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第2章

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 この日、ちょうどクラブがあった。
 大河は春彦に、香葉来のクラスでの様子を聞いた。

「ずっとひとりで席に座ってる。給食の時間と昼休みは、ずっともみじ教室に行ってるよ」

 やっぱり。イヤな予感が当たった。
 そして春彦は、大河から視線をそらし。どこか後ろめたさのある声で大河に告げてきた。

「……汐見さんは今、矢崎と同じ体育係で。この前あいつにノロマだのバカだの言われてた」
 
 ええ!?
 いじめに遭ってるの……? 

 きーん、きーん。二回。イヤな耳鳴りがした。
 それって……。
 大河は言葉を失った。
 香葉来がひどい言葉を浴びせられたということよりも……。
「矢崎」という名前を聞いて、ぞくぞくと全身に戦慄が走った。

 矢崎は乱暴な男子。矢崎十夢《やざきとむ》。
 体が大きいガキ大将みたいな悪ガキだ。
 ボクシングを習い、北小で一番強いと有名。
 1年生の頃からケンカを起こしたり、いじめをしたり。何度か先生に注意をされ、最近は大人しいって聞いていたけど。

 大河は矢崎とは同じクラスになったことはない。
 でも。
 1年生の時、矢崎がいじめをしている姿を目撃したことがあった。
 関わりたくない。怖かった。そんな忌まわしい過去があった。

 矢崎が女子をいじめた、暴力を振るったとは、聞いたことがなかった。
 香葉来とクラスが同じことは知っていたけど……
 まさか標的にされているなんて。

 大河はグサグサと最悪という名の鋭いナイフを、頭上から足先まで、全身にグサグサグサグサッ!
 刺された。痛い。
 もうこれ以上、最悪と向き合いたくなかった。


 クラブの後、学童クラブに行くとすでに香葉来はいた。
 エンちゃんとマナミちゃんに囲まれてふたりの世話をしていた。
 笑ってる。でも偽りで、我慢しているだけなのかもしれない。
 
 大河はふたりで帰宅する時間も、結局彼女から何一つ聞くことはできなかった。
 ……香葉来は、黒かった。


 翌日。

「おはよ、末岡くん」

 教室につくなり、真鈴に呼ばれた。それから。

「いこ」

 とささやかれた。大河は真鈴についていった。誰もいない渡り廊下へ出た。
 香葉来のこと、だろう。
 教室じゃ、しゃべりにくい。ぼくも同じだ。

 香葉来のことだ。聞かなくてもわかった。
 渡り廊下に出た。くもり空の下、ひんやりした外気が首に伝う。
 真鈴は口を一文字にさせている。あんまり、余裕が見えない。
 真鈴は、手すりに手を置く。安心を求めるように、ぎゅっとにぎっている。
 大河は真鈴に寄りそう。
 
 そして真鈴。一文字をパカっと開き、

「香葉来、クラスで孤立しているみたい」

 前触れなく声を出す。少し、かすれていた。

「……森塚さんがそう言ってたの?」
「うん。ストレートに聞いたんだ。香葉来と遊んでる? って。私が話しかけたときから、なんだか怖い顔された。やっぱり私、あの子に友達って思われてなかった。あんまりいい空気じゃなかったんだけど」
「そう……」
「うん……」

 真鈴はひと息入れて、もう一度。

「それでも、話を聞いてくれたこと、答えてくれたことには感謝してる。ここじゃ話しにくいからって女子トイレに行って話してくれた。さくらは即答したわ。『遊んでない』って。あの子は桃佳とはまだなかよくて、ふたりで笹丘さんたちのグループに入ったみたい」
「え……香葉来はその子のグループに入れなかったの……?」
「聞いたよ。私、怖い顔してたかもしれない。『なんで私が真鈴に責められなきゃいけないの?』って言われたから。そんな気ないのに。『責められるようなことをしてる自覚はあるの?』って問い詰めたくなったけど、ぐっとおさえた。さくらはしぶしぶ答えてくれた。さくらと桃佳は最初は香葉来といてイヤじゃなかったらしいけど、趣味があわなくなったんだって。あの子はプリ魔女、今でも好きでしょ? 筆箱も下敷きもプリ魔女のまだ使ってるし、ランドセルにエメラルドのキーホルダーをつけてる。別に、全然悪いことじゃない。あの子の趣味だから。でも……香葉来ってさ、心を開いた相手にはすごくしゃべるじゃん。だから、周りの子たちの流行りとか、見えなくて、よくプリ魔女やアニメの話をしていたらしいの。さくらは、『そういうのうんざりした』って言ってた。さくらと桃佳も香葉来の障害のこともあって、最初はやさしくしてあげていたらしいけど、自分たちもそういうダサい趣味を持ってるとか、周りのクラスメートから『そっち系の子』と思われるのがイヤだったんだって。笹丘さんは中学生の彼氏がいる派手な子。さくらと桃佳は憧れてたんだと思う。前から香葉来と離れて笹丘さんのグループに入りたかったみたい……」

 真鈴の口から語られる生々しい現実。
 香葉来が仲間はずれにされた……ってだけで済む話じゃない。
 友達と趣味があわなくなって離れてしまう。
 香葉来にはかわいそうだけど、さくらと桃佳に「卒業まで香葉来の友達でいなさい」と強制なんてできない。
 真鈴は灰色の目だ。手すりをつかむ手をじっと見つめている。

「そんな……」
「だけど、どうしようもできない。香葉来となかよくしてあげてほしいけど、あの子たちに言えない。笹丘さんにも言えない。悲しいけどね、6年生になっても、中学になってもこういうことはあるよ」
「香葉来がかわいそうだよ」
「かわいそうだけど、香葉来の問題なの。私たちはこれ以上、入れない。でもね、あの子も、別のもっと大人しい子となかよくなったらいいのに。アニメが好きだったり、そういう趣味の子のグループとか。クラス替えのとき、私、考えが楽天的だった。さくらと桃佳が一緒だから安心って……」
「……」

 くもり空が暗黒に見える。
 だったら……。
 ぼくが、クラスは別だけど、香葉来にもっとやさしくしてあげる。笑わしてあげる。
 真鈴もきっと……。
 すると。真鈴からの視線。

「あのさ、大河は早坂くんから何か聞いた?」
「えっと……」

 大河は身が強張った。
 ひとりで抱え込んでいても何もできない。
 大河は決心して、一言一句、包み隠さずに春彦から聞いた内容を真鈴に伝えた。
 真鈴は表情を歪ませ、血が出そうなくらいに強く下唇を噛んだ。

「ありえない……。いじめられてるかもしれないってこと? そんなのっておかしいよ。友達じゃなくなることは仕方がなくても、いじめられるなんて、ゆるせない」
「先生に言おうか……」
「ちょっと待って。証拠がないと言えない」
「証拠……」
「でもさ。その矢崎くんって、1年生のときにもみじ教室の子をバカバカ言っていじめて問題になった子よね。先生に怒られて、それっきりで何もしなくなったんじゃなかったの?」
「ぼくも知らないよ。香葉来がいじめられるようなことするわけないし……」
「いじめに理由はないよ。ひとりぼっちになったから、そういう目に遭ってるのかもしれない」
「そんなのかわいそうだよ! どうしよう……」

 ぐぐっ。ストレスで喉が詰まった。
 香葉来を守ってあげなきゃ。
 でも、それは矢崎と対峙することになる……。
 大河は、香葉来を思う気持ちと、矢崎との恐怖心とを天秤にかけて、苦しく葛藤していた。
 
「私、お昼休みに香葉来としゃべるよ。私はあの子と、大河よりも長い付き合いなの。女の子同士だったら打ち明けてくれるかもしれない」
「うん……」
「大河、暗い顔しないで。私は、必ずあの子を助ける。言ったでしょ? 香葉来を元気にするよって」
 ぽんっと背中を叩かれた。
 真鈴はにこっとほほえんだ。

 けれど、その笑顔は。
 強がりかもしれない……。
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