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第8話
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真琴の看病はシェアハウスの住人が交代でやることになった。明日果は母のことが気がかりで、勉強も部活も手につかない。朝と昼間は主にケイが真琴を看てくれているが、学校から帰った後は進んで明日果が母を看ていた。リタと宏美は仕事がないときに代わってくれた。
明日果はリタたちに心配をかけたくないので、学校には行っていた。しかし、まともに授業に集中できず、上の空になることが多かった。
今日もバスケ部と兼部しているバレエ部の練習に出ていたが、「踊っているときの顔が暗い」と先生に叱られてしまった。
「どうしたのさ。明日果ちゃん。キザで自惚れ屋のアルファに口説かれたときの私みたいな顔しちゃってさ」
声をかけてきたのは、サラという部活仲間だ。
彼女は温和な紫色の瞳を明日果に向け、爽やかに微笑む。ショートカットのプラチナブロンドの髪が輝いていた。
サラは13歳だが、明日果と同じ高校1年生だ。明日果ほどではないものの、彼女も飛び級しているので、校内では若い方である。
「サラちゃん……」
サラはふわりと明日果の隣に座った。
甘いラズベリーの香りが漂ってくる。女子校でモテそうなルックスの彼女だが、オメガなのだ。きっとアルファだったら周りのベータやオメガの女子が放っておかなかったろう。
まあ目立つ容姿ではあるのでアルファに口説かれることもあるようだが、アルファには「俺(私)から口説かれて光栄に思え」というような態度を取る者が多いので全て断っているらしい。サラはオメガであっても、アルファと対等でありたいと考えているからだ。おかげで「オメガのくせに気取っている」と傲慢なアルファからは嫌われ気味である。
部員が女子しかいないこのバレエ部では、そのボーイッシュな容貌を活かして男役をすることが多いサラ。身長はまだ160あるかないかだが、年齢を考慮すれば、まだまだ伸びそうだった。
身体能力が高い上に容姿端麗な明日果は常にヒロインに選ばれるので、丁度いい身長差のサラがその相手役をするというのがデフォルトだ。
何となく、雰囲気が真琴に似ているので、マザコン気味の明日果は何となく彼女が気になっていた。
だが、サラの性格は母とは少し違った。
「明日果ちゃんっていつも物思いに耽ってるし、なんか、変わってるよね。明日果ちゃんと同じ年頃の女の子たちは可愛いアニメキャラとか、漫画とかに夢中になってるのに、明日果ちゃんはそんなのに全く興味ないみたいだし。見た目お人形さんみたいなのに、機械弄りして、ロボットなんて作ってるし、私以前から不思議な子だなーと思ってたんだよね」
明日果はアルファでありながら、いつもどこか自信なさげで影があった。8歳で既に高校生であり、学業でもスポーツでも華々しい成績を残してあるのにも拘わらず。見た目もまるでフランス人形のようであるのに、それと相反するようなほの暗さ、人と壁を作る孤高さが妙にサラを惹き付けた。
なぜ明日果がいつもリストバンドをしているのか不思議だったが、シャワー室で彼女がリストバンドを外した際、その細い手首にいくつかの切り傷があるのを見てしまった。サラの視線に気づいた明日果は慌てて隠していたが。
「…………」
なんと答えたらいいのかわからず明日果は黙り込む。
「こないだの鑑賞教室で『彼女と僕の愛の記録』観たときも、皆わんわん泣いてたのに、明日果ちゃんだけ涼しい顔しててさ。何考えて観てたんだろうって思って」
「だって、私ああいう難病もので泣くの嫌いだもん。しかも『難病に冒されて余命わずかな恋人』なんて何百万回使い尽くされたと思ってるのよ。それに『とりあえず死なせておけば泣ける作品になる』っていう制作側の意図が見えて気持ち悪いわ。感動なんて所詮快楽だし、病気の人を自分の快楽のために利用してるみたいで嫌なの」
明日果は俯いたまま、刺すような口調でそう述べた。
「ははっ。やっぱ凄いね、明日果ちゃんは。アルファの中のアルファだよ。本当に8歳? 」
サラがまた朗らかに笑う。
「……ママに同じこと言ったら、『明日果はパパにそっくりだね』って笑われちゃったわ」
明日果の声が低くなる。
「そういえばさー、明日果ちゃんのママ、最近練習見にこないじゃん? どうしたの? 代わりに銀髪の可愛い男の人か、優しそうな感じの女の人か、あと、あの歌手の人が迎えに来るよね……宏美さんだっけ? 一緒に暮らしてるんだっけ? すごいね。皆羨ましがってるよ」
宏美はそこまで名の売れた歌手ではないが、この街ではちょっとした有名人だった。
「……皆心配して来てくれるの……私、もう8つだし1人で帰れるのに……しっかりしなくちゃいけないのに……」
明日果が低い声でボソボソと言う。
「そぉだよね! 明日果ちゃん、可愛いから皆心配するのはわかるけど!見た目に似合わず超怪力だから、変態野郎のひとりやふたり、余裕でぶっ飛ばせるよね! はっはっはっ」
サラはそう言って陽気に笑ったが、明日果の表情は暗いままだった。
「……怪力、ね………」
明日果がサラの言葉を低い声で復唱する。
サラは勘に障ることを言ってしまったのかと思って少し焦った。
「……明日果ちゃん……ごめんね。私勝手にはしゃいじゃって……」
だが、明日果は首を横に振った。
「……ううん、違うの。……私、そんな怪力なのに、全然ママを守ってあげられてなかったのよ。それどころか……うわぁぁあん!! 」
明日果が突然泣き出したのでサラはびっくりしてしまった。
「ど、どうしたどうした? 」
サラは明日果の肩を掴んで宥めようとする。
明日果はサラに訳を話した。自分が苦労をかけ続けたせいで母が病気になってしまったこと。父が見つからなければ母が死んでしまうかもしれないこと。
「知能が高いとか、天才とか、アルファの中のアルファなんて言われても、私なんにも出来てない!! 高校生にもなってママに甘えてばかりだった!! きっとその辺の8歳よりもママに苦労かけてたと思う!! ママが死んだら、絶対私のせいだわ!! 」
「明日果ちゃん……」
「私、もうどうしたらいいかわかんない……。知能が高いなんて嘘よ。私、ただの馬鹿で親不孝な子供だわ……」
今にも壊れそうに咽び泣く明日果。そんな彼女を見て、サラは最初こそ戸惑っていた。しかし、しばらく考え込んだ後、何か覚悟を決めたような表情を浮かへだ。
「明日果ちゃん、自分のこと責めてたって泣いてたって明日果ちゃんのママは良くならないよ。今まで苦労かけたと思うんなら、今こそママのために何かしよう? パパを探そう? 私も協力するから」
サラが真剣な顔をして言う。
「サラちゃん……」
明日果も涙に濡れた顔を上げてうなづいた。
明日果とサラは学校の資料館に行き、手がかりを探すことにした。二人の学校は大学の付属であり、資料館は大学生や大学教授も使うのでとても大きく広い。
「しっかし、名前もわからないんじゃなー。えーと、アルファ男性とベータ女性から生まれたアルファ女性で、大学教授してたんよね? で、明日果ちゃんのママ助けたせいで、捕まったの? 」
「……多分ね……。結構大きい事件になったと思う。……おばあちゃん、私が3歳のときに亡くなったけど、ベータで間違いないわ。匂いしなかったし」
父関連の情報は、母から聞いたものより、心無い悪口から得たものの方が多かった。悪口は信ぴょう性にかけるものがほとんどだった。しかし、明日果はその中でも、真実だと思えるものをふるいにかけていた。
「歳は? 」
「うーん、それもよくわからないの。10年前のパパだってママから写真見せられたことあるけど、多分10代後半くらいだったかな。だから今は20代後半だと思う。ママよりずっと若いみたい」
「まあ、とりあえず、9年前の新聞を一通り漁ろう」
サラはそう言って、コンピュータの中に収められている、新聞を検索し始めた。明日果もコンピュータを立ち上げる。
「"F"関連で逮捕された人、結構いるねぇ。こりゃシラミ潰しに探すしかないよ……」
何時間も探索を続けたが、有力な情報は出てこない。
二人は頭を抱えた。
「あ! 明日果ちゃん、この人、お父さんの年齢と近いんじゃない? 『泉宮財閥令嬢、泉宮可憐(17)"F"の亡命を扶助』ってやつ。本国では大見出しだったみたいだけど、こっちではあんまり取り上げられてなかったって」
「……そうね……歳は近いけど、財閥令嬢ではなかったろうから、多分その人ではないわ。……すごいね、業者雇って逃がした後、自分は逃がしたオメガのベッドの上で頸動脈切って自殺計ったんだって……」
「うわー………。でもそこまで人を愛せるっていいね。……明日果ちゃんのパパも、命がけでママと明日果ちゃんを守ったのね」
「………そうね」
(私もパパみたいなアルファになりたいな……)
母から父がいかに素晴らしいアルファ女性であったかは、よく聞かされていた。だが、娘としては「またノロケか」くらいの気持ちで聞いていた。
だが今、父の勇敢さを改めて知り、明日果は勇気づけられた気がした。
「そこのお二人さん、あなたたち高校生でしょ? こんな遅くまで調べ物なんてしてたらダメよ」
資料室のドアが開き、黒髪の美女が顔を出す。
「あ、すみません、今から帰ります」
「……高校生とはいえ、あなたたちはまだ子供なんだから、気をつけなくちゃ」
美女が真剣な顔で二人に注意する。
「いやー、大丈夫ですよ、怪力の明日果ちゃんがついてますから!! 」
サラがからかうような口調で言う。
「ちょっと!! やめてよ!! 」
明日果がすかさずツッコミを入れる。
黒髪の美女はくすくすと笑った。
「それは心強いわね。ま、ほどほどにね」
そう言って黒髪の美女は去っていった。
「ああ、本当に暁先生は綺麗だよね。早く私も大学生になって本格的な暁教授の講義を受けたい」
明日果たちの高校では大学と共同の授業もあるので、サラも明日果も千歳と面識はあった。
「……そうね。……あの人……どう見たってアルファよね? 」
明日果は目を細めながら言う。やはり千歳にただならぬものを感じてるようだ。
「んー、私もそう思ったけど。首輪してるし。それに匂いしないでしょ、あの人」
「そうだけど……」
明日果はアルファでサラはオメガであるから、アルファの匂いには敏感のはずだ。
「と、なるとベータか、番のいるオメガだけど、あんな女神さまみたいなベータはいないよね。多分オメガよ」
(何度見ても真琴さんに似てる、あの子……)
千歳も明日果に何かを感じてはいた。
(でも、まさかね。私の娘があんな飛び抜けて優秀なわけないわ。いくら運命の番から生まれたからって)
千歳は欠陥アルファだった過去を少し引きずっていた。だから自分の種から明日果のような天才児が生まれるわけはないと、思い込んでいた。
確かに明日果は、真琴によく似た美少女だが、お人形さんのようなアルファ少女なんていくらでもいる。アルファはほぼ例外なく容姿が整っている。整っているということは無個性で、特徴のない容姿ということでもある。
だから、容貌だけで明日果が自分の娘、と千歳が判断することはできなかった。
(一体どこにいるの、真琴さんと我が子は……)
千歳はあれから、探偵を雇ったり、聞き込みをしたりして真琴を探しているが、一向に見つかる気配はなかった。この街は亡命したオメガで溢れているからだ。それに千歳の手元に残っている真琴の情報は名前と年齢くらいで、写真は一枚もなかったのだ。
明日果はリタたちに心配をかけたくないので、学校には行っていた。しかし、まともに授業に集中できず、上の空になることが多かった。
今日もバスケ部と兼部しているバレエ部の練習に出ていたが、「踊っているときの顔が暗い」と先生に叱られてしまった。
「どうしたのさ。明日果ちゃん。キザで自惚れ屋のアルファに口説かれたときの私みたいな顔しちゃってさ」
声をかけてきたのは、サラという部活仲間だ。
彼女は温和な紫色の瞳を明日果に向け、爽やかに微笑む。ショートカットのプラチナブロンドの髪が輝いていた。
サラは13歳だが、明日果と同じ高校1年生だ。明日果ほどではないものの、彼女も飛び級しているので、校内では若い方である。
「サラちゃん……」
サラはふわりと明日果の隣に座った。
甘いラズベリーの香りが漂ってくる。女子校でモテそうなルックスの彼女だが、オメガなのだ。きっとアルファだったら周りのベータやオメガの女子が放っておかなかったろう。
まあ目立つ容姿ではあるのでアルファに口説かれることもあるようだが、アルファには「俺(私)から口説かれて光栄に思え」というような態度を取る者が多いので全て断っているらしい。サラはオメガであっても、アルファと対等でありたいと考えているからだ。おかげで「オメガのくせに気取っている」と傲慢なアルファからは嫌われ気味である。
部員が女子しかいないこのバレエ部では、そのボーイッシュな容貌を活かして男役をすることが多いサラ。身長はまだ160あるかないかだが、年齢を考慮すれば、まだまだ伸びそうだった。
身体能力が高い上に容姿端麗な明日果は常にヒロインに選ばれるので、丁度いい身長差のサラがその相手役をするというのがデフォルトだ。
何となく、雰囲気が真琴に似ているので、マザコン気味の明日果は何となく彼女が気になっていた。
だが、サラの性格は母とは少し違った。
「明日果ちゃんっていつも物思いに耽ってるし、なんか、変わってるよね。明日果ちゃんと同じ年頃の女の子たちは可愛いアニメキャラとか、漫画とかに夢中になってるのに、明日果ちゃんはそんなのに全く興味ないみたいだし。見た目お人形さんみたいなのに、機械弄りして、ロボットなんて作ってるし、私以前から不思議な子だなーと思ってたんだよね」
明日果はアルファでありながら、いつもどこか自信なさげで影があった。8歳で既に高校生であり、学業でもスポーツでも華々しい成績を残してあるのにも拘わらず。見た目もまるでフランス人形のようであるのに、それと相反するようなほの暗さ、人と壁を作る孤高さが妙にサラを惹き付けた。
なぜ明日果がいつもリストバンドをしているのか不思議だったが、シャワー室で彼女がリストバンドを外した際、その細い手首にいくつかの切り傷があるのを見てしまった。サラの視線に気づいた明日果は慌てて隠していたが。
「…………」
なんと答えたらいいのかわからず明日果は黙り込む。
「こないだの鑑賞教室で『彼女と僕の愛の記録』観たときも、皆わんわん泣いてたのに、明日果ちゃんだけ涼しい顔しててさ。何考えて観てたんだろうって思って」
「だって、私ああいう難病もので泣くの嫌いだもん。しかも『難病に冒されて余命わずかな恋人』なんて何百万回使い尽くされたと思ってるのよ。それに『とりあえず死なせておけば泣ける作品になる』っていう制作側の意図が見えて気持ち悪いわ。感動なんて所詮快楽だし、病気の人を自分の快楽のために利用してるみたいで嫌なの」
明日果は俯いたまま、刺すような口調でそう述べた。
「ははっ。やっぱ凄いね、明日果ちゃんは。アルファの中のアルファだよ。本当に8歳? 」
サラがまた朗らかに笑う。
「……ママに同じこと言ったら、『明日果はパパにそっくりだね』って笑われちゃったわ」
明日果の声が低くなる。
「そういえばさー、明日果ちゃんのママ、最近練習見にこないじゃん? どうしたの? 代わりに銀髪の可愛い男の人か、優しそうな感じの女の人か、あと、あの歌手の人が迎えに来るよね……宏美さんだっけ? 一緒に暮らしてるんだっけ? すごいね。皆羨ましがってるよ」
宏美はそこまで名の売れた歌手ではないが、この街ではちょっとした有名人だった。
「……皆心配して来てくれるの……私、もう8つだし1人で帰れるのに……しっかりしなくちゃいけないのに……」
明日果が低い声でボソボソと言う。
「そぉだよね! 明日果ちゃん、可愛いから皆心配するのはわかるけど!見た目に似合わず超怪力だから、変態野郎のひとりやふたり、余裕でぶっ飛ばせるよね! はっはっはっ」
サラはそう言って陽気に笑ったが、明日果の表情は暗いままだった。
「……怪力、ね………」
明日果がサラの言葉を低い声で復唱する。
サラは勘に障ることを言ってしまったのかと思って少し焦った。
「……明日果ちゃん……ごめんね。私勝手にはしゃいじゃって……」
だが、明日果は首を横に振った。
「……ううん、違うの。……私、そんな怪力なのに、全然ママを守ってあげられてなかったのよ。それどころか……うわぁぁあん!! 」
明日果が突然泣き出したのでサラはびっくりしてしまった。
「ど、どうしたどうした? 」
サラは明日果の肩を掴んで宥めようとする。
明日果はサラに訳を話した。自分が苦労をかけ続けたせいで母が病気になってしまったこと。父が見つからなければ母が死んでしまうかもしれないこと。
「知能が高いとか、天才とか、アルファの中のアルファなんて言われても、私なんにも出来てない!! 高校生にもなってママに甘えてばかりだった!! きっとその辺の8歳よりもママに苦労かけてたと思う!! ママが死んだら、絶対私のせいだわ!! 」
「明日果ちゃん……」
「私、もうどうしたらいいかわかんない……。知能が高いなんて嘘よ。私、ただの馬鹿で親不孝な子供だわ……」
今にも壊れそうに咽び泣く明日果。そんな彼女を見て、サラは最初こそ戸惑っていた。しかし、しばらく考え込んだ後、何か覚悟を決めたような表情を浮かへだ。
「明日果ちゃん、自分のこと責めてたって泣いてたって明日果ちゃんのママは良くならないよ。今まで苦労かけたと思うんなら、今こそママのために何かしよう? パパを探そう? 私も協力するから」
サラが真剣な顔をして言う。
「サラちゃん……」
明日果も涙に濡れた顔を上げてうなづいた。
明日果とサラは学校の資料館に行き、手がかりを探すことにした。二人の学校は大学の付属であり、資料館は大学生や大学教授も使うのでとても大きく広い。
「しっかし、名前もわからないんじゃなー。えーと、アルファ男性とベータ女性から生まれたアルファ女性で、大学教授してたんよね? で、明日果ちゃんのママ助けたせいで、捕まったの? 」
「……多分ね……。結構大きい事件になったと思う。……おばあちゃん、私が3歳のときに亡くなったけど、ベータで間違いないわ。匂いしなかったし」
父関連の情報は、母から聞いたものより、心無い悪口から得たものの方が多かった。悪口は信ぴょう性にかけるものがほとんどだった。しかし、明日果はその中でも、真実だと思えるものをふるいにかけていた。
「歳は? 」
「うーん、それもよくわからないの。10年前のパパだってママから写真見せられたことあるけど、多分10代後半くらいだったかな。だから今は20代後半だと思う。ママよりずっと若いみたい」
「まあ、とりあえず、9年前の新聞を一通り漁ろう」
サラはそう言って、コンピュータの中に収められている、新聞を検索し始めた。明日果もコンピュータを立ち上げる。
「"F"関連で逮捕された人、結構いるねぇ。こりゃシラミ潰しに探すしかないよ……」
何時間も探索を続けたが、有力な情報は出てこない。
二人は頭を抱えた。
「あ! 明日果ちゃん、この人、お父さんの年齢と近いんじゃない? 『泉宮財閥令嬢、泉宮可憐(17)"F"の亡命を扶助』ってやつ。本国では大見出しだったみたいだけど、こっちではあんまり取り上げられてなかったって」
「……そうね……歳は近いけど、財閥令嬢ではなかったろうから、多分その人ではないわ。……すごいね、業者雇って逃がした後、自分は逃がしたオメガのベッドの上で頸動脈切って自殺計ったんだって……」
「うわー………。でもそこまで人を愛せるっていいね。……明日果ちゃんのパパも、命がけでママと明日果ちゃんを守ったのね」
「………そうね」
(私もパパみたいなアルファになりたいな……)
母から父がいかに素晴らしいアルファ女性であったかは、よく聞かされていた。だが、娘としては「またノロケか」くらいの気持ちで聞いていた。
だが今、父の勇敢さを改めて知り、明日果は勇気づけられた気がした。
「そこのお二人さん、あなたたち高校生でしょ? こんな遅くまで調べ物なんてしてたらダメよ」
資料室のドアが開き、黒髪の美女が顔を出す。
「あ、すみません、今から帰ります」
「……高校生とはいえ、あなたたちはまだ子供なんだから、気をつけなくちゃ」
美女が真剣な顔で二人に注意する。
「いやー、大丈夫ですよ、怪力の明日果ちゃんがついてますから!! 」
サラがからかうような口調で言う。
「ちょっと!! やめてよ!! 」
明日果がすかさずツッコミを入れる。
黒髪の美女はくすくすと笑った。
「それは心強いわね。ま、ほどほどにね」
そう言って黒髪の美女は去っていった。
「ああ、本当に暁先生は綺麗だよね。早く私も大学生になって本格的な暁教授の講義を受けたい」
明日果たちの高校では大学と共同の授業もあるので、サラも明日果も千歳と面識はあった。
「……そうね。……あの人……どう見たってアルファよね? 」
明日果は目を細めながら言う。やはり千歳にただならぬものを感じてるようだ。
「んー、私もそう思ったけど。首輪してるし。それに匂いしないでしょ、あの人」
「そうだけど……」
明日果はアルファでサラはオメガであるから、アルファの匂いには敏感のはずだ。
「と、なるとベータか、番のいるオメガだけど、あんな女神さまみたいなベータはいないよね。多分オメガよ」
(何度見ても真琴さんに似てる、あの子……)
千歳も明日果に何かを感じてはいた。
(でも、まさかね。私の娘があんな飛び抜けて優秀なわけないわ。いくら運命の番から生まれたからって)
千歳は欠陥アルファだった過去を少し引きずっていた。だから自分の種から明日果のような天才児が生まれるわけはないと、思い込んでいた。
確かに明日果は、真琴によく似た美少女だが、お人形さんのようなアルファ少女なんていくらでもいる。アルファはほぼ例外なく容姿が整っている。整っているということは無個性で、特徴のない容姿ということでもある。
だから、容貌だけで明日果が自分の娘、と千歳が判断することはできなかった。
(一体どこにいるの、真琴さんと我が子は……)
千歳はあれから、探偵を雇ったり、聞き込みをしたりして真琴を探しているが、一向に見つかる気配はなかった。この街は亡命したオメガで溢れているからだ。それに千歳の手元に残っている真琴の情報は名前と年齢くらいで、写真は一枚もなかったのだ。
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