My destiny

泉 沙羅

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第11話

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「……ここは子どものくるところじゃないよ。それに18歳未満は22時までには退店してもらうからね。でないと、おまわりの指導が入っちゃうからさ」

宏美はそう言ってサラにコーラを出した。
「宏美さんも明日果ちゃんのパパ探してるんでしょ?
私も協力するわ」
サラはそう言いながら、バーのカウンター席でパソコンと睨めっこしている。
「……それで何でうちにくる必要があるの? ここはオメガの子どもには危険すぎるよ。セクハラ野郎も沢山来るし」
宏美が呆れた様子で言う。
「やっぱり人探しするにはこういう、人の出入りが多いところ当たった方がいいでしょ? 大丈夫よ、私ちゃんと抑制剤は飲んでるし。それにセクハラ野郎のあしらい方なら私も慣れてるから」
宏美はため息をついた。
「……オメガでありながら、明日果ちゃんと同じ学校で、しかも飛び級してるってことは君はいいお家のお嬢さんでしょ? こんなところで僕みたいのと話してるなんて、ご両親が知ったら大目玉くらうよ? 」
宏美は少し声を低くして言った。
宏美はファンも多いが、彼を快く思わない者も多い。30歳にして番もなく、独特な身なりをし、こうしたナイトクラブで働いているオメガなので、保守的な者達には気持ち悪がられている。さらにLilyなのだから、ゲテモノ扱いする者も少なくない。
すると、サラはパソコンを操作するのをやめて、宏美と目を合わせた。
「………13歳とはいえ、私はもう高校生よ。もうなんでもかんでも親の言った通りにするような小さな子どもじゃないわ。自分のことは自分で判断する。……それに私も宏美さんの気持ち、少しわかるから」
「え? 」
宏美が眉を潜める。
「……私はLilyとはちょっと違うんだけど、女の子の方が好きかな。とくに明日果ちゃんみたいな女の子らしい子はね」
「……見た目ほど女らしくないよ、あの子は。わりと気が強いよ。アルファだし。昨日なんて『ママをいじめる奴はみんな私がぶっとばす!! ママは私が守る!! 』なんて言ってた。いつもは大人みたいなのに、時々幼稚園児みたいなこと言うんだよ、彼女 」
宏美が腕を組んで、呆れ口調で言う。
「まあね。そういうところも好きなんだ」
サラはクスクス笑いながら返す。
「ノロケ? おめでたいね」
少し不機嫌になる宏美に対してサラは陽気だった。
「ははっ。もう、そうツンケンしないでよ。……さっき女の子が好きって言ったけどね、私、ちょっとセクシャリティが揺らぐこともあるんだ。宏美さんみたいな綺麗な男の人見るとドキドキすることもあるよ」
「はいはい、そりゃどうも!!」
宏美は「ませた子どもの戯言だ」とサラの言葉を聞き流した。子どもとはいえ、おとぎ話に登場する王子様を思わせるようなルックスのサラ。そんな彼女にそのようなことを言われると少しドキッとしてしまうのだが。
(揺らぎ、か……)
その言葉に宏美は少し引っかかっていた。今までLily仲間でもアルファやベータと恋仲になった者はいた。逆に「オメガのくせにオメガが好きなんてありえない、不潔だ」とLilyを非難しまくっていたオメガが実はLilyで、そんな自分を認めたくがないゆえにLilyを非難していた……というケースもあった。アルファやベータの場合でも同じような話を聞いたことがある。
やはり千歳の言った通り、人の感情は「こうだからこう」というような理屈ではない。
(……可憐……)
自然と可憐のことを思い出していた。というより、亡命してから可憐のことを考えない日はほぼなかった。
ここまで日々彼女のことを考えているのに、なぜ自分は「彼女のことは愛せない」と思っているのだろうか。むしろ、今まで恋したオメガたち…いや、真琴は除くとして、かつて彼らに対して抱いた気持ちより、ずっと強い気持ちで彼女を思っているではないか。なのに、なぜ?

「聞いてくださいよ、宏美さん、"F"関連で逮捕された人だけでもこんなに!! まさに虱潰しでしょ!! 」
サラはそう言って分厚いファイルをドンとカウンターに置いた。宏美もそのファイルを手に取ってめくってみる。
「………ふぅーん、僕もこのクラブに来る客ならだいたいチェックしたけどな……!?」
宏美の目に飛び込んできたのは、例の記事だった。
『泉宮財閥令嬢、泉宮可憐(17)、"F"の亡命を扶助
犯行後、頸動脈をナイフで自ら切る』
(可憐………)
宏美は目の前が真っ暗になった。
「宏美さん? 」
宏美の異変に気づいたサラが呼びかけるが、彼は答えない。
宏美はファイルを持ったまま、スタッフルームにフラフラと引っ込んでいった。
椅子の上にファイルを置き、その上に顔を伏せる。
(……なんてことをしたんだ、可憐………)


翌日、明日果は真琴の看病をしながら、母に近況報告をしていた。
「こないだね、ちょっと素敵なことがあったの。私にも守りたい人ができたわ。その人のためにも、ママのためにも、私もっと強くなるわ」
鎮静剤を打ったばかりの真琴は相変わらず死んだような状態だ。明日果の言葉には答えられない。
(必ずパパを見つけ出してみせるわ。……ママは私が守る)

明日果が交換済みの氷枕を持って部屋を出ると、リタが夕飯の用意をしていた。
「お疲れ様、明日果ちゃん。ずっとママの看病してて偉いわね」
「……ねぇ、宏美くんは? 今朝からずっと見ないんだけど。今日と明日はお休みのはずでしょ? 」
「…あー彼ね、昨日仕事から帰ってきてからずっと部屋に篭ってるのよ」
「発情期? 」
「違うわ。あんまり長い時間篭ってるからケイが合鍵でドア開けて様子見にいったんだけど、枕に顔を突っ伏したまま動かないんだって。『ほっといてくれ』の一点張りで。……なんか、泣いてたみたい」
「泣く!? あの人が!? まじ!? 大地震でも来るんじゃないの!? 」
明日果はびっくり仰天している。
「シーっ。聞こえるわよ。それにそんなこと言っちゃ可哀想よ。彼にだって色々あるのよ」
「へ、へえ………」
「まあ、ケイも真っ青な顔で『すげー怖いもん見た、夢に出そう』って言ってたけどさ」
リタはヒソヒソ声で言った。


(いつまでもこうしちゃいられない……いい加減ケイたちにも迷惑だ。……真琴くんだけで大変なのに僕までいつまでもこんなじゃ……)
丸一日、泣き通した宏美は赤く腫れた目をドライアイスで冷やしていた。
いつまでも嘆いてられない。現実が待っている。
可憐は彼女自身の命を引き換えにしてでも、宏美にまともな人生を与えたかったのだ。なら、自分はそれに応えなくてはならない。
そのとき宏美のスマホがなった。
「……はい、もしもし」
『あー、宏美? こないだの話だけど。精通前のアルファの女の子がどうこう言ってたじゃん』
ベータの同僚だ。
「ああ、うん」
『俺さぁ、妹がオメガなんだよ。 だから妹の番、つまり義理の妹に聞いてみたんだよ。義理の妹、アルファ女だから。そしたらさ、精通前でもアルファの本能あるらしいんだわ。義理の妹もさ、オメガの兄貴いるんだよ。子どもの頃、兄貴の発情期フェロモンに当てられて、イタズラしかけたことあったんだってさ。まだ9歳とかそこらだったのに。まあ、そのとき親いたからなんとか止めてもらったらしいけどさ』
「え………」
『通常のフェロモンは近親者には効かないけど、発情期フェロモンって本当やばいらしいよ。近親者の発情期フェロモンって運命の相手以上に効くらしいから。抑制剤飲んでても隔離せないかんわ』
「…………わかった、ありがとう」
そのまま宏美は電話を切った。
(やばいじゃん……可哀想だけど、明日果ちゃんは真琴くんから引き離さないと。発情期フェロモンが漏れる前に)

「あら、宏美くん、具合はいいの? 」
部屋から出てきた宏美にリタは言った。
「ああ、迷惑かけてごめん。……明日果ちゃんは?

「……いつも通り、真琴くん看てるけど? 」
明日果を説得させるべく、宏美は真琴の部屋のドアを開けた。


明日果は真琴の胸の上に覆い被さるようになっていた。
疲れて寝てしまったのか?
一応声をかける。
「明日果ちゃん、話があるんだけど」
返事はない。
寝てるならリタの部屋に運ぶかと宏美は二人に近づいた。
「!?」
(濃い……なんでこんなに濃いんだ!? )
宏美は異変を感じた。
明日果のジャスミンの香りが濃くなっている。
何が起こったのか。
不審に思った宏美は明日果の顔を覗き込んだ。

「ひっ………っ!! 」
……明日果は真琴の上に被さって寝ていたのではない。……真琴の項に噛み付いていたのだ。

「わぁぁああああああ!!!」
宏美は衝撃のあまり、今まで1度も出したことのないような声をあげた。
そして明日果を体ごと持ち上げ、真琴から引き剥がしていた。
明日果の様子を伺うと、瞳がチカチカと金色に光っている。息も荒い。頬も紅潮している。
……これはまずい。

「どうしたの!? 」
「どうした!? 」

宏美の悲鳴を聞きつけてリタとケイが駆けつける。

「うっ……この匂い……」
リタが顔を顰めて鼻を抑える。
彼女は明日果の匂いのことを言っているのではない。
アルファの香りはそこまで主張するような匂いではないから。それにベータはアルファの香りやフェロモンに対して、やや鈍感だ。リタが明日果の香りを不快に思うことはないはずだ。
……だとすれば……


「ケイ!! 真琴くんの項抑えて!! 」
宏美は血相を変えて叫んだ。
「え!? 」
ケイが反応する。

「フェロモンが漏れだしてる!! 」
「ええっ!? 」
ケイが慌てて真琴の項を濡れタオルで抑える。フェロモンは項から出るから。
リタは不快そうな顔で鼻と口を抑えながらも、よろよろとフェロモン除去剤を撒く。


宏美も明日果を廊下に連れ出し、台所にあったおしぼりを明日果の鼻と口に当てようとする。
すると、明日果が口を開いた。


「何がどうなったの………私、ママの看病してただけなのに、突然濃いオレンジの香りがしだして、それ嗅いでたら、変な気分に……」

明日果は不安と恐怖におののいているような表情だった。
あと3、4歳成長していたら、項を噛むどころでは済まなかったろう。

「ねえ、アルファ用の抑制剤ってあったよな!? 」
宏美が、真琴たちの部屋でてんてこ舞いしているリタとケイに向かってそう叫ぶ。
「あれは12歳からしか処方してもらえないよ!! 8歳の明日果ちゃんには危険だって!! 」
ケイが返事をする。
「…………」
宏美は何を思ったか、真琴が育てた薔薇が生けてある花瓶を掴み、思いっきり床に叩きつけた。
ガッシャーンと大きな音が響く。
「ちょっと!! 何やってんの!! 明日果ちゃんの前で!! 」
驚いたリタが抗議する。
「こんなに番と娘を苦しめて、苦しめて、あの人の番は一体全体、どこをほっつき歩いてんだよ!! これで何が『命懸けで守った』だよ!! どこのアルファ女か知らないけど、あの人の番がのこのこ現れたら、僕はそいつをぶっ殺してやるから!! 」
宏美は真琴を指さしながら怒鳴りちらした。
「だから止めなさいよ!! 明日果ちゃんの前でそんなことを言うのは!! 」
リタが再び宏美を窘める。

宏美は明日果の手を引いて玄関へ向かった。
「どこ行くの!? 」
リタが焦って尋ねる。
「とりあえず、店に連れてく」
宏美は低い声でそう言うと明日果を連れて去っていった。



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