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第七章 弟切草
盲信
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ハナの生まれ故郷、アララガ国。
その中枢、軍司令部の一画に位置する大賢者ファザの書斎。
そこへと向かう足音。
一歩一歩、地面を踏みつけるように、慌ただしく響いていた。
「ハナとエミリーをどこへやったのですか?」
書斎のドアを乱暴に開け、鬼の形相でファザに詰め寄ったのはハナとエミリーの母親フローラ。
「鍛錬の一部だ。口を挟むな」
ファザは手にしていた分厚い書物から目を離すことなく吐き捨てた。
「鍛錬、修行、国のため? いつもあなたはそうやって子供たちをっ」
まるで部下をあしらうかのような夫の態度に、フローラは語尾を強めた。
「なんだ? 私に口出しする気か? 地位、名誉、名声、私は子供らに全てを与えてきた。お前はどうだ? 無意味な優しさなぞ、堕落させるだけだとなぜ気付かぬ。いつもお前はそうやって子供たちを? その言葉をそのままお前に返してやるわ」
ファザの言葉には裏付けがあり、強い意志があった。
ハナを除いた兄妹達は皆、アララガ国軍におけるスペシャリスト達だ。
戦闘、策略、隠密、政治、どの分野においても上層部には必ずファザの子供らの名前がある。
「……」
フローラもそれは十分に承知していた。
しかし、人の道を外れる子がいることも確かだった。
「それに、ハナについて私は一切関与していない。一番上の愚息が街から追い出したとの噂があるが興味も無い」
「ワンが……なぜ、それではエミリーは」
「知らん。心配なら首輪でも付けておけ」
「……なんてことを」
「気が済んだら出て行け」
これ以上の会話は無意味だと感じたフローラは、何も言わずに書斎を後にした。
ファザは結局こちらに目を向けることは無かった。
教育熱心で威厳のある父、誇りある夫だったのは何時の頃だっただろうか……フローラは下唇を嚙み、邸宅へと帰った。
フローラが出て行った後の書斎。
ファザは書物を閉じ、暗闇に向かって声をかけた。
「戻ったか。首尾はどうだ?」
「はい、お父様。ハナは新たにスイートピー、ガーベラ、ストレリチアの花に魔法を使いました」
暗闇から現れたエミリーは、膝をつき頭を垂れたまま言葉を続けた。
「スイートピーとストレリチアの能力は取るに足らず。ガーベラはアルテマを使いました」
「アルテマか、なるほど、興味深いな」
声を躍らせるファザに、エミリーはさらに続ける。
「確認しただけで数十回の使用、威力と範囲は調整可能。魔力の底は見えませんでした」
「フハハハ、ガーベラの花か、いいぞ、これは使える。でかしたぞエミリー」
「ありがとうございます」
父親に褒められ、名前を呼ばれただけなのに、どうしてこんなにも嬉しいのかと、エミリーは心の中で拳を握った。
「あの、お母様はどうしてここに?」
この嬉しさを母親にも伝えたいと思い、言葉にした。
「アレは捨て置け、足枷にしかならん」
「アレ……」
母親を“アレ”呼ばわりされ、声を落とす。
「いいかエミリー、お前には才能がある。私に従えば成功する。必ずだ。努々忘れるな」
「分かりました」
「よし、もう行け。またハナを見張れ」
「分かりました」
ファザは嗾ける様に手を払った。
「いや、待て。ここでひとつ試すのも良いな」
ファザはエミリーを引き留めると、古い書物を手にした。
そして、ページを捲り、こう言った。
「ニコはハナの意識が魔法に影響している可能性を示唆した。ならば意識の外で魔法を発動させてみろ。手段は任せるが対象となる花はこれにしろ。分かったな」
「承知しました」
エミリーはファザが指差したページを確認し静かに頷く。
そのページに記された花。
【弟切草】
その名前に一抹の不安を抱え、エミリーは暗闇に消える。
______________________
花図鑑No.010
弟切草
学名【Hypericum erectum】
分類【オトギリソウ科、オトギリソウ属】
花言葉【迷信】【敵意】【秘密】【恨み】【盲信】
その中枢、軍司令部の一画に位置する大賢者ファザの書斎。
そこへと向かう足音。
一歩一歩、地面を踏みつけるように、慌ただしく響いていた。
「ハナとエミリーをどこへやったのですか?」
書斎のドアを乱暴に開け、鬼の形相でファザに詰め寄ったのはハナとエミリーの母親フローラ。
「鍛錬の一部だ。口を挟むな」
ファザは手にしていた分厚い書物から目を離すことなく吐き捨てた。
「鍛錬、修行、国のため? いつもあなたはそうやって子供たちをっ」
まるで部下をあしらうかのような夫の態度に、フローラは語尾を強めた。
「なんだ? 私に口出しする気か? 地位、名誉、名声、私は子供らに全てを与えてきた。お前はどうだ? 無意味な優しさなぞ、堕落させるだけだとなぜ気付かぬ。いつもお前はそうやって子供たちを? その言葉をそのままお前に返してやるわ」
ファザの言葉には裏付けがあり、強い意志があった。
ハナを除いた兄妹達は皆、アララガ国軍におけるスペシャリスト達だ。
戦闘、策略、隠密、政治、どの分野においても上層部には必ずファザの子供らの名前がある。
「……」
フローラもそれは十分に承知していた。
しかし、人の道を外れる子がいることも確かだった。
「それに、ハナについて私は一切関与していない。一番上の愚息が街から追い出したとの噂があるが興味も無い」
「ワンが……なぜ、それではエミリーは」
「知らん。心配なら首輪でも付けておけ」
「……なんてことを」
「気が済んだら出て行け」
これ以上の会話は無意味だと感じたフローラは、何も言わずに書斎を後にした。
ファザは結局こちらに目を向けることは無かった。
教育熱心で威厳のある父、誇りある夫だったのは何時の頃だっただろうか……フローラは下唇を嚙み、邸宅へと帰った。
フローラが出て行った後の書斎。
ファザは書物を閉じ、暗闇に向かって声をかけた。
「戻ったか。首尾はどうだ?」
「はい、お父様。ハナは新たにスイートピー、ガーベラ、ストレリチアの花に魔法を使いました」
暗闇から現れたエミリーは、膝をつき頭を垂れたまま言葉を続けた。
「スイートピーとストレリチアの能力は取るに足らず。ガーベラはアルテマを使いました」
「アルテマか、なるほど、興味深いな」
声を躍らせるファザに、エミリーはさらに続ける。
「確認しただけで数十回の使用、威力と範囲は調整可能。魔力の底は見えませんでした」
「フハハハ、ガーベラの花か、いいぞ、これは使える。でかしたぞエミリー」
「ありがとうございます」
父親に褒められ、名前を呼ばれただけなのに、どうしてこんなにも嬉しいのかと、エミリーは心の中で拳を握った。
「あの、お母様はどうしてここに?」
この嬉しさを母親にも伝えたいと思い、言葉にした。
「アレは捨て置け、足枷にしかならん」
「アレ……」
母親を“アレ”呼ばわりされ、声を落とす。
「いいかエミリー、お前には才能がある。私に従えば成功する。必ずだ。努々忘れるな」
「分かりました」
「よし、もう行け。またハナを見張れ」
「分かりました」
ファザは嗾ける様に手を払った。
「いや、待て。ここでひとつ試すのも良いな」
ファザはエミリーを引き留めると、古い書物を手にした。
そして、ページを捲り、こう言った。
「ニコはハナの意識が魔法に影響している可能性を示唆した。ならば意識の外で魔法を発動させてみろ。手段は任せるが対象となる花はこれにしろ。分かったな」
「承知しました」
エミリーはファザが指差したページを確認し静かに頷く。
そのページに記された花。
【弟切草】
その名前に一抹の不安を抱え、エミリーは暗闇に消える。
______________________
花図鑑No.010
弟切草
学名【Hypericum erectum】
分類【オトギリソウ科、オトギリソウ属】
花言葉【迷信】【敵意】【秘密】【恨み】【盲信】
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