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第2章 紡がれる希望
第12話 消えぬ栄誉
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三年前
アメリカ中央拠点クレイドル本部 会議室
室内には白い軍服に身を包んだ数人の男性と、一人の女性が一つの机を囲う様に座っていた。
「導き手が死んだらしい」
承和色の髪をした男性は、沈んだ表情を浮かべ水浅葱の瞳で一枚の写真を見つめながら悲報を告げた。
写真に映っていたのは国同士の和解を象徴するかの様な笑みを互いに浮かべた写真だった。
「導き手が死んだのなら……次の先導者は我々か?」
写真を見つめる男性の対面に座る男性は、暗い表情の男性に向けて不敵な笑みを浮かべた。
「いや、導き手にはご令嬢がいる。彼女が新たな導き手になるだろう」
「……馬鹿げているな、そんな小娘に我が国を……世界を任せろと?」
不敵な笑みを浮かべていた男から笑みが消え、怒りの表情で正面の男性を見つめた。
「そもそも、あんな小国の戯言に付き合っている事自体が間違いなんだ!」
男は怒りを露わにすると、机を叩き立ち上がった。
「我々が日本から得た物も大きい……他国とも互いの理解を深める事が出来た」
「得た物か?……我々の国が支援していなければあの国は既に存在していなかったと思うがな」
「属性が開花した今では、属性力に優れた人間が多い日本は世界で一番安全な国となっている。だからこそ他国の光も日本の導き手と交友を深めていた」
「他国と違って日本が海に囲まれ、闇の人間の侵入が困難なお陰だろ。高みの見物をしている小国が羨ましい限りだな」
男性二人が睨み合っていると、不満を持っていた周囲の男性達も写真を見ていた男性に矛先を向け始めた。
「超大国ロシアでさえも日本を重宝している……しかも、〝世界最強〟は寝てばかりの女だと聞いた」
「ああ……国の行く末をよりによって陸でなしの女に任せるとは……超大国と呼ばれたロシアも地に落ちた物だな」
ガンッ
周囲の男性が声を上げて笑う中、男性の言葉聞いていた女性が立ち上がり机を殴り付けた。
すると数名が囲んでいた机は、紙を破るかの様に軽々と真っ二つに割れた。
「ど、どうしたんだ?……ヨハネ」
女性は白い軍服を見に纏い、紅蓮の髪を揺らしながら緑色の瞳で周囲の男性達を睨みつけていた。
「黙って聞いていれば、日本を小国だと?……小国が率先して平和へと歩みを進める中、我々が一体何をした?大国でありながら小国が先導していなければ他国と歪み合い、碌な友好関係すら築く事が出来なかった我々が」
ヨハネの言葉を聞いた男性達は、静かにヨハネから目を逸らした。
「先程の発言もそうだ。こんな世の中で、性別に何の意味がある?我々が常に抱いているのは闇の人間から襲い来る脅威への不安感と対抗する為の意志のみだろう?」
そう言うとヨハネは机から滑り落ちた写真へと歩み寄り、床に落ちていた写真を掴み上げた。
「ロシアとて同じだろう。属性が全ての世界で男女で差が生じない今……世界最強と呼ばれる程の力を持っていた存在が〝ソーン〟だっただけの話だ」
ヨハネはゆっくりと立ち上がり、写真を見つめていた男性に差し出した。
「チッ!……安心しろお前の事は最初から女だと思っていない。なんせ人の皮を被った剛力の化け物だからな」
「……」
背後からの皮肉を無視したヨハネは、差し出した写真を見つめる男性を見つめていた。
「……少なくとも俺は、人種差別に尽力してくれているヨハネ……お前を尊敬しているよ」
男性はそう告げると、差し出された写真を受け取った。
「本日はここまでにしよう……これ以上の答弁は、私情を含む者が多数いるだろうからな」
写真を受け取った男性が告げると、ヨハネを背後から睨みつけていた男性達は無言のまま会議室を後にした。
「悪いな……ヨハネ。彼等も光の人間なんだ……必ず理解し合えると信じて話し合うよ」
男性が微笑みながらヨハネに謝罪すると、ヨハネは少しだけ笑みを浮かべて首を横に振った。
「いや、私は光の人間同士の歪み合い程愚かな物は無いと感じただけだ。差別に関しては過去の過ちや先入観が主だ……互いが互いの欠点や長所を理解する事が出来れば、いずれ必ず無くなる物だと信じている」
ヨハネは、決意を込めた瞳を男性へと向けた。
実際にヨハネの行なった取り組みによって人種差別は、活動以前に比べて遥かに減少していた。
他国からの交流を頻繁に行い、各国の状況を一つにまとめ上げ平等の情報量を維持する事で国同士の優劣を根絶していたが、男女差別に関してはヨハネ自身が常人以上の力を有している事が弊害となり、根絶までには至っていなかった。
「俺も全てを賭けてヨハネの力になろう」
「大袈裟だ」
「我が国が誇る世界最強、〝天月のヨハネ〟の力になれるなら本望さ」
「その名で呼ばれた後だと情けなく感じてしまうが……頼りにしているよ〝イシュト〟」
そう言い残したヨハネは、会議室から出て行った。
そんなヨハネの背後が見えなくなるまで、イシュトはじっと見つめ続けていた。
―*―*―*―*―
アメリカ中央拠点クレイドル 北部
「終わりか」
ヨハネは紅蓮の髪を靡かせ、地に開いた巨大な亀裂を見下ろしていた。
(……少し力を入れ過ぎたか)
「ヨハネ様ー!」
携えていた大刀を地面に突き刺し、腕を組みながら脳内反省会を行なっていたヨハネは、声のした方向へと視線を向けた。
そこには手を振りながら駆け足で近づいて来る女性の姿があった。
「はぁ……はぁ……お待たせ致しました」
息を切らした女性は、ヨハネの前まで来ると両膝に手を置いて息を整えた。
「突然呼び出してすまなかった……クライフ」
「いえ、私も少し本部から離れていたので……遅れてしまい申し訳ありません」
謝罪の言葉を発したクライフに対して、ヨハネは首を横に振った。
「お前が謝る必要は無い。多忙だったお前を呼び出した私に非があるのだからな……まだお前は、〝不屍人〟を追いかけているのか?」
ヨハネの言葉を聞いたクライフは、揺らしていた身体をピタリと止めた。
「クレイドルに所属せず、国への情報開示すらしていない詳細不明な奴だ。奴の行動からすると光の人間である事は間違いない筈だが、噂では通常の属性とは異なった〝異質な属性〟を有しているらしい……その点は導き手のご令嬢と同じだが」
ヨハネは、視線を下に向けたままのクライフに歩み寄った。
「まさかとは思うが、奴に属性の扱いを学んでいるのか?」
「いえ……そんな事は」
否定したクライフであったが、視線をヨハネに向ける事は無かった。
「本来であれば、私がお前の模範にならなければならないのだが……属性が開花していない私では、力になってやれないな」
「そんな事はありませんっ!」
下を向いていたクライフは、顔を上げてヨハネに視線を合わせた。
「……すみません。ヨハネ様が仰っている方とは面識すらありません」
叫びに近い大声を上げてしまった事を謝罪したクライフは、ヨハネの誤解を解く為に自身がしていた事を話し始めた。
「密かに属性の鍛錬を行なっていただけなんです……私が見ているのは貴方の背中だけなんです。ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした……これからは教えて頂いている剣技の習得に専念します」
深々と頭を下げて謝罪するクライフの肩に、ヨハネは優しく左手を乗せた。
「私の方こそ散策が過ぎた。会議の件もあるが、国内で噂になっている事柄に関しても気を張り過ぎているな……私も」
クレイドル内でも噂になっている情報の中で『不死の女性』、『世界最強を超える存在』、『災禍と属性開花の繋がり』に関しては、ヨハネも不安を抱いていた。
ヨハネは一般的な属性開花とは異なり、二十歳を過ぎても属性が開花していない。
開花の遅れの原因との関連性は不明だが、会議に出席していた男性が発していた言葉の通り、ヨハネの筋力は常軌を逸していた。
高層ビルを片手で移動させる、素手で地面を割る等、常人では不可能な事が可能だった。
ヨハネの両親は幼い頃に亡くなっていたが、両親共に属性開花も筋力も特殊ではなかった。
ヨハネは属性による優劣を嫌い、属性に勝る為の努力を積み重ねる事で世界から最強と呼ばれる様になった。
国内では光の導き手と同等の存在となっていたヨハネの事を、人々は天月のヨハネと呼ぶ様になっていた。
そんな時、クレイドルに所属して来た事が切っ掛けで師弟関係になったのがクライフであった。
配属当初からヨハネの後を追い、陰で密かに尊敬の眼差しを向けているクライフに気付いていたヨハネは、いつからかクライフに剣技を教える様になっていた。
「そう言えばヨハネ様、本日はイシュトさんがいませんね?」
「……?何故あいつの名前が出てくる」
「……ヨハネ様、ちゃんとイシュトさんの事を見てあげて下さい……こちらに向かっている間にすれ違う人から聞きましたが、男女間の差別撤廃の為にクレイドル内に女性隊員を増員したそうですよ?」
「人員を増やした所で、差別主義の者達からは反感を買うだけだと思うが」
クレイドルに所属している隊員は、元軍人だった男性が多く女性の隊員は基本的に支援部隊で後方支援を担当する事が主だったが、イシュトは前線に立たせて欲しいと希望していた女性の願いを汲み、南部と北部に女性隊員を増員したのだ。
「男性からの反対意見も少数あったそうですが……イシュトさんは一人ひとり説得してやっと増員に至ったそうです。私もそうでしたが、ヨハネ様のような強い存在になりたい女性は多いんですよ」
「……そうか」
(会議から余り時間が経っていないと言うのに……イシュトの行動する速さは私も見習わねばな)
ヨハネは、遠くに聳え立ったクレイドルに視線を向けていた。
「確認が遅れてしまいましたが、ヨハネ様……どうして私をお呼びになったんですか?」
クレイドルに視線を向けていたヨハネの背後で、クライフは頭上にハテナを浮かべながら首を傾げていた。
「ああ……実は、さっき話した不屍人に関してなんだが……クレイドルへの所属依頼を出して欲しいと頼まれてな」
「えっ!……でも彼女って詳細不明でしたよね?……国からも不信感を抱かれているのにどうして」
ヨハネの意外な言葉に驚愕したクライフは、考え込む様に視線を下に向けて小言を言っていた。
「さっきも伝えたが、一番の理由は国内で噂になっている事だろう……イタリア周辺で目撃された災禍領域の脅威は計り知れない。その為、私と同等か……それ以上力を持つ可能性がある彼女を、クレイドルに引き入れたいと通信機を介してイシュトから伝えられたんだ」
ヨハネはそう言うと、左耳に付けていた通信機を指差した。
「でも……彼女は一体何処に?」
「彼女がいるのは南部周辺の廃墟らしい。危険区域に指定された付近だ、防衛拠点も存在してはいるが……危険な事には変わりない。だからこそ私の元で修練を重ね信頼出来るクライフに頼みたい」
ヨハネの言葉を聞いたクライフは、感激から目を輝かせていた。
「本来であれば、私が直接赴けば良い話なのだが……代表を集めて会合を開いて国の防衛に関して話し合いをするとイシュトから伝えられていてな」
「任せて下さい!もし闇の人間達が現れても、ヨハネ様から学んだ剣技で打ち負かしてみせます!」
表情を曇らせていたヨハネの両手を握ったクライフは、何度も頷いていた。
「クライフ……すまないが任せたぞ」
「はいっ!」
クライフは力強く返事を返すと南部へ向かって走り出した。
そんなクライフを見つめていたヨハネは、地面に突き刺していた大刀を引き抜きクレイドルへと戻って行った。
―*―*―*―*―
ヨハネがクレイドルに帰還した頃、入り口に見慣れた男性が立っていた。
「……おっ!ヨハネ!」
「イシュト……わざわざ私が帰って来るまで待っていたのか?」
「お前に一番最初に伝えたくてな……性別の差別に関して不服を訴えていた人達を説得する事がようやく出来たんだ!」
笑顔で告げたイシュトの隊服は、汚れ一つ無い真っ白な服の白い部分の殆どが黒く汚れていた。
「……何かあったのか?」
「ヨハネが気にする様な事じゃ無いさ」
(否定派の人間達に何度も突き返されたのか)
イシュトは話そうとはしなかったが、服の汚れや身体の揺めきを見ていたヨハネには、差別化を肯定し続けていた人間からの過激な反論で汚れ、傷付いた事を容易に想像出来た。
「取り敢えず、会議室に向かおうか?」
「そうだな」
イシュトは多少の冷や汗を流しながらも、ヨハネに悟られない様に歩き始めた。
(……)
ヨハネはイシュトに歩く速度を合わせ、倒れない様に隣を歩き始めた。
倒れる可能性を考えていたヨハネは、歩いている間は普段よりもイシュトに近い距離を歩いていた。
―*―*―*―*―
支援本部を通り抜け、会議室に到着したヨハネ達は以前と同じ席に着席した。
(……ん?)
会議が始まりイシュトが進行役として話し始めた頃、ヨハネにはある異変が起こっていた。
(声が……聞こえない)
イシュトは画面を映し出しながら会議を進行している事が判断出来たが、ヨハネには声を発さずに口だけを動いている様に見えていた。
「一体……何が起きているんだ」
ヨハネがそう言葉にすると、イシュトだけでなく周囲の男性達が同時にヨハネに視線を向けた。
「私の声は聞こえているのか?」
ヨハネの問いかけに対して、会議室にいる人間全員が同時に頷いた。
(闇の人間の仕業か?……こんな小細工をする意味があるのか?)
「——か?ヨハネ」
イシュトの心配する声が聞こえ始めた瞬間、ヨハネの視界は赤黒い炎に包まれた。
―*―*―*―*―
「……ぐっ!」
意識を失っていたイシュトは、自身が地面に倒れ込んでいる事に気付くと、ゆっくりと状態を起こした。
(何が……起きたんだ?)
記憶を辿っていたイシュトの意識がはっきりすると同時に、イシュトは眼前に広がる景色に驚愕した。
「こ、これは一体」
イシュトが目にしたのは周囲に倒れ込み、身体の殆どが炭となっている男性達の亡骸と、周囲で絶え間なく燃え続ける赤黒い炎、そして会議室からクレイドルの外まで貫通され穴が空いた壁だった。
「……そうだ!ヨハネ……ヨハネは何処に!」
イシュトは亡骸の中には確認する事が出来なかったヨハネの姿を捜索し始めた。
「くそっ!……熱くて近づけない……この炎属性、なんて高温なんだ」
イシュトのいる会議室内に存在した赤黒い炎は、部屋中に広がっていたが建物を燃やす事なく会議室ないだけで燃え続けていた。
そんな時、イシュトは視界の先に開いた大きな穴を見つめた。
「これをやった犯人を追って、あの穴から出たのか?」
イシュトは燃え盛る炎に身体を焼かれない様に、自身の持つ雷のプラス属性を使用して身体を加速させ、炎の壁を突破した。
(ロシアにいる世界最強の真似だが……上手くいったな)
イシュトは多少燃え移った炎を祓いながら、外に繋がった穴の奥へと駆け出した。
「……これは!」
イシュトが見たのは、クレイドルとは逆方向に逃げ惑う人々の姿だった。
(やはり敵が現れたのか!)
敵の出現を悟ったイシュトは、クレイドル中層に位置していた場所から飛び降りた。
(一体何処から侵入したんだ!)
イシュトは身体を空中で数回転させた後、クレイドルの外壁に脚をつけた。
すると、イシュトの脚は雷の属性によって張り付いた。
(属性の電気を足元に集中させて張り付いた!ぶっつけ本番だったが上手くいったな)
イシュトは脚が外壁から外れない様に、両脚に伝わる電気を調整しながらクレイドルの外壁を走り降りた。
「到着……」
(さて、人々が逃げたのはクレイドルとは反対側……つまり、敵がいるのはクレイドル内)
そう考察したイシュトは、人々が逃げて行った方向とは逆方向に視線を向けた。
(…………え)
イシュトの視線の先には、白い軍服の節々を血色に染めた女性が大刀を片手に携えた状態でクレイドル入り口に立っていた。
「……嘘だろ……〝ヨハネ〟」
イシュトが名を呼ぶと、俯いていたヨハネがイシュトに視線を向けた。
その瞳は、光を感じない程に淀んでいた。
(まさか、あの時か?)
イシュトは、会議中に起こったヨハネの不自然な行動を思い返していた。
(確かにあの時のヨハネの挙動は不自然だった……だが、何で……〝よりによって今なんだ〟)
イシュトは歯を食いしばると同時に、ポケットに入れていた通信機を片耳に付けた。
(ヨハネを相手に俺が生き残れる可能性は無い……それに、俺には彼女を攻撃する事は出来ない)
イシュトは装着した通信機に繋がった女性に救援を求めた後、耳につけていた通信機を投げ捨てた。
その間ヨハネはイシュトを見つめ続けながら少しずつ距離を詰める様に大刀を引き摺りながら歩み寄っていた。
「……ヨハネ、死ぬ前にお前にどうしても伝えておきたい事がある」
イシュトの言葉を聞いたヨハネは、ピタリと動きを止めてイシュトと視線を合わせた。
(まさか、こんな形になるとは……思っていなかったが)
「他の奴がどれだけお前を化け物だと蔑もうとも、俺は……ずっと、お前を女性として見ていた。世界最強としてじゃなく……〝一人の女性〟として、ヨハネ……お前の事が好きだ」
イシュトの告白を聞いたヨハネは、静かに瞼を閉じた。
「本来であれば……差別問題を解決した後に、二人きりになれる場所で、お前に伝えるつもりだった」
告白をした後も、イシュトは恥ずかしがる事なくヨハネに真剣な眼差しを向け続けていた。
「性別問題が解消された今では、この言葉もあまり意味を成さないかもしれないが……俺は、男として情けない。好きな女性一人さえ救い出す事が出来ない……救う為に、好きな女性に刃を突き立てる事すら出来ない……情けない俺自身が」
「……情けないのは私の方だ」
閉じていた目をゆっくりと開き、緑色の瞳が再び露わになった。
その瞳は先程とは異なり、イシュトの知っている光の灯った優しい瞳をしていた。
「ヨハネ……」
イシュトと視線を合わせていたヨハネは、大刀を振り被り、歯を食いしばりながら涙を流していた。
「俺も……この国の人々も、お前を讃え続けるだろう。国を、世界を変えた天月のヨハネの事を」
そう言うとイシュトはポケットの中に入れていた、国同士の和解を象徴する写真を取り出した。
(この写真を持っている事は……最後までバレなかったな)
イシュトが指を動かすと、和解の写真と重なる様に満面の笑みを浮かべ、カメラを見つめるヨハネの写真が顔を覗かせた。
イシュトがその写真を見て微笑んだ瞬間、写真とイシュトはヨハネの斬撃によって二つに斬り裂かれた。
二つに斬り裂かれると、同時にイシュトの身体と写真は赤黒い炎に包まれ、数秒で焼却された。
消えゆくイシュトを見つめていたヨハネの瞳からは、イシュトによって灯された光が消えていた。
「向けられた好意にすら気付く事が出来なかった……愚劣な私を……」
どうか、許さないでくれ。
アメリカ中央拠点クレイドル本部 会議室
室内には白い軍服に身を包んだ数人の男性と、一人の女性が一つの机を囲う様に座っていた。
「導き手が死んだらしい」
承和色の髪をした男性は、沈んだ表情を浮かべ水浅葱の瞳で一枚の写真を見つめながら悲報を告げた。
写真に映っていたのは国同士の和解を象徴するかの様な笑みを互いに浮かべた写真だった。
「導き手が死んだのなら……次の先導者は我々か?」
写真を見つめる男性の対面に座る男性は、暗い表情の男性に向けて不敵な笑みを浮かべた。
「いや、導き手にはご令嬢がいる。彼女が新たな導き手になるだろう」
「……馬鹿げているな、そんな小娘に我が国を……世界を任せろと?」
不敵な笑みを浮かべていた男から笑みが消え、怒りの表情で正面の男性を見つめた。
「そもそも、あんな小国の戯言に付き合っている事自体が間違いなんだ!」
男は怒りを露わにすると、机を叩き立ち上がった。
「我々が日本から得た物も大きい……他国とも互いの理解を深める事が出来た」
「得た物か?……我々の国が支援していなければあの国は既に存在していなかったと思うがな」
「属性が開花した今では、属性力に優れた人間が多い日本は世界で一番安全な国となっている。だからこそ他国の光も日本の導き手と交友を深めていた」
「他国と違って日本が海に囲まれ、闇の人間の侵入が困難なお陰だろ。高みの見物をしている小国が羨ましい限りだな」
男性二人が睨み合っていると、不満を持っていた周囲の男性達も写真を見ていた男性に矛先を向け始めた。
「超大国ロシアでさえも日本を重宝している……しかも、〝世界最強〟は寝てばかりの女だと聞いた」
「ああ……国の行く末をよりによって陸でなしの女に任せるとは……超大国と呼ばれたロシアも地に落ちた物だな」
ガンッ
周囲の男性が声を上げて笑う中、男性の言葉聞いていた女性が立ち上がり机を殴り付けた。
すると数名が囲んでいた机は、紙を破るかの様に軽々と真っ二つに割れた。
「ど、どうしたんだ?……ヨハネ」
女性は白い軍服を見に纏い、紅蓮の髪を揺らしながら緑色の瞳で周囲の男性達を睨みつけていた。
「黙って聞いていれば、日本を小国だと?……小国が率先して平和へと歩みを進める中、我々が一体何をした?大国でありながら小国が先導していなければ他国と歪み合い、碌な友好関係すら築く事が出来なかった我々が」
ヨハネの言葉を聞いた男性達は、静かにヨハネから目を逸らした。
「先程の発言もそうだ。こんな世の中で、性別に何の意味がある?我々が常に抱いているのは闇の人間から襲い来る脅威への不安感と対抗する為の意志のみだろう?」
そう言うとヨハネは机から滑り落ちた写真へと歩み寄り、床に落ちていた写真を掴み上げた。
「ロシアとて同じだろう。属性が全ての世界で男女で差が生じない今……世界最強と呼ばれる程の力を持っていた存在が〝ソーン〟だっただけの話だ」
ヨハネはゆっくりと立ち上がり、写真を見つめていた男性に差し出した。
「チッ!……安心しろお前の事は最初から女だと思っていない。なんせ人の皮を被った剛力の化け物だからな」
「……」
背後からの皮肉を無視したヨハネは、差し出した写真を見つめる男性を見つめていた。
「……少なくとも俺は、人種差別に尽力してくれているヨハネ……お前を尊敬しているよ」
男性はそう告げると、差し出された写真を受け取った。
「本日はここまでにしよう……これ以上の答弁は、私情を含む者が多数いるだろうからな」
写真を受け取った男性が告げると、ヨハネを背後から睨みつけていた男性達は無言のまま会議室を後にした。
「悪いな……ヨハネ。彼等も光の人間なんだ……必ず理解し合えると信じて話し合うよ」
男性が微笑みながらヨハネに謝罪すると、ヨハネは少しだけ笑みを浮かべて首を横に振った。
「いや、私は光の人間同士の歪み合い程愚かな物は無いと感じただけだ。差別に関しては過去の過ちや先入観が主だ……互いが互いの欠点や長所を理解する事が出来れば、いずれ必ず無くなる物だと信じている」
ヨハネは、決意を込めた瞳を男性へと向けた。
実際にヨハネの行なった取り組みによって人種差別は、活動以前に比べて遥かに減少していた。
他国からの交流を頻繁に行い、各国の状況を一つにまとめ上げ平等の情報量を維持する事で国同士の優劣を根絶していたが、男女差別に関してはヨハネ自身が常人以上の力を有している事が弊害となり、根絶までには至っていなかった。
「俺も全てを賭けてヨハネの力になろう」
「大袈裟だ」
「我が国が誇る世界最強、〝天月のヨハネ〟の力になれるなら本望さ」
「その名で呼ばれた後だと情けなく感じてしまうが……頼りにしているよ〝イシュト〟」
そう言い残したヨハネは、会議室から出て行った。
そんなヨハネの背後が見えなくなるまで、イシュトはじっと見つめ続けていた。
―*―*―*―*―
アメリカ中央拠点クレイドル 北部
「終わりか」
ヨハネは紅蓮の髪を靡かせ、地に開いた巨大な亀裂を見下ろしていた。
(……少し力を入れ過ぎたか)
「ヨハネ様ー!」
携えていた大刀を地面に突き刺し、腕を組みながら脳内反省会を行なっていたヨハネは、声のした方向へと視線を向けた。
そこには手を振りながら駆け足で近づいて来る女性の姿があった。
「はぁ……はぁ……お待たせ致しました」
息を切らした女性は、ヨハネの前まで来ると両膝に手を置いて息を整えた。
「突然呼び出してすまなかった……クライフ」
「いえ、私も少し本部から離れていたので……遅れてしまい申し訳ありません」
謝罪の言葉を発したクライフに対して、ヨハネは首を横に振った。
「お前が謝る必要は無い。多忙だったお前を呼び出した私に非があるのだからな……まだお前は、〝不屍人〟を追いかけているのか?」
ヨハネの言葉を聞いたクライフは、揺らしていた身体をピタリと止めた。
「クレイドルに所属せず、国への情報開示すらしていない詳細不明な奴だ。奴の行動からすると光の人間である事は間違いない筈だが、噂では通常の属性とは異なった〝異質な属性〟を有しているらしい……その点は導き手のご令嬢と同じだが」
ヨハネは、視線を下に向けたままのクライフに歩み寄った。
「まさかとは思うが、奴に属性の扱いを学んでいるのか?」
「いえ……そんな事は」
否定したクライフであったが、視線をヨハネに向ける事は無かった。
「本来であれば、私がお前の模範にならなければならないのだが……属性が開花していない私では、力になってやれないな」
「そんな事はありませんっ!」
下を向いていたクライフは、顔を上げてヨハネに視線を合わせた。
「……すみません。ヨハネ様が仰っている方とは面識すらありません」
叫びに近い大声を上げてしまった事を謝罪したクライフは、ヨハネの誤解を解く為に自身がしていた事を話し始めた。
「密かに属性の鍛錬を行なっていただけなんです……私が見ているのは貴方の背中だけなんです。ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした……これからは教えて頂いている剣技の習得に専念します」
深々と頭を下げて謝罪するクライフの肩に、ヨハネは優しく左手を乗せた。
「私の方こそ散策が過ぎた。会議の件もあるが、国内で噂になっている事柄に関しても気を張り過ぎているな……私も」
クレイドル内でも噂になっている情報の中で『不死の女性』、『世界最強を超える存在』、『災禍と属性開花の繋がり』に関しては、ヨハネも不安を抱いていた。
ヨハネは一般的な属性開花とは異なり、二十歳を過ぎても属性が開花していない。
開花の遅れの原因との関連性は不明だが、会議に出席していた男性が発していた言葉の通り、ヨハネの筋力は常軌を逸していた。
高層ビルを片手で移動させる、素手で地面を割る等、常人では不可能な事が可能だった。
ヨハネの両親は幼い頃に亡くなっていたが、両親共に属性開花も筋力も特殊ではなかった。
ヨハネは属性による優劣を嫌い、属性に勝る為の努力を積み重ねる事で世界から最強と呼ばれる様になった。
国内では光の導き手と同等の存在となっていたヨハネの事を、人々は天月のヨハネと呼ぶ様になっていた。
そんな時、クレイドルに所属して来た事が切っ掛けで師弟関係になったのがクライフであった。
配属当初からヨハネの後を追い、陰で密かに尊敬の眼差しを向けているクライフに気付いていたヨハネは、いつからかクライフに剣技を教える様になっていた。
「そう言えばヨハネ様、本日はイシュトさんがいませんね?」
「……?何故あいつの名前が出てくる」
「……ヨハネ様、ちゃんとイシュトさんの事を見てあげて下さい……こちらに向かっている間にすれ違う人から聞きましたが、男女間の差別撤廃の為にクレイドル内に女性隊員を増員したそうですよ?」
「人員を増やした所で、差別主義の者達からは反感を買うだけだと思うが」
クレイドルに所属している隊員は、元軍人だった男性が多く女性の隊員は基本的に支援部隊で後方支援を担当する事が主だったが、イシュトは前線に立たせて欲しいと希望していた女性の願いを汲み、南部と北部に女性隊員を増員したのだ。
「男性からの反対意見も少数あったそうですが……イシュトさんは一人ひとり説得してやっと増員に至ったそうです。私もそうでしたが、ヨハネ様のような強い存在になりたい女性は多いんですよ」
「……そうか」
(会議から余り時間が経っていないと言うのに……イシュトの行動する速さは私も見習わねばな)
ヨハネは、遠くに聳え立ったクレイドルに視線を向けていた。
「確認が遅れてしまいましたが、ヨハネ様……どうして私をお呼びになったんですか?」
クレイドルに視線を向けていたヨハネの背後で、クライフは頭上にハテナを浮かべながら首を傾げていた。
「ああ……実は、さっき話した不屍人に関してなんだが……クレイドルへの所属依頼を出して欲しいと頼まれてな」
「えっ!……でも彼女って詳細不明でしたよね?……国からも不信感を抱かれているのにどうして」
ヨハネの意外な言葉に驚愕したクライフは、考え込む様に視線を下に向けて小言を言っていた。
「さっきも伝えたが、一番の理由は国内で噂になっている事だろう……イタリア周辺で目撃された災禍領域の脅威は計り知れない。その為、私と同等か……それ以上力を持つ可能性がある彼女を、クレイドルに引き入れたいと通信機を介してイシュトから伝えられたんだ」
ヨハネはそう言うと、左耳に付けていた通信機を指差した。
「でも……彼女は一体何処に?」
「彼女がいるのは南部周辺の廃墟らしい。危険区域に指定された付近だ、防衛拠点も存在してはいるが……危険な事には変わりない。だからこそ私の元で修練を重ね信頼出来るクライフに頼みたい」
ヨハネの言葉を聞いたクライフは、感激から目を輝かせていた。
「本来であれば、私が直接赴けば良い話なのだが……代表を集めて会合を開いて国の防衛に関して話し合いをするとイシュトから伝えられていてな」
「任せて下さい!もし闇の人間達が現れても、ヨハネ様から学んだ剣技で打ち負かしてみせます!」
表情を曇らせていたヨハネの両手を握ったクライフは、何度も頷いていた。
「クライフ……すまないが任せたぞ」
「はいっ!」
クライフは力強く返事を返すと南部へ向かって走り出した。
そんなクライフを見つめていたヨハネは、地面に突き刺していた大刀を引き抜きクレイドルへと戻って行った。
―*―*―*―*―
ヨハネがクレイドルに帰還した頃、入り口に見慣れた男性が立っていた。
「……おっ!ヨハネ!」
「イシュト……わざわざ私が帰って来るまで待っていたのか?」
「お前に一番最初に伝えたくてな……性別の差別に関して不服を訴えていた人達を説得する事がようやく出来たんだ!」
笑顔で告げたイシュトの隊服は、汚れ一つ無い真っ白な服の白い部分の殆どが黒く汚れていた。
「……何かあったのか?」
「ヨハネが気にする様な事じゃ無いさ」
(否定派の人間達に何度も突き返されたのか)
イシュトは話そうとはしなかったが、服の汚れや身体の揺めきを見ていたヨハネには、差別化を肯定し続けていた人間からの過激な反論で汚れ、傷付いた事を容易に想像出来た。
「取り敢えず、会議室に向かおうか?」
「そうだな」
イシュトは多少の冷や汗を流しながらも、ヨハネに悟られない様に歩き始めた。
(……)
ヨハネはイシュトに歩く速度を合わせ、倒れない様に隣を歩き始めた。
倒れる可能性を考えていたヨハネは、歩いている間は普段よりもイシュトに近い距離を歩いていた。
―*―*―*―*―
支援本部を通り抜け、会議室に到着したヨハネ達は以前と同じ席に着席した。
(……ん?)
会議が始まりイシュトが進行役として話し始めた頃、ヨハネにはある異変が起こっていた。
(声が……聞こえない)
イシュトは画面を映し出しながら会議を進行している事が判断出来たが、ヨハネには声を発さずに口だけを動いている様に見えていた。
「一体……何が起きているんだ」
ヨハネがそう言葉にすると、イシュトだけでなく周囲の男性達が同時にヨハネに視線を向けた。
「私の声は聞こえているのか?」
ヨハネの問いかけに対して、会議室にいる人間全員が同時に頷いた。
(闇の人間の仕業か?……こんな小細工をする意味があるのか?)
「——か?ヨハネ」
イシュトの心配する声が聞こえ始めた瞬間、ヨハネの視界は赤黒い炎に包まれた。
―*―*―*―*―
「……ぐっ!」
意識を失っていたイシュトは、自身が地面に倒れ込んでいる事に気付くと、ゆっくりと状態を起こした。
(何が……起きたんだ?)
記憶を辿っていたイシュトの意識がはっきりすると同時に、イシュトは眼前に広がる景色に驚愕した。
「こ、これは一体」
イシュトが目にしたのは周囲に倒れ込み、身体の殆どが炭となっている男性達の亡骸と、周囲で絶え間なく燃え続ける赤黒い炎、そして会議室からクレイドルの外まで貫通され穴が空いた壁だった。
「……そうだ!ヨハネ……ヨハネは何処に!」
イシュトは亡骸の中には確認する事が出来なかったヨハネの姿を捜索し始めた。
「くそっ!……熱くて近づけない……この炎属性、なんて高温なんだ」
イシュトのいる会議室内に存在した赤黒い炎は、部屋中に広がっていたが建物を燃やす事なく会議室ないだけで燃え続けていた。
そんな時、イシュトは視界の先に開いた大きな穴を見つめた。
「これをやった犯人を追って、あの穴から出たのか?」
イシュトは燃え盛る炎に身体を焼かれない様に、自身の持つ雷のプラス属性を使用して身体を加速させ、炎の壁を突破した。
(ロシアにいる世界最強の真似だが……上手くいったな)
イシュトは多少燃え移った炎を祓いながら、外に繋がった穴の奥へと駆け出した。
「……これは!」
イシュトが見たのは、クレイドルとは逆方向に逃げ惑う人々の姿だった。
(やはり敵が現れたのか!)
敵の出現を悟ったイシュトは、クレイドル中層に位置していた場所から飛び降りた。
(一体何処から侵入したんだ!)
イシュトは身体を空中で数回転させた後、クレイドルの外壁に脚をつけた。
すると、イシュトの脚は雷の属性によって張り付いた。
(属性の電気を足元に集中させて張り付いた!ぶっつけ本番だったが上手くいったな)
イシュトは脚が外壁から外れない様に、両脚に伝わる電気を調整しながらクレイドルの外壁を走り降りた。
「到着……」
(さて、人々が逃げたのはクレイドルとは反対側……つまり、敵がいるのはクレイドル内)
そう考察したイシュトは、人々が逃げて行った方向とは逆方向に視線を向けた。
(…………え)
イシュトの視線の先には、白い軍服の節々を血色に染めた女性が大刀を片手に携えた状態でクレイドル入り口に立っていた。
「……嘘だろ……〝ヨハネ〟」
イシュトが名を呼ぶと、俯いていたヨハネがイシュトに視線を向けた。
その瞳は、光を感じない程に淀んでいた。
(まさか、あの時か?)
イシュトは、会議中に起こったヨハネの不自然な行動を思い返していた。
(確かにあの時のヨハネの挙動は不自然だった……だが、何で……〝よりによって今なんだ〟)
イシュトは歯を食いしばると同時に、ポケットに入れていた通信機を片耳に付けた。
(ヨハネを相手に俺が生き残れる可能性は無い……それに、俺には彼女を攻撃する事は出来ない)
イシュトは装着した通信機に繋がった女性に救援を求めた後、耳につけていた通信機を投げ捨てた。
その間ヨハネはイシュトを見つめ続けながら少しずつ距離を詰める様に大刀を引き摺りながら歩み寄っていた。
「……ヨハネ、死ぬ前にお前にどうしても伝えておきたい事がある」
イシュトの言葉を聞いたヨハネは、ピタリと動きを止めてイシュトと視線を合わせた。
(まさか、こんな形になるとは……思っていなかったが)
「他の奴がどれだけお前を化け物だと蔑もうとも、俺は……ずっと、お前を女性として見ていた。世界最強としてじゃなく……〝一人の女性〟として、ヨハネ……お前の事が好きだ」
イシュトの告白を聞いたヨハネは、静かに瞼を閉じた。
「本来であれば……差別問題を解決した後に、二人きりになれる場所で、お前に伝えるつもりだった」
告白をした後も、イシュトは恥ずかしがる事なくヨハネに真剣な眼差しを向け続けていた。
「性別問題が解消された今では、この言葉もあまり意味を成さないかもしれないが……俺は、男として情けない。好きな女性一人さえ救い出す事が出来ない……救う為に、好きな女性に刃を突き立てる事すら出来ない……情けない俺自身が」
「……情けないのは私の方だ」
閉じていた目をゆっくりと開き、緑色の瞳が再び露わになった。
その瞳は先程とは異なり、イシュトの知っている光の灯った優しい瞳をしていた。
「ヨハネ……」
イシュトと視線を合わせていたヨハネは、大刀を振り被り、歯を食いしばりながら涙を流していた。
「俺も……この国の人々も、お前を讃え続けるだろう。国を、世界を変えた天月のヨハネの事を」
そう言うとイシュトはポケットの中に入れていた、国同士の和解を象徴する写真を取り出した。
(この写真を持っている事は……最後までバレなかったな)
イシュトが指を動かすと、和解の写真と重なる様に満面の笑みを浮かべ、カメラを見つめるヨハネの写真が顔を覗かせた。
イシュトがその写真を見て微笑んだ瞬間、写真とイシュトはヨハネの斬撃によって二つに斬り裂かれた。
二つに斬り裂かれると、同時にイシュトの身体と写真は赤黒い炎に包まれ、数秒で焼却された。
消えゆくイシュトを見つめていたヨハネの瞳からは、イシュトによって灯された光が消えていた。
「向けられた好意にすら気付く事が出来なかった……愚劣な私を……」
どうか、許さないでくれ。
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