花ノ魔王

長月 鳥

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第七章 弟切草

あの花が欲しい(ゴーシェ視点)

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 弟を殺してやりたいと思ったことは何度かあった。

 邪魔な存在は消せ。
 敵は躊躇なく殺せ。
 それが誰であっても。

 物心ついた頃には、その父上の教えが私の心を支配していたからだろう……いや、言い逃れか。

 ともかく、弟は疎ましい存在だった。
 双子として同じ親から生まれ、才能も容姿も同等だと期待され寵愛を受けた。
 だが、それは長く続かなかった。

 私は弟よりも劣っていた。
 魔力も技術も知恵も、きっと胎盤内で全てが弟に流れ込んだのだろう。
 
 この国、いや、このエルフの家系において、無能な者は不要なもの。
 生きる価値のない者。
 だから私は努力を重ねた。
 寝る間を惜しんで鍛錬を重ねた。
 捨てられないために、生きるために。

 その傍らで、弟は、ローシュは遊び呆けていた。
 飯をたらふく食らい、女遊びに勤しみ、酒浸りだった。
 なのに、それなのに、訓練、実践、試験、全てにおいて私の成績を凌駕した。
 魔法に関してもその差は明らかだった。
 炎の魔法は、温度と同じで限度が無い、とある魔法研究では最高で5億℃の超高温まで至ったと記されている。
 しかし、私が死に物狂いで得た氷の魔法の限界は-273℃。
 私と弟の間には炎と氷の様な埋められない差があったのだ。

 なぜ、遊んでばかりの弟が全て持っているの。なぜ、血の滲むような努力を重ねる私には何もない……理不尽だ。
 
 だが僻んでばかりもいられない、弟を殺せば父上は私を見捨てるだろう、もう諦めるしかない、越えられぬ壁は無視すればいい……今までも、そしてこれからも……そう思っていたのに。

 私は出会ってしまった。

 私と同じ様に、持たざる者のはずだったハナが魔法で生み出した女性。
 ただの草花がこれほどまでに知性を持ち得ていることに驚き、その感情の豊かさに魅了された。
 顔も体も、まるで私の理想とする女性そのもの、そしてその端麗な姿と相反する乱暴な言葉遣いが私の心を弄ぶ。

 「俺とまぐわってみないか?」
 ターリー国へ向かう馬の上で晴頼が口にした言葉に私もローシェも唖然とした。

 花が咲く理由が繁殖のためだとは知っているが、晴頼がその理由で性行為を望んでいるのかは分からない。
 分からないが、私の心は酷く掻き乱された。
 
 それは、そう言った晴頼の視線がローシェに向いていたからだろう。

 あの偽りの楔が晴頼の体に火をつけたのだろうか……。
 私も口移しで魔力を入れ込んでおけば……。
 私の中にも、こんなに汚らわしい感情があったのだな……。

 「ターリーに着くころには夜中だろう、まずは宿を取り、休んでから翌日に刀を振るうってのはどうだ? まぁ休めるかどうかは分からんがな」
 ローシェは、不快な笑みを浮かべて、そう返し、晴頼も理解を示すように頷いた。

 その夜は、眠れなかった。
 ベッドのきしむ音、罵倒、喘ぎ……。
 ローシェと遠出する際の夜の騒がしさには慣れていたはずなのに。
 
 悶々とした感情が、激しい嫉妬に変わってゆくのが分かった。

 私も、あの花が欲しい。

 明日、晴頼がこの国で暴れている間なら、誰が死んでもおかしくはない。
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