宿命のマリア

泉 沙羅

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第2章 壊れたもの同士

第11話

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「ありがとうございます、先生」
可憐はピアノのレッスンを終え、講師を玄関先まで送りだした。
「お疲れ様、泉宮さん、あなた中々上達してたわよ。また来週ね」
「はい、よろしくお願いします」
講師は可憐と別れると、広い庭を進んでいった。
そして庭掃除をしている宏美が目に入る。
講師はスンと鼻を鳴らし、好奇の目で宏美を見てこう言った。
「あの子も中々可愛いの飼ってるじゃない。大人しそうな顔して夜は激しいのかしらね」
宏美は講師を睨みつける。
「失せろ、クソアルファ」
すると、講師はぎょっと目を見開いた。しかし、彼女は宏美の口の悪さに驚いたわけではないようだった。
「えぇっ!? こいつ男!? 男なのにそんな格好してんの!? ちょっとあの子どういう趣味してんのよ。オメガ男に化粧させてこんな服着させてレズプレイのつもり!? 気のおかしい子だとは思ってたけど、こんなことまでするとは……」
講師は宏美のことなど構わず、こんなあけすけな内容をズケズケと言い放った。確かにあれから可憐は宏美に「絶対似合うから」と化粧をさせ、女物の服を着させていた。今も薄く化粧をし、オレンジ色の花柄のワンピースを着ていた。男の格好をしていても女の子に間違われる宏美である。だから女の格好をしてしまえば、声を出さない限り、誰も男と気が付かないだろう。
「よくそんな下品なことを人の家の庭先で言えるな。とっとと帰んな」
「おやおや、お口の悪い子猫ちゃんだわ。顔に似合わないことばかり言うわね。飼い主の躾がなってないわ。今度あの子を叱ってやらなくちゃ。……しっかし恐ろしいほど似合ってるわね……」
講師はそう言い捨てて帰っていった。



「あんたさあ、僕にこんな格好させていいの? 人から変な趣味のやつだと思われるんじゃないの? 」
宏美はぶっきらぼうにそういうと、おやつのマンゴーとバナナを乗せた皿を可憐に差し出した。今回は最初から皮を剥き、食べやすく切ってある。
「……変な趣味も何も、私、元々気のおかしい奴だと思われてるもの。今更どうでもいいわよ。それに宏美も女の子の格好してるときの方が生き生きしてるように思うわ。てっきりもっと嫌がられるかと思ってた」
宏美はドキリとした。なんて敏感な奴なんだと。
「………別に。僕はあんたの性奴隷だから、あんたが女の格好の方がそそるってなら、女の格好するだけだよ」
宏美はそう言ったが、実は可憐に化粧を教えられ、ワンピースを着せられたとき、不思議な開放感を覚えたのだ。自分の性別と反対の格好をすることで何にも属さない者になれたような……。
幼少期、そういうものを感じたくて母親の口紅を塗ってみたことがあった。兄に見つかり、父に報告され「恥ずかしいことをするな」と殴られてしまったが。今は父と兄に「ざまあみろ」というような気分になれた。


「……前も言ったけど、私はあなたを奴隷とは思ってないわ。せっかく二人きりなんだもの、人間同士の関係を築きたいと思ってるわ。……よかったら、楽器も勉強も教えるわよ? 私も宏美に家事を教えてもらいたいし……」
可憐が宏美に入れてもらった紅茶を片手に言う。
「やめて、そういうの、だるい」
宏美が「鬱陶しい」と言わんばかりに首を横に振る。
「でも……せっかくの縁なのに………」
可憐は純粋な気持ちで言ったのだろうが、彼女の能天気な言葉に宏美の胃の中はふつふつ煮立ってきた。

(なんなんだ、こいつ。気がおかしいのはわかるけど、いちいち言ってることが気持ち悪すぎるんだよ。『可哀想な奴隷に優しくできる自分』に酔いしれてるのか? 僕に同情してるのか? どっちにしろ、癪に障る!! )
宏美の顔にありありと苛立ちの色が表れてきた、


「……宏美? ごめんなさいね? ちょっと鬱陶しかったかしら? 迷惑ならいいのよ…」
可憐は宏美の機嫌が悪くなったのを感じ取ったのか、焦りだした。

「きゃあっ!! 」


次の瞬間、宏美は可憐を椅子ごと床の上に張り倒した。
「…いた………ひゃっ!!」
痛みに呻く可憐の細長い首を押さえつける宏美。
そして、息を荒らげながら先程切り分けた果物を手づかみで彼女の口に次々と押し込む。
「もがっ………!! 」
可憐が苦しがっても宏美は容赦なく詰め込み続ける。そして皿の上の果物を全て押し込むと、可憐が吐き出せないよう、彼女の口を押さえる。首を抑えている手にも力を込める。
「んんんん!!!」
可憐は息ができず、もがく。
宏美は鬼の形相でこう叫んだ。

「会った時から思ってたけど、うざいし、気持ち悪いんだよお前!!  このいい子ぶりっこが!! どうせ根っこはそこら辺のサイコパスクソアルファと一緒のくせに!! 素直な分、まだサイコパスどもの方がマシだ!! お前の『余裕がある奴の娯楽』みたいな優しさ、1番ムカつくんだよ!! 」

「んんんんん!! 」
可憐が首を横に振ろうとする。「離して」と宏美の細い手首を叩く。

「ああ!? あんたアルファだろ!? オメガの僕に押さえつけられたところで余裕で振り払えるだろ!? 振り払えよ!! さあ!! 」

「んんんんん!! 」


しかし、可憐は宏美を振り払おうとしない。しないのか、できないのか。
確かに体は男の宏美の方が大きい。しかし、見た目や性別に関係なく、アルファは怪力なのだ。お人形さんのような少女であっても、ガタイのいい男の1人や2人、やすやすと投げ飛ばすことができる。
れっきとしたアルファの可憐が細い宏美を振り払えないはずはない。
しかし、可憐は宏美の手首を軽く叩くだけだった。
「…………」
このままでは本当に可憐が死んでしまうと思った宏美はとうとう手を離した。

「ぷはっ………!! けほけほっけほけほっ!!」

可憐が口の中のものを吐き出し、咳き込む。

「…………」
その様子を見た宏美はどす黒い、マグマのようなものが自分の中に湧き出てくるのを感じた。
そして何を思ったか、まだ苦しげに咳き込んでいる可憐の顎を掴むと、その果肉で汚れた口元を舐め始めた。
「……!? ……宏美……いや、やめて……」
「嫌なら抵抗しろよ」
そうか、こうして彼女を支配すればいい……宏美の中の悪魔がそう囁いた。





「ちょっとあなた!! お嬢様に何をなさってるんですか!! 」


そこに現れたのは割烹着姿の初老の女性だった。

「ばあや!?」

そう、彼女は可憐が生まれた時から面倒を見ているばあやだった。最近は年のせいで仕事がきつくなってきたのか、ほとんど泉宮家に顔を出さなくなった。しかし、可憐がこの洋館に隔離されてからも、月に2、3回はここを訪れている。

宏美は、ばあやを一瞥すると可憐から手を離して去っていった。


「大丈夫ですか、お嬢様」
ばあやは心配そうに可憐に声をかける。おしぼりで顔も拭いてやる。
「ええ」
「旦那様も無茶なことをしますよね。あんな凶暴なオメガと大人しいお嬢様を二人きりで暮らさせるなんて。お嬢様、ああいうときはやむ得ません。突き飛ばしてよかったんじゃありませんか? 」
「……敵意に敵意で返したら、永遠に分かり合えないわ。ばあやがいつも教えてくれてたことでしょ? 」
「まあ、それはそうですけど……」
「私と彼の問題だから。ばあやは心配しないで」


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