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第1章 光の導き手

第9話 赤壁の街

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「んっ…………ここは?」

 目を覚ましたユカリは、景色を一望する事が出来る小高い丘の、木製のベンチに腰掛けていた。

「私は確か……治癒室で回復をしていた筈」

 ゆっくりと立ち上がり辺りを見渡すと、それほど離れていない場所に大きな街が見えた。

「あの街……どこか見覚えが……」

 ユカリは目を覚ましてから、周囲の景色に違和感を感じていた。

 違和感について考えていた時、背後から近づいて来るように女性の声が聞こえ始めた。

「あの街ですか!住人から救援の連絡があったという街は!」

 声のする背後に身体を向けると、声の主は今よりも少し背の低い自分自身だった。

 今よりも幼く感じるユカリは、レン、ヒナ、カイの四人に加えて白い隊服を身に付けた隊員五十名程を引き連れて街にやって来ていた。

「連絡が来た時、あの街の転移エリアは何故か使用できませんでした……何も起こって無ければ良いのですが」

 状況を見て過去の自分である事を認識したユカリは、ある事に気が付いた。

「これは、導き手になる前の私の記憶?……まさかあの街は、三年前の」

 幼い自分を観察していたユカリは、三年前に起こった〝ある事件〟を思い出した。

 ユカリの全てを変え、〝導き手〟になる切っ掛けとなった事件の事を。

―*―*―*―*―

 過去のユカリ達を追うように走り続けたユカリは、十数分で目的となる街へと辿り着いた。

 辿り着いた街には、〝赤い壁〟の建物が建ち並んでいた。

 街並みから人口の多さを感じされるにも関わらず、周囲から人の気配を全く感じない程に静まり返っていた。

「この街には、多くの人々がいた筈です!どこかに避難している可能性もあるので、各員建物内の捜索を開始して下さい!」

 導き手である両親が不在だった為に、代理として導き手になる以前のユカリが部隊の先導を担っていた。

 過去のユカリは、背後に続く部隊に指示を出すと隊員達は指示通りに複数の建物内に侵入し捜索を開始した。

 そんな過去の自分とは裏腹に、街の真実を知っているユカリは呆然と赤い壁を見つめたまま立ち尽くしていた。

「違う………違うんですよ……この街は」

 ユカリは周囲に立ち並ぶ建物群を見つめながら、これから過去の自分が知る事になる真実を思い出し一筋の涙を流した。

「ユ、ユカリ。この街って確か……〝白い壁の建物が立ち並んだ街〟じゃなかったかい?」

 過去のユカリの周辺を捜索していたレンは、周囲に広がる街の光景を見渡しながら問い掛けた。

「……レン。どこか別の街と勘違いしているんじゃないですか?……だってこの街は、全ての建物が赤い壁をしているじゃないですか」

 言葉ではそう告げていたユカリだったが、レンの言葉を聞いた途端に脳裏を過った憶測がユカリの思考を埋め尽くしていた。

 救援要請を出した理由、要請を出した筈の住人達が誰一人見つからない現状、最悪の憶測を振り払おうとしたユカリは、過去の痕跡を確認する為に周囲の様子を確認した。

「……レンの言葉通りに白い壁が、何かで赤く染まったとしても今はまだその痕跡すら有りません……救援の連絡があった時刻から、さほど時間は経っていないにも関わらず、です」

 周囲を確認し終えたユカリは、ゆっくりと振り返りと共に住民の捜索を行なっていた主力三人に向けて現状を伝えた。

「そ、そうですよレン……それにもしこの壁についた赤色が……本当に〝あれ〟だったら……匂いもする筈ですよね?」

「……」

 レンの言葉に動揺していたヒナとは裏腹に、過去のカイだけは赤く塗られた壁を、無言のまま見つめていた。

 その数時間後、過去のユカリは街を捜索していた部隊から生存者が街の中には誰一人いない事が伝えられた。

「きっと……全員別の場所に避難したんです……赤い壁がもし……〝住人達の血液〟だとしたら、匂いが立ち込めている筈なんですから」

 過去のユカリは住人達が避難したという微かな希望に縋るように声を震わせながらも、絶望する仲間達を勇気づけた。

 (……)

 過去の自分を見つめていたユカリは、鮮明に残る記憶に涙を流しながらも、事の顛末てんまつを静かに見守っていた。

「お、おい……ユカリ……この壁、なにか変だぞ?」

 部隊に配属されていた一人の男が、指差した壁を注意深く確認すると、壁に塗られていた赤い色が若干薄くなり、赤色の下地に白い壁が見えている部分を数カ所視認する事が出来た。

 そしてその白い壁が見えていた部分は、まるで粘度の高い液体のような赤い何かに少しずつ浸食され、侵食された部分の上側には先程までは無かった白い壁が少しずつ浮き出ていた。

「そんな……こんな事が出来る人間なんているのか?街の人間を跡形もなく、痕跡すら残されていないなんて……強い力で壁に打ち付けられた……なんてレベルじゃない」

 過去のレンは事実を知ると後退り、この〝血に染まった街〟に恐怖を抱いた。

 過去のヒナや部隊の人間の殆どが、この事実を知ると街を直視できなくなった。

 中には、目の前に残された凄惨な光景に耐えかね嘔吐してしまう人間もいた。

「この街に生存者はいなかった。そんな……それなら、この街の調査に来ていたお父さんとお母さんは……」

 過去のユカリは、事実を知るとその場で泣き崩れた。

 ユカリの両親は、この街で以前から報告例があった〝黒フードの男〟についての調査に訪れていた。

 だか、街の物資は既に殆ど残っておらず、残されていたのは住民が使用していたとは思えない程に残させた、大量の〝オセロの石〟と何の損傷も無い血に塗れた建造物のみだった。

「だが、だとしたら血の匂いをどうやって消したんだ?それに、人を肉片も残さず消す方法なんてただ力や属性があるだけでは無理だろうし」

 過去のカイは、住民が大勢殺させた事よりも血液によって残される筈の匂いや、住民の殺害方法について考えていた。

「カイ……何も分からない今は一刻も早くこの場から離れる事が先決だよ……まだこれをやった奴が近くにいるかも知れないからね」

 全員が疑問に思っていた事柄ではあるが、脅威について無知である現状を危険視したレンは、散策を続けているカイに対してそう告げた。

 レンの言葉にこくりと頷いたカイは、退避する主力を他所に、部隊の背後から様子を見守っていたユカリに歩み寄り不適な笑みを浮かべた。

「カイ。貴方はこの時からずっと……いいえ、私と出会うよりも以前からそちら側の人間だったんですか?」

 ユカリが口にした瞬間、周囲に見えていた景色を消し去る程の光がユカリを包み込んで行った。

―*―*―*―*―

 辺りの光が消え、意識を取り戻したユカリは自身が治癒室で回復を行なっている事を思い出した。

「…………みんな、貴方をずっと信じていたんですよ?」

 パリィィィィン

 ユカリは属性が一定量回復し終えている事を確認すると、浮遊していた回復結晶は甲高い音と共に粉々に砕かれた。

 (カイ。貴方は、私が必ず……)

 着地したユカリは、あの事件以来常に持ち歩いていたオセロの石を隊服のポケットから出し強く握りしめ、カイとの戦いに向けて〝ある決意〟を固めると治癒室を後にした。
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