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第3章

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 ドンドンドンドンッ――!

 傘のナイロンに降りかかるはげしい雨。豪雨。
 行き手を阻まれている。考え直せと雨は言っている。
 このとき、大河はまだ取り返しがつく時点にいた。だけど、もう決意は決まっていた。
 うるさいうるさいうるさい! おれは、やらないと先がないんだ! 

 盲目的に一点しか見えていなかった。
 大河は走った。足元はびっしょりだ。肩と背中には、カッターシャツがべっちゃりと張りついている。傘の機能を果たしていない。それは、はげしい豪雨の影響より、心が乱れ余裕のない取り扱い方のせい。
 家についたとき、ずぶ濡れだった。不快感だったが、シャワーなど浴びる時間もないし浴びたい気分でもなかった。

 今、時間はわからない。まだ母さんもおばさんも仕事中だろう……。
 だから!
 帰ってくるまで、おれは、やるんだ!
 
 香葉来の家の前。呼び鈴を押した。
 反応がない。
 なぜいない!
 出てこない!

 それから大河、ドンドン! ドアを叩いた。
「香葉来、おれだ」と声もかけた。が、反応がない。
 くそお!

 家には明かりがついていなかった。人の気配もなかった。
 いつも家にいる時間だろう。くそお!

 大河は、いらだち、うなだれた。

 ドンドンドンドンッ――!
 豪雨に飲みこまれそうな気分だ。怖さを感じる。
 先に見える山もぼやけている。ぼやけが巨人のように見える。幻覚だろうか。

 苦しい……! 苦しい……! はげしいストレスで、大河は半ばパニック状態に陥っていた。しゃがみこみ頭を押さえた。


 そのとき。

「……た、大河くん……? どうしたの……?」

 ドンドンドンドンッ――!
 響く雨音の中、かすかに聞こえた声。
 大河はうしろを振り向く。

「……香葉来……」
「えっ……泣いてるの……? どこか、痛いの……?」

 傘をさし、リュックを背負った香葉来がいた。
 愛くるしい黒目がちな奥二重で心配そうに見つめてくる。
 おれは泣いていた……?

 大河は、自分でも泣いている自覚がなかった。
 右手の甲を目元に押しつけると、滲んでいた。
 自分の涙なのか、雨なのか、わからない……。

 ドンドンドンドンッ――!

 涙など流れていても流れていなくても変わらない。今、香葉来がいる。
 必要としていた、香葉来が目の前にいるんだ。

 大河は立ち上がり、表情を鬼に変えた。それでも悪になりきれない。
 悲しい、悔しい、つらい……それら感情がドバッ! 
 泣き顔となんら変わらない。情けない表情。鏡を見なくともわかる。

 大河は、無言で香葉来の左手首をつかみ、自宅へと引きずりこんだ。

「……え? あ、大河くん! ど、どうしたの!?」

 香葉来は抵抗してくる。
 ただはげしい雨のせいで声も半減し、強い大河の力には抗えなかった。
 大河は我を忘れた。いじめの「終わり」のためだ。頭にはその決意しかない。

「やめて、離して!」
 
 悲鳴混じりの香葉来の声。
 大河は怒鳴って彼女を脅し黙らせることはできた。
 でも、できるわけなかった。

 香葉来はこれからとてつもなく怖い思いをする。
 できる限り、無駄な暴力は与えたくない。

 それは無意味で中途半端なやさしさだった。
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