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第1話
しおりを挟む神様、名誉も地位も何もいりません。
ただ、私に愛する人たちを守る力を下さい。
悪魔の「試み」に打ち勝つ力を下さい。
不安や恐れではなく、愛によって行動できる勇気を下さい。
………………
「新しい朝を私たちに与えて下さった神よ。今日も健やかに過ごせますよう、私たちをお導きください」
教壇の前でシスターが手を合わせ、私たちもそれに合わせて手を合わせて祈る。……下らない。神なんているもんか。いたら呪ってやりたい。バース性なんて作った神を。私をアルファ(α)なんかにした神を。
「ねえ、千歳、知ってる? あくまで噂だけど、修道士様たち、性奴隷飼ってんだってさ。オメガ(Ω)男の。カトリックの教えに沿ってストイックに暮らしてるくせにやっぱ溜まるもんは溜まるんだね」
休み時間に隣の席の友人、萌香が私にそう話しかけてきた。彼女はベータ(β)然としたベータだ。そしてよく言えば天真爛漫、悪く言えば無神経な性格である。
「やめて、そんな話。でたらめに決まってるし、気持ち悪いわ」
私は耳を塞いで萌香から顔を背けた。
「千歳は相変わらず、潔癖だね」
萌香が呆れたように言う。
私たちはカトリック系の高校に通う2年生だ。学校の敷地内には同じ法人の幼稚園、小学校、中学校、そして修道院と教会がある。また、全国有数の進学校でもある。本当はこんな金持ちくさい学校行きたくなかったのだが、母があんまり行け行けとうるさいので入学してしまった。
「千歳って全然アルファって感じしないよね。匂いしないし。見た目だって素材はいいんだから、もっとお洒落すればいいのにさ」
この世界には男女とは別に3種類の「第二の性別」がある。アルファ、ベータ、そしてオメガ。
まずアルファ。容姿端麗かつ頭脳明晰で、優れた運動能力、そしてカリスマ性を生まれながらに持ち合わせているという。人の上に立ち、権力を行使する使命を持つと言われている性。ヒエラルキーの頂点だ。フェロモンと花のような香りを纏い、他の性を惹き付けることもできる。アルファの女性は思春期になると、性的興奮時にペニスが生えてくるようになり、他の女性やオメガの男性を孕ませることができるという。そしてアルファは全人口の5%ほどしかいない希少な存在でもある。
次にベータ。ごくごく普通の人達。人口の90%以上はベータだ。フェロモンも香りも持たない。ベータはベータ同士で結婚するのが一般的だ。
そして最後にオメガ。男女問わず妊娠ができ、繁殖力に長けた性。つまりアルファと対になる存在だ。そしてアルファ以上に希少と言われている。彼らもフェロモンと、アルファとは違った甘い香りを放ち、アルファやベータ、とくにアルファを惹き付ける。彼らは3ヶ月に1回、1週間ほど発情期があり、その間は強烈なフェロモンが体から放出され、繁殖のことしか考えられなくなる。だから彼らは医者から処方された抑制剤でフェロモンと発情を抑えている。さらにオメガはアルファやベータより身体能力や頭脳は劣ると言われている。オメガの男性はだいたい女性的な外見で男性としての生殖能力はほぼない。
オメガはアルファと番と呼ばれるパートナー関係を結び、子どもを産み、優秀なアルファの子孫繁栄に貢献する存在とみなされている。それらの事実から、オメガはただの産む機械、性奴隷と見なされ、オメガの人権はないに等しい。法律上はオメガを差別してはいけないことにはなってるが、それはお飾り程度のもので、実際はオメガを強姦しても、虐待しても、極端な話、殺してもさほど罪には問われない。だからオメガはアルファの所有物になって守ってもらうしか安定の道はない。
……私は小学校の保健体育で初めてバース性の話を聞いたとき、気持ち悪くて吐きそうになった。女でもちんこが生えるとか、男でも妊娠できるとか、発情期があるとか、アルファは優秀だから、子種を撒き散らすことが推奨されてるとか……。繁殖、繁殖って動物じゃないんだから。中学に入ってすぐの検診で自分がアルファだと知ったときも、母は喜んでいたけど、私はショックで気絶しそうになった。
「あんまり大きい声で言わないで。みんなにバレたら私転校するしかないわ」
私はアルファであることを隠していた。しかし、つい数日前、萌香にはバレてしまった。なぜならクラスメイトのオメガ女子が抑制剤の飲み忘れで、授業中に発情期を迎えてしまい、女子の中で私だけがそのフェロモンに反応して悶え苦しんでいたからだ。オメガの発情期フェロモンに当てられたアルファは自制不可能で、ほぼ確実にオメガを犯してしまうと言われている。ベータの女性はオメガの香りを感じ取ることはできてもフェロモンまでは感じ取れない。ベータ女性はオメガを孕ませることができないからだ。発情期のオメガにでくわしても「何この甘ったるい匂い。気持ち悪いわ」で終わりなのだ。ベータの男は欲情することはあってもある程度自制は可能。
「やばかったよね。あの事件。あの子さ、やっぱり診断書をベータに偽造してこの学校に入ったらしいよ」
法律でオメガはオメガの学校にしか入れないことになっている。だが、そこでは必要最低限の読み書きや家事や育児などアルファのものになること前提の教育しかされない。
だが、それではアルファに縋らないと生きていけない人生になる。だからオメガの地位向上や自立を望むオメガは診断書をベータに偽造してまで、アルファやベータの通う学校に入ろうとする者がたまにいる。勿論それは犯罪にあたるので、バレれば捕まる。
授業中に発情期になって混乱を起こしたクラスメイトは当然オメガであることがばれ、翌日の全校朝会でつるし上げられた。「オメガのくせにベータやアルファと同じところで学ぶなんて傲慢すぎる」「産む機械なら産む機械として性能を高めるための努力をすべきだったんだ。やっぱりオメガは知能が低いからわからないのか? 」などと全校生徒の前で校長にズケズケと責め立てられていた。全校朝会が終わるとその子は両親共々、警察に連行されていた。
「あの子どこいっちゃったのかねぇ。なんであんなリスク侵してまでアルファやベータの学校に来るんだろう。理解できないわ。大人しくアルファのものになってれば楽なのに。まあ、校長先生も言い過ぎだよね。犯罪はよくないけど、誰かを傷つけたわけではないし、あの子一生懸命勉強頑張ってたんだから、あんな言い方することないのにね。オメガにもオメガなりの事情あるよね」
……ごめん、萌香。あなたが悪い人間じゃないのはわかってるの。でも、そのオメガを同じ人間とは思ってないのが丸わかりな言い方、本当に無理。だけど、大体のベータも、そしてアルファもあなたと同じ考えなのよね……。普段は優しい萌香も校長もなんでオメガには冷酷になれるの。
「なんで千歳はアルファのクラスにいかないの? アルファなのを隠してるの? 普通アルファはアルファのクラスに行くもんでしょ。せっかくアルファに生まれたんだからその特権を生かしたほうがいいと思うけど」
萌香が頬杖をついて問いかけてくる。
「そんなん、分かってるでしょ……」
私のアルファとしての能力はかなり劣っているのだ。見た目は地味だし、ベータのクラスにいても成績は上の下程度。運動能力だってごく普通で特別優れてはいない。
まあ、習い事のオルガンで鍛えてるから力はある方だろうか。内向的な性格で交友関係も華やかではない。フェロモンも薄いらしく、アルファの匂いに敏感なはずのオメガにですらアルファと気づかれたことはない。
しかしその分、アルファ特有の欠点も軽く済んでるらしい。オメガの発情期フェロモンに当てられたときも、自制はできる。
それでもベータよりはずっと派手な反応をしてしまうし、普段は女性用の下着に収まっていて、陰核ほどの大きさしかないペニスが制服のスカートをめくりあげるくらいに大きくなって腫れてしまうから、困るんだけど。
あの事件のときも必死に両手でスカートの下に抑えこんで大変だった。私がアルファであることを隠しているのは、勝手に期待されてアルファらしくなさにがっかりされたくないからということと、アルファの中にいても落ちこぼれるのは目に見えてるのでベータに擬態していたほうが無難だからだ。まあ、それだけではないのだけれど。
「千歳のお母さんはベータなんだっけ? 」
「そうよ」
私がアルファらしくない理由は母親がベータ女性だからだ。父親はアルファ男性だが、アルファとベータでは大抵ベータしか生まれない。アルファが生まれることもあることはあるが、私のように能力の低い、ベータに毛が生えた程度のアルファしか生まれない。父親はその事をわかってか、身篭った母に「堕ろせ、これ以上ベータが増えてもしょうがない。アルファが生まれたとしてもろくなのにならないんだから」と言ったらしい。
だが、母は私を中絶することができなかった。無論父は母と私を捨てた。養育費もよこさなかった。でも、困ることはない。アルファの子どもには国から助成金が出るから。父はその後、若い男のオメガと番になった。アルファとオメガの間からは優秀なアルファが生まれる可能性が1番高いからだ。
ちなみにアルファとオメガの番関係は性交時にアルファがオメガの首元を噛むことで成立する。番成立後のオメガは番のアルファ以外にフェロモンを発さなくなるので不特定多数から襲われる心配もなくなる。上手く行けば一生安泰だ。
だが、リスクもある。オメガが一生そのアルファの所有物になるのだから。番関係はオメガから解消することはできないので、相手のアルファが嫌いになっても一緒にいなければならない。
だが、アルファから解消されたらされたで、オメガは新たに番をつくることはできないし、そのくせ再びフェロモンは無差別に撒き散らされることになる。その上、アルファから捨てられたオメガはアルファのいない不安から精神を病んでしまうのだ。そして元番のアルファが生きている限り苦しみ続けなければならない。
番を解消したアルファは痛くも痒くもなく、再び新しい番を作ることもできるのに。
……私は本当にオメガが気の毒でならない。でも、世間一般ではオメガは人間として扱わないのが普通で、優しいアルファやベータであってもオメガには「オメガだって生きてるんだから優しくしてあげよう」というような動物愛護程度の慈悲しかかけない。萌香がそのいい例だ。
だが、私はそんな風潮にどうしても納得できない。私はオメガとも対等な人間同士の関係を築きたい。自分では決められないバース性になぜここまで振り回されなければならないのだ。勝手にレッテルを貼られ、階級までできてしまうなんて理不尽すぎる。
何より、ベータが産む子供なんていらないと私と母を捨てた父が、私は大嫌いなのだ。父は超エリート官僚で優秀なアルファだったと母から聞いているが、性欲解消のため、自分の遺伝子を残すために都合よくベータ女性やオメガを利用する、汚らわしい歩くちんこだと私は思っている。どうやら父は母以外のベータ女とも遊んで子どもを作って捨てたらしいから。
父にとってベータ女は、若くて可愛くて優秀な子どもを作れる手頃なオメガを見つけるまでの適当な「つなぎ」だったんだろう。いくら人間扱いされていないとはいえ、オメガは数が少ないので、遊ぶには数が多いベータの方が気楽だったんだろうか。それにアルファとベータでは番になれないから捨てるのに罪悪感もなかったんだろう。我が父親ながら本当に最低だ。
だが、社会は少しでもアルファの遺伝子を残すことを推奨してるし、基本的にベータはアルファには逆らえないため、父の行為を咎める人はいない。それにアルファとベータから生まれた不完全なアルファでも優秀なアルファになれる希望があるから。
「……千歳はさー、オメガとやってみたいとか思わないの? アルファなら誰でもそう思うのかと思ってた。アルファのクラスの人達は皆すぐそこのオメガの学校の生徒を漁って遊んでるらしいよ。まあ、中には真面目に番にしてる人もいるけどさ。やっぱりアルファは若くて可愛いオメガといたいもんでしょ。アルファの男はイケメンでエリートばかりだから、ベータの女もワラワラよってくけど番になれないし、子どものこと考えるとあれだからって大抵ヤリ捨てされちゃうって聞いたよ。アルファ女も自分で子ども産むのは稀でしょ? だから、ベータ男なんてアウトオブ眼中よ。だからアルファ男と変わりないわ。アルファクラスの時枝さんなんて……」
「やめて! 聞きたくない!」
父親を連想させる話に、私は耳を塞いだ。
「ごめんごめん、ただね、千歳、ありゃ迷信かもしれないけど万が一の可能性にかけてみるってのもさ……」
昔からある都市伝説。まあ、私は「都市伝説と思ってる」ってだけだけど。アルファとベータから生まれた能力の低いアルファでもオメガと交わればアルファ本来の力に目覚めてアルファとオメガ、またはアルファとアルファから生まれたアルファと同じくらい優秀になれるという。
「やめてよ。私をあんな歩くちんこどもと一緒にしないでよ。それにあんな馬鹿げた迷信を持ち出すのはよして。もしあれが本当だったとしてもそんな目的のためにオメガとセックスするなんて野蛮よ。私は他のアルファより能力は劣ってても、そんな下劣なことはしないわ」
「うわっきつ……本当にアルファが嫌いなんだね、千歳は。せっかくアルファに生まれたのに勿体ない」
萌香は軽く引いているけど、そんなの知らない。
「でもやっぱり千歳はアルファだなーって感じる時あるよ。理屈っぽいもん」
「それ、嬉しくない」
父のこともあってか、私はアルファが大嫌いだ。生まれつき優秀だからって、見た目がいいからって、いい気になってふんぞり返って、ベータやオメガを平気で踏みつける、自己中な連中ばかり。たまに優しい人がいても心の奥底ではベータやオメガを馬鹿にしてるのが伝わってくるし。
……あんなの歩くちんこの他になんて言うの? 勿論アルファである自分も大っ嫌いだ。オメガの匂いに当てられてムラムラくるたびにその場で自決したくなる。いつか、私もあの最低な父みたいに子種を撒き散らすようになるのかと思うとぞっとする。
ああ、神様。いるんだったらどうして私をベータにしてくれなかったの。母さん、こんな中途半端な存在に生まれるならいっそ私を堕ろしてくれればよかったのに。
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