花ノ魔王

長月 鳥

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第七章 弟切草

氷炎の双子

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 アララガ国に向かう1台の荷馬車。
 その中には棺桶のような箱があり、それを見張るように2人の男が向かい合わせで座っていた。
 「簡単な仕事だったな兄者」
 燃えるような真っ赤なショートヘア、くっきりとした目鼻立ち、爽やかな好青年を思わせる笑顔。ファザ家の六男、拷問官で炎術師のローシュが言った。

 「ああ、女一人攫うなんぞ、俺達に頼む仕事じゃないだろうに、父上も耄碌が過ぎる」
 頭髪は銀色で角刈り、細い目に小さな丸眼鏡を掛け、不愛想に返したのがファザ家五男、執行官で氷術師のゴーシェが返す。

 「しかし、なかなか良い女だ。父上が要らないと言ったら俺が貰い受けよう」
 ローシュが棺桶を叩きながら言う。
 「……勝手にしろ」
 ゴーシェは腕を組んだまま目を瞑り、それ以上何も言わなかった。

 「相変わらずだな兄者、女遊びの一つくらいやったらどうだ? 愉しいぞ」
 「……」
 「まぁそんなんじゃモテないだろうな、しっかしハナの奴、女を作り出す魔法とは恐れ入る。いや、見直したと言っておこう。もしかしたら俺好みの女を用意してくれるかもしれん、今のうちに昔のことを謝っておこうかな、魔法が使えんと分かってから散々虐めてやったからな、あいつの泣きっ面は今思い出しても笑える。ボクは……ボクは……ってな、ギャハハハハ」
 ローシェは、ゲラゲラと笑った。

 相変わらず下品な奴だ。
 こいつは昔から好かない。才能があるからといって父上が甘やかすからこうなるんだ。
 ゴーシュは心の中でそう呟いた。

 寡黙で、熱心に技を磨き、知識を得てきたゴーシュ。
 努力もせず、才能だけで生きてきたローシュ。
 相容れない双子の兄弟だったが、その能力の愛称は抜群だった。

 とりわけ相手の能力の無効化や、捕獲に関しては突出していた。
 ゴーシェの氷魔法で相手の動きを封じ、ローシュの炎魔法で一網打尽にする。その連携から逃れた者は居ない。
 炎で作られた真っ赤な棺桶は、術者であるローシェ以外は触れることができず。ゴーシェの氷で固められた仮死状態の相手を確実に運搬できた。

 
 ゴーシェの鼻歌だけが荷馬車の中で響き、双子の兄弟はアララガの国へ辿り着く。


 「連れてまいりました」
 ローシェがファザの書斎の扉を叩き、“入れ”という声を聞くと、ローシェとゴーシュは棺桶を引きずりファザの前へと差し出した。
 
 「ほう、それが弟切草の花だった者か……喋れるようにしてやれ」
 ファザがそう言うと、ローシェが棺桶を開き、ゴーシュは弟切草の頭部だけを氷魔法から解放した。

 「いきなり何の真似だ」
 弟切草の花だった女は、噛み付かんばかりにファザを睨みつけて言った。
 「手荒な真似をして悪かったな、しかしこれはお前のためでもあるのだ」
 「俺のためだと?」
 一人称が“俺”だったことをローシェが笑ったが、弟切草はファザを睨み続ける。

 「そうだ、私と取引をしようじゃないか」
 「その取引とやらに、何の得がある」
 弟切草は眉を顰めた。
 「自由を手にしたくはないか?」
 「自由……だと?」

 それからファザは、ハナの魔法について語った。
 花が枯れれば死ぬ。
 ハナが願えば消える。
 体を与えられた意味は、ただの小間使い。

 それらの情報は歪曲されていたが、弟切草だった女は信じた。
 それは、初めて会話をしたのがファザだったからかもしれないし、自由という言葉がとても魅力的に感じたからかもしれない。
 その身に宿る、溢れんばかりの力を、思う存分に吐き出したいと願った弟切草は、
 「俺はなにをすればいい」
 そう言って、少し表情を緩めた。
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