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第1章
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週末。真鈴の誘いから、彼女の家で勉強会をすることになった。
勉強会っていっても、大河と真鈴は問題なく授業についていけてるから、本当のところ、算数についていけない香葉来へのフォローが目的だ。
ストレートにそう言えば、香葉来は落ちこむだろうから、勉強会という名目にした。ということ。
真鈴の家までは香織が送り迎えしてくれる。
大河は手提げ袋をもち、肩には水筒をぶら下げる。香織の車に乗りこんだ。
「おはようございます。おじゃまします」
「はーい、おはよーさん」
大河は香織にぺこりとお辞儀する。
「大河くん、おはよう」
「おはよ……」
となりには香葉来。香葉来は、鮮やかな緑色のワンピースに身を包んでいた。裾にフリルがつき、かわいい。学校に行く服装と全然違う。
いつもの香葉来とは別人に見えてしまう。大河は、少しだけ彼女を見るのがはずかしくて、視線をずらした。
「ねぇ、大河くん。今日の香葉来どお?」
え……!? ど、どおって。
「え……っと。似合ってます。エメラルド、みたい」
いきなり香織に香葉来の服装を問われ、大河はひどく反応に困った。
内心じゃ、「似合ってるし、かわいい」だった。でも、はずかしくて言えるわけない。
だからエメラルドの名前を借りた。はぁ。焦った。
言い終えたことで、はずかしさの厚みはだいぶうっすりペラペラになった。
だけど、今の発言はベストアンサーだったみたい。
「えへへっ。そうなの。エメラルドの色とね、おんなじだったから。ママが買ってくれたの」
香葉来はへなへな表情筋を弛緩させてよろんでいるから。ほんのり頬を紅色を染めて。
香葉来はプリ魔女がプリントされた手提げ袋を、ぎゅっと抱きしめた。えへっと、また笑ってる。
「イケメンだね!」
「え?」
「ううん。独り言。ありがとね。奮発して買ってあげた甲斐があったよ」
イケメンって顔がカッコいい人のことだよね。なんでだろう……。
大河には香織が言う「イケメン」の意味が、まるでちんぷんかんぷんだった。
「じゃあ行くよー。マリンパークまでれっつらごー!」
香織はおもしろおかしくおどけながら、アクセルを踏んだ。
真鈴の家までは学校と同じくらい短い距離だった。あっという間に到着。
「香葉来、カントリーゼは自分ひとりで食べないでみんなと一緒に食べるんだよ」
「わかってる。ひとりで食べないもん。ママいじわる!」
「はいはい」
香葉来はプクッと頬を膨らます。で、睨んでる。
香葉来は香織との会話の中で、ときどきわがままな一面を見せる。香葉来の素顔かもしれない。
「ありがとうございました」
大河は香織にお礼を言い、車を降りる。
「いいよーん。香葉来、家出る前には電話するんだよ」
香葉来はキッズ携帯をにぎりしめ、うんとうなずき、大河を追った。
ふたりの目の前には、まっしろな家がそびえ立つ。縦長の出窓。玄関周りの赤レンガ。なんだかヨーロッパ家のみたい。
家のよしあしがわかる年じゃないけれど、大河と香葉来も、豪邸ということくらいは理解できている。
立ち尽くしていたら、玄関扉が外に開いた。
「こんにちは。香葉来、大河、待ってたよ」
真鈴だ。
デニム生地のカジュアルなドレスを身にまとってる。
まっしろな肌が大きく見える肩出しファッション。おませな装いだ。
長い黒髪をふわりと風になびかせ、堂々とした様子で。はずかしがる様子はない。
口角を上げて、やわらかく目をほほえませ大河と香葉来を見つめる。
大河はキッズモデルのような真鈴を見て、胸をドキドキうるさくさせていた。
「真鈴ちゃーん! こんにちはぁー」
香葉来は笑顔大爆発。大河を置き去りにして、真鈴のもとへ、たたーっと猛突進。
ぎゅっぎゅっ! 両手で彼女の右腕にしがみつく。あんあん甘えだす。
「香葉来、お洋服かわいいね。似合ってるよ」
「えへへへっ! ありがとぉー。真鈴ちゃんもかわいいよお!」
香葉来の声は異様にトーンアップする。キィキィかん高くって、ちょっとだけ耳がキーンとした。
でも香葉来は、おどおどよりもがじがじ元気なくらいな方がいいから、大河はほほえましく思っていた。
「こっちこそありがと。あ、香織さん」
真鈴は香葉来に半身を拘束されながら、空いてる左手を宙に上げ、小さく見える香織に向けて左右に振った。
真鈴は「香葉来のおばさん」と言わずに、「香織さん」と言う。里璃子の影響だろうか。
香織は手を振り返したのち、アクセルを踏みぎゅーんと走り去った。
大河は大人びた真鈴の振るまいを呆然と見ていた。
とたんに真鈴が首を傾げる。
「大河? どうしたの?」
「え? ううん。なんでもない」
「そう? あっ、私のドレスどう? 似合ってる?」
「えっと……うん。似合ってる……サファイアみたいだよ」
「うふふっ。サファイアだって。じゃあ香葉来はエメラルドだね」
「うんっ! 大河くんもエメラルドって言ってくれたよお!」
プリ魔女の話題はふたりとの共通項でもあるから、大河は照れ隠しするための大きな盾に使った。
でも。
このとき、大河は香葉来には抱かなかった感情を真鈴に抱いていた。
さっきから真鈴を見ていたら。ドキドキ。ドキドキ。ドキドキって胸がうるさいんだ。
大河は本気で、「心臓がおかしくなっちゃった」と焦ってしまった。
だから、他に理由を探した。
あ、太陽。真夏の太陽がぼくを熱くしてるから、心臓がビックリしているんだ。
って、違うかな。
勉強会っていっても、大河と真鈴は問題なく授業についていけてるから、本当のところ、算数についていけない香葉来へのフォローが目的だ。
ストレートにそう言えば、香葉来は落ちこむだろうから、勉強会という名目にした。ということ。
真鈴の家までは香織が送り迎えしてくれる。
大河は手提げ袋をもち、肩には水筒をぶら下げる。香織の車に乗りこんだ。
「おはようございます。おじゃまします」
「はーい、おはよーさん」
大河は香織にぺこりとお辞儀する。
「大河くん、おはよう」
「おはよ……」
となりには香葉来。香葉来は、鮮やかな緑色のワンピースに身を包んでいた。裾にフリルがつき、かわいい。学校に行く服装と全然違う。
いつもの香葉来とは別人に見えてしまう。大河は、少しだけ彼女を見るのがはずかしくて、視線をずらした。
「ねぇ、大河くん。今日の香葉来どお?」
え……!? ど、どおって。
「え……っと。似合ってます。エメラルド、みたい」
いきなり香織に香葉来の服装を問われ、大河はひどく反応に困った。
内心じゃ、「似合ってるし、かわいい」だった。でも、はずかしくて言えるわけない。
だからエメラルドの名前を借りた。はぁ。焦った。
言い終えたことで、はずかしさの厚みはだいぶうっすりペラペラになった。
だけど、今の発言はベストアンサーだったみたい。
「えへへっ。そうなの。エメラルドの色とね、おんなじだったから。ママが買ってくれたの」
香葉来はへなへな表情筋を弛緩させてよろんでいるから。ほんのり頬を紅色を染めて。
香葉来はプリ魔女がプリントされた手提げ袋を、ぎゅっと抱きしめた。えへっと、また笑ってる。
「イケメンだね!」
「え?」
「ううん。独り言。ありがとね。奮発して買ってあげた甲斐があったよ」
イケメンって顔がカッコいい人のことだよね。なんでだろう……。
大河には香織が言う「イケメン」の意味が、まるでちんぷんかんぷんだった。
「じゃあ行くよー。マリンパークまでれっつらごー!」
香織はおもしろおかしくおどけながら、アクセルを踏んだ。
真鈴の家までは学校と同じくらい短い距離だった。あっという間に到着。
「香葉来、カントリーゼは自分ひとりで食べないでみんなと一緒に食べるんだよ」
「わかってる。ひとりで食べないもん。ママいじわる!」
「はいはい」
香葉来はプクッと頬を膨らます。で、睨んでる。
香葉来は香織との会話の中で、ときどきわがままな一面を見せる。香葉来の素顔かもしれない。
「ありがとうございました」
大河は香織にお礼を言い、車を降りる。
「いいよーん。香葉来、家出る前には電話するんだよ」
香葉来はキッズ携帯をにぎりしめ、うんとうなずき、大河を追った。
ふたりの目の前には、まっしろな家がそびえ立つ。縦長の出窓。玄関周りの赤レンガ。なんだかヨーロッパ家のみたい。
家のよしあしがわかる年じゃないけれど、大河と香葉来も、豪邸ということくらいは理解できている。
立ち尽くしていたら、玄関扉が外に開いた。
「こんにちは。香葉来、大河、待ってたよ」
真鈴だ。
デニム生地のカジュアルなドレスを身にまとってる。
まっしろな肌が大きく見える肩出しファッション。おませな装いだ。
長い黒髪をふわりと風になびかせ、堂々とした様子で。はずかしがる様子はない。
口角を上げて、やわらかく目をほほえませ大河と香葉来を見つめる。
大河はキッズモデルのような真鈴を見て、胸をドキドキうるさくさせていた。
「真鈴ちゃーん! こんにちはぁー」
香葉来は笑顔大爆発。大河を置き去りにして、真鈴のもとへ、たたーっと猛突進。
ぎゅっぎゅっ! 両手で彼女の右腕にしがみつく。あんあん甘えだす。
「香葉来、お洋服かわいいね。似合ってるよ」
「えへへへっ! ありがとぉー。真鈴ちゃんもかわいいよお!」
香葉来の声は異様にトーンアップする。キィキィかん高くって、ちょっとだけ耳がキーンとした。
でも香葉来は、おどおどよりもがじがじ元気なくらいな方がいいから、大河はほほえましく思っていた。
「こっちこそありがと。あ、香織さん」
真鈴は香葉来に半身を拘束されながら、空いてる左手を宙に上げ、小さく見える香織に向けて左右に振った。
真鈴は「香葉来のおばさん」と言わずに、「香織さん」と言う。里璃子の影響だろうか。
香織は手を振り返したのち、アクセルを踏みぎゅーんと走り去った。
大河は大人びた真鈴の振るまいを呆然と見ていた。
とたんに真鈴が首を傾げる。
「大河? どうしたの?」
「え? ううん。なんでもない」
「そう? あっ、私のドレスどう? 似合ってる?」
「えっと……うん。似合ってる……サファイアみたいだよ」
「うふふっ。サファイアだって。じゃあ香葉来はエメラルドだね」
「うんっ! 大河くんもエメラルドって言ってくれたよお!」
プリ魔女の話題はふたりとの共通項でもあるから、大河は照れ隠しするための大きな盾に使った。
でも。
このとき、大河は香葉来には抱かなかった感情を真鈴に抱いていた。
さっきから真鈴を見ていたら。ドキドキ。ドキドキ。ドキドキって胸がうるさいんだ。
大河は本気で、「心臓がおかしくなっちゃった」と焦ってしまった。
だから、他に理由を探した。
あ、太陽。真夏の太陽がぼくを熱くしてるから、心臓がビックリしているんだ。
って、違うかな。
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