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第2章 紡がれる希望

第19話 不滅の天月と不死の生贄

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 赤壁の街ヴァイス

「師匠が転生したみたい」

 赤い壁の建造物が連なる街に舗装されていた街道に歩んでいた一人の少女は、血に染まった街道に佇み写真を見つめている〝金色の髪の女性〟に告げた。

「そうなんだ……興味ないけど⭐︎」

 女性はそう言うと写真に映る男性にキスをすると、廃墟の壁に突き刺していた大鎌を引き抜いた。

「嬉しいでしょ?」

「……へ?」

「殺されたって事はそれだけの〝愛〟を受けたの……貴方のお師匠様は」

「んー?さっぱり分かんない……ごめんっ!」

 少女は力強く言い放つと、同時に頭を深々と下げた。

「誰にも分からなかったから大丈夫……私に分かればそれで良いの」

 頭を下げた少女に歩み寄った女性は、下がられた頭の上に手を添えると優しく撫で始めた。

「〝転生済み〟の貴方はもう愛を受けているから……私からは与えられないけど……良かったね愛されて⭐︎」

「うん……私は愛されてた!それは間違いなし!!」

 腰に両手を当てながら胸を張った少女を見た女性は、拍手を送りながら優しく微笑んだ。

「良いなぁー私も早く愛して欲しいな⭐︎」

 女性は大鎌を両手で回転させた後、虚空を勢い良く切り裂いた。

 すると切り裂かれた空間に突如〝黒い空間〟が出現した。

「という訳で、私は想い人の所に行ってくるよ⭐︎」

「はーい!いってらっしゃーい!」

 少女は笑顔を向けたまま右手をブンブンと振っていた。

「行って来まーす⭐︎」

 女性が空間内に飛び込むと、切り裂かれた空間は一瞬にして閉じられ辺りは再び静寂へと包まれた。

「………師匠も死んじゃった……はぁ、私ももう一度愛されたいな……〝アダム〟に」

 少女は自身の身に付けていた黒衣のポケットから一枚の写真を取り出した。

 そこに写っていたのは、イタリアの光拠点シエラで主力として活躍していた〝五人〟の姿だった。

―*―*―*―*―

 アメリカ中央拠点クレイドル 北部

「その程度かっ!」

業火の剣レーヴァテイン

 ヨハネは正面に浮遊していた女性達に向けて、紅蓮の炎を纏った大刀を力強く払い、前方に浮遊していた女性達全てを飲み込む程に広がった紅の斬撃が放たれ、女性達は斬撃の中で塵に変化していった。

「私に、その光線は無意味」

 ファイスは女性達から乱射される光線を身体に受けながらも、表情一つ変える事なく接近すると同時に蒼炎で構成された球体を作り出した。

蒼球ブルーボール

 ファイスの両手から発生した炎の球体は、発生と同時に浮遊している女性に向けて放たれ、直撃した女性達は蒼炎に身体全体を包まれ、燃え尽きていった。

「二人も世界最強がいると、こんなにも心強いんだな!」

「そうですねケフィ……私達も二人に任せてばかりでは要られませんっ!」

「ああ、勿論だっ!」

救いの焔フレイム・サルティス

 浮遊する女性目掛けて飛んだクライフは、プラスの炎属性を帯びた刃を女性の腹部に向けて勢い良く払った。

 左下方向から払われた斬撃は、女性の身体を斬りつけると同時に同方向に向かって炎の柱が発生した。

 発生した炎の柱によって周辺を浮遊していた女性数名も柱に呑み込まれていった。

 斬撃は左上、下方向、横方向の順番で放たれ、その度に周囲に浮遊する女性達を呑み込む程に巨大な炎の柱が発生していた。

 ケフィも負けじと、左手を浮遊する女性にかざすと女性の正面に雷で構成された球体が八つ、円を描くように作り出された。

「さあ!もう一発食らっとけぇっ!!」

 属性を最大に溜めた右拳で、自身の正面に余分に作り出した円の中心目掛けて殴り付けると正面にある円の中心部分を拳が貫通し、同時に八つ形成された球体が拳の接触地点に集まり一点に凝縮された属性は浮遊していた女性全員を雷が貫いた。

機械じかけの雷鎚メカニカル・ミョルニル

 凝縮された強力な雷を食らった女性達は、煙を放ちながら力なく地面へと落下すると行動を完全に停止した。

 技を出し続けていた四人だったが、周囲を包囲する黄金色こがねいろの髪をした女性は、一向に減る気配を見せなかった。

「キリがないな」

「……そうね」

 光を感じない紅掛空色べにかけそらいろの瞳は瞬きする事なく一箇所に固まった四人を見つめていた。

「はぁ~疲れた!指示役が、前線に出張るもんじゃないな!……クライフお水頂戴ぃ」

 普段身体を動かしていなかったケフィは、運動と属性の消費による疲労で地面に座り込み足をバタバタと動かしていた。

「ケフィ……私の属性は給水用じゃありません」

 一向に減らない女性との戦闘で疲労の色を見せていたクライフは、三人の背後に寝そべり駄々を捏ねているケフィに向けて回復属性を含んだ水のマイナス属性を球体上にして放った。

「ぶっ!」

 顔面に球体を受けたケフィは、瞬時に身体全体を属性に包まれ治癒が開始された。

「クライフは私が闇に堕ちている間に、見違える程成長している様だ」

 背後でケフィの回復を行なっていたクライフを見ていたヨハネは優しい笑みを溢した。

「ヨハネがいなくなったあの日から、少しの間だけ後任をしていたから……その時の経験が、クライフに取っては大きな経験だったと思う」

 隣に立っていたファイスがそう告げると、ヨハネは瞳を閉じて首を横に振った。

「その時の経験だけでは無いだろう。ファイス……クライフがこれ程に属性を扱える様になったのは、属性に特化していたお前の指導の賜物だ」

 閉じていた瞼を開きファイスに向けられた瞳からは、以前の面影を全く感じない程に優しい光の灯った瞳だった。

「……それだけヨハネを転生させたい願いがクライフを強くしたの、私はその強い意志に負けただけ」

 そう告げたファイスは依然として無表情のまま、空中に浮かぶ女性を見つめ続けていた。

「そうか……」

 ヨハネは先程まで、障壁の存在していた場所を横目に見ると小さく溜息を吐いた。

「悪いが私にも、時間は限られている」

 ヨハネは地面に突き刺していた大刀を引き抜くと、三人よりも前に立つ様に前進し始めた。

「私には、護らねばならない人がいるからな」

 数歩歩いたヨハネは、右手に携えていた大刀を徐に地面へと突き刺した。

「そして……私の抱く想いは、貴様ら如き傀儡に阻める物ではない」

 突き刺した紅蓮の大刀は、徐々にその赤みを強め四人のいる場所以外の地面に紅の亀裂が広がっていった。

「どこの狂愛娘か知らないが……光の世界最強と呼ばれる人間を侮り過ぎだ」

焔の大陸ムスペル

 紅蓮の炎が地底で爆発を起こすと、四人の周囲に存在した地面は四人の近辺から次々に隆起し始めた。

「終わりだ」

 ヨハネは再び属性を注ぎ込み地面を爆発されると、隆起した地面は空中へと吹き飛ばされ、空中を浮遊していた女性達全員に激突した。

 一瞬に感じる程の速度で放たれた大地によって強烈な衝撃を受けた女性達は、原型を留めない程粉々に爆散した。

「ヨハネ様……やっぱり凄い」

 クライフは両手を握り締め、瞳を輝かせながら正面に立つヨハネを見つめていた。

「……」

 正面に立つヨハネの背中を見つめていたファイスは、あの日の事を思い起こしていた。

「少なくともあの事件が無ければ……私はあの廃墟に居続けていた」

 あの日の事件を思い起こしていたファイスは、周囲に聴こえない程小さな声で呟いた。

「え?……ファイス様、今何か言いました?」

 ケフィの治癒が終わりファイスの近くまで歩み寄っていたクライフは、首を傾げながらファイスに問い掛けた。

「世界最強のヨハネが戻ってきたのなら、私はお役御免だと言ったの」

 ファイスが微笑みながら発した言葉を聴いたクライフは、驚きの表情を浮かべると首を何度も横に振った。

「そんな事ないです!……これからもご指導の程宜しくお願いしますファイス様!」

 そう告げるとファイスに向けて、深々と頭を下げた。

「さっきのは冗談……私もフィアと同じ様な存在になる事が夢だから」

 肩に手を置かれたクライフは、ファイスに視線を向けると今まで無表情だったファイスが、少しだけ微笑んでいる様に感じた。

「クライフ……これ以上の増援は無いと思うが、クレイドル周辺の警備は強化していてくれ」

「は、はい!分かりましたヨハネ様!」

 ヨハネの声を聞いたクライフは、即座に頭を上げると近くまで歩み寄っていたヨハネに身体を向けて頷いた。

「それから、念の為に〝ツァリ・グラード〟に連絡してくれ」

「え?どうして〝ロシア本部〟に連絡を?」

「そこにいる〝アダム〟と言う男はクレイドルで待機して貰うべきだと思ってな……召集する際にはこう伝えて欲しい、誤ちを犯し続ける〝イブ〟を救えるのはお前だけだと」

 ヨハネを発した名前を聞いたクライフは、聞き覚えのある名前と記憶に残っていた情報を照らし合わせた。

「アダムとイブ……確か〝イタリアの主力〟に同じ名前の人がいましたよね?」

「お前の想像通りだ。ある日闇の人間に捕まった二人の内、イブだけがその人間によって命を絶たれた……一人残されたアダムは、転生するイブを捜索する為にイタリア最強と呼ばれた少女〝リエル〟が頼りにしていたロシアに赴き、現在は主力と活動を共にしているらしい」

 ヨハネの言葉を聞いていたクライフは、話の内容に疑問を抱き首を傾げた。

「クレイドルには、そのような情報は伝えられていなかったと思います。ヨハネ様、失礼ですがその情報を一体誰から?」

「〝黒フードの男〟からだ」

「えっ!な、何故奴がそんな情報を……虚偽の情報では無いのですか?」

 動揺しているクライフに対して、ヨハネは首を横に振った。

「奴はイタリアに関する現在までの状況と、ロシアに関しての情報を細部まで知り尽くしていた。ソーンが世界最強と呼ばれる以前の知識は薄かった所から推察すると、恐らく二年程度の記録から得た知識だと思うが、危惧すべき事は奴が光の人間でしか知り得ない様な情報を持っていた事だ」

「知り得ない情報……ですか?」

「ああ、それはソーンの属性についてだ」

 ヨハネから発せられた名前を聞いたファイスは、現状の国内の状況から判断できる最悪の結末を想像して表情を曇らせた。

「ソーン?確か……ロシアに在籍している世界最強の一人ですよね?」

 クライフの治癒によって疲労が回復したケフィが、クライフの背後から顔を出す様にしてヨハネに問い掛けた。

「そうだ。ソーンは属性力に関しては、ずば抜けているがその影響で属性の消費量も多いが故に長期戦には向かない」

「つまり、ソーンの欠点に関して奴は既に情報を得ていた……という事でしょうか?」

 クライフの問い掛けに、ヨハネは小さく頷いた。

「もう少し詳しく説明したいが、時間が惜しい……ファイス」

 ヨハネと視線が合ったファイスは、無言のままヨハネの元へと歩み寄った。

「すまないが、二人に指示を頼む。私は既にこの国の主力では無い……緊迫した状況下で敵であった私が指揮を取り国民を混乱させる訳にはいかない」

「……分かった」

 ファイスの返答を確認したヨハネは、一目散に障壁の存在していた地点に向けて駆け出した。

「ケフィ……貴方は支援部隊本部に戻って現状の把握をお願い。その後の指示に関しては、私が出すよりも総長である貴方からの指示が一番信頼出来るから頼んでも良い?」

「はーい……お任せあれー」

 ケフィは右手をヒラヒラ揺らすと、自身の持っていた転移端末を使用して本部へと転移して行った。

「転移が出来るようになってる……やっぱりフィアが言っていた通りあの障壁が影響してるのかも?」

 ケフィを見送ったファイスは、クライフに視線を向けると背を向けたまま一点を見つめたまま固まっているクライフの姿があった。

「……クライフ?」

 クライフは、徐々に離れていく白い隊服を身に纏っているヨハネの背中を茫然と見つめ続けていた。

 (あの日私は、ファイス様に出会い……ヨハネ様を失った)
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