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第2章 紡がれる希望

第6話 運命

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 人は強大な力に無力でとても儚い存在。

 命の大小に関係なく一瞬で奪われる命。

「ふふ……貴方は哀しみの〝連鎖〟……乗り越える事が出来るでしょうか?」

 古びた椅子に座った少女は優しい笑みを浮かべて〝見える筈のない空〟を見上げた。

「私のように〝運命〟を憎み……全てを受け入れる道を選んだら……次は私を選んで下さいね?」

 上に挙げた右手を虚空こくう彷徨さまよわせる少女が腰掛けている椅子の背後には、腕を組みながら少女を見つめる男の姿があった。

「私の——」

 微笑んだ少女の頬には、一筋の〝赤い涙〟が滴り落ちていた。

―*―*―*―*―

 日本 西拠点ルミナ

「ユウト!お帰りなさい」

 転移エリアから出てきたユウトの元へ、扉の前で待っていたユウが歩み寄った。

「……終わったよ」

 ユウトの一言を聞いたユウからは笑顔が消え、ゆっくりと俯いた。

「あの……迎えは私に任せてくれませんか」

 ユウは再びユウトに視線を合わせると、決意を秘めた瞳でユウトに想いを伝えた。

「……」

 しかしユウトは、転生した少女の元へと向かわせる事を躊躇った。

「確かに彼女が現れなければ……私はあの村で、今も平和に暮らしていたかもしれません。ですが、私が闇に堕ちた原因は無力だった私自身にもあります。大罪を背負った私は彼女と共に、償う道を歩む為に」

 ユウトは、ユウの告げた言葉を信じて小さく頷いた。

「……分かった。それなら、転移にはこれを使ってくれ」

 ユウトはそう言うと、小型の転移端末を手渡した。

「これは?」

「転生者を早期に見つける為には、対象者が触れていた物か関連した物が必要なんだが……ユウの場合は、その場に転生したからな。転移端末の行き先は、転生者付近に合わせてある……任せたぞ」

「はい!」

 力強く返事をしたユウは、目を閉じると眩い光に包まれ姿を消していった。

―*―*―*―*―

「ここは……」

 ユウの周囲には全てが赤で染められた〝小さな村〟だった。

 (こんな所に彼女が……)

 その場所に転生者以外の人間が生存しているとは思えない程に、村は古びており家々の殆どが原型を留めていなかった。

「久しぶり」

 そんな事を考えていると、背後から声が聞こえた。

 ユウは、声の聞こえた方向をゆっくりと振り返った。

 そこには、転生前と変わらない黒衣を身に纏う少女が体育座りをしていた。

「……あれから数分しか経ってないよ」

「そうなんだ……」

 少女はゆっくりと立ち上がると、右手をユウに向けて差し出した。

「ウト」

「え?」

 過去の影響で出会ってから少女に視線を合わせられていなかったユウだったが、突然発せられた聞き慣れない言葉を聞いたユウは自然と視線を少女に合わせていた。

 少女の顔は左目を隠す様に前髪が流れており、前髪に隠された場所にはユウトとの闘いで負った黒い火傷跡が残り、火傷に覆われた瞳は閉じたままになっていた。

「私の名前」

「まさか……名前を覚えていたの?」

 ユウの問いかけに、ウトは首を横に振った。

「今決めた」

 ウトは周囲を見渡しながらユウへと近づき始めた。

「行こう?……私達の大切な人の元へ」

「一つだけ約束して下さい……私と共にユウトの元で罪を償う為に生きる事を」

 ウトはその言葉に、即座に頷いた。

「私はその為に転生した。殺す事しか知らなかった私を変えてくれるのはユウトと……ユウだけだから」

 ユウは差し出された右手をゆっくりと握ると、二人は白い光へと包まれて行った。

―*―*―*―*―

 二人が転移エリアの扉を開けると、その先でユウトが腕を組みながら二人の到着を待っていた。

「お帰りユウ……と」

「ウト。よろしくユウト」

 フラフラと歩み寄ったウトは、ユウトの左腕に抱き付いた。

「スヤァ」

 ユウは抱きついた瞬間に寝息を立てて眠り始めたウトを羨ましそうに見つめていた。

「疲れていたのか」

「私の時は転生直後も動けたんですけど……元々こんな子なのかもしれません」

 ユウと話をしていたユウトは、ウトの片目に火傷の跡がある事を知り、白い眼帯を創造して寝ているウトに付けた。

 ユウトが眼帯を付け終わると、ウトの身に纏っていた黒衣と同じ大きさの隊服を創り出しユウに渡した。

「ユウ……悪いがウトの服を着替えさせてくれないか?」

「任せて下さい!」

 間髪入れずに返答したユウは、ユウトが創り出した個室内に寝ているウトと入っていった。

 二人が個室に入ると突然背後の転移エリアの扉が開いた。

 そこには、金色のツインテールをした白い軍服を身に纏った女性が立っていた。

 (あの人は……確か)

 女性はユウトを気にも止めずに、ユウトの前を通り過ぎようとした瞬間に立ち止まり、薄浅葱うすあさぎの瞳でユウトを静かに見つめ始めた。

「……貴方がフィアの」

「フィア?」

 聞き慣れない名前にユウトは首を傾げた。

「……マリアー!」

 そんなユウト達に、大声を上げながら駆け寄る一人の少女の姿があった。

 (マリア?……やっぱりこの人が、世界最強の一人)

 世界で三人しか存在しない最強の一人。

 ユカリと同様に〝変異した属性〟によって身体の九割を失っても死ぬ事が無い彼女は、光の人々から〝命逆めいぎゃく炎姫えんき〟と呼ばれる存在となった。

 世界最強と呼ばれていたヨハネは努力によって最強となったが、彼女は努力する事なく属性の力によって最強となった。

 しかし、最強として大国のいただきに立った彼女の常人離れした再生能力を恐れた国民は彼女の事を畏怖の念を込めて〝不屍人アンデット〟と呼ぶ様になった。

「ユカリから連絡があったので急いで来ましたよマリア!久し振りですね!」

 駆け寄ったヒナは、ファイスの前まで来ると満面の笑みでファイスの手を取った。

「ヒナ……私の事はファイスと呼んでと以前伝えた筈」

 表情を変える事なく手を優しく振り解いたファイスは、視線を逸らして声を発した。

「お土産の野菜なら此処にありますよ!マリアが喜んでくれるとクライフから聞いていたので準備していました!」

 ヒナはファイスの言葉を無視するように、異次元から数種類の野菜を取り出し始めた。

「……はぁ」

 ファイスは諦める様に溜め息を吐くと、ヒナの取り出した野菜に視線を向けた。

 (本名で呼ばれる事を嫌っている筈では?)

 ユウトの見た資料には、本名のマリアで呼ばれる事を嫌い、自身で名乗っているファイスという名前でしか反応する事がないと明記されていた。

「ユウト、終わりましたよ」

 疑問を抱いているユウトの背後で、着替えを終えた二人が個室から出て来た。

「スヤァ……」

 隊服に着替え終えたウトは、個室から出ると数歩歩いた場所で目を閉じたまま寝息を立て始めた。

「立ったまま寝るな!」

 そんなウトの側頭部に、ユウが軽いチョップをした。

「んぁ……」



 その攻撃を受けたウトは、一瞬目を覚ましたが再び眠り始めた。

「野菜はまた今度クライフが受け取りに来るから。そんな事よりもフィアは?私よりも先に拠点に戻った筈なんだけど……もぐもぐ」

 そう言いつつもファイスは、ヒナの持っていた胡瓜きゅうりを一本貰って食べていた。

「ユカリなら会議室にいる筈ですけど……すみません、私もマリアに挨拶をしたらロシアから転移して来た負傷者の手当に戻る約束だったので失礼しますね」

 大量の野菜を再び異次元に仕舞ったヒナは、小さくお辞儀をすると四人に背を向けて駆け出した。

 (一体何処に仕舞ったんだ……?)

 ユウトは、目の前で起きた不思議な現象に首を傾げた。

寝坊助ねぼすけの所か……」

 走り去るヒナの背を見つめながら、ファイスは小さく呟いた。

 (寝坊助?)

「マリア!」

 ヒナの姿が見えなくなった頃に転移エリア入り口に集まっていた四人の元へと突然ユカリが転移して来た。

「フィア……何かあった?」

「はい。手短に説明しますが、日本の主力であるフィリアから口頭で救援要請が出されました」

 (フィリアから……まさか)

 ユウトは脳裏に浮かんだ憶測に、心のざわめきを感じた。

「アメリカ本土に、敵からの奇襲があったそうです」

「……」

 その言葉を聞いたファイスは、顔色一つ変えることなく転移エリアへと身体を向けた。

「あっ!待ってマリア……これを使って」

 そんなファイスを引き止めたユカリは、一つの転移端末を差し出した。

「これは?」

「クライフの正面に転移する転移端末です。恐らく敵の主犯格はクライフと交戦中の可能性があるので」

 ユカリの言葉に小さく頷いたファイスは、ユカリの背を向けた。

「……ありがとうフィア」

 そう言うとファイスは、転移端末を使用して四人の前から姿を消した。

「ユウト……すみませんが、貴方の力も貸して下さい」

「それは構わないが、彼女も転移端末ぐらい所持しているんじゃないのか?」

 その言葉を聞いたユカリは、追加で転移端末を創造し始めた。

「フィリアの話では強襲直後から、創造されていた転移端末が機能しなくなったそうです。北部に出現した障壁のような物が影響している可能性があるとフィリアが話していましたが」

 ユカリは創造した転移端末をユウトに渡した。

「私達も急ぎましょう」

「ユカリも行くのか?」

 現状を把握出来ていないユウトに対して、ユカリは転移端末を押しつけた。

「レンが危険なんです」

 見た事のないユカリの焦りを感じる表情と発せられた仲間の名前を聞いたユウトは『あの連絡』の意味を理解した。

「三人分の転移端末を創造しました……これでレンのいる筈の場所へと転移できる筈です」

 三つの転移端末をユウトに渡したユカリは、自身の転移端末を創造し始めた。

「ユカリはどうするんだ?」

 心のざわめきを抑えながら震えた声で、ユカリに問いかけた。

「私は、最南端で敵の侵攻を食い止めます」

 自身の転移端末を創造したユカリは、結晶刀を創造するとユウトへと視線を向けた。

「ユウト……過去の過ちがある私がこんな事を言える立場では無いかもしれませんが、無理だと感じたら私を頼って下さい」

「……分かった」

 返事を聞いたユカリは小さく頷くと転移端末を使用した。
 そしてユカリは、光に包まれて三人の前から姿を消した。

 (今回一番無茶をしそうなのは俺じゃないけどな)

 ユウトは渡された転移端末を二人に配布し、レンの元へと転移した。

―*―*―*―*―

 転移したユウトは、自身が気付かないうちにユウキへと姿を変えていた。

 (この近くにレンが)

 転移方法を知らないウトに説明をしていたユウと説明を受けたウトが、遅れてユウキの元へと転移して来た。

「良かった……ウトがちゃんと転移出来て」

 安堵するユウとは裏腹に、ウトは呆然と上空を見つめていた。

「……なんか飛んでる」

 ウトの目線の先には、浮遊している監視カメラがあった。

「あれは……なんだろう?」

 初めて見る存在に、説明しようとしていたユウも頭を傾げていた。

 すると突然、監視カメラの背後に五つの黒い渦が広がり始めた。

 その中からは、黄金色こがねいろの髪と紅掛空色べにかけそらいろの瞳をした女性がゆっくりと姿を現した。

「標的を補足」

 全く表情を変えない女性は、遅れて出現した白色の巨大な銃身を二人に向けた。

「っ!」

 ユウは突然目の前で起きた出来事に、反応が一瞬遅れた。

「お先」

 それに対してウトは、自身の持つ紅蓮ぐれんの刀身をした刀を抜き、女性との距離を詰めた。

「あっ!ウト!」

 ユウも紅緋べにひ紺碧こんぺき双刃そうじんを構えると、背後のユウキに視線を向けた。

「ユウト……じゃなかったユウキ、背後の奴らは私達に任せて下さい!」

 返事を待つ事なく、ユウは双刃に蒼い炎と紅蓮の炎を纏わせると浮遊する女性へ向けて駆け出した。

 しかし、ユウの声はユウキには届いていなかった。

 (レン……何処にいるんだ!)

 ユウキはレンを捜索しながら、ルミナへと転移する前の出来事を思い出していた。

―*―*―*―*―

「……」

 ユウトは先ほどまで行われていた戦闘を思い起こさせる黒い炎が消えゆく姿を見届けていた。

 消えた炎が残した焦げた床を見つめていたユウトの通信機にある人から通信が入った。

「レン、どうしたんだ?」

 通信機から伝えられた名前は、聞き慣れた名前。
 ユウトは通信を繋ぎ、通信者の名前を呼んだ。

「分かった。今変わる」

 レンから通信を代わって欲しいと頼まれたユウトは、そう答えると静かに目を閉じた。

 するとユウトの周囲に半透明な結晶が広がり、身体全体を薄く包み込んだ。

 纏った結晶は徐々に消滅していき、その中からルミナの隊服を着込んだユウキが現れた。

「どうしたんだよレン?」

 ユウキは束ねた黒髪を揺らし、耳の通信機に手を当てた。

「突然ごめんね……どうしても今、君に伝えなきゃいけない事があるんだ」

 レンの言葉に違和感を感じつつも、レンの発する次の言葉を待った。

「僕は………君の事が好きだ」

「…………え」

 全く予想していなかった言葉に思考が停止したユウキは、間の抜けた声を発した。

「返事は今じゃなくても良いよ……でも——」

「……俺も」

 レンの言葉を遮り一瞬の静寂を挟んだユウキは、心の中で決意を固め声を発した。

「…………俺も……好きだ」

 声を発しながらユウキは、過去の記憶を思い起こしていた。

 悪魔と呼ばれ蔑まれていた自分に、必死に声を掛けてくれた人。

 〝運命〟を受け入れた自分を引き止め、〝優希ユウキ〟と一人の少女として呼んでくれた人。

 契約エンゲージを結べる程、自分を心から信頼してくれた人。

「悪魔だと言われていた俺の近くにいてくれた……ユウを光に引き入れた俺を信じてくれた…………俺の為に、本気で怒ってくれたお前を事を」

 顔を苺の様に赤らめたユウキは、声を震わせながらも心に秘めていた想いを伝えた。

 感極まったユウキの瞳からは、一筋の涙が溢れていた。

「……ありがとう」

 その言葉を最後にレンとの通話は、一方的に遮断された。

―*―*―*―*―

 (俺は……もう一度会いたい。会って面と向かって伝えたい……俺にまた……お前の笑顔を見せてくれ!)

 心の中で必死に願い続けたユウキの視線の先には、レンではなく黄金色こがねいろの髪と青藍せいらんの瞳をした女性が静かに浮遊していた。
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