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三部
四十九夜
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袴姿を身に纏い思った以上に静かな楝に舎弟達が緊張した。木嶋はいつも通り、西原は自信満々な表情。加成は笑みを浮かべ周りは祝うものも居れば様子見をしている人で様々だった。仕切り役が部屋に入る。楝の後ろにいる木嶋が膝をついて小声で声をかけた。
「斎藤さん、準備できました。よろしいですか」
「ああ」
上座に座る楝は誰とも目を合わすことなく時間をじっと待つ。その姿は決して緊張ではなく楝の場所だけ時が止まっているようで儚くも哀しく見えた木嶋だった。
『三代目襲名式を行いたいと思います。斎藤楝改め藤野楝は二代目藤野組藤野佳喜を襲名し三代目藤野組藤野楝とする。この吉日に万丈一致で承認し、ここに三代目藤野組藤野楝組長の誕生と致します』
楝はこの日、藤野組三代目組長を襲名した。
「天馬さん、なってしまいましたね」
「うん…」
楝が斎藤家を潰した噂は瞬く間に拡大し大きな話題になった。そしてその話題冷めやらぬ間に楝の襲名で藤野組が誕生した。藤野組が関西にできてから関西の雰囲気は少し変わった。
斎藤組のエリアは全て楝が引き継ぎ加成に任されていた店も楝が管理することに。縄張りの広さは狭いが斎藤家を食って奪った印象は大きかった。また、加成の後ろ楯もあり新参者の組ではあったが派手な門出となりそんな話題の組に手を出そうとする組はおらず寧ろすり寄るほうが多かった。そう思うと楝が春見に一番に挨拶に来たのは大きな出来事だった。襲名前とはいえ一番の挨拶、それだけで箔とメンツが保たれる。春見としても悪くない状況にどこまでも名を売るのがうまい楝だと関心させらせた。
縄張りを素直に明け渡した春見組長のお陰でエリアが明確になり争いはひとまず止まった。春見は楯突く意味がなくなってしまい立場が逆転したと言っても良かった。楝潰しもなくはなかったが中途半端な組は加成がチラ付き余程の権力がなければ潰すのは不可能だった。
「組長なりはってえらい騒ぎですけど春見は差程ですね。関西乗り込まれて一時は乗っ取られるなんて話もでて荒木と山本が結託して圧力かけるなんて話もありましたけど、余裕というか眼中にないというか…結局なにも起こらんかったというか起こせずじまい。でもって関西で一番有名な組になりつつありますね」
「俺らはあの現場見てんのと斎藤のエリア明け渡してる分格付けされた。春見は藤野より下、荒木と山本も俺らより元々下やから必然的に藤野が上に上げられて関西一や…」
「そうですね…元々は加成のエリアですから明け渡したっていうと聞こえはええですけどちょっかい出さんようになっただけですけどね。けど、それも端から見たら藤野に屈したように見えますからうまく利用されたなと思います。どこまでもええように転がっていきますね」
「うちは他より優位やし仲ようさせてもらう感じになったやけど…いきなり一番上や」
ぐっと拳を握りしめる天馬。
「加成組長の後ろ楯もでかいですけどね。これも手やないんですかね。あの人なら何でもやりそうですから、藤野を全面的バックアップはするつもりやと思いますよ。そうなれば兄弟組でいがみあってても仕方ないんで今度は周りの組との競いになりますね。北関東は勿論他の地域も強いですからそっちに目を向けるんちゃいます?」
「俺らでいがみ合ってる場合やないってことか」
「上目指す人はそこまで見てる思います。だから上にいけるというか…」
石崎は天馬を煽るように言った。
「今度、親父と会食するらしい…」
「何か有益なもんがうちにあるんですかね?天馬さん行くんですか」
「どうやろな…頭数に入ってんのかわからん」
「これを機に親父さんにやりたいこと話したらどうですか。ずっと秘めてたこと」
天馬は凄いものを見たが結果悔しい思いを抱き同じ若頭だった楝との格の違いを見せつけられた。あの場にいた自分が当事者ではなく見物者だったことに天馬の考えが変わっていく。
自分よりも後から若頭になり最速で関東一の右腕から組長にまでのしあがった。自分がやりたかったことを先にされた気分だった。このまま父親の後を継いでいれば簡単に組長にはなれるがいずれ壁にぶち当たる。そして弱ければ斎藤家のように食われ組は自分の代で終わることになり今のようにはやっていてはダメだと歯痒さを感じていた。
「クソ…」
「どうかしはったんですか?」
「石崎、お前この組にずっとおるんか?」
「そりゃそうですよ。なんです急に」
「そうか…」
ずっと頭から斎藤家が食われる様子が脳内で繰り返されて離れない。今はまだ自分に力がなく親父を頼ることしかできないがそこを打開したかった。
「俺は…昇る。上まで行く。だから、会わなかんのや…待ってたら遅い」
立ち上がると電話をかけた。普段とは違い丁寧な話し方にそんな風にいつの間に話せるようになったのかと驚いた石崎。
「会う約束とれた」
「誰とです?」
「藤野楝」
久しぶりの新しい組の誕生にどこにいても楝は注目になり自分の周りには多くの人達が群がるようになった。そんな雑音を消すようにパソコンの前で楝は一人データを整理していた。
携帯が鳴った。
「調子はどうだ」
「加成さんのお陰で滞りなく進められました」
「誰もが俺の二番目の組だと思っているからな」
「はい」
「関西はどうだ?」
「春見とは仲ようやらせてもらってる感じですね。荒木と山本は元々加成さんと仲もええですから圧かけられたところで俺とは関係ないんで。春見に逃げられる方が後々困るんは加成さんですからそこはきちんとやっておきます」
「関西の兄弟組を束ねられたら規模をでかくする予定た。名前も権力も上に向けるお前のやり方は上手いな。関西を手に入れたも同然だな、他の関西の組で大きな所を手に入れるにはしっかり足並みを揃える必要がある」
「交渉には参加しますけど大きな話は春見の組長のがうまいんでそっちに話をつけておきます」
「わかった、暫くは組も忙しいから落ち着くまでは信頼関係を築いておけ。来年か再来年辺りから本格的に動き出す」
「わかりました」
そう言って電話を切った。
美日下の写真画面が携帯に映る。
今は何をしているだろうか、この時間ならバイトだろうなとそんなことを考えながら仕事をしている。
自分が組長になることを本当はどう思っていたのだろうか…本音は聞かぬまま進めてしまったこの話。嫌だったに違いない、その気持ちもわかってはいたが答えることができず不安にばかりさせていた。いつも否定もせずついてきてくれる美日下だが今回ばかりはこの状況に理解はできなかっただろうなと思った。
「はぁ…会いたい」
暫くは東京に帰ることはできない。楝はまたパソコンを開いて仕事を再開した。
「斎藤さん、準備できました。よろしいですか」
「ああ」
上座に座る楝は誰とも目を合わすことなく時間をじっと待つ。その姿は決して緊張ではなく楝の場所だけ時が止まっているようで儚くも哀しく見えた木嶋だった。
『三代目襲名式を行いたいと思います。斎藤楝改め藤野楝は二代目藤野組藤野佳喜を襲名し三代目藤野組藤野楝とする。この吉日に万丈一致で承認し、ここに三代目藤野組藤野楝組長の誕生と致します』
楝はこの日、藤野組三代目組長を襲名した。
「天馬さん、なってしまいましたね」
「うん…」
楝が斎藤家を潰した噂は瞬く間に拡大し大きな話題になった。そしてその話題冷めやらぬ間に楝の襲名で藤野組が誕生した。藤野組が関西にできてから関西の雰囲気は少し変わった。
斎藤組のエリアは全て楝が引き継ぎ加成に任されていた店も楝が管理することに。縄張りの広さは狭いが斎藤家を食って奪った印象は大きかった。また、加成の後ろ楯もあり新参者の組ではあったが派手な門出となりそんな話題の組に手を出そうとする組はおらず寧ろすり寄るほうが多かった。そう思うと楝が春見に一番に挨拶に来たのは大きな出来事だった。襲名前とはいえ一番の挨拶、それだけで箔とメンツが保たれる。春見としても悪くない状況にどこまでも名を売るのがうまい楝だと関心させらせた。
縄張りを素直に明け渡した春見組長のお陰でエリアが明確になり争いはひとまず止まった。春見は楯突く意味がなくなってしまい立場が逆転したと言っても良かった。楝潰しもなくはなかったが中途半端な組は加成がチラ付き余程の権力がなければ潰すのは不可能だった。
「組長なりはってえらい騒ぎですけど春見は差程ですね。関西乗り込まれて一時は乗っ取られるなんて話もでて荒木と山本が結託して圧力かけるなんて話もありましたけど、余裕というか眼中にないというか…結局なにも起こらんかったというか起こせずじまい。でもって関西で一番有名な組になりつつありますね」
「俺らはあの現場見てんのと斎藤のエリア明け渡してる分格付けされた。春見は藤野より下、荒木と山本も俺らより元々下やから必然的に藤野が上に上げられて関西一や…」
「そうですね…元々は加成のエリアですから明け渡したっていうと聞こえはええですけどちょっかい出さんようになっただけですけどね。けど、それも端から見たら藤野に屈したように見えますからうまく利用されたなと思います。どこまでもええように転がっていきますね」
「うちは他より優位やし仲ようさせてもらう感じになったやけど…いきなり一番上や」
ぐっと拳を握りしめる天馬。
「加成組長の後ろ楯もでかいですけどね。これも手やないんですかね。あの人なら何でもやりそうですから、藤野を全面的バックアップはするつもりやと思いますよ。そうなれば兄弟組でいがみあってても仕方ないんで今度は周りの組との競いになりますね。北関東は勿論他の地域も強いですからそっちに目を向けるんちゃいます?」
「俺らでいがみ合ってる場合やないってことか」
「上目指す人はそこまで見てる思います。だから上にいけるというか…」
石崎は天馬を煽るように言った。
「今度、親父と会食するらしい…」
「何か有益なもんがうちにあるんですかね?天馬さん行くんですか」
「どうやろな…頭数に入ってんのかわからん」
「これを機に親父さんにやりたいこと話したらどうですか。ずっと秘めてたこと」
天馬は凄いものを見たが結果悔しい思いを抱き同じ若頭だった楝との格の違いを見せつけられた。あの場にいた自分が当事者ではなく見物者だったことに天馬の考えが変わっていく。
自分よりも後から若頭になり最速で関東一の右腕から組長にまでのしあがった。自分がやりたかったことを先にされた気分だった。このまま父親の後を継いでいれば簡単に組長にはなれるがいずれ壁にぶち当たる。そして弱ければ斎藤家のように食われ組は自分の代で終わることになり今のようにはやっていてはダメだと歯痒さを感じていた。
「クソ…」
「どうかしはったんですか?」
「石崎、お前この組にずっとおるんか?」
「そりゃそうですよ。なんです急に」
「そうか…」
ずっと頭から斎藤家が食われる様子が脳内で繰り返されて離れない。今はまだ自分に力がなく親父を頼ることしかできないがそこを打開したかった。
「俺は…昇る。上まで行く。だから、会わなかんのや…待ってたら遅い」
立ち上がると電話をかけた。普段とは違い丁寧な話し方にそんな風にいつの間に話せるようになったのかと驚いた石崎。
「会う約束とれた」
「誰とです?」
「藤野楝」
久しぶりの新しい組の誕生にどこにいても楝は注目になり自分の周りには多くの人達が群がるようになった。そんな雑音を消すようにパソコンの前で楝は一人データを整理していた。
携帯が鳴った。
「調子はどうだ」
「加成さんのお陰で滞りなく進められました」
「誰もが俺の二番目の組だと思っているからな」
「はい」
「関西はどうだ?」
「春見とは仲ようやらせてもらってる感じですね。荒木と山本は元々加成さんと仲もええですから圧かけられたところで俺とは関係ないんで。春見に逃げられる方が後々困るんは加成さんですからそこはきちんとやっておきます」
「関西の兄弟組を束ねられたら規模をでかくする予定た。名前も権力も上に向けるお前のやり方は上手いな。関西を手に入れたも同然だな、他の関西の組で大きな所を手に入れるにはしっかり足並みを揃える必要がある」
「交渉には参加しますけど大きな話は春見の組長のがうまいんでそっちに話をつけておきます」
「わかった、暫くは組も忙しいから落ち着くまでは信頼関係を築いておけ。来年か再来年辺りから本格的に動き出す」
「わかりました」
そう言って電話を切った。
美日下の写真画面が携帯に映る。
今は何をしているだろうか、この時間ならバイトだろうなとそんなことを考えながら仕事をしている。
自分が組長になることを本当はどう思っていたのだろうか…本音は聞かぬまま進めてしまったこの話。嫌だったに違いない、その気持ちもわかってはいたが答えることができず不安にばかりさせていた。いつも否定もせずついてきてくれる美日下だが今回ばかりはこの状況に理解はできなかっただろうなと思った。
「はぁ…会いたい」
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