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☆ run-through 2 ☆
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週末、2回目の通し稽古の日が訪れた。
今回は本番同様にイスや扉などの大道具が入る。スタッフが準備を終えた時、衣装だけでなくメイクも施したキャスト達が、体育館へと入った。
舞台以外の照明は消され、ステージ奥のホリゾント幕が紺色の光に染まり、月のシルエットが映し出される。その上に、両手で抱える大きさの星のオブジェが幾つも吊り下がっている。
ロマンチックな星影は、土田達の手製だ。
つくりものの夜に、梨加は思わず見惚れた。
「綺麗……」
「リカちゃんも綺麗だよ?」
お守りのようにマイクスタンドを握る梨加に、囚人服姿の柊が話しかける。
見窄らしい格好のはずが、凛々しい顔は変わらない。
「リカちゃん、メイクしてマイクスタンド持っていると本当、柚子そのものだね」
「柊部長。先週のリハーサル、すみませんでした……」
「僕のこと、魅了してね」
「え?」
「柚子は、謝らないで。ケンジは柚子の歌で恋に落ちるんだから。舞台でも、魅了することだけ、考えてね」
舞台袖で梨加は震えていた。ステージ上では柊がヒロインの手を取り、夢を語っている。
(動けなかったらどうしよう)
この劇で〈柚子〉はヒロインではなく、結局は〈ケンジ〉に振られてしまう。
同じように、柊が自分を何とも思っていないことを、梨加ははじめから気付いていた。
幕が変わる。
先週と同じように、ステージは闇に包まれた。装置担当の合図で、星や月の飾りが吊り下げられる。
上手脇からステージを覗き込めば、暗闇の中にバミリテープの仄かな光が広がっている。梨加の長い足が、吸い込まれそうになる。
(足、動いて)
祈るように、星のマイクスタンドを握る。少しずつ夜目に慣れていく中、最初のステップ位置をみつけ、梨加は固まった。
✕印や矩形のバミリの中にひとつだけ、違う印が発光する。
(これって……!)
バミリの燐光は、暗闇の中でぼんやりと輝き、梨加が来るのを待っていた。
ふわりと空を飛ぶように、梨加の足はステージへ降り立った。マイクスタンドをバトンのように回せば、梨加は魔法少女が変身するように〈柚子〉として、スポットライトを浴びる。
下手に〈ケンジ〉が現れる。
何万人のファンに見守られながらも、〈柚子〉はたった一人のために、挑発的で無邪気な愛の告白を始める。
『あなたと過ごしてきた時間は短いけど』
さくらのいる音響スタッフが〈柚子〉のステップに合わせ、流れ星の効果音を流す。
『この想いは、長さに負けないから』
燐光を放つプラスチックの星に見守られて、〈柚子〉は〈ケンジ〉へと伝える。その瞳の先には、客席側のスタッフチームがいる。
『今夜と、これからの夜を。そして、あなたの過ごしてきた夜も、全部。私に頂戴?』
流れ星のようなとっておきのウインクを、梨加は客席へ投げた。
☆
60分間中断なく、通し稽古は終わった。緞帳が降りた反動で、梨加はステージにへたりこむ。向かいに柊が座った。
「今夜の柚子、素敵だったよ」
劇終わり〈ケンジ〉は脱獄の罪で射殺されるため、柊の全身は血を模した赤い塗料が大量の汗と滲んで、べっとりと流れている。梨加が憧れる涼しい顔で続ける。
「柚子の告白にドキドキしたよ」
柊は、梨加を愛称のリカちゃんとは呼ばなかった。梨加は、自分がやっと演劇部員として認められた気がした。
「ありがとうございます、でも!」
「ん?」
「不足があれば、これからも注意お願いします」
演出のミントは「言われなくてもするから大丈夫よ」と、いつも通りに返しながら、確信に満ちた笑顔を梨加に向けた。
キャスト間の反省会が終わると、梨加はすぐにスタッフチームの中へ駆け寄った。照明や装置担当は、撤収作業を終えている。ステージ上で、大きな背中がかがんでいる姿を見つけた。
「ツッチー」
「リカ、ちゃん」
「お疲れ様。バミリ、剥がすの手伝うよ」
恐縮する土田の隣に梨加が座ると、相変わらず土田はたどたどしく愛称を呼ぶ。
「リカ、ちゃん、綺麗だったよ」
「この星のマイクスタンドのおかげだよ。握っていて、すごく心強かった!」
恥ずかしそうに、でも誇らしげに「役に立てたなら、良かった」と土田が呟いた。
ステージ床に向けて、二人は使用したバミリを剥がしていく。ライム色のウイッグ頭と、スポーツ刈りの頭が並ぶ。
(あった)
梨加はそれを見つけるとそっと剥がし、自分の爪に乗せた。
人差し指の先端で、プラスチックテープがぼんやりと光を放つのを、土田に見せる。
「ツッチー。星、ありがとう」
暗転から〈柚子〉の最初のステップ。
その着地点に、土田は他のバミリと混ざらないように、星の形に切ったテープを貼っていた。
土田の顔が真っ赤になった。
(ツッチーのこと、もっと知りたい)
目が合うと、〈柚子〉役が解けた梨加の胸に、ときめきが一番星のように輝き始めた。
終劇☆
今回は本番同様にイスや扉などの大道具が入る。スタッフが準備を終えた時、衣装だけでなくメイクも施したキャスト達が、体育館へと入った。
舞台以外の照明は消され、ステージ奥のホリゾント幕が紺色の光に染まり、月のシルエットが映し出される。その上に、両手で抱える大きさの星のオブジェが幾つも吊り下がっている。
ロマンチックな星影は、土田達の手製だ。
つくりものの夜に、梨加は思わず見惚れた。
「綺麗……」
「リカちゃんも綺麗だよ?」
お守りのようにマイクスタンドを握る梨加に、囚人服姿の柊が話しかける。
見窄らしい格好のはずが、凛々しい顔は変わらない。
「リカちゃん、メイクしてマイクスタンド持っていると本当、柚子そのものだね」
「柊部長。先週のリハーサル、すみませんでした……」
「僕のこと、魅了してね」
「え?」
「柚子は、謝らないで。ケンジは柚子の歌で恋に落ちるんだから。舞台でも、魅了することだけ、考えてね」
舞台袖で梨加は震えていた。ステージ上では柊がヒロインの手を取り、夢を語っている。
(動けなかったらどうしよう)
この劇で〈柚子〉はヒロインではなく、結局は〈ケンジ〉に振られてしまう。
同じように、柊が自分を何とも思っていないことを、梨加ははじめから気付いていた。
幕が変わる。
先週と同じように、ステージは闇に包まれた。装置担当の合図で、星や月の飾りが吊り下げられる。
上手脇からステージを覗き込めば、暗闇の中にバミリテープの仄かな光が広がっている。梨加の長い足が、吸い込まれそうになる。
(足、動いて)
祈るように、星のマイクスタンドを握る。少しずつ夜目に慣れていく中、最初のステップ位置をみつけ、梨加は固まった。
✕印や矩形のバミリの中にひとつだけ、違う印が発光する。
(これって……!)
バミリの燐光は、暗闇の中でぼんやりと輝き、梨加が来るのを待っていた。
ふわりと空を飛ぶように、梨加の足はステージへ降り立った。マイクスタンドをバトンのように回せば、梨加は魔法少女が変身するように〈柚子〉として、スポットライトを浴びる。
下手に〈ケンジ〉が現れる。
何万人のファンに見守られながらも、〈柚子〉はたった一人のために、挑発的で無邪気な愛の告白を始める。
『あなたと過ごしてきた時間は短いけど』
さくらのいる音響スタッフが〈柚子〉のステップに合わせ、流れ星の効果音を流す。
『この想いは、長さに負けないから』
燐光を放つプラスチックの星に見守られて、〈柚子〉は〈ケンジ〉へと伝える。その瞳の先には、客席側のスタッフチームがいる。
『今夜と、これからの夜を。そして、あなたの過ごしてきた夜も、全部。私に頂戴?』
流れ星のようなとっておきのウインクを、梨加は客席へ投げた。
☆
60分間中断なく、通し稽古は終わった。緞帳が降りた反動で、梨加はステージにへたりこむ。向かいに柊が座った。
「今夜の柚子、素敵だったよ」
劇終わり〈ケンジ〉は脱獄の罪で射殺されるため、柊の全身は血を模した赤い塗料が大量の汗と滲んで、べっとりと流れている。梨加が憧れる涼しい顔で続ける。
「柚子の告白にドキドキしたよ」
柊は、梨加を愛称のリカちゃんとは呼ばなかった。梨加は、自分がやっと演劇部員として認められた気がした。
「ありがとうございます、でも!」
「ん?」
「不足があれば、これからも注意お願いします」
演出のミントは「言われなくてもするから大丈夫よ」と、いつも通りに返しながら、確信に満ちた笑顔を梨加に向けた。
キャスト間の反省会が終わると、梨加はすぐにスタッフチームの中へ駆け寄った。照明や装置担当は、撤収作業を終えている。ステージ上で、大きな背中がかがんでいる姿を見つけた。
「ツッチー」
「リカ、ちゃん」
「お疲れ様。バミリ、剥がすの手伝うよ」
恐縮する土田の隣に梨加が座ると、相変わらず土田はたどたどしく愛称を呼ぶ。
「リカ、ちゃん、綺麗だったよ」
「この星のマイクスタンドのおかげだよ。握っていて、すごく心強かった!」
恥ずかしそうに、でも誇らしげに「役に立てたなら、良かった」と土田が呟いた。
ステージ床に向けて、二人は使用したバミリを剥がしていく。ライム色のウイッグ頭と、スポーツ刈りの頭が並ぶ。
(あった)
梨加はそれを見つけるとそっと剥がし、自分の爪に乗せた。
人差し指の先端で、プラスチックテープがぼんやりと光を放つのを、土田に見せる。
「ツッチー。星、ありがとう」
暗転から〈柚子〉の最初のステップ。
その着地点に、土田は他のバミリと混ざらないように、星の形に切ったテープを貼っていた。
土田の顔が真っ赤になった。
(ツッチーのこと、もっと知りたい)
目が合うと、〈柚子〉役が解けた梨加の胸に、ときめきが一番星のように輝き始めた。
終劇☆
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