創造した物はこの世に無い物だった

ゴシック

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第2章 紡がれる希望

第11話 天月

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 アメリカ中央拠点クレイドル 北部

 地面に膝をついたクライフが見つめる先には、白い隊服に身を包み金色こんじきのツインテールを揺らしている女性の姿があった。

「祖国が恋しくなった?……ヨハネ」

不屍人しにぞこない風情が、馴れ馴れしく私の名前を呼ぶな」

 表情を変化される事のないファイスに対して、ヨハネは目の前に立つファイスに憤怒の眼差しを向けていた。

「クライフ……立って」

 ファイスは視線をヨハネに向けたまま、背後に座り込んだクライフに囁いた。

「は、はい」

 クライフは少しだけフラつきながらも、何とか立ち上がりファイスの背後に近付いた。

「駄目」

 ファイスに近付こうとしていたクライフに対して、右手を出して静止させた。

「私は身代わりになる事が出来ても、クライフを守る事が出来ない……だからクライフは障壁の向こう側に逃げて。そしてこの事をケフィに伝えて」

「ファイス様……分かりました。どうかお気を付けて」

 クライフはそう言い残し、ヨハネに視線を合わせた状態で距離を離して行き、一定距離を保った段階で背後を向いて駆け出し、ヨハネの視界から姿を消した。

 (気を付けて欲しいのは……クライフの方なんだけど)

 ヨハネがクライフに追撃をしない様に監視していたファイスであったが、ヨハネはファイスに怒りの眼差しを向けたまま動こうとしなかった。

「未練を拭い切れていないみたいね……ヨ——」

「名前を呼ぶな!!」

 強い怒号を発したヨハネは、ファイスの身体を二つに切り裂いた。

 上下に二分されたファイスは、無表情のまま立ち尽くしていた。

「そんな斬撃に……意味はない」

 二分されていた身体から緑色の炎が吹き出すと、欠損していた身体の部位は数秒で再生された。

「っ!……闇に堕ちた私は、日を追う毎に自分の名前も、過去の記憶すらも無くして行った」

 ヨハネは、自身の携えた紅の大刀を握り締めた。

「そして残されたのは、心に刻み込んだ強い想い……そう、愚かな私自身に対しての怒りと……貴様に対しての憎しみだけだ!」

 怒りに身を任せたヨハネは、ファイスの身体を何度も切り裂いた。

 そしてファイスの身体は切り裂かれた部分から再生を繰り返し、無傷の状態へと再生し続けていた。

「くそっ!努力と無縁の貴様に、私の苦しみが分かるかっ!私が積み重ねた努力で得た勲章を……貴様が軽々しく名乗っている事自体が私にとっては屈辱なんだ!!」

「……」

 ヨハネの叫びを聞いたファイスは、クライフを助けた時と同様に大刀を片手で掴み静止させた。

「私も、〝世界最強〟になるつもりは無かった」

「なんだと!」

 怒りを剥き出しにしたヨハネは大刀を引き離そうとしたが、ファイスは刃を両手で掴んで阻止した。

「フィア……ユカリの存在が、私の運命を変えた」

「ユカリ?光の導き手の後継者か?」

 ヨハネの言葉に小さく頷いたファイスは、ヨハネの大刀を離した。

 大刀を離されたヨハネは、ファイスから距離を取る様に後方へと飛び退いた。

「貴方も同じ。この国を……世界を変えた存在でしょ?人種や性別に対しての差別を無くす為に尽力していたのは貴方。この国で黒人と白人が心の底から仲間として共に努力する事ができるのは、貴方のおかげ。男性と女性が互いに互いの長所を理解して動けるのも貴方のおかげ」

 その言葉を聞いた瞬間、怒りに侵食され光を失っていたヨハネの瞳に微かな光が灯っていた。

「私は、貴方には到底及ばない生贄サクリファイス……だから私は、私に生きる意味をくれた全てを守る為に……死に続ける」

 拳に黒いグローブを身に付けたファイスを見たヨハネは、再び光を失った怒りの眼差しをファイスに向けた。

「くっ!この……死に損ないの〝不屍人アンデット〟がっ!!」

 地面を蹴り割り、離れた距離を再び縮めたヨハネはファイスの頭上から大刀を振り下ろした。

 その瞬間、ヨハネとファイスの間に眩い光が放たれた。

「くっ!」

 ヨハネは、咄嗟に左手で瞳を庇った。

 バキィィイン

 ファイスを切り裂こうとしていた大刀の刃は、ファイスに届く寸前で目の前に現れた少女によって阻止された。

「ぐっ!重っ!」

 結晶の刀で大刀を防いだ少女は日本の白い隊服に身を包み、一つにたばねられた絹糸きぬいとのようにつやのある黒髪を靡かせていた。

「……フィア?」

 ファイスは目の前の少女に違和感を覚えつつも、見覚えのある容姿をした少女の名前を呼んだ。

「いや……俺は〝ユウキ〟……ルミナであった男の女の姿だよ」

 両手で大刀を防いでいた少女は、自身がユウキである事を告げるとファイスに空色の瞳を向けた。

「ファイス……これを!」

 左手を離したユウキは、一瞬で創造した物をファイスに投げ渡した。

「……これは?」

 ユウキから渡された物は、一つの転移端末だった。

「さっきケフィから支援要請があったんだ!……それを使ってケフィの正面に転移してくれ」

「ケフィから?」

 光に目を眩まれていたヨハネは、再び両手で大刀を握り締めると同時に、力を込めて押し潰し始めた。

「私から逃げられると思っているのか!」

「早く!この障壁は、内からも外からも侵入する事が出来ない!ヨハネも同じように外には出られない筈だ!……だから」

 ユウキは汗を流しながら、最大限の力を出して対抗していた。

「外に出られない……ならクライフの所に行かないと」

「クライフは、俺の仲間二人が助けに向かっている筈だ!……心配要らない」

 ファイスの疑問に、ユウキは即座に応えた。

「…………分かった。フィアと同じ貴方なら信頼出来る」

 その言葉を発した瞬間、ファイスは転移端末を使用し光に包まれると二人の視界から姿を消した。

「貴様……私の邪魔をっ!」

 ヨハネは力を込めていた大刀を振り上げ、再度勢いをつけて振り下ろした。

 (危ねっ!)

 ユウキは、咄嗟に後方へと飛び退いた事で斬撃を回避した。

 ユウキの立っていた地面は、紙のように斬り裂かれ土煙が舞った。

「はぁ……お前も、良くそんなに手際良く事を運べたものだな」

 小さく溜息を吐いたヨハネは、大刀を地面に突き刺した。

「俺じゃない……ケフィの作戦だ。障壁の詳細も、お前の侵攻も全て」

 ユウキの言葉に、ヨハネは首を傾げた。

「ケフィ?……誰かは知らんが、機転の利く奴は先に対処するべきだったか」

 既に怒りを収めていたヨハネは、腕を組みながら首を横に振っていた。

「ケフィはお前がいなくなった一年後にクレイドルに入隊したんだ。通信では、アンリエッタと交戦する事になるかもしれないと言っていたが」

「アンリエッタ?……〝あの方〟か」

 ヨハネは視線を下に向け、掻き消されるような小さな声で呟いた。

「もしアンリエッタと交戦しているのなら……そのケフィという奴は既に死んでいる事だろう」

 そう断言したヨハネは、腕組みを解いて再びユウキに視線を向けた。

「何故そう言い切れる?アンリエッタはクレイドルに一年前に入隊した新人だ……光の人間の筈だろ?」

 ユウキの問いに対して、ヨハネは小さく首を横に振った。

「人間の常識では推し測れない存在なんだ……あの方は私よりも〝上〟の存在だろう……少なくとも〝闇の頂きに一番近い存在〟の一人だろう」

 ヨハネの言葉を聞いたユウキは唖然としていた。

「闇の人間が……カイ以外にも」

「〝元〟人間だがな」

 ヨハネはそう言うと、地面に刺していた大刀を引き抜きユウキに向けた。

「お前は何故ここに来た?事前の情報では、日本の主力は既に二人派遣されていた筈だが?」

「救援要請が出たんだよ……日本の主力から」

 ユウキの言葉を聞いたヨハネは、届いていた情報を思い出し目を細めた。

「ああ……量産型が〝始末〟した奴からか」

「…………は?」

 ヨハネの言葉を聞いたユウキは耳を疑った。

 (……なんて言ったんだ?……始末って言ったのか?)

「……知らなかったのか?日本の主力の〝男〟を葬ったと報告があったんだがな……いや、始末した奴が救援を呼べる訳がないか」

 髪に隠れていた耳に付けていた黒い通信機を指差したヨハネは、報告との相違について首を傾げていた。

「…………嘘だ」

「嘘を吐く意味があるのか?」

 ユウキは俯いたまま、一人の男性の事だけを考えていた。

 (あれが……最後だった?……そんなの嘘だよな?……〝レン〟」

 心ここに在らずだったユウキを見たヨハネは、過去の自分自身と照らし合わせていた。

「先程の発言を撤回しよう……奴を殺したのは〝私だ〟」

 ヨハネは怒りの矛先を自分に向けるように、虚偽の言葉を言い放った。

「…………」

 無言で向けられた視線からは、目標を捕捉したかの様にヨハネを睨み付けていた。

 (約束を……破る事になる…………だけど)

「レン……ごめんな。…………俺には、この怒りを抑える事が出来ない!」

 そう言いユウキは、髪を束ねていた結晶のリングを砕いた。

 すると、ユウキの空色だった瞳は徐々に烈火の如きくれないの瞳に染まった。



「その眼……あの人が持っていた〝写真に映る人物〟と同じだな」

 (あの憤怒に満ちた瞳……まるで、あの頃の私を見ている様だ)

 ヨハネは怒りの表情を向けたユウキと、属性開花当時の自分を照らし合わせた。

 そしてヨハネは地面に突き刺していた大刀を引き抜き、ユウキへと剣先を向けた。

「こいっ!……お前の怒りは、このヨハネが制してやる!」

 その言葉を引き金に、ユウキとヨハネは属性を帯びた互いの刃をぶつけ合った。
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