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68章 ドゥーレクと爺さん
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68章 ドゥーレクと爺さん
私が物心がついた時には父親と言われるものはなく、母に育てられた。
いや、それも語弊がある。
母にもほとんど育ててもらった記憶などない。 ただ忘れた頃に部屋の中にお金が転がっていることがある。
わざとなのか、たまたまなのかはわからないが、そのお金で食べ物を買った。
もちろん洋服なども買ってもらったことはない。
母はきれいな服を着ているので、お金がないわけではなさそうだが、私は人からもらったり、拾ってきたりしたものを着ていた。
近所に本が好きな爺さんが一人で住んでいた。 私が本に興味を示すといつでも来ていいと言ってくれた。
爺さんも貧乏で、二人でパンを分け合って食べながら本を読み、わからないところは丁寧に教えてくれた。
本を売れば幾ばくかの金になるだろうに、それは決してしたくないという。
国からの配給で、何とか暮らしていくことができていたようだ。
私は4歳から12歳までは、母より爺さんと本に囲まれて過ごした。
母はとてもキレイだった。 子供の目から見てもそう思う。 そして真っ赤な髪の色をしていた。
母親は寂れた酒場で働いていたのだが、ある日を境に戻ってこなくなった。
酒場の人に聞いても知らないという。 しかし、たまたま耳にした話では、どうやら私を置いて男と逃げたらしいという事だった
しばらくの間、私は母を探し回った。 しかしいつまで探しても見つけることができず、その内、今まで住んでいた家から追い出された。 保護者がいない子供だけを置いてはおけないという理由だ。
住む場所を失った私は、爺さんのところに転がり込んだ。 もちろん、爺さんは歓迎してくれた。
私ももう12歳なので仕事を始めた。 店の下働きや掃除、ちょっとした買い物やお手伝い等々。 給金は微々たるものだが、爺さんと二人で暮らすには十分だった。
一生懸命働いて、空いた時間には本を読んで勉強した。
15歳になったころには爺さんが持っている本をすべて空覚えしてしまい、仕事先の一つに古本屋を選んだ。
店主もいい人で、一日に一冊ずつの持ち出しを許してくれた。
そんな時に、爺さんが死んだ。 もともと体があまり丈夫ではなく、ちょっとした風邪をこじらせて、夜勤から帰ったら亡くなっていた。
爺さんには他に身寄りもないことから、今まで借りていた家にそのまま住まわせてもらえることになった。
すでに家賃も自分で払えるほどの稼ぎもある。
裏山に爺さんの墓を作って、爺さんが一番好きだった「忘却のデリーカ」という本を一緒に埋めてあげた。
それからというもの、私は仕事をしながら寝る間も惜しんで本を読んだ。
17歳になるころには、塾の講師を頼まれた。
すると、講師の評判を聞いて城からお呼びがかかった。
このレンドール国の王様は、下々の事にまで細かく気を配って下さる。
私は城勤めの下女たちが連れてくる子供たちの勉強を見てくれと頼まれたのだ。 この城では子連れで城勤めができるように王様が配慮してくださったのだそうだ。
とてもいい御方だ。
王妃様も私の教室に時々御越しになり、子供たちと遊んで行かれる。 本当に御優しい御方だ。
城勤め仲間の中には私の仕事を『体のいい子守り役だ』と陰口を言うものもいるが、私は楽しかった。
年齢や進み具合の違う子供が30人ほど。 それぞれに合った授業内容を考えるのも楽しかったし、子供たちも、私の授業が楽しいと言ってくれた。
それに城の図書室に出入りが自由という特典も魅力的だ。 授業がない時も時間を作っては図書室に入り浸っていた。
そのうち、あるお方の推薦で、5歳になるマージェイン王子様の、数いる教師の一人に選ばれた。
マージェイン王子様は、快活でとても利発な御方で、週に一度の授業は責任重大だが私自身の刺激にもなり、他の先生方に比べると年齢も近いことから王子様にもとても慕っていただいていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
18歳になった私はマージェイン王子様や、みんなの勧めもあり、文官採用試験を受けることとなった。
新規採用の場合、武官は16歳から、文官は18歳から受験資格を得られる。
武官は知らないが、文官はかなりの狭き門で、いつも200~300人が受けて、合格者は数人。 年によっては合格者がいない場合もあるそうだ。
文官を目指すには小さい頃から官学という学校に5歳の時から10年間通い、その後、専門の教師を雇って勉強するのが通例だ。 だから貧乏人には特に狭き門になっている。
そんな難しいと言われる試験だが、私は物事が理路整然と頭に入っているために、周りとの関連付けも容易く、こんな簡単でいいのだろうかと思うほど、ひっかけ問題を含む試験の解答がスラスラと頭に浮かんできた。
そんな試験に、私は主席合格した。
官学にも行かずに合格したのは今までの歴史で初めてだという。 そのうえ主席となると、知らない人までがお祝いを言いに来てくれる。
きっと私に本の面白さを教えてくれた爺さんは、只者じゃなかったのだろう。
私が物心がついた時には父親と言われるものはなく、母に育てられた。
いや、それも語弊がある。
母にもほとんど育ててもらった記憶などない。 ただ忘れた頃に部屋の中にお金が転がっていることがある。
わざとなのか、たまたまなのかはわからないが、そのお金で食べ物を買った。
もちろん洋服なども買ってもらったことはない。
母はきれいな服を着ているので、お金がないわけではなさそうだが、私は人からもらったり、拾ってきたりしたものを着ていた。
近所に本が好きな爺さんが一人で住んでいた。 私が本に興味を示すといつでも来ていいと言ってくれた。
爺さんも貧乏で、二人でパンを分け合って食べながら本を読み、わからないところは丁寧に教えてくれた。
本を売れば幾ばくかの金になるだろうに、それは決してしたくないという。
国からの配給で、何とか暮らしていくことができていたようだ。
私は4歳から12歳までは、母より爺さんと本に囲まれて過ごした。
母はとてもキレイだった。 子供の目から見てもそう思う。 そして真っ赤な髪の色をしていた。
母親は寂れた酒場で働いていたのだが、ある日を境に戻ってこなくなった。
酒場の人に聞いても知らないという。 しかし、たまたま耳にした話では、どうやら私を置いて男と逃げたらしいという事だった
しばらくの間、私は母を探し回った。 しかしいつまで探しても見つけることができず、その内、今まで住んでいた家から追い出された。 保護者がいない子供だけを置いてはおけないという理由だ。
住む場所を失った私は、爺さんのところに転がり込んだ。 もちろん、爺さんは歓迎してくれた。
私ももう12歳なので仕事を始めた。 店の下働きや掃除、ちょっとした買い物やお手伝い等々。 給金は微々たるものだが、爺さんと二人で暮らすには十分だった。
一生懸命働いて、空いた時間には本を読んで勉強した。
15歳になったころには爺さんが持っている本をすべて空覚えしてしまい、仕事先の一つに古本屋を選んだ。
店主もいい人で、一日に一冊ずつの持ち出しを許してくれた。
そんな時に、爺さんが死んだ。 もともと体があまり丈夫ではなく、ちょっとした風邪をこじらせて、夜勤から帰ったら亡くなっていた。
爺さんには他に身寄りもないことから、今まで借りていた家にそのまま住まわせてもらえることになった。
すでに家賃も自分で払えるほどの稼ぎもある。
裏山に爺さんの墓を作って、爺さんが一番好きだった「忘却のデリーカ」という本を一緒に埋めてあげた。
それからというもの、私は仕事をしながら寝る間も惜しんで本を読んだ。
17歳になるころには、塾の講師を頼まれた。
すると、講師の評判を聞いて城からお呼びがかかった。
このレンドール国の王様は、下々の事にまで細かく気を配って下さる。
私は城勤めの下女たちが連れてくる子供たちの勉強を見てくれと頼まれたのだ。 この城では子連れで城勤めができるように王様が配慮してくださったのだそうだ。
とてもいい御方だ。
王妃様も私の教室に時々御越しになり、子供たちと遊んで行かれる。 本当に御優しい御方だ。
城勤め仲間の中には私の仕事を『体のいい子守り役だ』と陰口を言うものもいるが、私は楽しかった。
年齢や進み具合の違う子供が30人ほど。 それぞれに合った授業内容を考えるのも楽しかったし、子供たちも、私の授業が楽しいと言ってくれた。
それに城の図書室に出入りが自由という特典も魅力的だ。 授業がない時も時間を作っては図書室に入り浸っていた。
そのうち、あるお方の推薦で、5歳になるマージェイン王子様の、数いる教師の一人に選ばれた。
マージェイン王子様は、快活でとても利発な御方で、週に一度の授業は責任重大だが私自身の刺激にもなり、他の先生方に比べると年齢も近いことから王子様にもとても慕っていただいていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
18歳になった私はマージェイン王子様や、みんなの勧めもあり、文官採用試験を受けることとなった。
新規採用の場合、武官は16歳から、文官は18歳から受験資格を得られる。
武官は知らないが、文官はかなりの狭き門で、いつも200~300人が受けて、合格者は数人。 年によっては合格者がいない場合もあるそうだ。
文官を目指すには小さい頃から官学という学校に5歳の時から10年間通い、その後、専門の教師を雇って勉強するのが通例だ。 だから貧乏人には特に狭き門になっている。
そんな難しいと言われる試験だが、私は物事が理路整然と頭に入っているために、周りとの関連付けも容易く、こんな簡単でいいのだろうかと思うほど、ひっかけ問題を含む試験の解答がスラスラと頭に浮かんできた。
そんな試験に、私は主席合格した。
官学にも行かずに合格したのは今までの歴史で初めてだという。 そのうえ主席となると、知らない人までがお祝いを言いに来てくれる。
きっと私に本の面白さを教えてくれた爺さんは、只者じゃなかったのだろう。
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