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第12話
しおりを挟む「あら、宏美さん! 今日休みだって聞いたからがっかりしてたのよ」
「え!? どうしたの、明日果ちゃん……」
勤め先のナイトクラブでは千歳とサラがいた。サラは相変わらず、パソコンを広げて調査を続けている。
「宏美さ……」
「………」
宏美があまりに怖い顔をしていたので、二人とも黙り込んでしまう。
宏美は泣きじゃくる明日果をバーカウンターの1番隅の席に座らせる。
「宏美さん、明日果ちゃんと知り合いだったの!? 」
千歳が驚いて宏美と明日果を交互に見る。
「一緒に暮らしてるんですよ、シェアハウスで」
すかさず、サラが言う。
「へえ……どうしたのよ、明日果ちゃん」
千歳が泣いている明日果を宥めようとする。
(!? えっ………この匂い……)
千歳は明日果から濃いオレンジの匂いが漂ってくることに気がついた。
(この匂いは……この匂いは……でもまさか……)
千歳がこの香りを忘れるわけはあるまい。
「酒!! 1番度数高いやつ!! 」
宏美が八つ当たりするように同僚のバーテンダーに言う。同僚もたじろぎながら「あ、ああ」と返事をする。
「……宏美さん……」
「……噛んでしまったんだよ。自分の母親を。この子の父親が悪いんだ」
宏美は俯いたまま、カウンターに肘をつき、低い声で言った。
「だ、大丈夫だよ。明日果ちゃん。私もアルファの弟に噛まれたことあるよ……」
サラが明日果に慰めの言葉をかける。
「え?……噛んだって……」
千歳が戸惑いながらも尋ねる。
「彼女の母親、9年も番と交われなかったんだ。だから禁断症状で、今にも死にそうなんだよ。ついさっき、とうとう発情期フェロモンが漏れだしてね。彼女、それに当てられて母親を噛んじまったんだよ」
「9年……」
宏美は酒がきたので一気に飲み干し、ガンッと音を立ててカウンターに叩きつけた。酒にはバカ強い彼であるからこの程度では酔わない。が、口調は酔っ払いそのものだった。
「命かけてこの国に亡命させたかなんだか知らんけど、ここまで2人を苦しませるなんて。見てる方は腸が煮えくり返ってくるってもんだ。この子の母親がどんなに苦労して、この8年間、男手1つで娘を育てたと思ってんだよ。もう"F"の制度はなくなって、釈放されたなら何で会いにこないんだ。どこで油売ってんだよ。その呑気なアルファ女はよっ!! もう一杯!! 」
ガンガン酒を進める宏美をぼんやりと見つめながら、今入ってきた情報を処理しようとする千歳。
(9年前……亡命………男手一つ……F……アルファ女……)
「えっ!? 」
そのとき、サラがコンピュータで、とある情報に行き着いたようだった。そして幽霊でも見るような顔で千歳を見た。
当の千歳は、ぼんやりと何かを考えている。
「もうね、そのアルファ女がのこのこやってきたら、ぶっ殺してやろうかと思って!! 」
酒をもう一杯飲み干した宏美が、拳を握りしめながら叫ぶ。
「ひ、ひ、宏美さん!! 宏美さん!! 」
サラが青ざめた顔で震えながら、宏美に「おいで、おいで」する。
「あぁ!? なんだよ!? 」
宏美がまるでヤンキーのような口調でサラの背後に回る。元々口は悪かったが、言葉遣いはわりと丁寧な方だった彼。よっぽど気が立ってるらしい。
サラが宏美に示してきた資料は9年前の雑誌の切り抜きだった。
千歳が教授として、インタビューを受けている特集だ。勿論名前も載ってある。そして「高校時代の暁 千歳教授」として例の写真も……。
「宏美さあん………」
サラはまともに声も出せずにわなわなと震えている。
宏美もさっきまで怒鳴り散らしてたのが嘘のように静かになり、まるで宇宙人でも見るような目で千歳を見た。
千歳は相変わらず、ただぼんやりと虚空を見上げていた。
「ちょっちょっちょっ……宏美さん!! どこに連れていくつもり!? 」
「……まさか、あんたが番だったとはな……」
宏美は千歳の手を強引に引っ張り、引きずるように彼女を自分たちの家に連れていった。サラと明日果はそろそろと2人について行く。明日果はいまいち状況が把握できてないようだった。
家に着くと、宏美は千歳を真琴の部屋に乱暴に投げ入れた。
「いたっ………え……この香り……」
千歳はベッドに死んだように横たわっている真琴に気づいた。思わず擦り寄る。
「……………ま、真琴さん!? 」
9年ぶりにあった番は、これ以上ないくらいやつれていた。しかし、その美しさは健在だった。病魔も彼の美貌は奪えなかったようである。
「真琴さん…!!」
やっと会えた。やっとたどり着いた運命の番……。
千歳は感激してそのやつれた頬に手を添えた。
だが、再会の喜びに浸っている場合ではないようである。
「抱け!! 今すぐ抱け!! 抱いて項を噛め!! さもなきゃこの家から出さん!! 」
宏美が凄い剣幕で叫ぶ。冷静に考えたら物凄いことを言ってるのだが、宏美も千歳もそんなことを気にする余裕はない。
何より、千歳だって今すぐ真琴を抱きたい。だが……
「無理よ、私……これ……」
千歳が自分の首輪を示して見せる。そう、これが着いてる限り、アルファとしての身体能力が発揮できないだけでなく、ペニスも生えてこないのだ。
「とにかく抱け!! 抱けば何とかなる!! 」
宏美はよほど頭に血が昇ってるらしく、千歳の話を聞かず、ガンとドアを閉めてしまった。
「真琴さん……」
千歳は真琴の頬を両手の手のひらで包んだ。
「こんなにやつれて……あなたは随分苦しんだのね……全部私のせいだ……ごめんなさい、ごめんなさい……」
千歳は涙ながらにそう言うと、真琴の青ざめた唇に口付けを落とした。
そのとき、真琴が目を覚ました。
「……千歳ちゃん……」
「真琴さん………」
真琴は呆然と千歳を見つめる。
「……これは幻覚? 」
真琴は千歳が目の前にいるということが信じられないようだ。無理もないことだが。
「幻覚じゃないよ。私はここにいるよ。ずっと苦しませてごめんね……」
真琴はがっと体を起こすと、咽び泣く千歳の両肩を掴んだ。さっきまで虚ろだった琥珀色の瞳に生気が宿る。
「生きていたの!? 」
「……そう簡単に死なないわよ。噛み跡だって消えてなかったでしょ……わかってたでしょ……。ずっと探していたのよ……」
真琴は感激でわなわなと震えた。
そして千歳にかじりつかんばかりに、強く抱きついた。起き上がる力もなかったはずなのに。
「抱いて!! 抱いて!! 抱いて!! 今すぐ抱いて!! ずっと君が欲しくて欲しくて仕方なかったんだ!! ずっと君がいない日々に耐えてたけど、もう耐えられないよ!! 」
それは千歳も同じだ。しかし……
「私も今すぐ真琴さんを抱きたいわ。でも今の私じゃ無理なの」
「どうして!? ……そう言えば…どうして匂いしないの!?」
真琴は動揺して千歳を上から下までマジマジと見る。
「刑務所で着けられてたこの首輪、取ってもらえなかったのよ。これがついた状態だと……その、……生えてこないから……」
千歳が泣きながら絞り出すように言う。
真琴はしばらく呆然としていたが、何か覚悟を決めたように千歳の頬に両手を添えた。
「じゃあ、僕が君を抱くよ」
「えっ…!? 」
真琴の衝撃発言に千歳は一気に涙が乾いてしまった。
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