創造した物はこの世に無い物だった

ゴシック

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第1章 光の導き手

第48話 Limit Break

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 ユカリの周囲を漂っていた冷気が二人の立つ闘技場を凍てつかせ、冷気はそのまま闘技場を覆い囲む様に広がり続け、小さなドームと化した。

 ドームは半透明になっており外と内、互いの様子を確認する事は出来るが、中の者が外界に出る事は決して出来ない氷結の監獄となっていた。

凍華零域とうかれいいき。この中では私自身の属性以外は意味をさない」

 ユカリは右手に結晶刀を創り出し、金色の瞳は対峙する少女のみを見据えていた。



 ユカリの言葉通り、先程まで荒々しくユウキの周囲を囲んで燃えていた紅蓮の炎は、完全に姿を消していた。

 (この感覚……ユカリと同じ属性を使って創造する事すら出来なくなっているのか)

 属性を使う事が出来ないユウキは、領域発動前に創り出していた結晶刀を握り締めた。

「諦めなさいユウキ……大罪を犯してしまった者が大衆に向けて償いを証明する方法は、〝死〟しか無いんです」

 ユカリは自身の結晶刀を力なく垂れ下げ、ユウキの応えを待っていた。

「……そんな残酷な選択肢しか許されないのが、お前の理想なのか?ユカリ……お前に諫言かんげんするぞ」

 そう告げたユウキは、向き合うユカリに向けて視線を合わせた。

「必死になって罪を償おうと努力する……罪から逃れず、生涯罪と向き合い続ける……枯れる程に涙を流し反省した人間の、更生する選択肢まで……奪おうとするんじゃねぇよ!」

 怒号と共に地面を蹴ったユウキは、ユカリとの距離を瞬時に詰めると結晶刀を逆刃に持ち変え、ユカリに向けて全力で払った。

「残念ですが、その怒りに満ちた刃でさえ……私に届く事はありません」

 パキィィィィン

 ユウキの結晶刀はユカリに近付くにつれて白くなり、刀身が届く前に甲高い音と共に真っ二つに折れてしまった。

「ぐっ!」

 刀身が折れた瞬間、強い衝撃波を受けたユウキは、後方に広がる結晶の壁に激突した。

 (くそっ!腕が……)

 咄嗟に身を守った左腕は強い衝撃をまともに受けた事により骨が砕け、力なく垂れ下がった。

「この領域さえ無ければ属性を使って回復できるって言うのに……」

 ユウキは痛みに顔を歪ませ、半分になった結晶刀をユカリに向けた。

「ユウキ……勘違いしていませんか?この領域の効果は、属性を無効化するだけではありません」

「他にも何かあるのか……だが俺は、その効力以外に何の影響も受けちゃいないぜ?」

「受けていないのでは無く、感覚が無いだけです。今の貴方は、〝通常時の九割以上の速度〟を失っているのですから」

「なんだと……そんな筈は」

 ユウキは確かめる様に身体を動かしたが、何事も無く動かす事が出来ていた。

「何とも無いんだが……それにさっき俺は、お前に一気に近付けただろ?」

 ユウキが再びユカリに視線を向けた瞬間、先程まで数十メートル先にいた筈のユカリの姿が無かった。

「こんな風にですか?」

 背後から声が聞こえ、振り向こうとしたユウキだったが、背中に強い衝撃を受けた事で前方に吹き飛ばされた。

「かはっ……!」

加速する結晶拳アクセレイト・リフィスト……貴方の技、お借りしましたよ」

 ユカリの右腕に結晶刀は既に無く、以前ユウトがレンとの模擬戦で使用していた結晶拳リフィスタを身に着けていた。

「地に着くにはまだ早いですよ……ユウキ!」

 吹き飛ばされたユウキに向けて加速をしたユカリは、左手にも結晶拳を創り出した。

対なる加速する結晶拳ツイン・アクセレイト・リフィスト…… 連撃アサルト!」

 加速してユウキの背後に回ったユカリは、反応が間に合わないユウキの背中に向けて爆烈音と共に無数の連打を放った。

「っ!!」

 宙に浮いた状態で連撃を受けたユウキは、背中に先程の倍以上の激痛が走った。
 
 (くっ!これ以上出し惜しみしてたら……身体が保たない)

 声も出せない程の痛みに顔を歪ませたユウキにそれ以上の追撃は無く、ようやく地に着く事が出来たユウキは地面を転がり、領域の壁寸前の所で停止した。

「ぐっ……がはっ……」

 ゆっくりと立ち上がったユウキだったが、脚は小鹿の様に震えており、今にも倒れそうな程に力を失っていた。

「私の凍華零域の中では、地面を覆い尽くす冷気によって速度低下が発生します。本人に自覚意識は無く、通常通りの反応や行動を行おうとして隙が生まれる為、先程のように攻撃を与える事が出来るんです」

 両手の結晶拳を解除したユカリは、再度結晶刀を創り出して身構えた。

「貴方がこの局面を打開する方法は一つ……属性を使う事ですが、私の領域の中での属性使用は不可能。例え属性が使用出来たとしても、私には貴方と同様に結晶の盾も守結の盾イージスもある。速度低下している貴方には、私に攻撃を当てる事すら不可能でしょう……貴方に、勝機なんてありませんよ。ユウキ」

 ユカリは周囲を囲う様に結晶の盾が浮かび上がらせ、事の無謀さを顕現して見せた。

「再三になりますが、私は何度でも言います……諦めなさいユウ——」

 ピキッ!

 ユウトに対して降伏を促していたユカリは、左目付近に黒い亀裂が走った事で表情を曇らせた。

 (……限界を引き出し続けて居られるのも、後一分程しかありませんか)

 ユウトの降伏を期待していたユカリは、顔の亀裂を左手でなぞり、領域覚醒の時間限界タイムリミットを予想した。

 ユカリの発現させた領域覚醒は、ユカリの持つ潜在的な限界を含めた全ての力を一時的に解放させる事が出来るが、解放できる時間が短く解除後は数秒間動く事が出来ない代償が残る。

「……」

 (何だ?ユカリの様子がおかしい……まだ未完全だが……契約エンゲージの力を使うのなら今しかチャンスは無い!)

「行くぞっ!レン!」

 傍観席に座っていたレンは、ユウキの行動で全てを理解し頷くと、首に下げた〝結晶で出来たギメルリング〟を握り締めた。

 (見せてあげよう……君と僕の、絆の力を)

 次の瞬間、ユウキの背中から結晶で創られた美しい翼が顕現された。

「なっ!」

 (私の領域の中で属性を使用した?領域の効力が低下しているとはいえ……そんな事、出来る筈が)

「不可能な事でも可能にする事が出来る……それが俺達の力だろ、ユカリ」

 そう告げたユウキは結晶の翼を創り出しただけでは無く、折れてしまった筈の結晶刀まで再生させて見せた。

「これが、今の俺に赦された……この領域での突破口だっ!」

 そう叫んだユウキの周囲に、再び紅蓮の炎が荒々しく燃え上がった。

 契約は、指輪を持つ者同志がお互いの属性を共有する事が出来る。

 契約には〝先導〟と呼ばれる優先順位が存在しており、基本的な選択肢は先導側に委ねられている。

 そして契約をした二人は、互いに任意で共有している属性量を決める事が出来る為、一人の所有する属性を全て所有する事も、相手に渡す事も可能になっている。

 しかし、変異した属性を共有する場合には制限がかかり、属性を所有していた者の二割程の性能しか発揮出来ない。

 (それにしても、よく結晶の翼を創造出来たな……レンの奴)

 ユウキは背後に創造された半透明な翼に意識を向け、レンが初めて創り出した創造物に感心した。

 (ユウキの美しい翼は、僕の記憶に色濃く残っていたから創り出すことが出来た。けど、これを創り出せるのは一度だけだね……まさかここまで、消耗するとは思わなかったよ)

 傍観席に座っていたレンは、創造による疲労によって顔を歪ませていた。

 レンは、ユウキの属性による創造を終えた後で自身の所有する属性を全てユウキに渡していた。

「私は、負ける訳には行かない。人々が安心して、幸せに生きられる……そんな理想の平和の為に、私は……」

 顔の亀裂が徐々に身体を蝕んでいる状況下に有りながら、ユカリの金色の瞳は闘いを見守る人々の理想の為に輝き続けていた。

「……いい加減にしろよユカリ。人々の理想、人々の理想って」

 ユウキは、レンの創造によって再生した結晶刀の切先をユカリに向けた。

「お前の理想は無いのか?……光の人々は、お前の理想を信じて、共に歩んでいるんじゃ無いのか?誰かの為だと言うのなら……人の理想の為じゃ無く、人の為に描き続けた……自分の理想を貫く為に刃を振え!」

 自身の想いを叫んだユウキの身体は甲高い音と共に結晶化して砕け散ると、闘いの始まりの時と同様に単結晶化した。

 (結晶の翼を創造し、結晶刀を創り直した段階で予想はしていたけど。ユウキ……君なら、ユカリとの決着をユウトとして着けるだろうと思っていたよ)

 レンは握り締めていたギメルリングから、ゆっくりと手を離した。

「……」

 (ユウキ……いえ……ユウト。貴方に、その名前を与えた事は間違いじゃ有りませんでしたね)

 心の中でそう思ったユカリ、自分自身が全力で戦えていない事を自覚していた。

 本来であれば凍華零域とうかれいいきを使う事で瞬時に終わらせられる戦いで、敢えてユウキが降伏する時を待っていた事。

 時間限界タイムリミットの存在を認識しておきながら、凍華零域とうかれいいきの説明をしてユウキの戦意を削ごうとしていた事。

 属性を使用する事が出来ないユウキに対して、決して結晶刀を使用しなかった事。

 勝ち目のない戦いでありながら、決して降伏を選ばなかったユウトとユウキの信念は、ユカリの意志を大きく揺るがせていた。

 (同じ存在だからこそ……互いを理解し、全力でぶつかり合い、自身の誤ちを知る事が出来る。私の意志を貫き通そうとしているユウトとの戦いは、もう〝終結〟させなければなりませんね)

 ユカリはゆっくりと目を閉じると、構えていた結晶刀を握りしめた。

 パキィィィィン

「決着を付けよう……ユカリ」

 単結晶が砕け散り、男の姿に戻ったユウトは先程創造した結晶刀を握り締め、中段の構えを取った。

「そうですね……ユウト」

 ユカリは右手に結晶刀を携えたまま、刀身を力なく下げていた。

 闘技場を覆っていた結晶の亀裂が走る音と共に、地を蹴った両者の刃が交差すると、甲高い音と共に半透明な刀身が宙を舞った。
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