社会人が異世界人を拾いました

かぷか

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松編 ③

21 ソルトと松

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 どれくらいたっただろう。稽古をしていても何をしてもとら様を忘れられない。終わりにしなければならないと思えば思うほどできない。部屋にはとら様の匂いが微かにまだ残る。やっぱり私はとら様しかいない…でも。

 いつになるかわかりませんが次に来たときに話が許されるのなら一度話をしたい。その時に決めよう。

 そして、とら様が訪れた。 
 
「河口君の部屋に行く」

「わかりました」

 着替える松を見ながらどことなくいつもと雰囲気が違うのを感じ今ではない空気に松の用事が済んでからにしようと思った。

「とら様。もし、ご予定が済んだ後にお時間がありましたら私とのお話を許して貰えないでしょうか」

「いいよ、俺も話したい」

 廊下を歩く松はいつもより凛とした姿で格好良く見えた。松に見惚れてしまう自分。

 部屋の前で止まると松は三人だけで話したいと言ってソルトを廊下に残して中に入っていった。ソルトは松の側近で松が中に入る時はいつも自分も中に入れて貰えたが今回は違った。いつもと違う状況に自分が聞いてはいけない内容ではと考えを巡らせていた。

 聞かれたくない話しで自分に言いにくい事はなにかと廊下で考える。

 手には瓶を持っていたのでいつものように貰いに行ったのだとしたら部屋に入れてくれるはずだし。そうではないなら自分を松の側近から下ろして欲しいと言いに行ったのではないかと思った。

 この状況を作りナグマに来る回数も極端に減れば納得だった。前のようにとはいかなくともせめてこのまま側近になっていれば少なくとも近くで守る事はできると思っていただけに自分の不甲斐なさに唇を噛み締めた。松の側近に自分がと思って強くなる努力を怠らぬようにしてきたつもりだったがもはやそれすらも許して貰えないのではとそんな事を考えていたら丁度そこへクラムが部屋を訪れに来た。

「ソルトさん、どうされました?」

「はい、とら様がお見えになってまして三人で話がしたいと仰られたので私は外で待つ事になりました」

「そうですか。何ですかね?」

 クラムはコンコンとドアをノックして部屋に入った。直ぐにでてくると「まだかかるようです、よろしければ稽古でもしませんか?」と言われソルトは返事をした。

 稽古には他にも何人かいてクラムに直接教わりたいと志願した者達だった。

 やはり、側近になりたいのは自分だけではなかったと改めて思った。皆が上を目指しているのだと思ったら自分が松の側近になれたのは少なからずクラムの計らいがあったかもしれないとまで考える。もし、そうだとしたら自分は下ろされ他の人が松の隣にいるのを自分は見ていられるだろうかと気落ちした。

「ソルトさん、焦らず丁寧に確実にしてください。魔物は隙をついて直ぐに攻撃してきます」

「はい!」

 努力しても努力しても上手くいかない。歯がゆさに力が入った。すると木剣がパキンと折れてしまった。

「すみません!」

「大丈夫です。ソルトさん、私は貴方の強さを知ってます。王もです。ですから焦りは禁物ですよ」

「ですが私は…側近になる資格が無いのでは」

「そんな事ないです。王が認めたんですよ。あの最強のナグマが。自信持って下さい。王はソルトさんしか松君さんを安心して預けれる人がいないと言ったんですよ。あの王は決して贔屓などで決めません。ソルトさんの実力で側近になったのですよ。私も勿論周りも満場一致で松君さんの側近を認めてますよ。もう、とっくに罪は償い終わっています」

 ソルトはその言葉に驚いた。

 アドベと初めに会った時に護衛は口出しをするなと言われたのを知ったフィグがすぐに松の側近に任命した。実力ではなく少なからずクラムの計らいがあったのだと思っていたがフィグの進めだと初めて知った。なぜ、自分がなったのかモヤモヤしていたがクラムにハッキリ言われ自信が戻ってきた。

 松に勝手に好きになるのは構わないと言われたの思い出した。だから勝手に好きでいればいいんだと吹っ切れた。信頼などは後からついてくるもので無理に引き出すものではなかった。たとえそれで松と会えなくなったとしても自分は最後まで松を想い続ければいい。それだけで十分なのだと思った。

「はい!」

「では、二人1組になって打ち込みを!」

 クラムはタオルを持ち水を飲みに行くと松がいつの間にか見に来ていた。松は稽古を見ながらクラムに話しかける。

「キツそうですね」

「魔物相手ですから気は抜けません」

 真剣に取り組むソルトは全く松に気がついていない。

「そうですね。クラムさん、なんであんな一生懸命になれるんですか?」

「うーん、守るものがあるからですかね」

「クラムさんも同じですか?」

「はい、同じですよ。ナグマ民を守るために。といいたいですが個人的にはビタさんを守りたいからです。ビタさんの安全な場所を作るためならなんでもします」

「そう言えば結婚してないのにキスするとどうなるんですか?」

「規則破りは1年の婚儀延期です」

「それ以外は?」

「ありません」

「へー」

「国では婚儀の儀式に口づけするのが伝統ですね。ただ、実際婚儀前に口づけをしてる人はいます。王もそうでしたし。もし仮に先に口づけをしたら相手は喜ぶでしょうね。一生の伴侶とこちらでは常識ですから。因みに口づけが見つかれば婚儀延期と言われますが隠れてされればわからないですし、規則ですがそこまで厳しくは取り締まらないです」

「温情ですね」

「はい、王も我慢強いほうですがやまとさんを前にしたら無理でしたし」

「あはは」

「実は最近知ったんですが王は儀式より先にやまとさんと婚姻をしてまして。というのは儀式の日付が違うのに気づいて問いただしたら教えてくれました。もう日付が書かれた後で変えられず二人は儀式前に伴侶になってたんです。大したことではないですが本来なら王は儀式で婚姻してもらわないと困るのに、全くやまとさんの事になるとただの男になってしまうんですから。あ、これ、言わないで下さいね」

「あはは、はい」

 そう言うとクラムは手合わせをしていたソルトの方へ向かい松がいるのを伝えた。走りよるソルトはクラムと入れ替わりで松の横に来た。
 
「はぁ、はぁ、はぁ、とら様、お待たせしました」

「いや、俺こそ話が長くなった」

「いえ」  

 タオルで汗を拭くソルト。
 
 上着を持ち移動しようとしたら松が稽古を見ながら話しかけてきた。荷物を下ろしてクラムの稽古に目をやった。

「ソルト、俺は結婚する気はない」

「はぃ」

「こっちには住めない」

「はぃ」

 松の結婚しない宣言は前から聞かされていたしソルトにとっては当たり前の事だったがまた改めて言われ、自分は結婚相手ではないと思った。

 松が拐われた一件で松の触れてはいけない部分に触れてしまった事に後悔をしていた。
今回来たのは自分の進退に関わる話だろうと考えていた。もし、松が自分の側近を外す話ですすんでいるならそれを受け入れ認められるまで努力をしようと思っていた。
 
 だが今日言いたいことはそれではなく松に改めて伝えたいことがあった。

「ソルト…」

「わかっています。とら様を傷付けてしまったんです。すみません」

「俺よりもっと優しくてお前を大事にしてくれる奴はいる。ナグマで見つけた方がいい」

 松と自分の住む世界が違うのは痛いほどよくわかっていた。しかし、さっきのクラムの一言で気持ちの整理できたソルトははっきりと気持ちを伝える。

「それでも…それでもこの身が無くなる最後まで想う方は唯一無二の『まつながたけとら』だけです」

「……。」

「私は、とら様が好きです」

「……。」

「この先もずっとずっととら様が好きです。離れていても会えなくてもて…嫌われても…」

「はぁ…」

 はっきりと自分の意見を言うその横顔を眺めている松。ソルトの顔は澄んでいて揺るがない目をしていた。一瞬で松の心臓かぢりぢりと熱くなる。

「ソルト」

「はぃ」

「俺も好き」

「はぃ?」

 腕を強く引っ張り自分に引き寄せ背伸びをした。


  ちゅっ!


「婚儀前にキスすると延期らしいぞ。なら俺達は一生結婚できないな」

「……あ…あの…」

「お前の事ばっかり考えてた。この先何があるかわかんないけどお前とならいいかな」

 一体何が起こったかわからず呆然と立ったままのソルト。周りは稽古に集中していて誰一人、気がつかない。

「たけ…とら……どういう…えっと…」

 頭が真っ白になりながら何とか松の名前を呼んだ。絶対自分は口づけをされないと思っていただけに訳がわからずソルトは松を見ながら必死に考えていた。

 「すーーーきーーー!わかったか?」 

 松は優しい笑顔でこっちを見ている。

 夢ではなかった。
 涙がつぅっと頬をつたった。 

「……とら…様」

「ソルト、返事は?」

「はぃ!一生できません!」

 世界で一番幸せだと言わんばかりの満面の笑みを返したソルト。

 口づけはナグマでは伴侶の証

 あの松が嫌がっていた最大級の重みのあるキス

 そしてずっと願っていた好きな人からの口づけ

 こうして二人は結ばれましたとさ。
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