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第1章 光の導き手

第11話 少女の見た夢

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 ルクス二階に一人残ったヒナは、疲労から息を上げていた。

「はぁ……はぁ……まだまだです!」

 ヒナの発生させた数本の水の柱は眠っている少女に向けて同時に放たれたが、少女の床に展開された黄色の電撃とは異なる黒く澱んだ赤い電撃が少女から水の柱に向けて放たれ、放たれた水の柱は全て同時に相殺された。

 (ぐぬぬ……なら、これならどうですか!)

 ヒナは自身の周りに、泡沫を発生させると眠っている少女の頭上まで移動させた。

 (恐らく床に近い攻撃には黄色い電撃が対処、ある程度床から離れた攻撃には赤い電撃で対処しているんでしょう。もし、私の考えが正しければこの泡沫も赤い電撃に撃ち抜かれる筈)

 ヒナの予想通り、泡沫が少女に近付くと少女から赤い電撃が放たれた。

泡沫が赤い電撃によって破られた瞬間、泡沫内に溜められていた大量の水属性が、空中で渦を巻いて少女に伸び、水の柱となった状態で少女の顔に直撃した。

「ぶっ!!ぷはぁ!」

 顔面に強い衝撃を受けた少女は、後方に吹き飛ばされ数度後転した後に、力なく床に倒れ込んだ。

「ごめんね。でも、あの状況では手加減なんて出来ませんから」

 ヒナが倒れた少女の様子を確認しようと、少し近づくと突然床が黄色く発光し始めた。

「なっ!」

 その瞬間、黄色の電撃がヒナに直撃した。

「ぐっ!あぁぁぁぁあ!」

 先程よりも電撃の範囲が広がり、約百メートル程の範囲を黄色い電撃が走っていた。

 (う……迂闊でした。回復……効果全開!)

 ヒナは全身にマイナスの水属性を纏い傷を治癒したが、回復量に比べ少女から放たれる黄色の電撃による損傷が激しく、徐々にヒナの傷を増やし続けた。

「ぐっ……うぅぅ……ここで、引く訳にはいきません!」

 ヒナは少し近付いていた事で、少女との距離が三十メートル程まで近付いていた。

 ここから距離を取ってしまった場合、再度少女に近付く事は困難だと判断したヒナは、回復効果を維持したまま少女に接近した。

 (か、身体が……裂ける様に痛い。ですが、一度離れたらこの距離をもう一度縮める事は出来ない。このままあの子に近付いて……お寝坊さんとの勝負を終わらせます!)

 ヒナは赤い雷からの攻撃を避ける為、泡沫や水の柱をあえて発生させずに両腕で顔を庇いながら、ゆっくりと少女との距離を詰めていった。

 吹き飛んだ衝撃によってボンヤリと目を覚ました少女は、顔の痛みを必死に我慢していた。

 (顔が……い、痛い。な、何?私を起こそうとしてる人がいるのかな?……私は、この悪夢から目醒めるわけにはいかない!私を起こさないで!)

―*―*―*―*―

「この子は、またこんな所で寝ているのか」

 村に住んでいる住人達は、木陰で静かに眠っている少女を見つめていた。

「ふふっ、気持ちよさそうに眠っているんだから良いじゃないのさ」

「この子はいつも寝ているもんな。この子がずっとこうして眠っていられるような平和な世界に早くなって欲しいもんだよ」

 小さく寝息を立てて眠っている少女は、この村の風物詩のような存在になっていた。

 そんな少女には、目を瞑りながら周りの音を聞き分ける事が出来る特技があり、住人達の笑う声を聞いて眠りながらも住人達と同じように暖かな幸せを感じていた。

 そんなある日、少女は悪夢を見た。

 自分以外の村人が、何者かに殺されていた夢。

 余りにも恐ろしい悪夢を見た少女が眼を醒すと、いつもと変わらず住人達が数人集まっており、『おっ!起きた!珍しいもの見たな』と言って笑っていた。

「ゆ、夢?…………良かった」

 少女はいつも通りの住人達を見て、一筋の涙を流していた。

「ど、どうしたの?怖い夢でも見たの?」

 住人と一緒に少女を見守っていた母親らしき女性は、足早に少女の元へと近付くと涙を流している少女の頭を優しく撫でた。

「大丈夫よ?私達はずっとあなたの側にいるからね」

 そう言いながら母親は、少女を優しく抱きしめた。

 その二人の元へ父親らしき男性が近付くと、ゆっくり身を屈め少女の頭を撫でた。

「安心しろ〝クム〟。俺も母さんも、お前とずっと一緒だからな」

「うん……うん!」

 クムは、心の底から幸せを感じていた。

 優しい両親がいて、優しい住人達に囲まれ、心の底から幸せな毎日を送っていた。

―*―*―*―*―

 悪夢を見てから数日がたったある日、クムは以前眠っていた木陰でいつものように眠っていた。

 この日は普段とは異なり〝周囲の音が聞こえず〟、周囲の景色も澱んでいる事にクムは微かな違和感を感じながらも、木陰に座り込みいつもと変わらない幸せな夢を見ていた。

 自身の住んでいる村が、燃えている事にも気付かずに。

「こんなちんけな村の奴ら転生させた所で、大した戦力になんねぇだろ!」

「あ?……仕方ねぇだろ!〝あの人〟が全員殺せって言ったんだからよ!」

 村に訪れた数人の闇の人間達は、突然村人を様々な方法で殺害し始めた。

 彼らの目的は村人を殺し、闇の人間として転生させる事だった。

「くそっ!何故だ!……何故〝村から出る〟事が出来ないんだ!」

 属性を使用して対抗する住人もいたが、闇の人間達の攻撃咄嗟の属性に圧倒された住人達は、戦闘を放棄して村からの脱出を試みていた。

「拠点に連絡したが繋がらなかった!どうなっているんだ!」

 住人達は〝黒く澱んだ障壁〟によって隔絶され、村から脱出する事も出来ずに闇の人間達に次々と殺されていった。

「クムは!あの子はどこにいるんだ!」

 その頃クムの両親は、毎日眠る場所が変わっていた我が子を必死に探していた。

「もしかして……あっちの木陰で寝てた奴の事か?」

 父親が振り返ると、そこには黒いフードを被った男が立っていた。

 男が指を刺していた場所は、父親も良く知る木がある場所だった。

 その木は村を一望する事が出来る小高い丘に一本だけ生えており、クムを一番見つけやすい場所であった。

「あそこか!……誰かは知らないが、ありがとう!貴方も闇の人間達に見つからないように、どこかに隠れた方が良いですよ」

「ああ……早く行ってやると良い」

 父親が振り返りクムの元へと駆け出そうとした瞬間、父親の頭に風穴が空いた。

「お前が向かう必要はねぇよ。後でそいつも同じ場所に送ってやるんだからな」

 男が発砲した〝無音の弾丸〟により即死した父親は、血を吐き出しながら地面に倒れた。

 血に染まっていく地面を見つめながら、男は『てめぇが転生した後に、娘に殺されなければな』と言い残し、既に殺害されていた顔の無い母親の亡骸と共に闇の人間によって燃やされ、両親は共に塵と化していった。

「おい!こっちにガキがいるぞ!」

 村人を全員殺した闇の人間達は、遂にクムの眠っていた木にやって来た。

「村人が泣き叫んでいたって言うのに眠ってやがるぜ!……もしかしてあの人が言ってた奴ってこいつか?」

 幸せそうに眠っているクムは、衣服に返り血を残した数人の男女に囲まれていた。

「なら村人の叫びが聞こえないのも無理はねぇ。それに、俺達の声も聞こえねぇよなぁ!」

 男が怒号発してもなお、クムは安らかに眠り続けていた。

「まぁ、こいつが目的の奴ならさっさと終わらせて帰りましょう?村人も全員殺っちゃったし」

 闇の人間の一人である男性は周囲が笑みを浮かべる中、無表情のまま右手に炎の球体作り出した。

 そして構築された炎の球体を、クムに向けて男は笑みを浮かべた。

「それもそうだな。それじゃあ、お休み」

 クムに放たれた火炎は、爆音と共に熱波が広がり背後の木は大きな音を立てながら倒れて行った。

―*―*―*―*―

「う……う……ん?」

 クムが目を醒すと、そこは先程まで寝ていた木陰とはまるで違う薄暗い研究室のような場所だった。

 (ここ、どこだろう?私……確かよく寝てる木の下で寝てたはずなんだけど)

 座り込んでいたクムが辺りを見回すと、近くの床に赤い液体が流れている事に気付いた。

「何これ……ケチャップかな?でも何だか鉄臭い?……古くなっているのかな?」

 そんな事を口にしていると、背後から突然男性の声が聞こえた。

「ようやく起きたのか?」

 男性の声に驚いたクムは完全に目を醒まし、背後を振り返ると黒いフードを被った男が真後ろに立っていた。

「それか?……それはお前がやったんだ。転生してから住人共の相手させてたが、思った通りお前の防衛本能は驚異的な物だった。まさか、〝俺と同じ〟二属性持ちだとは思わなかったがな」

 男の言葉を聞き、クムは床の赤い液体が血液である事を理解した。

「へ?……これが、血?それに……住人?」

 クムが困惑していると、男がクムにゆっくりと近付いた。

「ああ、そうだ。これはお前の村にいた奴らの血だ。まあ安心しろ、お前の両親もお前の電撃に撃たれてもう死んでいるからな」

 男が指を指した先に視線を向けると、そこには焼け焦げた床と共に黒ずんだ血液が残っていた。

「そこに二人でいたんだがな。お前が寝ている間、ずっとあそこでお前の名前を叫びながら電撃を喰らい続けてたからな。死んだ後も電撃を喰らい続けていれば、形なんか残らないか」

 男はクムにそう言い笑いながら、黒ずんだ血液を踏みつけていた。

 男が笑みを浮かべる中、放心状態だったクムには既に男の声は聞こえていなかった。

 (え……お父さんとお母さんを?村の人達を?……私が?……私が殺したの?私が……)

「おいっ!お前!」

 クムは突然の怒号に驚き、肩を震わせ男に視線を向けた。

「気にするな。これはお前の見ている悪夢なんだ。こんな事が現実な筈無いだろ?お前が眠り続ける限り〝この夢から醒める〟ことは無い。だが、もし起きてしまったら……その時は夢が現実になってしまうかもしれないな」

 男の言葉を聞いたクムは、座り込んだままその場で徐に瞳を閉じた。

 (そうだ。こんな……こんな酷い事、夢に決まってる。きっとあの日見た悪夢の続きを見ているんだ。またみんなと幸せな毎日に戻る為に、この悪夢から〝醒める〟訳にはいかない!)

 そして再びクムは深い眠りについた、現実の悪夢から醒めないように。
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