My destiny

泉 沙羅

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第1話

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賑やかな歓声の上がる構内。
高校生のバスケットボールの試合が行われているアリーナのスタンドに一人の男性が座っていた。......いや、男性と呼んでいいものかと思うほど、華奢で女性的な男性である。琥珀色の宝石のような瞳に、繊細な顔立ち。さらさらとした茶金色の髪が耳にかかり、後ろ髪はその細い首をなぞるように垂れていた。赤いチョーカーが白い肌によく映えている。彼は細身のパンツを穿いた長く細い脚を上品に揃えて座っていた。......見た目だけでは男女の区別はつかないだろう。
彼の愛しげな視線の先には、彼と同じ茶金色の髪をした美少女がいた。綺麗にアップにまとめている緩やかなウェーブの長い髪。玉のような汗が弾く、子供らしい血色のよい頬。母ゆずりの琥珀色の瞳が生き生きと輝いている。
彼女は自分より遥かに体の大きい相手選手たちを風のように交わし、ボールを巧みに操りながら、リズムよく華麗にシュートを決めた。
またワーッと歓声が上がる。笛の音があちこちから聞こえる。
スタンドにいる彼も嬉しそうに拍手を送る。
同時にあちらこちらから1部の父兄の怪訝そうな話し声が聞こえる。
「やっぱり、明日香あすかちゃんはただのアルファじゃないわよ。......見た? あんな小さい体であんな高いバスケットに軽々とゴール決めたわよ」
「そもそもたった8歳で高校生って時点で異常じゃない? そりゃアルファが飛び級してしまうのは当たり前のことだけど、8歳の高校生なんて聞いたことないわ。頭良すぎるとどこかで歪みが出るのよ。前の学校では問題行動が多かったみたいだし...」
「しっ!! そこにお母さんの真琴さんがいるから! 聞こえるわよ! 」
「あぁ......あの金髪の......えっと……多分男の人よね? 」
「ほら、チョーカーしてるでしょ。オメガなのよ」

真琴は聞こえないふりをした。この程度の陰口なら慣れている。
「ママ!!」
試合を終えた娘が真琴に擦り寄ってくる。他のチームメイトは勝った喜びを抱き合ったりハイタッチしたりして分かちあっているのに、明日果はその輪の中には入れなかったようだ。勝ったのはほぼ明日果のおかげなのに。
「......頑張ったね。明日果」
真琴はそう言って、娘の頭を撫でる。
すると明日果は嬉しそうに微笑んだ。......子供らしい、無邪気な表情で。

「……わー、いつ見ても芸術品みたいな親子だわ 」
「まあ、トクベツなヒトタチだからね 」

真琴と明日果親子を、ある者はうっとりとした目で、ある者は好奇の目で、ある者は好色な目で見ていた。

「………じゃあ、帰ろうか」
真琴は明日果の肩に手を置いた。
「痛いよ、ママ 」
「あ、ごめんね」
無意識に力が入ってしまった。
運命の番から生まれたアルファの子どもは知能や身体機能の発達が通常のアルファよりさらに早く、超人的な能力を持つこともある。この国では年齢ではなく、子どもそれぞれの発達に応じて進級する。だから高校生と言っても年齢は様々なのだが、明日果はこの学校の最年少の生徒だった。
「やっぱり、バスケやってるとチームワーク学べるわよね。最近わかってきたの。私、今まですごいわがままだったし、ワンマン過ぎたし、自分本位過ぎたなって。やっぱりもっと周りに気を使わなくちゃダメよね 」
……8歳にしては大人びすぎている発言。明日果は2歳ごろから子どもとは思えないようなことを言い出すようになった。
アルファの子どもはだいたいそうだと言われているが、明日果は生まれたときから夜泣きもぐずりもせず、手のかからない子だった。生後6ヶ月で簡単な言葉を話せるようになったな…と思うと1歳ころには真琴と会話成立させられるようになっていた。記憶力も集中力もずば抜けていて、2歳くらいには難しいパズルを完成させられるようになり、3歳ころにはパソコンの操作まで覚えていた。今ではコンピュータやロボットを、自分で作ることさえ出来る。
「アルファはこんなに成長が早いのか」と真琴は驚いていたが、アルファの中でも明日果の成長の速さは飛び抜けているという。
「今まで、迷惑かけてごめんね、ママ。私、ここではちゃんとやるわ」
「ううん、いいんだよ。ママ、明日果のしたことで迷惑だなんて思ったこと1度だってないから」

……運命の番から生まれたアルファの子は知能や身体機能の急激な発達に精神が着いていかず、情緒不安定になったり、問題行動を起こすこともある。
明日果も体育の授業中に「先生、なんで空は青いんですか? 」やら「なんで風は吹くんですか? 」などと場の空気をまるで読んでないかのような発言をしたり、
「こんなのやる意味あるんですか? 」などと授業内容を馬鹿にするようなことを言ったり、
簡単すぎて馬鹿馬鹿しいとテストの解答用紙で折り紙をしたりなどと問題行動が目立っていた。
明日果に悪気はないのだろうが、こういう生徒が1人でもいると、授業にならなくなってしまう。
当然ながらいじめにあったり仲間外れにされることも多々あった。
毎日「学校のみんなが私を嫌っている」と泣いて帰ってきては、「私なんていないほうがいいんだ」と壁に頭をぶつけたり、カッターで手首を切ったりして自分を傷つけ暴れてその度に真琴と揉み合いになっていた。
明日果が問題行動を起こすたびに真琴は教師に呼び出され、「明日果ちゃんはどこか可笑しいんじゃないですか? 」「どういう教育をなさっているんですか? 」「病院で診てもらったらいかがですか? 」などと言われていた。
「他の子が先生のギャグに笑ったり、鑑賞教室で映画を観て泣いてるときも、明日果ちゃんは涼しい顔してるから、心が荒んでるのではないですか」などと言われたときは、さすがに真琴も頭にきて「そうですか? 他の子も案外無理して笑ったり泣いたりしてるんじゃありません? 」と言い返してしまったのだが。
幼少期までは全く手のかからない子だった明日果の問題行動に真琴も頭を悩ませ、憔悴していた。
こんなことが続いたので、明日果は今までに何回か転校した。真琴は明日果の性質を理解してもらえる学校を何とか探し、今の学校に通わせている。今の学校は学級制ではなく、授業によってクラスのメンバーも変わるようになっているので、そこまで周りに気を使う必要もない。少人数制でもあるので、教師たちも全体の空気をまとめることにそこまで躍起になってない。
無理に人に合わせる必要のない環境で、明日果も少し落ち着き、自分なりの協調性を覚えたようだった。それでも好奇の目で見られることと、明日果が孤立してしまうことは変わらないのだが。
バース性差別が撤廃された国に逃げては来たものの、真琴は新たな闘いを強いられていた。


「真琴くんさあ、番関係ってアルファが故意に解消しなくても、長いこと会ってないと自動的に解消されちゃうこともあるんだよ? 知ってた? そんなことになったら、君だけじゃなくて明日果ちゃんも苦しむよ? 」
そうタバコをふかしながら話すのは、シェアメイトの宏美ひろみだ。彼もまた、真琴と同じ国から逃げてきたオメガ男性だ。他国で差別や迫害から逃れたオメガたちは助け合うため、コミュニティを作り、こうして一緒に暮らすこともある。
「……きっと彼女はまだ生きてるし、いつか僕らに会いに来てくれると思う。僕はいつまでも待つよ。噛み跡だって消えてないから生きてることは間違いない」
真琴は気丈にそう答えたが、本当は不安でいっぱいだった。遠く離れていてもアルファが生きて、オメガを愛し続けている限り、番関係は解消されない。しかし、長いこと触れ合ってないと自動的に解消されることもあるという。だが、ケースとしては稀なので立証されてない。
「……生きてるかどうかわからん相手想うより、現実的なこと考えたら? 明日果ちゃんだって今はまだ小さいからいいけどあと3、4年もすればちんこ生えてくるし、精通もくるよ? 」
宏美はウルフカットの黒髪をかきあげながらそう言う。
「やめてよ!! 聞きたくないそんな話!! 」
真琴は耳を塞いだ。男親としては、可愛い娘にそんなことが起こるなんて考えたくないのだろう。
「いやいや、真面目な話。明日果ちゃんが思春期迎えたときに、君らの番が解消されて君の発情期フェロモンが垂れ流しになったらどうする? 間違い犯しちゃうかもしれないよ? 」
「やめてったら!! 不謹慎だよ!! 」
真琴はそう言うと、宏美のタバコの煙を逃がそうと窓を開けた。
「……意地になってる場合じゃないと思うんだけどなあ」
宏美はそう言ってまた煙を吹かした。真っ赤な口紅を塗った形のいい唇から白い煙がこぼれる。その様はどこか毒々しい色気があった。嫌煙家である真琴も少しドキッとしてしまう。彼の黒髪も、切れ長ではあるがくっきりとした黒い瞳も千歳や奈都を思い出させるから。
普段宏美はバーテンダーと歌手を兼業している。真琴も彼が働く姿を見たことがあるが、仄暗いバーの中でカクテルを作る姿や、ハスキーではあるが中性的な声で歌う様子はテロ並みにセクシーだった。同じオメガの真琴には彼の香りもフェロモンもわからないのだが、明日果いわく杏の香りがするとのことだ。
(本当に……この人は……)
宏美は真琴と同じで元々性奴隷としてアルファ女性に飼われていたらしい。だが、その女性が死んだので彼女のパスポートを使って亡命したという強者だ。
性自認は男性だと思われるが、化粧をしている。スカートを履くこともある。オメガ男性は元々女性的な見た目であるから違和感はないのだが。真琴も亡命するときは女装した。宏美は30歳で、真琴より6歳も下であるのにタメ口をきいてくる。まあ、真琴はそんなことを気にする性格ではない。しかし、彼はこういう生々しい話を振ってくるので、若干苦手意識を持っていた。

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