、愛をあげるね」

 その瞬間、先程まで二人の視線の先に存在していた筈の女性は姿を消し、ウトの背後に現れた女性は首元目掛けて大鎌を払っていた。

「ウト!」

 咄嗟に距離を取ったユウが、ウトに視線を向けると払われた大鎌をしゃがんで回避した後だった。

「ハズレ」

 ウトは刃に蒼炎を纏わせると、背後に立つ女性に向けて勢い良く刀を払った。

「それもハズレ⭐︎」

 斬られた筈の女性が霧の様に姿を眩ませると、再びウトの背後に現れ喉元に大鎌を構えて引き上げた。

 それに気付いたウトは、刀を首元と大鎌の間に滑り込ませ再びしゃがみ込んで回避していた。

「あれだけ巨大な大鎌を持っているのに、私と同じ速さで動けるなんて」

 ユウの声に気付いた女性は、目を見開いた状態で瞬時にユウに視線を合わせると、再び霧の様に姿を消した。



「これでもまだ遅いんだよ⭐︎」

 目の前に現れた女性は、頬を赤らめながら大鎌をユウの首元目掛けて横振した。

「くっ!」

 双刃を交差させて防御態勢に入ったユウだったが、恐ろしい速度で払われた大鎌の威力は凄まじく、直撃を受け止めたユウは結晶の小部屋から数十メートル程離れた場所まで吹き飛ばされた。

「嘘なんか吐いちゃ駄目なんだよ?私悲しい⭐︎」

 左手に携えた大鎌を揺らした女性は、右拳で口を隠すと嘘泣きし始めた。

「相変わらず癪に障るなお前は」

 その声が聞こえると同時に、嘘泣きしていた女性の顔面目掛けて紅蓮の大刀が払われた。

 大刀を視認した女性は、瞬時に泣き止むと大鎌の持ち手で大刀の刃を受け止め、後方へと吹き飛ばされた。

「っ!……な、何?」

 衝突によって発生した衝撃波によって、強風に襲われた二人は顔を両腕で覆い隠しながら小部屋前に立つ女性を見つめていた。

「あの人は確か、アメリカで世界最強と呼ばれていた……」



 そこに立っていたのは、量産娘を退け足早にユウキの元へとやって来たヨハネだった。

「誰かと思ったらヨハネちゃん……しゅん……」

 女性は、自身の頭上で大鎌を回転させながら落ち込んだ表情を浮かべていた。

「二人は、結晶室の防衛を頼む」

 強風が止むと同時に、ヨハネは緑色の瞳を二人に向けて言葉を発した。

「は、はいっ!」

「分かった」

 その言葉に頷いた二人は、結晶の小部屋前に駆け寄った。

「お前が量産娘を出している事は予想していた、そしてお前が狂愛するユウトの元へ来る事も、全て想定通りだった……お前が単純な奴で助かった」

「私に興味ない様に見せて実は興味津々だったんだ!嬉しい⭐︎でも、ごめんなさい貴方には興味ないの……早く私の視界から消えて欲しいな⭐︎」

 女性は左手に携えた大鎌をヨハネに向けると、右手でピースサインを作り顔の前に翳しながら舌を出してウインクしていた。

「私には護るべき大切な人が出来たんだ……お前のような〝暇人〟と違ってな」

 ヨハネの言葉を聞いた女性は、自身だけでなく周囲の雰囲気さえも一瞬で変化させた。

「そう…………死にたいの……勝手に私を理解した気でいる女風情が、私の恋路を邪魔するの」

 俯きながら囁いた女性の瞳は光を失い、負の感情が込められた黒い眼差しがヨハネに向けられた。

「姫の騎士ヨハネ……私の全てを賭けて必ず貴女を守り抜く!」

 大刀を〝両手〟で握り締めたヨハネは、結晶の小部屋を背に自身の決意を表明した。

「あはぁ♡……愛って素晴らしい……でも、私の愛こそが全てにおいて最強だから」

 瞳にハートを浮かべた女性は、大鎌を勢い良く回転させながら笑みを浮かべていた。

「ふ、馬鹿を言うな。最強を自分で名乗る者は、それ以上にはなれない半端者だ……その名は、周囲から称えられ始めて意味を成す名だ」

 ヨハネは女性の言葉を嘲笑うかの様に、構えた大刀を揺らしながら微笑んでいた。

「なら分からせてあげる♡二度と知る事が出来ない愛を!!」

 霧の様に消え去ろうとした女性の元へと瞬時に接近したヨハネが払った大刀と、動きを予測し払われた女性の大鎌が衝突すると、再び周囲には地響きと共に大きな衝撃波が放たれた。
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