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第9話
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父の捜索を進めつつ、明日果は熱心に母の看病をした。知能の高い明日果は鎮静剤や点滴の打ち方もすぐ覚えた。熱にうなされているときは汗をふいてやり、氷枕も交換する。怪力とはいえ、さすがに自分よりずっと体の大きい母を着替えさせたり、体を拭いたりすることはできなかったが。それは宏美とケイがやってくれた。
(ママ……)
真琴は相変わらずだった。鎮静剤が効いている間は死んだように静かだが、切れ始めるとうめき声を上げて苦しみ出す。もうコミュニケーションも取れない状態だった。
日に日にやつれていく母を見るのは、幼い明日果にとっては辛いことだった。
「はあ………」
明日果が絶望と疲れからため息をつく。
「もうそろそろ寝な。僕が代わる」
宏美がやってきた。
「宏美くん……」
「リタの部屋で寝な」
明日果は言われた通りに部屋を出ていった。
宏美は明日果と同じように、真琴の枕元にしゃがみこむ。
(こんなにやつれて。綺麗な顔が台無しになるかと思ったけど、君はどんな風になっても美しいよ)
そっと真琴の青ざめた頬に手を添える。
宏美も明日果と同じく責任を感じていた。
真琴がこうなったのは、こないだの発情期の間中、自分が無茶をさせまくったせいもあるのではないかと。
だが、自分も発情期だったので止められなかった。
しかも以前から真琴に対して下心があった。真琴たちがこのシェアハウスにやってきたのは5年前。初めて真琴を見たとき、宏美は心奪われた。こんなに美しいオメガがいるのかと。
温和で優しい性格でありながら、たまに覗かせる気丈さや芯の強さもどこか可憐を思い出させた。
真琴は番が傍にいない寂しさから、娘が家にいない昼間や発情期は自慰に明け暮れていた。
その姿を鍵穴から覗いては、宏美も抜いていた。
「普段は優しい母親のくせに、とんだ淫乱だな。番さえいなけりゃ犯してやるのに」などと思いながら。
自分の気持ちを伝えるつもりなどなかった。彼が番を愛し続けているのはわかっていたから。そして過去のトラウマから、また同じ目に合うのが怖かったから。
だが、こないだ発情期不順を起こしていた真琴とたまたま発情期が被った。自分も火照る体を引きずりながら、いつも通り彼のみだらな姿で抜こうとした。だが、鍵が開いているのに気づいて、つい自分の欲情をぶつけてしまった。
真琴の体も感度も実に素晴らしかった。30代半ばとは思えない滑らかな肌、甘い体液……。妄想の中では何度も抱いたり抱かれたりしたが、現実の真琴はそれ以上だった。こんな体を9年も一人で慰めているのは勿体ない。
真琴も1日目は強く拒んできたが、2日目以降はそうでもなかった。彼も大分飢えていたのか、宏美の色気にやられたか、3日目からはわりと乗ってきた。宏美が口淫している最中、宏美が「こっちも頼む」という風に真琴の顔を跨ぐと、彼は何の躊躇いもなく、宏美自身を咥えてきた。真琴の舌技は性奴隷時代、お墨付きだった。期待以上に巧みな真琴の愛撫に宏美は呆気なく果ててしまった。しかも彼に精液を飲まれた。宏美が驚いて唖然としていると、「何びっくりしてんの。おとつい僕に口移ししたでしょ君」と笑顔で言われてしまったのだが。
負けじと宏美も得意のイラマチオで真琴を絶頂まで導き、彼の精液を飲んだ。その日はエスカレートして、お互い潮を吹くまで貪り合い、その潮まで啜り合った。何度も入れる方と入れられる方を入れ替え、真琴が気絶するまで行為を続けてしまった。
真琴の寝顔を見ながら回想に耽る宏美。真琴はやつれてもなお、美しい。
「点滴ばかりじゃ体に毒だよ」
宏美は真琴に水を飲ませようとするが、真琴は口を開けてくれない。仕方なく、口に水を含み、真琴と口を合わせ、口移しで水を飲ませる。
(…………不謹慎だっ……不謹慎だぞ!! )
……なぜか、体が火照ってきてしまった。発情期でもないのに。弱っている真琴を前に欲情するなんてどれだけ浅ましいのだと、宏美は自分を叱りつける。
これはもう無理だと宏美は立ち上がり、部屋を出た。
「ケイ、悪いけど代わって」
リビングでお茶を飲んでいたケイにそう言うと、ケイはたじろぎがらも「あ、ああ」と返事をした。
宏美はそさくさと自分の部屋に逃げ込む。
(アルファでもあるまいし、なんでこんな気分にならなくちゃいけないんだよ!! 彼の匂いも、フェロモンも、僕にはわからないのに!! なんで!! )
宏美はオメガでありながら、オメガの真琴に欲情する自分が嫌になり、髪の毛を掻きむしった。
自分はオメガなのだから、同じオメガの匂いやフェロモンはわからない。だから純粋にオメガを好きになれる……そう思っていた。だが、こんなときにまで劣情を抱くのでは到底純粋な気持ちとは言えまい。
宏美はアルファの匂いやフェロモンで欲情したことはない。単純にいい匂いだと思ったことはあったし、アルファたちの容姿は確かに美しいと思う。可憐のような麗しいアルファには見とれてしまう。女神のような千歳にだってドキドキしていた。まあ、宏美は千歳がアルファだと気づいていないが。とにかく、アルファが嫌いなわけではない。しかし、宏美がアルファに対して美しいとか魅力的だとか思うのは、花や宝石を綺麗だと思うのと同じことなのだ。
宏美が胸が締め付けられるような想いを抱く相手、性的に興奮する相手は決まってオメガなのである。「なんでオメガなのにオメガが好きなの? 」などと無神経な質問をされるたびに「そんなのこっちが教えて欲しい!! 」と言いたくなる。
千歳が言っていた通り、人の感情は理屈ではない。
宏美はドアにもたれかかりながら床に座り込んだ。細身のジーンズを脱ぎ、下着の中に手を入れる。自身はこれ以上ないくらいに固くなり、後孔もどろどろにぬめっていた。
(抑制剤を飲んでてこれかよ……)
宥めるように自身を擦り、後孔に指を入れる。
「……っ! 」
声を出すわけにはいかない。上着をまくり上げて咥え、声を抑える。
先日の真琴との行為を思い出しながら、自身を慰める。
真琴はどんな舌遣いで愛撫してきたか……
彼の中はどんなに熱く、卑猥に濡れていたか、
彼のモノはどんなに固く熱く、どんな風に自分の中を掻き回して責め立ててくれたか……
それらを鮮明に、頭の中で再現する。
手の動きも彼の愛撫に近づけ、後孔に挿し込んだ指も1本……、2本……、3本、4本と徐々に増やしていく。宏美のそこはもう洪水のようにドバドバと愛液を垂れ流し、床を汚していた。自身も鉄のように固くなり、熱を持っている。
(あぁ……これは出ちゃう予感……。また後始末が大変だ……でももう止められない……めちゃくちゃになりたい…… )
生理的なものか感情的なものかわからない涙が溢れ出す。頭の中に真琴の絶頂するときの顔を思い浮かべる。
「ーーーっ!! 」
次の瞬間、宏美は枝のように細い体をガクガクと痙攣させ、自身から噴水のような潮を吹いた。床が水浸しになってしまう。
「はあぁ……」
ドアにくたりと身を預け、上がってしまった息を整える。
絶頂を迎え、冷静になった頭で考える。
オメガの自分ですら、オメガに対してこんなになってしまうのだから、想いを寄せているオメガと四六時中一緒にいたアルファの可憐はどれほど辛かったことだろうと。可憐も自分に対する劣情に悩んで悩んで苦しんでいたのだろうか。
千歳には「彼女は一度も僕を抱かなかった」と言った。しかし、厳密に言うと、それは嘘だ。現実には何度か間違いを犯した。だが、それらは全て病みきっていた宏美が可憐に仕掛けたことで、彼女の意志ではない。
だから、千歳にはそう言っておきたかった。
散々なことをしてしまった後始末をしていると、ノックが聞こえた。
「はい」
「宏美くん、ケイが真琴くん着替えさせるから手伝ってほしいって……うっ……」
現れたのはリタだったが、彼女は部屋のドアを開けるなり、顔を歪め、鼻と口を抑えた。
宏美は「しまった」と思った。
先程の行為のせいで、部屋が自分の匂いとフェロモンでいっぱいになってしまったみたいだ。
自分や同じオメガにはわからないが、ベータの彼女には匂いが分かってしまう。オメガのフェロモンを感知できないベータ女性にとって、オメガの匂いは甘ったるく、どちらかというと不快らしい。
「……ごめん、今除去剤撒くから」
「……ま、とにかく頼んだわよ」
リタは宏美の様子を見て色々察したのか、それだけ言って去っていった。彼女の夫もオメガであるから、オメガの性はよくわかっている。
ケイの手伝いをすべく、また真琴の部屋に戻ったが、まともに彼の顔を見れなかった。
「僕が真琴くんの服を脱がすから、宏美くん体支えて」
ケイに言われるがままに真琴の体を支える。
真琴は2回目の行為後から、やや不可解な行動をとるようになった。
隣で寝ている宏美を抱き寄せて頭を撫でたり、あやす様に背中をさすったり、頬ずりしてきたり。
決まって真琴は寝ぼけ眼だったので、最初は自分を明日果と間違えてるのかと思った。……だが、違うようだった。
性に対してはわりと奔放な宏美であったから、性奴隷でなくなった後も色んな相手と寝た。だが、こんなことをしてくる相手は初めてだった。可憐に対しては自分がする側だったから。
以前、真琴に「9年も連絡を取れない相手をどうして信じられるの? 愛し続けられるの? ただでさえ番関係なんてアルファ次第なのに」と言ったことがある。
すると真琴はいつもの憂いの混じった微笑みを浮かべてこう言った。
「彼女は僕の女神さまだからだよ。彼女のために苦しむなら僕は本望だよ」
そのときから、真琴の番への嫉妬が消えてしまった。
「これは敵わない」と。
だが、可憐のときと同じく「なんでそんな風に思えるんだ」とは思っていた。
「じゃあ、後よろしくね」
無事真琴の着替えが終わり、ケイが去っていく。
「………」
宏美は再び真琴のやつれた寝顔を見つめた。
『彼は私のロミオよ。でも彼にとって私がジュリエットでなくてもいい。彼の幸せのためならなんでもしたいわ。彼の幸せに貢献できないのならせめて同じ痛みを与えられたいの』
可憐の言葉を思い出す。
(……わかるよ、可憐、君の気持ちが……)
「自分のものにならないなら消えてしまえ」
今まで恋した相手には、どこかでそう思っていた宏美。
いくら拒否されることを覚悟していても。
だが、今は違う。
真琴が自分のものにならないことより、真琴がこのまま苦しみ続けることの方が耐えられなかった。ましてや、彼が死にでもしたら、と思うと泣きそうになる。
番が見つかって、真琴が番と明日果と親子3人で幸せに暮らせるのなら、真琴のために番を見つけてやりたいと思っていた。
(ママ……)
真琴は相変わらずだった。鎮静剤が効いている間は死んだように静かだが、切れ始めるとうめき声を上げて苦しみ出す。もうコミュニケーションも取れない状態だった。
日に日にやつれていく母を見るのは、幼い明日果にとっては辛いことだった。
「はあ………」
明日果が絶望と疲れからため息をつく。
「もうそろそろ寝な。僕が代わる」
宏美がやってきた。
「宏美くん……」
「リタの部屋で寝な」
明日果は言われた通りに部屋を出ていった。
宏美は明日果と同じように、真琴の枕元にしゃがみこむ。
(こんなにやつれて。綺麗な顔が台無しになるかと思ったけど、君はどんな風になっても美しいよ)
そっと真琴の青ざめた頬に手を添える。
宏美も明日果と同じく責任を感じていた。
真琴がこうなったのは、こないだの発情期の間中、自分が無茶をさせまくったせいもあるのではないかと。
だが、自分も発情期だったので止められなかった。
しかも以前から真琴に対して下心があった。真琴たちがこのシェアハウスにやってきたのは5年前。初めて真琴を見たとき、宏美は心奪われた。こんなに美しいオメガがいるのかと。
温和で優しい性格でありながら、たまに覗かせる気丈さや芯の強さもどこか可憐を思い出させた。
真琴は番が傍にいない寂しさから、娘が家にいない昼間や発情期は自慰に明け暮れていた。
その姿を鍵穴から覗いては、宏美も抜いていた。
「普段は優しい母親のくせに、とんだ淫乱だな。番さえいなけりゃ犯してやるのに」などと思いながら。
自分の気持ちを伝えるつもりなどなかった。彼が番を愛し続けているのはわかっていたから。そして過去のトラウマから、また同じ目に合うのが怖かったから。
だが、こないだ発情期不順を起こしていた真琴とたまたま発情期が被った。自分も火照る体を引きずりながら、いつも通り彼のみだらな姿で抜こうとした。だが、鍵が開いているのに気づいて、つい自分の欲情をぶつけてしまった。
真琴の体も感度も実に素晴らしかった。30代半ばとは思えない滑らかな肌、甘い体液……。妄想の中では何度も抱いたり抱かれたりしたが、現実の真琴はそれ以上だった。こんな体を9年も一人で慰めているのは勿体ない。
真琴も1日目は強く拒んできたが、2日目以降はそうでもなかった。彼も大分飢えていたのか、宏美の色気にやられたか、3日目からはわりと乗ってきた。宏美が口淫している最中、宏美が「こっちも頼む」という風に真琴の顔を跨ぐと、彼は何の躊躇いもなく、宏美自身を咥えてきた。真琴の舌技は性奴隷時代、お墨付きだった。期待以上に巧みな真琴の愛撫に宏美は呆気なく果ててしまった。しかも彼に精液を飲まれた。宏美が驚いて唖然としていると、「何びっくりしてんの。おとつい僕に口移ししたでしょ君」と笑顔で言われてしまったのだが。
負けじと宏美も得意のイラマチオで真琴を絶頂まで導き、彼の精液を飲んだ。その日はエスカレートして、お互い潮を吹くまで貪り合い、その潮まで啜り合った。何度も入れる方と入れられる方を入れ替え、真琴が気絶するまで行為を続けてしまった。
真琴の寝顔を見ながら回想に耽る宏美。真琴はやつれてもなお、美しい。
「点滴ばかりじゃ体に毒だよ」
宏美は真琴に水を飲ませようとするが、真琴は口を開けてくれない。仕方なく、口に水を含み、真琴と口を合わせ、口移しで水を飲ませる。
(…………不謹慎だっ……不謹慎だぞ!! )
……なぜか、体が火照ってきてしまった。発情期でもないのに。弱っている真琴を前に欲情するなんてどれだけ浅ましいのだと、宏美は自分を叱りつける。
これはもう無理だと宏美は立ち上がり、部屋を出た。
「ケイ、悪いけど代わって」
リビングでお茶を飲んでいたケイにそう言うと、ケイはたじろぎがらも「あ、ああ」と返事をした。
宏美はそさくさと自分の部屋に逃げ込む。
(アルファでもあるまいし、なんでこんな気分にならなくちゃいけないんだよ!! 彼の匂いも、フェロモンも、僕にはわからないのに!! なんで!! )
宏美はオメガでありながら、オメガの真琴に欲情する自分が嫌になり、髪の毛を掻きむしった。
自分はオメガなのだから、同じオメガの匂いやフェロモンはわからない。だから純粋にオメガを好きになれる……そう思っていた。だが、こんなときにまで劣情を抱くのでは到底純粋な気持ちとは言えまい。
宏美はアルファの匂いやフェロモンで欲情したことはない。単純にいい匂いだと思ったことはあったし、アルファたちの容姿は確かに美しいと思う。可憐のような麗しいアルファには見とれてしまう。女神のような千歳にだってドキドキしていた。まあ、宏美は千歳がアルファだと気づいていないが。とにかく、アルファが嫌いなわけではない。しかし、宏美がアルファに対して美しいとか魅力的だとか思うのは、花や宝石を綺麗だと思うのと同じことなのだ。
宏美が胸が締め付けられるような想いを抱く相手、性的に興奮する相手は決まってオメガなのである。「なんでオメガなのにオメガが好きなの? 」などと無神経な質問をされるたびに「そんなのこっちが教えて欲しい!! 」と言いたくなる。
千歳が言っていた通り、人の感情は理屈ではない。
宏美はドアにもたれかかりながら床に座り込んだ。細身のジーンズを脱ぎ、下着の中に手を入れる。自身はこれ以上ないくらいに固くなり、後孔もどろどろにぬめっていた。
(抑制剤を飲んでてこれかよ……)
宥めるように自身を擦り、後孔に指を入れる。
「……っ! 」
声を出すわけにはいかない。上着をまくり上げて咥え、声を抑える。
先日の真琴との行為を思い出しながら、自身を慰める。
真琴はどんな舌遣いで愛撫してきたか……
彼の中はどんなに熱く、卑猥に濡れていたか、
彼のモノはどんなに固く熱く、どんな風に自分の中を掻き回して責め立ててくれたか……
それらを鮮明に、頭の中で再現する。
手の動きも彼の愛撫に近づけ、後孔に挿し込んだ指も1本……、2本……、3本、4本と徐々に増やしていく。宏美のそこはもう洪水のようにドバドバと愛液を垂れ流し、床を汚していた。自身も鉄のように固くなり、熱を持っている。
(あぁ……これは出ちゃう予感……。また後始末が大変だ……でももう止められない……めちゃくちゃになりたい…… )
生理的なものか感情的なものかわからない涙が溢れ出す。頭の中に真琴の絶頂するときの顔を思い浮かべる。
「ーーーっ!! 」
次の瞬間、宏美は枝のように細い体をガクガクと痙攣させ、自身から噴水のような潮を吹いた。床が水浸しになってしまう。
「はあぁ……」
ドアにくたりと身を預け、上がってしまった息を整える。
絶頂を迎え、冷静になった頭で考える。
オメガの自分ですら、オメガに対してこんなになってしまうのだから、想いを寄せているオメガと四六時中一緒にいたアルファの可憐はどれほど辛かったことだろうと。可憐も自分に対する劣情に悩んで悩んで苦しんでいたのだろうか。
千歳には「彼女は一度も僕を抱かなかった」と言った。しかし、厳密に言うと、それは嘘だ。現実には何度か間違いを犯した。だが、それらは全て病みきっていた宏美が可憐に仕掛けたことで、彼女の意志ではない。
だから、千歳にはそう言っておきたかった。
散々なことをしてしまった後始末をしていると、ノックが聞こえた。
「はい」
「宏美くん、ケイが真琴くん着替えさせるから手伝ってほしいって……うっ……」
現れたのはリタだったが、彼女は部屋のドアを開けるなり、顔を歪め、鼻と口を抑えた。
宏美は「しまった」と思った。
先程の行為のせいで、部屋が自分の匂いとフェロモンでいっぱいになってしまったみたいだ。
自分や同じオメガにはわからないが、ベータの彼女には匂いが分かってしまう。オメガのフェロモンを感知できないベータ女性にとって、オメガの匂いは甘ったるく、どちらかというと不快らしい。
「……ごめん、今除去剤撒くから」
「……ま、とにかく頼んだわよ」
リタは宏美の様子を見て色々察したのか、それだけ言って去っていった。彼女の夫もオメガであるから、オメガの性はよくわかっている。
ケイの手伝いをすべく、また真琴の部屋に戻ったが、まともに彼の顔を見れなかった。
「僕が真琴くんの服を脱がすから、宏美くん体支えて」
ケイに言われるがままに真琴の体を支える。
真琴は2回目の行為後から、やや不可解な行動をとるようになった。
隣で寝ている宏美を抱き寄せて頭を撫でたり、あやす様に背中をさすったり、頬ずりしてきたり。
決まって真琴は寝ぼけ眼だったので、最初は自分を明日果と間違えてるのかと思った。……だが、違うようだった。
性に対してはわりと奔放な宏美であったから、性奴隷でなくなった後も色んな相手と寝た。だが、こんなことをしてくる相手は初めてだった。可憐に対しては自分がする側だったから。
以前、真琴に「9年も連絡を取れない相手をどうして信じられるの? 愛し続けられるの? ただでさえ番関係なんてアルファ次第なのに」と言ったことがある。
すると真琴はいつもの憂いの混じった微笑みを浮かべてこう言った。
「彼女は僕の女神さまだからだよ。彼女のために苦しむなら僕は本望だよ」
そのときから、真琴の番への嫉妬が消えてしまった。
「これは敵わない」と。
だが、可憐のときと同じく「なんでそんな風に思えるんだ」とは思っていた。
「じゃあ、後よろしくね」
無事真琴の着替えが終わり、ケイが去っていく。
「………」
宏美は再び真琴のやつれた寝顔を見つめた。
『彼は私のロミオよ。でも彼にとって私がジュリエットでなくてもいい。彼の幸せのためならなんでもしたいわ。彼の幸せに貢献できないのならせめて同じ痛みを与えられたいの』
可憐の言葉を思い出す。
(……わかるよ、可憐、君の気持ちが……)
「自分のものにならないなら消えてしまえ」
今まで恋した相手には、どこかでそう思っていた宏美。
いくら拒否されることを覚悟していても。
だが、今は違う。
真琴が自分のものにならないことより、真琴がこのまま苦しみ続けることの方が耐えられなかった。ましてや、彼が死にでもしたら、と思うと泣きそうになる。
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