トワイライトコーヒー

かぷか

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三部 

五十三夜

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 月曜日 藤野組事務所

 天馬は石崎と楝の拠点に足を運んだ。親父からはどうやって約束を取り付けたのかと聞かれたが普通に電話をしたと答えると驚かれた。そう聞いてくるのも今は楝と会える人物は限られた人のみで約束を取り付ける事が難しかった。

 インターホンを鳴らすと組員が扉を開けてでてきた。

「どうぞ」

 前回とは違い応接室に案内される。

「すみません、まだ組長来てないんです。向かってるんですけど渋滞にはまってるようで時間に間に合わないみたいです」

「そうですか、俺もちょっと早めにきたんで。因みに今どの辺ですか?」

「大通りの…」

「ああ、あの辺ですか。まだかかりますね」

「すみません、…あ、組長から電話です。失礼します」

 電話にでると天馬に繋ぐよう言われ携帯を渡した。

『悪い、めちゃくちゃ渋滞してる。どっか違う場所で合流でもええ?』

「はい、どこがええですか?」

『人おらんほうがええならどっか公園の駐車場かパーキングの地下とかその辺?』

「ほんなら、海浜公園なら駐車場もありますし丁度真ん中ぐらいなんでそこでどうですか?」

『わかった。すまんな、着いたら連絡する』

 電話が切られ天馬は石崎と共に改めて海浜公園へ向かったのだった。暫く待っていると黒い車が到着し楝が木嶋と共に降りてきた。

「ちょっと、天馬さん?木嶋さん見て隠れないで下さい」

「俺、あいつ苦手や」

 木嶋がある程度までしか来ないとわかると隠れるのをやめて楝のいるベンチに座った。

「すまん、こんな所で」

「いえ、大丈夫です。俺もこっちの方が気が楽です。これお菓子」

「ありがとう」

 木嶋が受け取るとまた下がった。

「組長おめでとうございます」

「え、そんなんいるの?」

「あ、今頃いらないですか」

「なったんだいぶ前やしええよ。それより話しは?」

 いろいろ話したいことを考えていたがいざ本人を目の前にすると思うように言葉がでてこなかった。なので一番聞きたいことにした。

「うちの組、やっぱり潰すんですか?」

「天馬さん!?」

「何でそう思うんや?」

「いろいろ考えて最後に行き着く答えがいつもそれになるからです。どう頭の中で考えても最後に詰むんです。だから…潰れないようにしたくてどうしたらええか聞きに来ました」

 天馬の目は真剣だった。春見組に初めて訪れてた時と質問は同じだが内容は違った。楝は天馬のこの熱量に考える事があり遠くを見て言った。

「俺は潰す気ない」

「けどそれで関西来たんやないんですか?」

「潰すって話なら俺やなくてもどの組でも当てはまるやろ。上も下も、隙あらば俺も潰される」

 天馬は押し黙った。

「勘違いしてんの多いけど、ここに来たんも関西乗り込もうとして来たとか加成組長に言われたからでもないしな。ついでと言うかケジメというか」

「斎藤家ですか」

「それがついでやな」

 斎藤家を食ったのをついでと話す楝に天馬は嫉妬した。あんな大きな出来事を起こしておいて自分はそれに劣等感を感じたまま進めないというのにそれがついでだといいのけてしまえる実力を持っている。

「なら、ケジメてなんですか」

「ケジメは…」

 曇天を見つめ瞬きもせずじっと見据えている楝の姿は獲物を狙う狩人の目をしていて天馬をおののかせた。

「自分」

「自分ですか…」

 それ以上答えてくれそうもなかったので天馬は話を続けた。

「俺はもっと先に行きたいです」

「へー何で?」

「組を守りたい。俺の代で終わらせないためにも大きくしたい」

「大きくか…」

「どうやって組長になったか知りたいです。確かに俺は親父の後継げば他より簡単に組長になれるけどそうやないんです。親父も実際は俺の敵なんです。ライバルというか…」

「お前、親父の何見てきたんや?」

「酒癖悪いところ…やなしに。なんや周りとの関わりとかうまいんです。波風たたせるんですけどギリギリを攻めてる言うか。抗争までせんように、けど取るとこからは取るみたいな。空気読んだりその場の塩梅がうまいんです」

「なら、その感覚観察して掴んだら?」

「できんのです。俺は…そう言うのがうまくなれん。このままではいずれ親父の組はなくなる…」

 悩む天馬を見て楝は答えた。

「お前みたいなんが加成さんの組おったら凄かったやろうな。俺より全然うまくできてた思うよ」

「加成組長嫌いなんで嫌です。なんで藤野組長あそこなんですか。関西残ったら良かったのに」

「あはは、けどあそこにおったら勉強いろいろできるし俺はあの人に鍛えてもらったから」

「けど、それやとだめなんです。上に行きたいんです。1ヶ月、一週間だけでええです。俺を藤野の組長ん所で雇ってくれませんか?いや、タダでええです!」

「俺は別にええけど…」

 木嶋が無表情で天馬を見ていた。

「ひっ!天馬さん!木嶋さん怒ってはりますて!」

「組長…」

「冗談や木嶋」

「ダメならどうしたらいいか教えてください!」

「その先に何を見てるんや?」

「加成組長潰したい…」

「冗談です!すみません!天馬さん、謝って下さい!」

「加成さん潰したいか…大きくでたな」

「今のは…半分冗談です…けど、一番近くにおった人やし実力も権力も備えてるんで何かアドバイスが欲しくて。どうしてええかわからんのです」

 しょんぼりする天馬。

「別に馬鹿にしてないよ。俺は加成さんの元でやってきたからいろいろ知ってるけど知らんのや」

「?」

「加成さん気にしてる余裕無かったから数字で答え出してただけで。それも評価といえばそうやけど実際何したいかは知らんしな。潰したい思ってるなら俺よりいい線いくんちゃう?俺は加成さん潰したい思わんかったからな。お前のができると思う」

 意外な答えに天馬は戸惑った。

「俺と加成さん似てるようで別物やから加成さん所に勉強しに行った方がええ思うけどな。折角兄弟組なんやし、俺はもっとオープンに使こてええと思う。関東にしかないもん教えてくれるし」

「嫌です。藤野組長ならって思ったんで」

 楝は悩み木嶋を見るも表情は変わらなかった。昔の木嶋もうまくやるのに必死だったはず、今の木嶋ならいいアドバイスが天馬に出せるのでは思った。

「木嶋、俺んとこ来てどう?」

「しんどいんで辞めたいです」

 あははと楝は大笑いした。

「そんな…ですか?」

「そんなです」

「けど、俺は見てみたい…藤野組長がどうやってきたんか」

 木嶋はチラッと天馬の顔を見ると遠くに目をやった。

「こんな組は一つあればいいです。参考になりません。俺が仮に加成組長の所に居たらここまで来れなかったです。平で終わってました、と言うよりとっくに辞めてましたね」

「それぐらい加成組長が凄いって事ですか?」

「ちょっと違います。藤野の組長達やったからってだけで来てます」

 楝は達という言葉に咳払いした。

「言うなれば結局人だとは思います。なので春見若頭についていきたいと思うような人柄にならなければいけないと思います。俺の場合は組長でしたが付いていった理由の一つとして人より先に進むという所ですね」

「そうですか…」

「ちなみにですがうちの組入ったら大変だと思います。何がなんでも藤野組長は我が儘通すんですからそれに付き合わされる身としてはキツいです」

 楝はふっと笑った。 

「俺の親父、貿易商やってたんけど…めちゃくちゃ頭ええ人で、仕事しながら家庭もうまくこなす人やったんや。優しくて、俺みたいなどうしようもない奴でもいろんな事教えてくれて。恩返しする前に亡くなってしまったけど、その考えや感覚は常に忘れんようにしてる。せやから、お前も近くにうまいやつおるなら真似でもしてみたらどうや?」

「親父の真似ですか?」

「親子やから似るかもしれんけど合わん所もでてくるからそれがお前のやり方に変わってくと思うけど」

「…はい」

「組、大きくしたいなら頑張って自分の足で稼いだらええ。下に任せてるとろくなことにならんから」

「藤野組長…組長はこの先何か目標あるんですか?」

「目標…いっぱいあるけど一つしかない。それは秘密や」 

「そう、ですか…」

 楝の表情を見て確固たるものがそこにありそれを知りたかったが絶対に教えてはもらえないだろうなと思った。そこには強風や荒波が起きてもびくともしないそんな感覚だった。

「そういや、俺も話しあったんや」

「なんですか」

「いつか頼みたいことできたら聞いてくれるか?」

「わかりました。こうして話しできると思いませんでし俺に出来ることならええですよ。あ、それとこれが聞きたかったです。藤野の組長の地雷て何ですか?」

 楝に地雷があることを知ったが誰も教えてくれず何か知りたかった天馬。

「地雷?」

「東京行った時に事務所の奴が藤野組長に地雷がある言うてて。その後たまたまですけど日下部若頭に会う機会あったんでそこでも聞いたんですけど教えてもらえんかったんです。それ嗅ぎ回ると大変やからやめとけ言われたんですよね。組の極秘情報なんですか?」

 楝は考えたが思い付かなかった。

「うーん、わからん」

「そうですか」

「話し終わりでええか?」

「あ、待って下さい。折角なんで組長の手を見せて下さい。趣味の性格診断なんですけど、絶対変な事しませんから」

 木嶋は警戒したが楝は見せることにした。手のひらを裏、表と返して見せた。すると触る前からブルっと身震いし天馬は鳥肌が立っていた。

「触ってええですか?」

「ええよ」

 一瞬触るのに躊躇したが滅多にあることでもないので触ることにした。

「えっと…天馬さんは、手を見るだけで一度会った人がわかるんです。それと相手の手を触ると今の心情とかなんとなくわかるらしいです。未来が見えるとかじゃないですよ!性格診断みたいな」

 パッと手を外し天馬を見据えた。楝に物凄い圧をかけられそれに対して少し過呼吸気味になる天馬。

「何が見えた」

「はぁはぁ、言葉にできません。これ、言うたら全て終わりになる気がして。喉まででかかってるんですけど止まるんです」

「なら、言うな」

 楝の静かな声に早まる心臓を必死に押さえた。

「はい…一個だけ言えそうです。言うてええですか…」

「なんや」

「変態」

「誰が変態や!殺すぞ!」

「すみません!すみません!天馬さん、謝って下さい!」

「ホンマに春見はどうなってんねや。はぁ…まぁ、ええわ。お前らついでに途中まで送ったるから車乗れ」

 二人はお礼を言うと遠慮なく車に乗り込んだのだった。木嶋は運転席、楝は木嶋の後ろでその隣に天馬に石崎が助手席。楝は車で携帯を触るとたまたまその待ち受け画面が天馬に見えた。

「あ、エロい店員」

「あ?」

「そこの店員有名なんですか?」

「は?」

「カフェの店員さんでしょ」

「何でお前が知ってんねや」

 木嶋もピクリと警戒した。

「そこでコーヒー飲みましたから」

「天馬さんが東京に飛ばされた時に二日酔いで倒れてた所にペットボトル届けてくれたんですよね?」

「そう、そんで後日たまたま働いてるの見かけてコーヒー飲んだんです」

「あー、そ」

「ほんで、食事を三人でして」

「何でそうなるんや」

「楽しかったな、あの人また会えたらええな。一人暮らししてる言うてたから東京遊びに行ったら泊めてもらおかな」

「そうですね。めちゃくちゃええ子でしたよね」

 木嶋がミラー越しに楝を見た。
 目が据わり無の圧力を感じた。

「そんで何でエロい店員なんや」

「あーその人も手見させてもらって、触ったら希に見るエロい手やなって。本人には言えませんでしたけど…男で珍しいなって」

「天馬さん手フェチなんですよね」

「めちゃくちゃ綺麗な手やったんです。すべすべやったし」

「お前…美日下の手握ったんか…」

「はい。佐野さんって美日下いう名前なんですか。へー名前まで綺麗やな。藤野組長まで知ってんのならやっぱ有名な店なんですね。確かにコーヒー旨かったもんな」

「何見たんや」

「内向的で弱いけど意地っ張りな分、怒らせたら怖そうで、後は優しすぎるんと寂しそうやったのが気になりました」

「だから、天馬さん食事誘ったんですよね?」

「まぁな、なんや慰めたくなるくらいえらいしんどそうやったんですけどそれ以上はと思って食事で終わりました。俺は基本一期一会なんで」

「そうか…」

 木嶋は思わずまたミラー越しに楝の顔を見たが多分自分も似たような顔をしているなと思った。

「というか意外ですね、カフェ店員の待ち受けて。確かにエロかったですから思わず俺も指絡めてしまいました。ホンマに綺麗かったな…感触今も忘れられへん(にぎにぎ)慰めついでにやっぱり連絡先交換したら良かった」

「組長、車の中です。こらえてください」

 苛立ちが沸き起こる楝。美日下と食事に行った相手がまさか天馬だった事に驚いたが既に驚きを通り越し手を握られ事や二人だけの食事にいろんな思考が渦巻いて怒りになった。そうとは知らない天馬は話を続けていた。 
 
「あまりにもやったんでその後、名残で風俗でぬ…」
 
 ドスッ!

「俺の美日下でぬくな。木嶋、車からこいつ放り投げて轢け」

「ひぃー!」

 天馬は殴られるとそのまま気絶したのだった。車から追い出すと楝はニヤリと笑った。

「あいつ意外と鋭い。お前の脅威になるで」

「はい、肝に命じときます」
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