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第1章
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家の中も白ベースでシンプルでおしゃれな内装。
香葉来は何度か訪れたことがあるみたいだから、緊張する素ぶりはない。
真鈴と手をつなぎ、ぐんぐん進んでいく。
真鈴が廊下から一番近い部屋の扉を開ける。
すーすー、エアコンの涼しい空気に体がなでられる。
視界には、ホテルのようなシャンデリアが入る。大きなダイニングキッチンだ。
奥のソファーには白髪の老父が座っている。
キッチンには老父よりも若い、5、60代くらいの女性の姿があった。
「おじいちゃん、おばあちゃん、こんにちは。おじゃまします」
ぺこり、香葉来はお辞儀をした。
「やあ、香葉来ちゃん。お姫様みたいだね」
「本当ね。かわいいわ。真鈴と姉妹みたいね。そっちの男の子は、大河くん?」
真鈴のおじいちゃんとおばあちゃん?
香葉来が人見知りせずになつく様子を見ればすぐにわかる。
大河は真鈴の祖父母に簡単にあいさつした。ふたりともしわくちゃな笑顔で返してくれて、緊張は一気にほぐれた。やさしそうな人たち。
真鈴は祖母に話しかける。
「おばあちゃん、5時ごろまで勉強会やるから。ママはそれくらいに帰ってくるでしょ? おやつやジュースは私が持っていくから、気を使わないでゆっくりテレビを見ててね」
「あらそう?」
「うん。もう小学生だから、大人と変わらないから大丈夫。勝手に家から出ないし」
「わかったわ。何かあったら遠慮しないでよ」
「うん。わかった。じゃあ香葉来、大河。いこ」
真鈴の号令とともに、二階への階段を登り出す。香葉来は「おじいちゃん、おばあちゃんまたねぇー」とふたりに手を振り、大河はもう一度ぺこりと頭を下げた。
二階へと上がり、大河は、真鈴と香葉来の背中を追って部屋に入った。
真鈴の部屋。ファンシーな女の子らしい部屋……じゃない。
大河は目を輝かせて見ていた。
青い世界。
「すっごい……海見たい」
「そう? 香葉来が緑が好きなように、私は青が好きなの。だから青の部屋なの」
クールに子供らしくない発言をする真鈴の言葉は、大河には伝わらない。
圧倒されていたから。
真鈴の部屋は、四方の壁はすべて、太陽が当たったような鮮やかな海の青。群青だ。
カーテンは少し白みを帯びたやわらかな白群。
天井と、勉強机、本棚、ベッド、テーブルは、全部白色や白系の色。海で踊る波みたい。
エアコンが効いていることもあるけれど、海で染まる部屋はひんやりとしている。
無駄なものは一切ない部屋。
ぬいぐるみや『プリ魔女』グッズでごちゃごちゃしている香葉来の部屋と全然違う。
「真鈴ちゃんのお部屋、水族館みたいだよね」
「お魚はいないよ?」
「いるよっ! 真鈴ちゃんが人魚さんみたいだもん!」
「ふふっ。私はちゃんと足があるよ。それに人魚さんは実在しないよ? 水族館じゃ見れないよ?」
「じつざい?」
「いないってこと」
「うーん……真鈴ちゃんみたいなの……人魚さんじゃないの……。えっと。じゃあ! 天使とか妖精みたいなお魚。名前はねぇ……んんん」
「もしかしてクリオネ?」
「そう!」
クリオネ? いったいなんの話をしているの?
大河は変わった部屋に圧倒されているうちに、ふたりは独特な世界に入っていたみたいで、なかなかついていけなかった。
一也の言う「テツガクテキ」ってこう言うことじゃないの? と思っていた。
「はいっ! もう水族館はおしまいね。今からお勉強だよ」
「……あ、うん」
真鈴はスパッと遊びムードを断ち切る。香葉来は遊んでいたいみたい。残念そう。
「大河もつまずいてるところがあったら聞いてね」
大河は、「大丈夫だよ」と返した。
もしあったとしても、男なのに女の子に頼りっぱなしもはずかしいから口にはしない。
香葉来は行儀よく正座して机の上に宿題のプリントと算数ノート、教科書、筆箱を出した。
遊びたい気持ちを切り替えて早くもやる気モード。
真鈴は香葉来のとなりに座り、宿題を見てあげていた。
ぼくが教えることはないし、ここにいる意味もないんじゃない?
と大河は思い始めた。ちょっとだけさみしい。
「あ、大河はもしかして全部宿題済んでる?」
「うん」
「一緒に家庭教師する?」
「ううん。邪魔になるよ。真鈴が教えてあげた方が香葉来もわかりやすいんじゃないかな」
「そんなことないよ。じゃああとでバトンタッチするから。暇だったらさ、本、何か読んでくれたらいいよ。音出さなかったらタブレットも使っていいし」
「うん。ありがとう」
バトンタッチ? 香葉来の家庭教師を? まあいいや。
大河はタブレットに触れる機会がなかったから興味津々。
タブレットに触れたとたん、真鈴は「ロック番号は****よ」と教えてくれた。
何もかもお見通し。大河はちょっとだけ苦い顔をした。
真鈴のタブレットに、とんとん指紋をつけていく。使い方がよくわからない。
感覚でアプリにタッチを続ける。ネット検索の画面が現れた。かな入力。ぼくにも打てる。ぽちぽちぽちぽち。
ソルジャードとか、好きなワードをひたすらに検索して、大河のテンションは軒並み急上昇。けど、勉強の邪魔になっちゃいけないからと、ちょっとだけテンションをおさえた。
やがてネット検索も飽きてきて、色々とアプリも開いて、閉じてを繰り返す。
いじるうちにいつのまにか写真フォルダを開いていた。
えっ……。
大河は思わず息を飲んだ。
それは。大きな水槽で踊る色とりどりの魚たち。ペンギンの行進。トレーナーと泳ぐシロイルカ。飼育員に餌をもらうオットセイ。
そんなすてきな海洋生物たちの写真がたくさん詰まっていたから。
いくつスライドさせても途切れない。どれも、どこか幻想的。
青い部屋で見ているものだから、水族館に迷いこんだみたいで……。
真鈴って本当に水族館が好きなんだ。
大河は時間を忘れるように一つ一つ、じっくり、じっくり写真を瞳のカメラで複写させた。
大河は写真を見ているだけでも、真鈴の想い出が追体験できた。
香織が冗談で「マリンパーク」と言っていたけど、そのとおりだ。
くくくっ。おっかしい。
スライドさせていく。けれど、突然、海洋生物は途切れた。そして。
水玉模様のワンピースを着飾った真鈴のピース。
真鈴と母の里璃子のツーショット写真だ。
水槽を背に、母と娘、仲よく手を繋いで、空いた手でピースしている。うららかな明るい光を放って……。
ドキドキ。ドキドキ。また胸がうるさい。
さらにスライドさせてみると。シロイルカとペンギンのキャラクターのパネルがあって。
ちょうどそれらのキャラクターの顔部分に穴が空いて。穴に母娘で顔を埋めている記念写真が出てきた。
パネルの下には「りとうマリンパーク」と書かれている。
どこだろう?
大河は写真の中の真鈴をじっと見つめていた。
香葉来は何度か訪れたことがあるみたいだから、緊張する素ぶりはない。
真鈴と手をつなぎ、ぐんぐん進んでいく。
真鈴が廊下から一番近い部屋の扉を開ける。
すーすー、エアコンの涼しい空気に体がなでられる。
視界には、ホテルのようなシャンデリアが入る。大きなダイニングキッチンだ。
奥のソファーには白髪の老父が座っている。
キッチンには老父よりも若い、5、60代くらいの女性の姿があった。
「おじいちゃん、おばあちゃん、こんにちは。おじゃまします」
ぺこり、香葉来はお辞儀をした。
「やあ、香葉来ちゃん。お姫様みたいだね」
「本当ね。かわいいわ。真鈴と姉妹みたいね。そっちの男の子は、大河くん?」
真鈴のおじいちゃんとおばあちゃん?
香葉来が人見知りせずになつく様子を見ればすぐにわかる。
大河は真鈴の祖父母に簡単にあいさつした。ふたりともしわくちゃな笑顔で返してくれて、緊張は一気にほぐれた。やさしそうな人たち。
真鈴は祖母に話しかける。
「おばあちゃん、5時ごろまで勉強会やるから。ママはそれくらいに帰ってくるでしょ? おやつやジュースは私が持っていくから、気を使わないでゆっくりテレビを見ててね」
「あらそう?」
「うん。もう小学生だから、大人と変わらないから大丈夫。勝手に家から出ないし」
「わかったわ。何かあったら遠慮しないでよ」
「うん。わかった。じゃあ香葉来、大河。いこ」
真鈴の号令とともに、二階への階段を登り出す。香葉来は「おじいちゃん、おばあちゃんまたねぇー」とふたりに手を振り、大河はもう一度ぺこりと頭を下げた。
二階へと上がり、大河は、真鈴と香葉来の背中を追って部屋に入った。
真鈴の部屋。ファンシーな女の子らしい部屋……じゃない。
大河は目を輝かせて見ていた。
青い世界。
「すっごい……海見たい」
「そう? 香葉来が緑が好きなように、私は青が好きなの。だから青の部屋なの」
クールに子供らしくない発言をする真鈴の言葉は、大河には伝わらない。
圧倒されていたから。
真鈴の部屋は、四方の壁はすべて、太陽が当たったような鮮やかな海の青。群青だ。
カーテンは少し白みを帯びたやわらかな白群。
天井と、勉強机、本棚、ベッド、テーブルは、全部白色や白系の色。海で踊る波みたい。
エアコンが効いていることもあるけれど、海で染まる部屋はひんやりとしている。
無駄なものは一切ない部屋。
ぬいぐるみや『プリ魔女』グッズでごちゃごちゃしている香葉来の部屋と全然違う。
「真鈴ちゃんのお部屋、水族館みたいだよね」
「お魚はいないよ?」
「いるよっ! 真鈴ちゃんが人魚さんみたいだもん!」
「ふふっ。私はちゃんと足があるよ。それに人魚さんは実在しないよ? 水族館じゃ見れないよ?」
「じつざい?」
「いないってこと」
「うーん……真鈴ちゃんみたいなの……人魚さんじゃないの……。えっと。じゃあ! 天使とか妖精みたいなお魚。名前はねぇ……んんん」
「もしかしてクリオネ?」
「そう!」
クリオネ? いったいなんの話をしているの?
大河は変わった部屋に圧倒されているうちに、ふたりは独特な世界に入っていたみたいで、なかなかついていけなかった。
一也の言う「テツガクテキ」ってこう言うことじゃないの? と思っていた。
「はいっ! もう水族館はおしまいね。今からお勉強だよ」
「……あ、うん」
真鈴はスパッと遊びムードを断ち切る。香葉来は遊んでいたいみたい。残念そう。
「大河もつまずいてるところがあったら聞いてね」
大河は、「大丈夫だよ」と返した。
もしあったとしても、男なのに女の子に頼りっぱなしもはずかしいから口にはしない。
香葉来は行儀よく正座して机の上に宿題のプリントと算数ノート、教科書、筆箱を出した。
遊びたい気持ちを切り替えて早くもやる気モード。
真鈴は香葉来のとなりに座り、宿題を見てあげていた。
ぼくが教えることはないし、ここにいる意味もないんじゃない?
と大河は思い始めた。ちょっとだけさみしい。
「あ、大河はもしかして全部宿題済んでる?」
「うん」
「一緒に家庭教師する?」
「ううん。邪魔になるよ。真鈴が教えてあげた方が香葉来もわかりやすいんじゃないかな」
「そんなことないよ。じゃああとでバトンタッチするから。暇だったらさ、本、何か読んでくれたらいいよ。音出さなかったらタブレットも使っていいし」
「うん。ありがとう」
バトンタッチ? 香葉来の家庭教師を? まあいいや。
大河はタブレットに触れる機会がなかったから興味津々。
タブレットに触れたとたん、真鈴は「ロック番号は****よ」と教えてくれた。
何もかもお見通し。大河はちょっとだけ苦い顔をした。
真鈴のタブレットに、とんとん指紋をつけていく。使い方がよくわからない。
感覚でアプリにタッチを続ける。ネット検索の画面が現れた。かな入力。ぼくにも打てる。ぽちぽちぽちぽち。
ソルジャードとか、好きなワードをひたすらに検索して、大河のテンションは軒並み急上昇。けど、勉強の邪魔になっちゃいけないからと、ちょっとだけテンションをおさえた。
やがてネット検索も飽きてきて、色々とアプリも開いて、閉じてを繰り返す。
いじるうちにいつのまにか写真フォルダを開いていた。
えっ……。
大河は思わず息を飲んだ。
それは。大きな水槽で踊る色とりどりの魚たち。ペンギンの行進。トレーナーと泳ぐシロイルカ。飼育員に餌をもらうオットセイ。
そんなすてきな海洋生物たちの写真がたくさん詰まっていたから。
いくつスライドさせても途切れない。どれも、どこか幻想的。
青い部屋で見ているものだから、水族館に迷いこんだみたいで……。
真鈴って本当に水族館が好きなんだ。
大河は時間を忘れるように一つ一つ、じっくり、じっくり写真を瞳のカメラで複写させた。
大河は写真を見ているだけでも、真鈴の想い出が追体験できた。
香織が冗談で「マリンパーク」と言っていたけど、そのとおりだ。
くくくっ。おっかしい。
スライドさせていく。けれど、突然、海洋生物は途切れた。そして。
水玉模様のワンピースを着飾った真鈴のピース。
真鈴と母の里璃子のツーショット写真だ。
水槽を背に、母と娘、仲よく手を繋いで、空いた手でピースしている。うららかな明るい光を放って……。
ドキドキ。ドキドキ。また胸がうるさい。
さらにスライドさせてみると。シロイルカとペンギンのキャラクターのパネルがあって。
ちょうどそれらのキャラクターの顔部分に穴が空いて。穴に母娘で顔を埋めている記念写真が出てきた。
パネルの下には「りとうマリンパーク」と書かれている。
どこだろう?
大河は写真の中の真鈴をじっと見つめていた。
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