花ノ魔王

長月 鳥

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第七章 弟切草

彼岸花の記憶

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 マーノリアの花屋は開店時から賑やかだ。
 手伝いに勤しむハナ達の表情も明るい。

 国同士の争いが絶えず、平和とは程遠い世界だったが、花を愛でる者は多かった。
 決して高価な物ではないが、マーノリアが以前に語ったように、生活に必要な物でもない。
 しかし、だからこそ花に対価を払う者の心が裕福であることは、幼いハナでも、よく分かった。
 花を求める人々は、優しく大らかで、皆笑顔だった。
 
 「エミリーっ、僕はなるよ、お花屋さんに絶対なるっ」
 そのことを改めて確信したハナは高らかに宣言する。
 「どうぞご自由に」
 そんなハナをエミリーは冷たくあしらった。
 アララガ国軍の最高司令で大賢者の父親の子が、花屋などという職に付いた日には、非難の嵐だろう。
 そんな妄想ができるのはファザ家を勘当されたからだ。

 だが、今のハナはそうとも言い切れなかった。
 恐らく、いま最も父親の関心を引いている。
 そのことを知らずにのうのうと花屋の手伝いに勤しんでいるハナに憤りを感じずにはいられない。
 エミリーは、その感情を押し殺し、ファザに依頼された仕事を実行に移す。

 「それよりも、少し休憩して試したいことがあるのですが」
 「エミリーが僕に頼み事なんて、いつ以来だろう」
 ハナは不思議に思う。
 「無理ならいいです」
 「いや、絶対に手伝うよ。今すぐにでも、手伝う」
 なによりも頼られることが嬉しかったハナは、拗ねた表情を浮かべるエミリーの手を取った。
 そして、マーノリアに休憩することを伝え、寝床として使わせてもらった部屋に向かう。

 「なにをすればいいの?」
 「目を瞑ってください」
 「え、なんかドキドキするんだけど」
 「いいから言うことを聞いて下さい」
 「分かった」
 ハナは、緩んだ表情を止め、姿勢を正して目を瞑った。

 「これから試すのは、花の魔法についてのことです」
 「僕の?」
 「……ハナでも花でも、どっちでもいいです」
 「分かった」
 「ストレリチアという例外もありましたが、魔法を使って花を人に変えてきました。
 人になった花は、だいたいがその花の特性を持っていますが、それが元々の花が望んでいた姿や特性なのか、それともハナが望んだものなのか分かっていません」
 「なるほど、僕が持っている知識で魔法を使ったから、花言葉や花の特徴を持った人に変わったってことか」
 「そうです、だから今回は目を瞑り、何の花か分からない状態で魔法を使ってもらいます」
 「おお、流石はエミリーだ。それで出てきた人が、その花っぽくない人だったら僕の願いが必要ってことだね」
 「そうですね、もしかしたら、なんの花なのか分からない状態で魔法を使っても何も起きない可能性もあります」
 「なるほど、良いチャレンジだけど……」
 エミリーの頼みと、自分の魔法の特性を知る良い機会だと思ったが、ふと悪い記憶も呼び覚まされ、言葉を濁す。
 「心配ですか?」
 「ちょっと……」
 兄であるニコと沢山の兵士達の命を奪った彼岸花のリリー。
 その優しく綺麗な顔が、瞼の裏に浮かび上がり、ハナの体を震わせた。
 「怖い花じゃないよね?」
 「大丈夫です。それに、もしもの時のことも考えています」
 「ほんと?」
 「はい、詳しくは言えませんが、二度とあのような悲劇は起きないと思います」
 「分かった。エミリーを信じるよ」
 「ありがとうございます。では、この花に魔法をかけてみて下さい」
 エミリーはハナの手を取り、ファザから依頼され、アララガ国の城下町で購入してきた“弟切草”の花に触れさせた。

 「ブロッサム・インカーネーション」
 
 ハナが魔法を唱えると、カチャリという金属音が鳴った。
 「ど、どう? もう目を開けてもいい?」
 ハナは胸を高鳴らせた。

 「ま、まだです。失敗するかもしれないので目を開けないください」
 エミリーは強い口調でクギを刺した。
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